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時の輪環、砂塵の城

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 ずっと、一緒に居たかった。
 僕も皆と共に生きていけるのだと、何の疑いもなく信じていた。

 僕とクロム達が出会ったのは、大きな戦乱が多くの国を呑み込もうとしていた……そんな動乱の時代で。
 哀しみも苦しみも、僕らは沢山味わってきた。
 沢山の絶望や悲劇に抗って、大切な仲間達の為に共に戦場を往く内に何時しか神軍師だなんて讃えられる様になっていったけど。
 僕と皆の日々は、変わったりはしなかった。

 何時だって僕の隣にはクロムが居て。
 戦いが終わる度に、疲れきっているけれど生き延びた喜びをその顔に浮かべた仲間達と祝杯をあげて。
 何時か全ての戦乱を終わらせた時の未来を、きっと来る筈の何時かを、一緒に語り明かした。

 戦争と戦争の間にあった短く細やかな何よりも尊い平和な時には、クロムや皆には子供が産まれていた。
 仲間達の子供と言う事もあって、どの子もみんな僕にとっては可愛い子達で。
 小さな彼らを抱き上げる度に、この小さな命を守りたいと、そう思っていた。
 彼らが生きる世界が、未来が。
 少しでも平和なものである様にと、幸せなものである様にと。
 それを願って、僕たちは戦っていたのだ。
 僕は軍師として、彼らから親を取り上げて戦へと駆り出してしまう酷い大人だったかもしれないけれど。
 それでも、一人も欠ける事なく子供達のもとへと帰れる様に、必死に自分が持てる全てを使って、策を示し続けてきた。

 大切だった。
 愛していた。

 仲間達を、彼等が作り上げていた“幸せ”を、命の繋がりを。
 掛替えの無い、愛しい宝物達を。
 僕は……守りたかったのだ。

 中でも特別に大切だったのは、やはりクロムと……その愛娘であるルキナだった。
 僕の半身、何よりも大切な……生涯の親友。
 クロムと共に過ごす時間が一番多かったからこそ、僕は子供達の中ではルキナと一番時を過ごしていた。

 怖い夢を見たと怯える幼いルキナに寄り添う日もあった。
 勉強に飽きたルキナのままごとに付き合って遊んだ日々もあった。
 戦禍の足音が再び近付いてくる事を敏感に感じ取って不安がるルキナと、僕が守ってあげると……そう約束を交わした事もあった。

 大事な親友の愛娘と言う事もあって、僕は一等ルキナを大切にしていて。
 まるでもう一人の父親の様だ、なんてクロムにからかわれた事もあった。

 共に生きていたかった。
 何時か逃れ得ぬ死が僕らを別つのだとしても、それはまだまだ先の事であると、そう無邪気に信じていたし、別たれた後もずっと心は繋がっていられると信じていた。
 僕は人と共に……彼らと共に生きていける存在なのだと、そう……何の疑いもなく信じていたのだ。

 だけれども。

 産まれながらに僕がこの身に背負っていた宿業は。
 そして、滅びを望む狂った妄執の連鎖は。
 そんな細やかな僕の願いを、祈りを、赦しはしなかったのだ。


 最悪の形でクロムを裏切り、その命を奪ってしまった僕は。
 その絶望を食い荒らされる様にして、ギムレーへと成り果ててしまった。
 いや、僕は産まれながらにしてギムレーであったのだからその言い方は正しくないか。
 何時かは辿り着く終わりが、その瞬間にやって来てしまった。
 そう言う事だったのかもしれない。

 僕は、人と共に生きていける存在ではなかった。
 それはきっと、最初から。

 夢を見なければ、僕が自分の成れ果てる先を知っていれば。
 そうすれば、こんな結末を迎えてしまう前に、クロム達から離れられたのではないかと。
 僕は何度も何度も……最早どうする事も出来ないのだと理解していながらも、尽きる事の無い後悔と絶望に苛まれ続けていた。

 だけれども、ギムレーへと成り果ててしまった僕は止まらない。
 僕としての意思なんて無関係に、殺戮と破壊を世界に振り撒き続けていた。

 クロムを殺した。
 仲間達を殺した。
 仲間達の子供達を殺した。
 沢山の民を殺した。
 国を滅ぼした。
 大地を滅ぼした。
 生きとし生ける全てを滅ぼし、焼き払った。

 僕の嘆きを、絶望を、後悔を。
 嘲笑う様に。
 僕が愛していた全てを、守りたかった全てを。
 その何もかもを。
 ギムレーと成り果てた僕は、蹂躙して壊し尽くしていった。

 何もかもを壊し尽くして。
 壊せるモノなんて、最早何もない。
 観測する存在が自分を除いて居なくなったから、時の流れすらも不確かになった滅びの大地。
 そんな終焉の最果てにまで、ギムレーと化した僕は終に辿り着いてしまった。

 そして。
 何もかもを壊し尽くしたギムレーは。
 際限の無い破壊衝動の化身である人格は。
 まるで満足したかの様に暫しの眠りに就いたのだ。

 後に残されたのは。
 最早償う事も出来ず、償う相手も全て殺し尽くしてしまった……。
 そんな……最早どうする事も出来ぬ罪業を背負った、『僕』の人格だった。

 背負うには重過ぎる罪禍に、僕の心がもたらす呵責に。
 そして、何もかもを喪った……壊してしまった世界に唯一人取り残された事実に耐えきれなくなった『僕』は。
 ……狂ってしまったのだ。

 自分を『ルフレ』だと、ギムレーとして成り果てる前だと誤認して。
 自分の咎も、自分がもたらした災禍も何もかもを、『ギムレー』に押し付けて。

 狂って狂って、狂い果てた『僕』は。
 唯一、『僕』がまだ喪っていない可能性があったもの。
 たった一人だけ残された、守りたかったモノ。
 僕が殺してしまったクロムの愛娘であり、僕にとっても大切な宝物であったルキナへと、狂った執着を向けたのだ。

 ナーガを食い滅ぼす直前。
 最早死に絶えたこの世界……いや、この時間軸から、ナーガがルキナを時の方舟に乗せて何処かへ逃がしたのを確かに『僕』は見たのだ。

 きっとルキナは生きている。
 そこが何処なのかは分からないけれど、きっと時の流れが行き着いた先で、きっとルキナは生きているのだと。
 そう『僕』は信じたのだけれど。

 しかし、狂い果てていた『僕』は、ルキナは『ギムレー』によって連れ去られたからここには居ないのだと、そんな風に狂った考えに支配されていた。
 ……ルキナは、ギムレーである『僕』から逃がす為に、過去へと送られたと言うのに……。

 取り戻さなくては、と。
 狂った『僕』は執拗にルキナを求めた。
 ……もうルキナしか、『僕』には残されていないから。
 だから、かつて交わした「守る」と言う約束に固執した。
 守らなくてはならないのだと、そう思い込む様になったのだ。

 そして、“取り戻す”為に。
 狂った『僕』は、“やり直す”事を、考え付いたのだ。

 過去に遡って、自分がギムレーへと成り果てる結末を変える事が出来れば、自分が犯した罪の何もかもを“無かった事”に出来るのではないかと、喪った……自分が壊してしまった全てを取り戻せるのではないかと。

 …………犯した罪を“無かった事”にする方法なんて、有りはしない。
 例え過去に戻った所で、『僕』がギムレーである事実は、ギムレーと成り果てて大切なモノを全て壊してしまった事実は、絶対に消えない。
 やり直した所で、また別の時の流れが生まれるだけ。
 “過去”のルフレがギムレーと成り果てる結末がなくなるのだとしても、今ここに居る『僕』は何一つとして変えられないのだ。
 ……本質的な意味では、“やり直す”事なんて、不可能なのだ。
 それは、ギムレーの神の如き力を以てしても。

 だけれども、既に壊れていた『僕』は、それを無意識の内には理解しつつも、その不都合な事実からは目を反らした。
 夢想と言う名の虚構で真実を覆い、虚無の中に溺れて目隠する事を選んだのだ。

 だけれども、本当は分かっていた。
 例え“過去”を変えた所で、僕の大切なモノは、何一つとして帰って来ない事を。
 だから、『僕』は、ルキナだけに固執し続けたのだ。
 それしかもう、残っていない事を。
 “やり直して”、そしてまたもう一度取り戻せるかもしれないのは、ルキナだけだと……誰よりも本当は理解していたから。
 だから、“やり直す”のだと、“取り戻す”のだと散々嘯いていても、『僕』は一度もクロムや仲間達の事は考えようとはしてこなかった。
 イーリスと言う国の事すらも、無意識の内に思考の端に過らない様にさせて。

 ………………。
 それでも、“やり直す”事しか、最早『僕』には縋れるモノは無かったのだ。
 全てが死に絶えた世界に取り残される事も耐えられず、犯した罪の重さにも耐えられなかった、剰りにも愚かで弱い『僕』には、もう……それだけしか……。

 だから、『僕』は“やり直す”為に、“過去”へと跳んだのだ。
 流れ着いたそこにルキナも居たのは、偶然と言うには出来すぎている気はするけれど、少なくともそれは『僕』の意図した事では無かったのは確かだ。

 そして『僕』は……“やり直す”為に、ギムレーへと成り果てた結末を“無かった事”にする為に、ファウダー達が率いるギムレー教団の者達を完膚無きまでに鏖殺する事にしたのだ。
 ……何れ程自分を『ルフレ』だと錯覚していようとも、『僕』はもうルフレではなくギムレーだ。
 だからこそ、ルフレとしては有り得ない様な手段を、何の疑問も感じる事なく選ぶ事が出来てしまう。

 きっと『僕』が殺してしまった人達の中には、ギムレーの復活とは無関係だった人も大勢居ただろう。
 襲ってきた人達だって、ギムレー教団の刺客なんかではなく、ただ単に大切な人の仇を取ろうとしていたのかもしれない。
 それどころか、そもそもギムレー教団とは関わりもない人達も、沢山殺してしまっていたのかもしれない。
 ……だけれども。
 自分の都合の良い幻影しか見えてなかった『僕』には、彼等が等しく『ギムレー』を甦らせ様としている敵にしか見えなかったのだ。
 だから、何の躊躇いもなく殺せた。
 ……いや、判っていたとしても、きっと『僕』は殺す事に躊躇いなんて持てなかっただろう。

 今だって。
 ルキナやクロム達を殺す事は出来ないけれど、それ以外なら……きっと何も感じる事もなく殺せてしまう。
 ……やはり『僕』は、ルフレではありえない。
 人と共に生きていける筈などない、ギムレーだ。


 “過去”は変えられない。
 “やり直す”事なんて出来はしない。
 喪ったモノを“取り戻す”術なんて、何処にもない。
『僕』がみんなに償う方法なんて、無い。
 ……『僕』は、ギムレーでしかないのだ。


 その事実を。
 目を反らし続けてきた真実を。
『僕』はやっと、認めた。




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