千夜一夜のアルファルド
◇◇◇◇◇
「──でした」
一通り語り終えたルキナは、自身に向き合う様にして椅子に座っている邪竜の反応を伺い見た。
邪竜は、何の反応も示さない。
退屈そうに欠伸を溢す……なんて事も無かったが、さりとて身を乗り出すように聞くなんて事も無く。
この邪竜がどう思っているのかが、ルキナには全く読めなかった。
「成る程、それで終わりかい?」
物語の締めの言葉から僅かな沈黙の後、深く腰掛けていた椅子から立ち上がった邪竜は、一歩一歩とゆっくりとルキナに近寄ってきた。
ルキナを殺すつもり、なのだろう。
やはり、話を聞くなどと宣ってはいたが、所詮は邪竜の戯れに過ぎず、最初からこんな“賭け”をまともに成立させるつもりなんて無かったのだろう。
飽きるまでの暇潰しの玩具。
生殺与奪の全てを邪竜に握られている今、ルキナの存在価値などその程度のモノでしかない。
最初から嫌と言う程に分かっていたが、それでもと一縷の希望を懐いていただけに、この様な結末に終わるのが無念でならない。
それでも、最後までこの魂だけでも邪竜に屈する事は無かった事で、人間としてのせめてもの矜持を守れたと……そう思っても許されるだろうか……?
一瞬後に訪れるのであろう避けようの無い死を覚悟して僅かに身を強張らせたルキナを見て、邪竜は怪訝そうに僅かに眉根を寄せる。
「……?
ああ、僕が話を聞いて無いって思っているのかい?
そんな事はないさ、ちゃんと耳を傾けていたとも。
何なら君が語った物語を一言一句違えずに諳じてみせようか?」
想定外の邪竜のその言葉に、ルキナは一瞬呆気に取られた。
そんなルキナの表情を見て、邪竜はその目に愉悦に満ちた嗜虐的な光を浮かべる。
「……まあ、でも。
詰まらないとは言わないでおいてあげるけど、君の言葉は僕には全く響かなかったよ。
僕を『改心』させたいんだろう?
なら、もっと頑張らないとね。
君は人々の『最後の希望』なんだからさ。
そうじゃないと、世界を救えないよ?
じゃあ、また明日の夜に」
そう口元を歪めて言い残すと、ギムレーは部屋から去っていった。
ギムレーが完全に去った事。
そしてまだ自分が生きている事。
その二つを認識したルキナは、用意されていたベッドへと力無く倒れ込んだ。
何もかもが荒廃しきったこの絶望の世界では有り得ない程に柔らかなベッドは、ルキナの身体を優しく包み込んでくれて。
そして、堪らず顔を覆ったその両手は、カタカタと小さく震えている。
ルキナは、怖かったのだ。
剣を手に取り戦場を駆け抜けるならば、ルキナは幾らでも先陣を切って道を切り拓ける。
どんな強敵にだって、立ち向かえる。
だが、今のルキナの手にファルシオンは無く。
そして、共に駆ける仲間も、ここには居ない。
ルキナは独り、身を守る為の武器すら持たず、己の身一つで、己の言葉だけを武器として、戦わねばならないのだ。
それは、戦場で命のやり取りをする時のそれとは全く違う戦いであり。
自身の生殺与奪も何もかもが邪竜の手の内にあるのだ。
何時気紛れに殺されたとしても、おかしくはない。
言葉を以て物語を語ると言う慣れぬ行為に、そして何時でも自身を如何なる理由でも殺せる相手を前に身一つで立たねばならぬ状況に、そして、そんな状態であろうとも世界を救わなければならないのだと言う重責に。
ルキナの身体は抑えられぬ恐怖に震えていたのだ。
この“賭け”は、何時まで続くのだろう。
邪竜の『改心』など、果たして可能なのだろうか?
諦めて虜囚に甘んじる事など、それはルキナの魂の矜持が許さない。
それならば、詰まらなかったと殺される方が遥かにマシである。
だが、あの邪竜を『改心』させる事が出来ないのなら、この地獄の責め苦の様な時間がルキナが死ぬまで続くのである。
どうすれば良い?
どうすれば世界を救えるのだ?
何を己に問うた所で、答えなど返ってくる筈もなく。
消耗しきったルキナは、半ば気を失う様にして眠りに落ちていったのだった。
◇◇◇◇◇
「──でした」
一通り語り終えたルキナは、自身に向き合う様にして椅子に座っている邪竜の反応を伺い見た。
邪竜は、何の反応も示さない。
退屈そうに欠伸を溢す……なんて事も無かったが、さりとて身を乗り出すように聞くなんて事も無く。
この邪竜がどう思っているのかが、ルキナには全く読めなかった。
「成る程、それで終わりかい?」
物語の締めの言葉から僅かな沈黙の後、深く腰掛けていた椅子から立ち上がった邪竜は、一歩一歩とゆっくりとルキナに近寄ってきた。
ルキナを殺すつもり、なのだろう。
やはり、話を聞くなどと宣ってはいたが、所詮は邪竜の戯れに過ぎず、最初からこんな“賭け”をまともに成立させるつもりなんて無かったのだろう。
飽きるまでの暇潰しの玩具。
生殺与奪の全てを邪竜に握られている今、ルキナの存在価値などその程度のモノでしかない。
最初から嫌と言う程に分かっていたが、それでもと一縷の希望を懐いていただけに、この様な結末に終わるのが無念でならない。
それでも、最後までこの魂だけでも邪竜に屈する事は無かった事で、人間としてのせめてもの矜持を守れたと……そう思っても許されるだろうか……?
一瞬後に訪れるのであろう避けようの無い死を覚悟して僅かに身を強張らせたルキナを見て、邪竜は怪訝そうに僅かに眉根を寄せる。
「……?
ああ、僕が話を聞いて無いって思っているのかい?
そんな事はないさ、ちゃんと耳を傾けていたとも。
何なら君が語った物語を一言一句違えずに諳じてみせようか?」
想定外の邪竜のその言葉に、ルキナは一瞬呆気に取られた。
そんなルキナの表情を見て、邪竜はその目に愉悦に満ちた嗜虐的な光を浮かべる。
「……まあ、でも。
詰まらないとは言わないでおいてあげるけど、君の言葉は僕には全く響かなかったよ。
僕を『改心』させたいんだろう?
なら、もっと頑張らないとね。
君は人々の『最後の希望』なんだからさ。
そうじゃないと、世界を救えないよ?
じゃあ、また明日の夜に」
そう口元を歪めて言い残すと、ギムレーは部屋から去っていった。
ギムレーが完全に去った事。
そしてまだ自分が生きている事。
その二つを認識したルキナは、用意されていたベッドへと力無く倒れ込んだ。
何もかもが荒廃しきったこの絶望の世界では有り得ない程に柔らかなベッドは、ルキナの身体を優しく包み込んでくれて。
そして、堪らず顔を覆ったその両手は、カタカタと小さく震えている。
ルキナは、怖かったのだ。
剣を手に取り戦場を駆け抜けるならば、ルキナは幾らでも先陣を切って道を切り拓ける。
どんな強敵にだって、立ち向かえる。
だが、今のルキナの手にファルシオンは無く。
そして、共に駆ける仲間も、ここには居ない。
ルキナは独り、身を守る為の武器すら持たず、己の身一つで、己の言葉だけを武器として、戦わねばならないのだ。
それは、戦場で命のやり取りをする時のそれとは全く違う戦いであり。
自身の生殺与奪も何もかもが邪竜の手の内にあるのだ。
何時気紛れに殺されたとしても、おかしくはない。
言葉を以て物語を語ると言う慣れぬ行為に、そして何時でも自身を如何なる理由でも殺せる相手を前に身一つで立たねばならぬ状況に、そして、そんな状態であろうとも世界を救わなければならないのだと言う重責に。
ルキナの身体は抑えられぬ恐怖に震えていたのだ。
この“賭け”は、何時まで続くのだろう。
邪竜の『改心』など、果たして可能なのだろうか?
諦めて虜囚に甘んじる事など、それはルキナの魂の矜持が許さない。
それならば、詰まらなかったと殺される方が遥かにマシである。
だが、あの邪竜を『改心』させる事が出来ないのなら、この地獄の責め苦の様な時間がルキナが死ぬまで続くのである。
どうすれば良い?
どうすれば世界を救えるのだ?
何を己に問うた所で、答えなど返ってくる筈もなく。
消耗しきったルキナは、半ば気を失う様にして眠りに落ちていったのだった。
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