時の輪環、砂塵の城
◆◆◆◆◆
「そう、か……」
漸く虚構の夢から醒めた『僕』が永い永い沈黙の後にやっと溢したのは、その一言だった。
さっきまであれ程に荒れ狂っていた感情は、凪いだ様に静まり。
この胸を満たすのは、諦念の様な……静かな静かな哀しみだった。
最早ルキナの言葉を否定しようなんて思わない。
それが紛れもなく真実であるのだと、理解しているから。
夢を見る時間は終わった。
ただ、それだけだ。
後に残ったのは、哀しみと絶望と後悔と罪悪感だけ。
それでも、それらは激しく荒れ狂う様なモノではなく、深い深い淵に沈み行く様な……そんな静かで底の無い感情である。
ふと、ルキナの手に握られているファルシオンに目をやった。
神竜の力が溢れんばかりに輝いているその刀身は、“覚醒の儀”を果たして真の力を解放されている状態である事を示している。
あのファルシオンに貫かれれば、死ねはしなくとも『僕』は眠れる事が出来る。
だけれども……。
例えもうルキナの記憶の中に僕が居ないのだとしても。
それでも、ルキナ自らがその手を汚す必要なんて無い。
『僕』はギムレーでしかないけれど、見た目はルフレと同じだ。
ルフレと同じ姿の『僕』を討つ事は、ルキナにとっては少なからぬ負担になるのではないだろうか。
例えそれが狂った妄執であったのだとしても。
『僕』がルキナを想う気持ちに偽りは欠片も無いし、守りたいと想う気持ちは、“幸せ”にしてあげたいと願った心は、本物だ。
それだけは、嘘偽りの虚構の夢に溺れていた『僕』であっても、胸を張って言える。
だからこそ、ルキナの手を煩わせるつもりは無い。
『僕』は改めて“ルフレ”を見た。
この“過去”の……まだギムレーへと成り果てていない“自分”。
彼もまたルフレである以上は、『僕』と同じ様な末路を辿る可能性は無いとは言い切れないかも知れないが……。
暴走した『僕』の凶行によるものとは言え、最早ギムレー教団が滅びたこの世界では、態々ギムレーを甦らせようとする者も、そしてルフレがギムレーの器である事を知る者も最早居ないであろう。
用心するに越した事は無いだろうけれども、きっとこの“ルフレ”なら大丈夫だろう、とも思う。
目覚さえしなければ、ルフレはルフレとして……人として、人と共に生きていける。
『僕』には出来なかったその生が羨ましくないとは言えないけれど、妬ましさとかは感じられない。
自分にももしかしたらそんな道があったのかもしれないな……と、そんな穏やかな気持ちで居られる。
寧ろ、この“ルフレ”がルフレとして生き、そして人として死ぬ。
それこそが、ギムレーになるしかなかった『僕』の運命に対する意趣返しになるのではないだろうか。
ルキナに寄り添う様にして立つ“ルフレ”に、羨ましさと共に微笑ましさを感じた。
そして『僕』はもう一度ルキナを見詰める。
もう幼い子供ではなくなったルキナは、誰かに守られるだけの存在ではなくなった。
凛とした美しさを持って成長したルキナの姿に、思わず目を細めてしまう。
『あの日』から時を止めてしまった『僕』と、成長を続けてきたルキナ。
その差は剰りにも眩しくて、そして幾許かの寂しさを感じる。
願わくば、ずっとその傍でその成長を見守っていきたかったのだけれど。
……それは最早今となってはどうする事も出来ぬ、夢物語であろう。
あの愛しい幼子は、もう自分で歩いていける。
守りたいものを見付け、共に生きていきたい人を見付けた。
ルキナを守るのは、最早『僕』の役目などではない。
ルキナと人生を共に生きるのであろう、“ルフレ”の役目だ。
自分の結末を見定めた『僕』は、最後に、と天を仰いだ。
あの滅びた“未来”のそれとは似ても似つかぬ程の、穏やかで美しい黄昏の空がそこには広がっていて。
『僕』には些か不相応な程である。
それでも、悪くはない。
「…………ルキナ、今更どう謝っても赦されるではないけれど、……済まなかった。
君の未来が、今度こそ“幸せ”なものである事を、心から願ってる……。
……幸せに、ね」
それが償いになるとは思わないけれど。
それでもこれが、『僕』に出来る精一杯だった。
世界を滅ぼし、偽りの夢に溺れた愚かな悪い竜は死んだ。
それで良い。
そこにどんな想いがあったのかなんて、何の意味もない。
“めでたしめでたし”で締められた物語の先で、ルキナ達が幸せに生きてくれるのなら、『僕』には他には何も要らないのだ。
これで、やっと眠れるのだ。
この魂に行き着ける場所なんて無いだろうけれども。
それならそれで良い。
ギムレーの力でこの身を焼き滅ぼした『僕』が最後に見たのは。
懐かしく愛しい親友が、微笑んで手を差し伸べてくれる……そんな優しい幻だった。
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「そう、か……」
漸く虚構の夢から醒めた『僕』が永い永い沈黙の後にやっと溢したのは、その一言だった。
さっきまであれ程に荒れ狂っていた感情は、凪いだ様に静まり。
この胸を満たすのは、諦念の様な……静かな静かな哀しみだった。
最早ルキナの言葉を否定しようなんて思わない。
それが紛れもなく真実であるのだと、理解しているから。
夢を見る時間は終わった。
ただ、それだけだ。
後に残ったのは、哀しみと絶望と後悔と罪悪感だけ。
それでも、それらは激しく荒れ狂う様なモノではなく、深い深い淵に沈み行く様な……そんな静かで底の無い感情である。
ふと、ルキナの手に握られているファルシオンに目をやった。
神竜の力が溢れんばかりに輝いているその刀身は、“覚醒の儀”を果たして真の力を解放されている状態である事を示している。
あのファルシオンに貫かれれば、死ねはしなくとも『僕』は眠れる事が出来る。
だけれども……。
例えもうルキナの記憶の中に僕が居ないのだとしても。
それでも、ルキナ自らがその手を汚す必要なんて無い。
『僕』はギムレーでしかないけれど、見た目はルフレと同じだ。
ルフレと同じ姿の『僕』を討つ事は、ルキナにとっては少なからぬ負担になるのではないだろうか。
例えそれが狂った妄執であったのだとしても。
『僕』がルキナを想う気持ちに偽りは欠片も無いし、守りたいと想う気持ちは、“幸せ”にしてあげたいと願った心は、本物だ。
それだけは、嘘偽りの虚構の夢に溺れていた『僕』であっても、胸を張って言える。
だからこそ、ルキナの手を煩わせるつもりは無い。
『僕』は改めて“ルフレ”を見た。
この“過去”の……まだギムレーへと成り果てていない“自分”。
彼もまたルフレである以上は、『僕』と同じ様な末路を辿る可能性は無いとは言い切れないかも知れないが……。
暴走した『僕』の凶行によるものとは言え、最早ギムレー教団が滅びたこの世界では、態々ギムレーを甦らせようとする者も、そしてルフレがギムレーの器である事を知る者も最早居ないであろう。
用心するに越した事は無いだろうけれども、きっとこの“ルフレ”なら大丈夫だろう、とも思う。
目覚さえしなければ、ルフレはルフレとして……人として、人と共に生きていける。
『僕』には出来なかったその生が羨ましくないとは言えないけれど、妬ましさとかは感じられない。
自分にももしかしたらそんな道があったのかもしれないな……と、そんな穏やかな気持ちで居られる。
寧ろ、この“ルフレ”がルフレとして生き、そして人として死ぬ。
それこそが、ギムレーになるしかなかった『僕』の運命に対する意趣返しになるのではないだろうか。
ルキナに寄り添う様にして立つ“ルフレ”に、羨ましさと共に微笑ましさを感じた。
そして『僕』はもう一度ルキナを見詰める。
もう幼い子供ではなくなったルキナは、誰かに守られるだけの存在ではなくなった。
凛とした美しさを持って成長したルキナの姿に、思わず目を細めてしまう。
『あの日』から時を止めてしまった『僕』と、成長を続けてきたルキナ。
その差は剰りにも眩しくて、そして幾許かの寂しさを感じる。
願わくば、ずっとその傍でその成長を見守っていきたかったのだけれど。
……それは最早今となってはどうする事も出来ぬ、夢物語であろう。
あの愛しい幼子は、もう自分で歩いていける。
守りたいものを見付け、共に生きていきたい人を見付けた。
ルキナを守るのは、最早『僕』の役目などではない。
ルキナと人生を共に生きるのであろう、“ルフレ”の役目だ。
自分の結末を見定めた『僕』は、最後に、と天を仰いだ。
あの滅びた“未来”のそれとは似ても似つかぬ程の、穏やかで美しい黄昏の空がそこには広がっていて。
『僕』には些か不相応な程である。
それでも、悪くはない。
「…………ルキナ、今更どう謝っても赦されるではないけれど、……済まなかった。
君の未来が、今度こそ“幸せ”なものである事を、心から願ってる……。
……幸せに、ね」
それが償いになるとは思わないけれど。
それでもこれが、『僕』に出来る精一杯だった。
世界を滅ぼし、偽りの夢に溺れた愚かな悪い竜は死んだ。
それで良い。
そこにどんな想いがあったのかなんて、何の意味もない。
“めでたしめでたし”で締められた物語の先で、ルキナ達が幸せに生きてくれるのなら、『僕』には他には何も要らないのだ。
これで、やっと眠れるのだ。
この魂に行き着ける場所なんて無いだろうけれども。
それならそれで良い。
ギムレーの力でこの身を焼き滅ぼした『僕』が最後に見たのは。
懐かしく愛しい親友が、微笑んで手を差し伸べてくれる……そんな優しい幻だった。
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