千夜一夜のアルファルド
◇◇◇◇◇
「さて、ルキナ。
最後にもう一度確認するよ?
本当に君はこの“賭け”に挑戦するんだね?
この“賭け”は、君が死ぬか、それとも君が心折られて諦めるか、或いは……僕が『改心』するかしか終わらせる方法は無い。
老婆心ながら、一度挑戦して心折られて諦める位なら、最初から諦めてしまう方が楽だと思うよ?」
心にも思っていないだろうにそんな事を言いながら、邪竜は愉しくて愉しくて堪らないとばかりに歪んだ笑みを浮かべている。
ここで怖じ気付いて“賭け”から降りるのも、僅かな可能性に縋って“賭け”に乗り続けるのも、邪竜からすればどちらであってもルキナを思う存分に甚振る事が出来るので心底どちらでも良いのであろう。
「このまま“賭け”に挑戦せず、自由以外は不自由無き虜囚として過ごした所で、別段誰も君を責めたりはしないさ。
そもそも、君がここに囚われているのは、君たちが僕に負けたからなんだから。
既に最後の希望は潰えた。
それが、人間達の認識だよ。
誰もが君は死んだと思ってる。
だから、誰も助けになんて来ない。
そんな人間たちに義理立てする必要なんて、あるのかな?」
優しさの様でいて猛毒でしかない言葉をルキナの耳へと注ぎながら、邪竜はルキナの一挙一動を見詰めていた。
さあ、どうする?と。
再度そう訊ねてくる邪竜に、ルキナは。
「あなたの“賭け”に乗りましょう。
私は、必ずあなたの心を変えて見せる……!」
諦めてたまるかと、そう意志を顕に吠える。
その態度に邪竜は僅かに口元を歪めて嘲笑うかの様な表情を見せた。
「ふーん? 何が君をそうやって駆り立てているのだろうね。
全く、人間って生き物は僕にはよく分からないなぁ……。
まあどうでもいいや。
じゃあ、君は“賭け”に挑戦するって事で良いんだね。
精々僕を退屈させないように、頑張って」
思っても無いだろう言葉だけの応援を口にして、邪竜は椅子に座る。
そしてルキナが言葉を発するのを、ただただ待ち続けた。
……邪竜との“賭け”に乗る事を選んでから、ルキナは家具など生活に必要なモノが全て揃えられた広い部屋を与えられ、身を縛っていた鎖は既に解かれていた。
……が、そこに逃げ出せる様な隙はなく。
普通の扉の様にしか見えないその入り口は、恐らく強力な呪いが掛けられている様で、ルキナが全力で壊そうとしても小揺るぎすらしなかった。
逃げ出したくても逃げ出せる道など何処にも無く。
救助は元より期待出来ない。
故に、その可能性が無きに等しいのだと理解しながらも、世界を救う使命の為にも、ルキナは勝ち目の殆ど無いその“賭け”に乗るしかない。
諦めるなど、論外だ。
例えルキナの話に退屈したギムレーに殺されるのだとしても。
最期のその瞬間までは、諦めず足掻き続けなくてはならない。
それこそが、亡き父より国を……そして世界の命運を託された者としての責務なのだから。
しかし、そもそもの問題で。
何かを語ろうにも、何を語るべきなのかルキナには分からない。
ルキナは王族としての教育を曲がりなりに受けてはきたが、その中に吟遊詩人の如く何かを語る為の術などは勿論無くて。
況してや、世界が絶望に沈んでからは剣のみをその手に握り締めて戦い続けてきたのだ。
物語を語る才能も、綴る才能も、ルキナには無いに等しい。
縦しんば僅かながら才能の片鱗があるのだとしても、それを伸ばそうとしてきた事など今まで一度もないのだから、「さあ話せ」と言われた所で何を話して良いのやら分からないのが実情である。
従兄弟のウードならばそう言うのが得意そうではあるのだけれども、その極意などルキナは知りはしないし、付け焼き刃で彼の真似をした所で無理がある。
それに、物語る為の才能の有り無し以上に困難な問題であるのは、ルキナは語る言葉で邪竜を『改心』させなければならないのだ。
この人智を越えた存在である邪竜に、何を話せば良いと言うのだろう。
そもそも、言葉を尽くすだけでその心を変える事など出来るのであろうか……?
何れ程考えた所で、分からない。分かる筈など無かった。
ルキナは今まで剣を手に取り、その力で道を切り拓いてきたのだ。
人は所詮、自分が知る範囲の物事でしか判断出来ぬ生き物である。
故にこそ、諦めて隷属する事など出来ないと、どんなに“有り得ない”可能性であるのだとしてもそれに賭けるしか無いと判断して、自分の命をチップとして差し出しはしたものの。
勝つ為の策などある筈もなく、当然の如くギムレーを『改心』させる為の筋道など見えよう筈もない。
それどころか、殺されない為の最低条件である『退屈させない』ですら、こなせるかどうかすらも怪しい。
それでも、やらなくてはならない。
ルキナは死ぬ為にこの“賭け”に乗った訳ではないのだから。
「では──」
ルキナは必死に。
死なない為に。
そして、世界を救う為に。
何処か辿々しくも、物語を語り始めるのであった。
◇◇◇◇◇
「さて、ルキナ。
最後にもう一度確認するよ?
本当に君はこの“賭け”に挑戦するんだね?
この“賭け”は、君が死ぬか、それとも君が心折られて諦めるか、或いは……僕が『改心』するかしか終わらせる方法は無い。
老婆心ながら、一度挑戦して心折られて諦める位なら、最初から諦めてしまう方が楽だと思うよ?」
心にも思っていないだろうにそんな事を言いながら、邪竜は愉しくて愉しくて堪らないとばかりに歪んだ笑みを浮かべている。
ここで怖じ気付いて“賭け”から降りるのも、僅かな可能性に縋って“賭け”に乗り続けるのも、邪竜からすればどちらであってもルキナを思う存分に甚振る事が出来るので心底どちらでも良いのであろう。
「このまま“賭け”に挑戦せず、自由以外は不自由無き虜囚として過ごした所で、別段誰も君を責めたりはしないさ。
そもそも、君がここに囚われているのは、君たちが僕に負けたからなんだから。
既に最後の希望は潰えた。
それが、人間達の認識だよ。
誰もが君は死んだと思ってる。
だから、誰も助けになんて来ない。
そんな人間たちに義理立てする必要なんて、あるのかな?」
優しさの様でいて猛毒でしかない言葉をルキナの耳へと注ぎながら、邪竜はルキナの一挙一動を見詰めていた。
さあ、どうする?と。
再度そう訊ねてくる邪竜に、ルキナは。
「あなたの“賭け”に乗りましょう。
私は、必ずあなたの心を変えて見せる……!」
諦めてたまるかと、そう意志を顕に吠える。
その態度に邪竜は僅かに口元を歪めて嘲笑うかの様な表情を見せた。
「ふーん? 何が君をそうやって駆り立てているのだろうね。
全く、人間って生き物は僕にはよく分からないなぁ……。
まあどうでもいいや。
じゃあ、君は“賭け”に挑戦するって事で良いんだね。
精々僕を退屈させないように、頑張って」
思っても無いだろう言葉だけの応援を口にして、邪竜は椅子に座る。
そしてルキナが言葉を発するのを、ただただ待ち続けた。
……邪竜との“賭け”に乗る事を選んでから、ルキナは家具など生活に必要なモノが全て揃えられた広い部屋を与えられ、身を縛っていた鎖は既に解かれていた。
……が、そこに逃げ出せる様な隙はなく。
普通の扉の様にしか見えないその入り口は、恐らく強力な呪いが掛けられている様で、ルキナが全力で壊そうとしても小揺るぎすらしなかった。
逃げ出したくても逃げ出せる道など何処にも無く。
救助は元より期待出来ない。
故に、その可能性が無きに等しいのだと理解しながらも、世界を救う使命の為にも、ルキナは勝ち目の殆ど無いその“賭け”に乗るしかない。
諦めるなど、論外だ。
例えルキナの話に退屈したギムレーに殺されるのだとしても。
最期のその瞬間までは、諦めず足掻き続けなくてはならない。
それこそが、亡き父より国を……そして世界の命運を託された者としての責務なのだから。
しかし、そもそもの問題で。
何かを語ろうにも、何を語るべきなのかルキナには分からない。
ルキナは王族としての教育を曲がりなりに受けてはきたが、その中に吟遊詩人の如く何かを語る為の術などは勿論無くて。
況してや、世界が絶望に沈んでからは剣のみをその手に握り締めて戦い続けてきたのだ。
物語を語る才能も、綴る才能も、ルキナには無いに等しい。
縦しんば僅かながら才能の片鱗があるのだとしても、それを伸ばそうとしてきた事など今まで一度もないのだから、「さあ話せ」と言われた所で何を話して良いのやら分からないのが実情である。
従兄弟のウードならばそう言うのが得意そうではあるのだけれども、その極意などルキナは知りはしないし、付け焼き刃で彼の真似をした所で無理がある。
それに、物語る為の才能の有り無し以上に困難な問題であるのは、ルキナは語る言葉で邪竜を『改心』させなければならないのだ。
この人智を越えた存在である邪竜に、何を話せば良いと言うのだろう。
そもそも、言葉を尽くすだけでその心を変える事など出来るのであろうか……?
何れ程考えた所で、分からない。分かる筈など無かった。
ルキナは今まで剣を手に取り、その力で道を切り拓いてきたのだ。
人は所詮、自分が知る範囲の物事でしか判断出来ぬ生き物である。
故にこそ、諦めて隷属する事など出来ないと、どんなに“有り得ない”可能性であるのだとしてもそれに賭けるしか無いと判断して、自分の命をチップとして差し出しはしたものの。
勝つ為の策などある筈もなく、当然の如くギムレーを『改心』させる為の筋道など見えよう筈もない。
それどころか、殺されない為の最低条件である『退屈させない』ですら、こなせるかどうかすらも怪しい。
それでも、やらなくてはならない。
ルキナは死ぬ為にこの“賭け”に乗った訳ではないのだから。
「では──」
ルキナは必死に。
死なない為に。
そして、世界を救う為に。
何処か辿々しくも、物語を語り始めるのであった。
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