常世の橘はこの手の中に
◆◆◆◆◆◆
鶏肉と香味野菜から取った出汁をベースにした、トマトと人参の卵スープ。
キャベツとレタスのサラダには、玉葱をたっぷり加えたポテトサラダを添えて。
メインは、デミグラスソースをたっぷり掛けたチーズ入りのハンバーグ。
デザートには、桃の糖蜜漬け。
ルキナの目の前に並べられた数々の料理は、こんな世界では王公貴族でも到底手が届かない様なそんな貴重な新鮮な食材で作られていた。
料理を見たルキナの眼差しが、苦悩に歪む。
遣りきれない哀しみや絶望、そして幾許かの諦めが綯い混ぜになった底無しの嘆きが、ルキナの表情を彩った。
「ルキナ、どうしたんだい?
食欲が無いのかい?」
心配そうに眉を寄せた“彼”の左手が、そっとルキナの頬に触れる。
触れる指先は何処までも優しく、まるで壊れ物に触れるかの様であった。
「熱とかは無さそうだけど……。
体調が悪いんだったら、ちゃんと言ってね?
薬でも何でも用意するから」
紅いその目に浮かぶのは、紛れも無いルキナへの気遣いで。
だからこそ尚の事、ルキナの胸を締め付ける。
ああ、どうして、と。
「…………いえ、体調には問題はありません」
「そうかい? なら良かった……。
君にもしもの事があったらと思うと、僕は……。
……体調に問題がないなら、ちゃんと食べた方が良いよ?
お腹だって空いてるだろう?」
優しい言葉を掛けてくる“彼”は、昔と何一つ変わらない様でいて。
だけれども、もう二度と戻れない程に歪み壊れ果てていた。
それを誰よりも分かっているからこそ、どうしようもなく苦しい。
「今日も腕によりを掛けて作ったんだよ。
ほら、どれもルキナが好きな料理だろう?
味には自信があるんだよ、喜んで貰えたら嬉しいな」
ニコニコと“彼”はそう優しく微笑む。
“彼”は、ルキナが料理に手を付けるまではずっとこうだ。
ニコニコと優しく微笑みながらも、決して視線を逸らす事は無いし、ルキナが食べるのを見届けるまではそこを動く事はない。
枷で縛られたりしている訳ではないけれど、ルキナがこの場を逃げ出す事は不可能だった。
それをよく理解しているから。
ルキナは大人しく並べられた料理へと手を付ける。
確かに料理は何れも美味しくて。
優しくて、変わらない……『彼』の料理の味そのままだった。
それが、より一層辛くて。
何もかも壊れてしまった筈なのに、それでも『彼』の様に振る舞う“彼”の真意が掴めなくて。
そして何よりも。
最早自分が愛していた『彼』ではない事を分かっていながらも、『彼』の様に振る舞う“彼”を、憎悪しながらも……それでも確かに幾許かの愛しさすらも感じてしまっている自分自身を許せなくて。
ルキナは、拷問でも受けているかの様に、吐き出したい衝動を抑えて無理矢理に出された料理を口にする。
かつて『彼』──ルフレが、ルキナの為に一生懸命になって磨いた料理の腕前を遺憾無く発揮した料理は、何れもルキナの為だけにルキナ好みの味付けになっていて。
だからこそ、もう戻れない幸せだった時間の思い出が、ルキナの胸を鋭い切っ先で掻き毟った様に、心に激しい痛みを与えるのだ。
運命を変える事が出来ずに“ギムレー”として覚醒させられ世界を滅ぼす邪竜へ成り果ててしまった“彼”が、どうしてこうやって幼子がままごとをするかの様に、かつて『ルフレ』としてルキナと過ごしていた時間を焼き直す様に演じようとしているのか。
その理由をルキナが知る訳など無くて。
それなのに。
これが、“ギムレー”の演技だと、狂った邪竜の戯れなのだと、そう理解しながらも。
それでも、“ギムレー”が見せる、何処か歪な『ルフレ』の姿に、ルキナの心は囚われてしまっている。
ルキナの心も、既に歪に軋み始めているのかもしれない。
目の前の“ギムレー”は、『ルフレ』ではないのだと頭では分かっていても。
心は、“ギムレー”が見せる『ルフレ』の幻影を追い掛けてしまう。
“彼”は世界を絶望に落とし人々を滅ぼさんとしている邪竜であると、そう分かっている筈なのに。
誰よりも愛した『彼』がそこに居る様な錯覚すら感じているのだ。
もう戻れない『ルフレ』との幸せだった日々に心を囚われ想い焦がれながら、“ギムレー”の虜囚として、彼のままごとの様な戯れに付き合わされる。
それが、今のルキナの生活の全てであった。
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鶏肉と香味野菜から取った出汁をベースにした、トマトと人参の卵スープ。
キャベツとレタスのサラダには、玉葱をたっぷり加えたポテトサラダを添えて。
メインは、デミグラスソースをたっぷり掛けたチーズ入りのハンバーグ。
デザートには、桃の糖蜜漬け。
ルキナの目の前に並べられた数々の料理は、こんな世界では王公貴族でも到底手が届かない様なそんな貴重な新鮮な食材で作られていた。
料理を見たルキナの眼差しが、苦悩に歪む。
遣りきれない哀しみや絶望、そして幾許かの諦めが綯い混ぜになった底無しの嘆きが、ルキナの表情を彩った。
「ルキナ、どうしたんだい?
食欲が無いのかい?」
心配そうに眉を寄せた“彼”の左手が、そっとルキナの頬に触れる。
触れる指先は何処までも優しく、まるで壊れ物に触れるかの様であった。
「熱とかは無さそうだけど……。
体調が悪いんだったら、ちゃんと言ってね?
薬でも何でも用意するから」
紅いその目に浮かぶのは、紛れも無いルキナへの気遣いで。
だからこそ尚の事、ルキナの胸を締め付ける。
ああ、どうして、と。
「…………いえ、体調には問題はありません」
「そうかい? なら良かった……。
君にもしもの事があったらと思うと、僕は……。
……体調に問題がないなら、ちゃんと食べた方が良いよ?
お腹だって空いてるだろう?」
優しい言葉を掛けてくる“彼”は、昔と何一つ変わらない様でいて。
だけれども、もう二度と戻れない程に歪み壊れ果てていた。
それを誰よりも分かっているからこそ、どうしようもなく苦しい。
「今日も腕によりを掛けて作ったんだよ。
ほら、どれもルキナが好きな料理だろう?
味には自信があるんだよ、喜んで貰えたら嬉しいな」
ニコニコと“彼”はそう優しく微笑む。
“彼”は、ルキナが料理に手を付けるまではずっとこうだ。
ニコニコと優しく微笑みながらも、決して視線を逸らす事は無いし、ルキナが食べるのを見届けるまではそこを動く事はない。
枷で縛られたりしている訳ではないけれど、ルキナがこの場を逃げ出す事は不可能だった。
それをよく理解しているから。
ルキナは大人しく並べられた料理へと手を付ける。
確かに料理は何れも美味しくて。
優しくて、変わらない……『彼』の料理の味そのままだった。
それが、より一層辛くて。
何もかも壊れてしまった筈なのに、それでも『彼』の様に振る舞う“彼”の真意が掴めなくて。
そして何よりも。
最早自分が愛していた『彼』ではない事を分かっていながらも、『彼』の様に振る舞う“彼”を、憎悪しながらも……それでも確かに幾許かの愛しさすらも感じてしまっている自分自身を許せなくて。
ルキナは、拷問でも受けているかの様に、吐き出したい衝動を抑えて無理矢理に出された料理を口にする。
かつて『彼』──ルフレが、ルキナの為に一生懸命になって磨いた料理の腕前を遺憾無く発揮した料理は、何れもルキナの為だけにルキナ好みの味付けになっていて。
だからこそ、もう戻れない幸せだった時間の思い出が、ルキナの胸を鋭い切っ先で掻き毟った様に、心に激しい痛みを与えるのだ。
運命を変える事が出来ずに“ギムレー”として覚醒させられ世界を滅ぼす邪竜へ成り果ててしまった“彼”が、どうしてこうやって幼子がままごとをするかの様に、かつて『ルフレ』としてルキナと過ごしていた時間を焼き直す様に演じようとしているのか。
その理由をルキナが知る訳など無くて。
それなのに。
これが、“ギムレー”の演技だと、狂った邪竜の戯れなのだと、そう理解しながらも。
それでも、“ギムレー”が見せる、何処か歪な『ルフレ』の姿に、ルキナの心は囚われてしまっている。
ルキナの心も、既に歪に軋み始めているのかもしれない。
目の前の“ギムレー”は、『ルフレ』ではないのだと頭では分かっていても。
心は、“ギムレー”が見せる『ルフレ』の幻影を追い掛けてしまう。
“彼”は世界を絶望に落とし人々を滅ぼさんとしている邪竜であると、そう分かっている筈なのに。
誰よりも愛した『彼』がそこに居る様な錯覚すら感じているのだ。
もう戻れない『ルフレ』との幸せだった日々に心を囚われ想い焦がれながら、“ギムレー”の虜囚として、彼のままごとの様な戯れに付き合わされる。
それが、今のルキナの生活の全てであった。
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