『ペルソナ4短編集』
◆◆◆◆◆
年の瀬も迫る中、身を切る様な冷たさに僅かに身を竦め、マフラーに口元まで埋める様にして寒さを凌ぐ。
道行く人々は足早に何処かへと向かい、すれ違った人の事など全く気にも止めやしない。
何くれとなく他人の目があったあの町とは違い「無関心」である事が当たり前の都会のそれに、慣れ親しみ居心地の良さも感じながらも「やれやれ」と心中ではボヤいてしまう。
誰も、今すれ違った冴えない風貌の男が、人を二人も残虐な方法で殺害した連続殺人犯だとは知りはしないのだし気にも留めない、況してや「どうでも良い」なんて理由でこの世界の滅びを望み何かが掛け違えば叶えてしまっていただろう大罪人である事など知る由もない。
一時はそれなりに世間を騒がせたそれですら、結局の所「当事者」では無い者たちにとっては日々溢れている娯楽の様に消費される情報でしか無く、すっかり忘れ去られていた。
まあ、己の経歴に消す事など出来ないものを背負った事は間違い無い事であり。証拠不十分で不起訴になった後も、それは常に付いて回った。
どうにか職を見付け細々と生きているだけの、そんな下らない生き方しか出来ない犯罪者。
それが、世間から見た僕の評価なのだろう。
そしてそれは何よりも僕自身が強く理解している事だ。
「なのに、何でなんだろうねぇ……」
ぼんやりと呟いてしまったその言葉は、灰色に曇った空の下何処にも届かずに白い吐息と共に消える。
まるであの冬のそれの様に暗い灰色に濁った空は、どうにもあの時の事を思い起こさせた。
あの日、自分をゲームマスターだなどと嘯きあの町で起きていた全てを高みから見下ろしていたかの様に思い込んでいたそれを、「真実」に辿り着いた彼等に糾弾された時。
確たる証拠など無かったのだから、幾らでも誤魔化す事は出来ただろう。
道化師の仮面の下で嘲笑いながらその追及を躱す事だって、僕になら出来た筈だった。
それなのに、ああもボロを出してしまったのは。
あの銀灰の瞳が複雑な感情と共にそれでもただ真っ直ぐに己を射抜いたからなのだと、今となってはそう考えてしまう。
甘く愚かで「真実」に辿り着いて尚も信じて手を伸ばそうとしてきたそれを振り払ったのに、その後もしつこい程に手は伸ばされ続けた。
滅び果てた街のその最果てで対峙して、客観的に見れば余りにも身勝手でどうしようも無いクズの様な言葉を浴びせ掛けられて、それどころか本気で殺す気で戦って。それでも馬鹿みたいに、彼は何一つとして諦めなかった。
僕の何をそんなに「信じている」のか、今でも本気で理解出来ないが。こんな僕に手を伸ばし続けるそれは、驚く事にその後も何があっても変わる事はなかった。
現実のルールに従って裁かれ……る事はまあ結局無かったが、しかし社会的な制裁と言う点ではとても重いものを背負う事になり、贖罪にもならない空虚な余生でも過ごすのだろうと思っていたと言うのに。
少年らしさの抜けた青年となった彼は、それでもこんな僕を探し出してまで態々手を差し出しに来た。
何度断っても何度振り払っても、何一つとして諦めやしない彼に辟易して、とうとう降参してしまった程だ。
要は、彼の粘り勝ちという事である。
可愛気の無い所も多い彼の、一番可愛気の無い部分に僕は負けたのだ。
馬鹿な子供だ。
半年程度の付き合いしか無かった、精々何度か情を掛けて貰っただけの、下らない犯罪者の為に。
彼は躊躇うこと無く自分の時間も何もかもを捧げてしまっていた。その想いが届く事なんて、一生涯無かったかもしれないと言うのに。
余りにも愚かで、だからこそ僕は彼に勝てなかったのだろう。
灰色の曇天の向こうに、目が痛くなる程の青空がある事を僕は知っている。
何もかもを喪い自分には何も無いのだと喚き叫んだとしても、それを全力で否定するかの様に手を伸ばし続ける様な、愚かでお人好しで……そして何よりも眩しいものがこの世にはある事も知っている。
「帰ろう」、と。何時かのあの日に彼がそう言葉にした様に。こんな僕にでも「帰る場所」とやらが存在する事を知っている。
そして、それを忘れる事はこの先一生出来ない事であるのだろう。
「全く、こんな寒い中に買い出しに行かせるなんて」と、そう文句の一つでも言ってやろうと思いながら。
僕は、家路を少し足早に急ぐのであった。
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年の瀬も迫る中、身を切る様な冷たさに僅かに身を竦め、マフラーに口元まで埋める様にして寒さを凌ぐ。
道行く人々は足早に何処かへと向かい、すれ違った人の事など全く気にも止めやしない。
何くれとなく他人の目があったあの町とは違い「無関心」である事が当たり前の都会のそれに、慣れ親しみ居心地の良さも感じながらも「やれやれ」と心中ではボヤいてしまう。
誰も、今すれ違った冴えない風貌の男が、人を二人も残虐な方法で殺害した連続殺人犯だとは知りはしないのだし気にも留めない、況してや「どうでも良い」なんて理由でこの世界の滅びを望み何かが掛け違えば叶えてしまっていただろう大罪人である事など知る由もない。
一時はそれなりに世間を騒がせたそれですら、結局の所「当事者」では無い者たちにとっては日々溢れている娯楽の様に消費される情報でしか無く、すっかり忘れ去られていた。
まあ、己の経歴に消す事など出来ないものを背負った事は間違い無い事であり。証拠不十分で不起訴になった後も、それは常に付いて回った。
どうにか職を見付け細々と生きているだけの、そんな下らない生き方しか出来ない犯罪者。
それが、世間から見た僕の評価なのだろう。
そしてそれは何よりも僕自身が強く理解している事だ。
「なのに、何でなんだろうねぇ……」
ぼんやりと呟いてしまったその言葉は、灰色に曇った空の下何処にも届かずに白い吐息と共に消える。
まるであの冬のそれの様に暗い灰色に濁った空は、どうにもあの時の事を思い起こさせた。
あの日、自分をゲームマスターだなどと嘯きあの町で起きていた全てを高みから見下ろしていたかの様に思い込んでいたそれを、「真実」に辿り着いた彼等に糾弾された時。
確たる証拠など無かったのだから、幾らでも誤魔化す事は出来ただろう。
道化師の仮面の下で嘲笑いながらその追及を躱す事だって、僕になら出来た筈だった。
それなのに、ああもボロを出してしまったのは。
あの銀灰の瞳が複雑な感情と共にそれでもただ真っ直ぐに己を射抜いたからなのだと、今となってはそう考えてしまう。
甘く愚かで「真実」に辿り着いて尚も信じて手を伸ばそうとしてきたそれを振り払ったのに、その後もしつこい程に手は伸ばされ続けた。
滅び果てた街のその最果てで対峙して、客観的に見れば余りにも身勝手でどうしようも無いクズの様な言葉を浴びせ掛けられて、それどころか本気で殺す気で戦って。それでも馬鹿みたいに、彼は何一つとして諦めなかった。
僕の何をそんなに「信じている」のか、今でも本気で理解出来ないが。こんな僕に手を伸ばし続けるそれは、驚く事にその後も何があっても変わる事はなかった。
現実のルールに従って裁かれ……る事はまあ結局無かったが、しかし社会的な制裁と言う点ではとても重いものを背負う事になり、贖罪にもならない空虚な余生でも過ごすのだろうと思っていたと言うのに。
少年らしさの抜けた青年となった彼は、それでもこんな僕を探し出してまで態々手を差し出しに来た。
何度断っても何度振り払っても、何一つとして諦めやしない彼に辟易して、とうとう降参してしまった程だ。
要は、彼の粘り勝ちという事である。
可愛気の無い所も多い彼の、一番可愛気の無い部分に僕は負けたのだ。
馬鹿な子供だ。
半年程度の付き合いしか無かった、精々何度か情を掛けて貰っただけの、下らない犯罪者の為に。
彼は躊躇うこと無く自分の時間も何もかもを捧げてしまっていた。その想いが届く事なんて、一生涯無かったかもしれないと言うのに。
余りにも愚かで、だからこそ僕は彼に勝てなかったのだろう。
灰色の曇天の向こうに、目が痛くなる程の青空がある事を僕は知っている。
何もかもを喪い自分には何も無いのだと喚き叫んだとしても、それを全力で否定するかの様に手を伸ばし続ける様な、愚かでお人好しで……そして何よりも眩しいものがこの世にはある事も知っている。
「帰ろう」、と。何時かのあの日に彼がそう言葉にした様に。こんな僕にでも「帰る場所」とやらが存在する事を知っている。
そして、それを忘れる事はこの先一生出来ない事であるのだろう。
「全く、こんな寒い中に買い出しに行かせるなんて」と、そう文句の一つでも言ってやろうと思いながら。
僕は、家路を少し足早に急ぐのであった。
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