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時の輪環、砂塵の城

◇◇◇◇◇




 探し求め続けていた愛しい人が突然に目の前に現れて、『僕』は一瞬困惑してしまう。

 ずっとずっと、君を探していた。
 その手をもう一度掴みたくて、もう一度君と共に生きたくて。
 君を、今度こそ守ってあげたくて……。

 愛しさが込み上げてきて、息が詰まってしまいそうだ。


「ルキナ……良かった……やっと、君を……」


『僕』の記憶の中に残る姿よりも、幾分か大きくなっているけれど。
『僕』がルキナを、愛しい宝物を、見間違える筈はない。
 愛しい子、愛しい人、たった一つ『僕』の手に残った宝物。
 もう大丈夫。
『僕』が君を守ろう。
 この命の限り、ずっと、ずっとずっと……何時までも。
 もう恐がらなくて良い。
 恐いものは、君を傷付けるものは、『僕』が全て壊してあげる。
 だから──


 しかし、ルキナへと伸ばした手は、険しい眼差しのローブの男によって遮られた。
 そのまま男はルキナを庇う様に、一歩前に進み出る。

『僕』と全く同じ顔、同じ服装の、『僕』ではない“誰か”。
 その姿を見ていると、胸が不吉を訴える様に騒めく。
 ルキナを『僕』から隠すように、敵意の籠った眼差しで射抜いてくる男。

『僕』は、彼を知らない。
 知らないが……誰よりも知っている様な気すらもする。
『僕』からルキナを奪った存在、ルキナを捕らえる者。
 ああ……そうか、この男が……。


「ルキナを、返せ」


 ともすれば有無を言わさず殺しそうになる程の激情をギリギリの所で抑えながら、そう『僕』が訴えると。
 男──『ギムレー』は益々その眼差しに敵意を漲らせる。


「返せ……?
 何を言っているんだ……。
 ルキナはお前のモノじゃないだろうに」


 訝る様な『ギムレー』のその声音に、『僕』は怒りを抑える事も忘れて声を枯らさんとばかりに叫んだ。


「お前がっ……!
 お前が『僕』から奪ったんだっ……!
 全部、全部……っ。
 お前が……『ギムレー』が居なければっ、『僕』は……っ!
 “何も”喪わなかったのに……。
『僕』にはもう……ルキナしか居ないのに……っ!
 そのルキナすら、お前が奪ったんだろう……!?」


 守ると、『僕』はルキナに約束したのに。
『僕』は守れなかった。
 守って……あげられなかったのだ。

 怒りと哀しみで視界が紅く染まった様にすら思える。

 ああ……それなのに。
『僕』の“何もかも”を奪っていったと言うのに。
『ギムレー』は、何一つ心当たりが無いとでも言いた気に困惑していた。

 “何もかも”。
 そう、『僕』は“何もかも”を奪われたのだ。
『僕』にも、大切なモノが沢山あったのに、愛していたモノがあんなにも沢山あったのに。
 “何もかも”……っ!
 ルキナの“幸せ”だって、笑顔だって、『ギムレー』によって奪われたのだ。
 到底、赦せる筈もない。
 その存在の全てを否定して、殺してやる。
 その為に『僕』は……。
『ギムレー』を消し去る為に、こうやって“やり直した”と言うのに……!
『ギムレー』にとっては、『僕』から“何を”奪ったのかなど、取るに足らぬ事でしかなく、記憶の片隅にも残っていないのだ。

 やはりコイツは存在してはいけない。
 消し去ってやる。殺してやる。
 完膚無きまでに叩き潰して、絶望に染め上げて殺してやる。

 グルグルと『僕』の中に渦巻く怒りは止まる事を知らず、魔力の奔流となって漏れ出てしまっている。

 大丈夫。
『僕』なら、コイツを殺せる。
 コイツを殺せば、『僕』はやっとルキナを取り戻せるのだ。


「死ね……っ!」


 跡形も残す事なく消し飛ばしてやろうと、極限まで凝縮させた力を解き放とうとしたその時。



「な、何を言っているんですか……!?
 ギムレーは、あなたの事でしょう!?」



 ルキナの悲鳴の様な、そんな困惑と怒りに満ちた言葉が、『僕』の動きを止めた。


「ルキナ……?」

「私からお父様達を奪ったのも!
 私達の世界を滅茶苦茶に壊して……あんな“未来”にしたのも!
 全部っ、あなたがっ……!!!」


 その心を締め付ける様な叫びは、まるでルキナの魂の慟哭の様で。
『僕』は、痺れた様に動けなくなる。

 ルキナの言っている言葉のその意味が、分からない。
『ギムレー』? 『僕』が……?


「私から全てを奪って……!
 それでもまだ、足りないと言うんですか……!?
 こんな所まで私を追いかけてきて……。
 やっと出会えた大切な人を……!
 ルフレさんを、私からまた奪うつもりなんですか……!?」

「ち、違っ……。
『僕』は、ただ……君を……」


 そう、『僕』はただ……守りたかっただけなのだ。
『僕』の大切な人を、大切な愛し子を。
 今となっては遠くの昔に、幼いあの子と約束した通りに。
 もう『僕』には、ルキナしか……ルキナしか守れるものはないのだから。


「もうこれ以上私から奪わないでください……!
 お父様も、お母様も、リズ叔母様も、ウード達も……っ!
 みんなあなたに殺された!
 お父様の仲間も、私の仲間達も、誰も彼もみんな殺して……!
 幾億の民の骸を積み上げて……!
 国も世界も未来も滅ぼして……!
 これ以上何を望むんですか?
 一つの世界を滅ぼしただけでは満たされず、過去も何もかもを滅ぼそうとしているんですかっ?!」

「違う……!
『僕』は、『僕』はただ……“やり直そう”と。
『ギムレー』を、“無かった事”にして、そうすれば……。
 そう、そうだ……。
 ……『僕』は。『僕』はっ、『ギムレー』なんかじゃないっ!
『僕』は『ルフレ』だ!」


 そう、“やり直せば”良い。
 そうすれば“全て”は“無かった事”に出来る。
 全ては、誰もが望んだ通りの“未来”になるのだ。
 全ての罪は犯される前に消え去る。
 喪われたモノは、何事もなくそこに戻り。
 全ては、満たされる筈なのだ。

 夢幻に縋る様に、『僕』は必死にその想いにしがみついた。
 もう『僕』にはそれしか残されていない。
 もうそれしか償う方法なんてない。
 何もかも、“無かった事”にするしか。


 しかし、『僕』の最後の寄る辺たるその虚構は、妄執は。
 誰よりも愛しい人によって、無惨にも打ち砕かれる。


「あなたはルフレさんなんかじゃない!
 ルフレさんは、私が愛する人は、ここにいるただ一人です!
 あなたは、私から全てを奪っていった、ギムレーだっ!!!」


 そのルキナの魂の叫びは。
『僕』の目を覆っていた全ての虚構を剥ぎ取った。




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