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千夜一夜のアルファルド

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「ねえ、こんな話を知っているかい?」


 そう前置きをした邪竜が愉し気に目を細めて語り出したのは、もう今は無きとある古の王国に伝わりし伝承。

 曰く、無実の咎で投獄された聖職者が、獄中の世話係を任されていた生まれつき盲目の少女の為に説法を続けていた所、光映さぬ筈のその少女の瞳が世界を映す様になったと。
 少女の目に光を与える奇跡を成したその聖職者は、その心の潔白を以て見事無実を証明して見せたのだとか。


「そこで、だ」


 本当かどうかすら定かではないその伝承を語った邪竜は、その右手の人差し指を立てて嗤う。


「一つ、“賭け”をしてみないかい?」


 “賭け”、と言う邪竜のその言葉に。
 重く頑丈な鎖で身動き一つ取れぬ様にその身を拘束されたルキナは、邪竜の意図が読めず困惑する。


「生まれつき盲目の少女に光を与えたと言うこの聖職者の伝承に準えて。
 僕は君にチャンスをあげよう」


 捕らえた蝶の羽を毟る幼子の様な無邪気な残酷さすら感じさせる笑みを浮かべ、その眼には底無しの邪悪さを滲ませて。
 舞台の上の演者であるかの様に大仰な仕草と共に、邪竜は朗々と提案した。


「君は一晩毎に、僕に話を聞かせる権利を得る。
 ああ、別に説法をしろって言っている訳じゃないよ?
 君の好きな事を好きな様に話せばいい。
 僕は君がどんな話をするのだとしても、それにちゃんと耳を傾けよう」


 そして、「そうすれば」と、ニィィッと口元を歪めて邪竜は嗤う。


「もしかしたら君は、伝承の聖職者が盲目の少女に光を与えた様に、僕に……そうだね君達が言う所の“良心”とか? まあ、そんな“心”を与える事が出来るのかもしれない。
 そうこれは、囚われの身となり最早僕に抗う術など何処にも無い君に唯一残された、『世界を救える“かもしれない”方法』だ」


 ただし、と。
 邪竜はルキナの身を縛る鎖の内の一本を強く引き、首回りを鎖に引かれて息苦しさに喘ぐルキナのその耳元へと、全てを嘲笑う様に囁いた。


「君が語った話を『詰まらない』と思ったら、僕は語り終えた君を殺す。
 君は僕に話をする権利を得る代わりに、自らの命を賭ける必要がある訳だ。
 ああ、もう一つ。
 君はこの“賭け”を好きなタイミングで降りる事が出来るよ。
 そしてこの“賭け”を降りたって、僕は君を殺すつもりは無い」


 そこで鎖から手を離した邪竜は、喉元を解放されて反射的に咳き込む様に息をするルキナのその顎に手を当てて、強引ながらも優しく上を向かせる。


「僕の手元から解放するつもりは無いけれど、衣食住に何一つ不自由ない……例えるならば王公貴族の様な生活を送らせてあげるよ。
 ある程度までなら、外を出歩かせてあげても良い位さ」


 愉快そうにそう言いながら紅い目を細めて、邪竜は自らの手に落ちた聖王の末裔を見定めた。

 抗うのかそれとも従属するのか。
 どちらにしろ、最早圧倒的な勝者である邪竜にとってはただの余興に過ぎない。

 ルキナが自分の命惜しさに全てを投げ棄てて親の仇であり不倶戴天の存在である邪竜に隷属する事を選ぶと言うのなら、そこまでして生き延びようとする人間の本質の浅ましさを存分に嗤うであろうし。
 最早どうにもならぬと言うのにも関わらず自らの命を投げ棄てる様な真似をしてまで有り得ないと自分でも分かっているであろう“可能性”に縋ると言うのなら、その盲目的な愚かさをいっそ憐れさを覚えながら嘲るだけだ。

 そんな邪竜の意図は、その言葉の端々から、そしてその表情や所作の一つ一つから、ルキナにも読み取れた。
 元より隠そうとなんて思ってすらもいないのだ。
 邪竜にとっては、自分など最早遊び甲斐のある玩具程度の存在でしかない事は、誰よりもルキナ自身が分かっていた。
 それでも。いや、だからこそ……。


「さて。
 自らの命をチップに僕を『改心』させる僅かな可能性に賭けるか。
 それとも、自由以外の全てが揃った余生を送るか……。
 好きな方を選ぶと良い。
 さあ、最後の聖王たる君は、何を選ぶんだい?」


 矮小なヒトが足掻く様を嗤う邪竜に、ルキナは──






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