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『ペルソナ4短編集』

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 降り積もった雪は除雪をしていてもやはりまだあちらこちらに残っていて、道を歩く度にサクリサクリと雪を踏み締めていく感触が返ってくる。
 小さな子供が居る様な家では、塀の上や玄関先などに雪だるまが飾られていたり、時折雪ウサギが鎮座していた。

 吐息は霧の様に白く曇っては直ぐに消えてゆき、道行く人々は寒風に身を震わせながら足早に歩いていく。

 年も明けて少し経ったある日。
 りせは久慈川豆腐店と同じく商店街にある巽屋に遊びに来ていた。
 大した用件がある訳では無いのだが、巽屋の一人息子の完二とはクラスメイトかつ特捜隊と言う繋がりを持つ仲間である。
 個人的にはあまり名誉な事では無かったが、共に夏休みに補講を受けたりもした仲だ。
 家同士がかなり近い事もあって、りせは時々だがこうやって遊びに来るのであった。



「先輩の風邪、大丈夫なのかな……」

 りせはポツリとそう溢す。
 りせが言う先輩とは、りせ達とは一つ学年が上の先輩で特捜隊のリーダーを務めている鳴上悠の事だ。
 りせも完二も、彼と彼が率いる特捜隊に命を救われた経験を持つ。
 この冬、りせ達は彼と共に稲羽で起きていた“事件”を解決に導き、街を霧で覆っていた存在をも打ち倒した。
 が、しかし。
 少々無理が祟ってしまったのか、年を明けて直ぐに彼は体調を崩して風邪を引いてしまったのだ。
 家族は検査の為に再入院してしまってる為、現在彼は一人で家に居る訳なのだが。
 仲間の一人であるクマが、泊まり込みで看病を行っていた。
 りせや特捜隊の仲間達も連日お見舞いに訪れているのだが、風邪を移してはいけない、と、彼はりせ達を家に長居させようとはしないのだ。

 おかゆか何かでも作ろうかとりせが訊くと、熱で赤くなっている顔を僅かばかり青褪めさせながら彼は首を横に振ったのであった。
 尚、その時一緒に居た陽介までもが顔を蒼褪めさせて首を横に振っていた事も併せて述べておこう。

 何はともあれ、りせと完二にとって彼は大切な人であり、そんな彼が体調を崩していると言うのはやはりどうしても気にかかるのだ。

「まあ、一応ちゃんと意識はあったみてーだし、クマもアイツはアイツで何だかんだちゃんと先輩の看病が出来てるみてーだからな。
 心配なのはそうだけどよ、オレらが騒ぎ過ぎて逆に先輩の負担になっちゃいけねーだろ」

 チマチマと、その見た目からは想像も出来ない程に繊細な手付きで編みぐるみを編みながら完二はそう言った。

「確かにそうかもだけどさ……。
 ……なんか、カンジのクセに生意気」

「うっせ」

 そう言っている合間にどうやら一体完成したらしい。
 満足がいく出来映えだったのか、嬉しそうに作ったばかりの編みぐるみを見ている。

「相変わらず器用だよね。
 ホント、カンジの見た目とは全然似合ってないけど」

「言ってろ」

 明け透けにズバッとりせは言うが、完二はあまり気にした様には見えない。
 吹っ切れたと言うのもあるが、普段からりせと完二はこんな感じなのだ。
 今更一々気にした所で仕方無い。
 自分の見た目的にはあまり似合ってないのは重々承知しているし、そもそもの話をすれば、趣味を隠す為に不良の様な見た目をしているのだ。
 …………尚、成績が不良なのは完二の素である。

 りせにしても、完二と話すのは随分と気が楽であった。
 特捜隊の皆とは誰と居ても楽しいのだが、完二と居ると本当に明け透けに物を言えるのだ。
 それは完二が繊細な部分はあっても、基本的に根には持たず結構度量が広いと言うのもあるのだろうが。
 陽介に対しても結構ズバッと言ってるのだが、相手はやはり一つ上の先輩。
 芸能界でその手の上下関係をみっちり仕込まれているりせにとっては、どうしても少しは遠慮が入る。
 その点、同学年である完二はとても楽だった。
 同性のクラスメイトである直斗よりも話すのが楽と言うのも少々不思議な話であるが、そうなのだから仕方がない。

「そう言えば、完二って自分が作った編みぐるみをお店で売り始めたよね。
 何かの心境の変化?」

 編みぐるみを見ていて、ふと気になっていた事をりせは訊ねる。
 完二の趣味は昔から手芸であるらしいが、かつてはその趣味をひた隠しにしていた。
 色々とあって仲間内では割りとその趣味はオープンにされていたが、それでもやはり、対外的には隠していたのだ。
 が、ここ最近になって、巽屋の店先の片隅に完二が作った編みぐるみがひっそりと並ぶ様になった。
 結構な頻度で並べてある品が変わっていってる所を見るに、中々の売れ行きである様だ。
 まあ、完二の手芸の腕は誇張抜きに凄いので、売れる理由はりせにも分かるのだが。

「ああ、まあ、な。
 色々あって、気付いたんだよ。
 俺は今まで、分かってもらえなくて辛い思いをしてたけど、“分かってもらう”努力をしてなかったんじゃないかってな」

 完二が始めた、“分かって貰う為の努力”の一歩が、それであったらしい。
 完二の母が出してくれたお茶を飲みながら、「そっか……」とりせは呟いた。

「完二、結構変わったよね」

 出会った頃とは、随分と違う。
 それはやはり、彼のお陰であるのだろうか? 

「ま、『シャドウ』見たりとか、色々あったからな。
 てか、変わったってーなら、それはそっちもそうだろ」

 完二にそう返され、確かにね、とりせは笑う。
 完二が変わった様に、りせも変わった。
 いや、りせや完二だけじゃない。
 特捜隊に居る皆が、もしかしたら彼でさえも、変わったのだ。

「あ、そうだ。
 今度の春からね、私、芸能界に復帰する事に決めたんだ」

 何の事も無い様に、努めてりせは軽く言った。

「りせちーは嫌だって、もうアイドルなんて嫌って思って逃げてきたんだけどね。
 皆と出会って、色々とあって……。
 アイドルやってた“りせちー”も私だったんだって、そう確かに思えたから……。
 もう一度、今度は逃げずに始めてみようって思ったんだ……」

 一年に近いブランクが、芸能界にとって何れ程の重荷となるのかは分かっている。
 しかもりせは、突然休業したのだ。
 業界に復帰したとしても、暫くは辛い思いをするだろう。
 ……それでも、もう一度始めようと思ったのだ。

「だから来年からは、今みたいに皆で過ごせる時間は減っちゃうと思う。
 先輩も、実家の方に帰っちゃうらしいし……」

 陽介達も来年は三年生だ。
 大学受験をするのかどうかは知らないが、どうであるにしろ将来の選択をしなくてはならない時期である。
 今みたいに、集まったり、何て事が無い日も皆でワイワイと騒いだりとかは、出来なくなるのだろう。

 …………そして。
 アイドルに復帰すると言う事は、必然的に稲羽で過ごす時間は減る。
 もしかしたらまた都会の方へと転校する事になるのかも知れない。
 そうしたら…………。
 こうやって完二と気兼ね無く過ごせる時間も、無くなってしまうのではないだろうか。

 事件が解決され、年が明けて復帰を予定している日が近付くにつれて、りせはそう強く思う様になっていた。

 しかし、りせがそう言うなり、直ぐ様完二は何の事も無いかの様に答える。

「アイドルってのがどんなのかはオレにはイマイチわかんねーけど、りせが決めたってなら、後はそれを突き通せば良いだろ。
 先輩らだって、居なくなったりする訳じゃねー。
 大事なのは、過ごす時間の長さじゃなくて、その内容だろ。
 集まった時に、皆で笑いあえてたら、それで良いじゃねーか」

 キッパリとそう言い切る完二を、りせは思わずその言葉に頷く事も忘れて見た。
 そして、その言葉が胸に染みゆくかの様に、暖かく灯される。

 冬も過ぎ行き、そう遠く無い内に春が来るのだろう。
 春が来れば、このままの自分達では居られないのだろうけれども。
 どうしてか、きっと自分と完二の間が変わる事は無いのだろうと、りせは確信していたのであった。

 りせや皆がどうなるのだとしてもきっと完二は変わらないし。
 お互いに顔を合わせた時は、どんな時だってこうやって二人して遠慮無く言葉をぶつけ合えるのだろう。
 それは、とても得難く、それでいて暖かな、大切な一つの“居場所”であった。


「…………ありがと」

 顔を合わせて言うのは少し気恥ずかしかったので、ちょっと顔を逸らして小声で礼を言うと。
 聞き取れなかったらしく、完二は「あっ?」と声を上げた。

「今何か言ったか?」

「……バカンジって、言っただけ!」

 言い直す気にはなれずにそう言い返すと、「お前なぁ……」と呆れた様な顔をされる。
 そんな完二に、りせはもう一度遠慮無く「バカンジ!」とぶつけるのであった。




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