『ペルソナ4短編集』
◆◆◆◆◆
一目惚れなんて、それは本当の意味で相手の事を好きになった訳じゃないだろうとずっと思っていた。
初対面で言葉すら交わしてない状態で分かるものなんて外見の情報位しか無いのだし、それだけで他人を心から愛する事なんて無いだろうと思っていたのだ。
俺の容貌はそれなりに目を惹くからなのか、時々ではあったが告白される事はあった。しかし、大して顔も知らないし関わっても無い相手から顔だけを理由にそう言った好意を寄せられても、嬉しいとは感じない質で。
彼女らの言う「一目見た時から好きだった」というそれに心を動かされた事は無い。
だからこそ、一目惚れなんて信じていなかった。
意識する切っ掛けではあれど、それ以上のものにはならないと。
それが、俺の信条の一つとも言えた。
だから、あの日……巽屋の前で初めて出会ったその時に感じたものを。
その怜悧な眼差しと視線が絡み合った瞬間に頭から足の指先までを電撃の様にも感じる何かが走り抜けた事も、落ち着いた低い声が鼓膜を揺らした時の酩酊するかの様な衝撃も。
全部、気の所為だと思った。
その後も何度も顔を合わせる事になった時にも、ふと気付けばその姿を目で追っていた。
でもそれも、自分たちとは違う方向から真実を探そうとする……一種の同志に対する好奇心や仲間意識の様なものかと思っていた。
疑心をこちらに向けている視線を感じていた時ですらそれを疎ましいなどと思った事はなく、寧ろその思考の少なくない部分を自分が占めている事に不思議と喜びを感じていたのだ。
それなのに、それら全てから俺は目を逸らしていた。
人はより多くの時間を共に過し、プライベートな時間や事情を共有すればするだけ相手をより好ましく思い親密になっていくものだと思う。
勿論、相手が好ましい人格の持ち主であるなら……と言う但し書きは付けるべきだとは思うが。
だからこそ、『影』と向き合うその時に立ち合い、仲間として同じ目的の為に力を合わせて背中を預けあって戦い、更には個人的な事情にまで立ち入ったより深い交流まで持てば、その相手の事をより一層大切に思うのは必然だと思うのだ。
自分自身で道を決めて生きていきたい気持ちと、しかし自分が生まれ育った場所である旅館の事を大切に思い守りたいと言うそれと板挟みになって葛藤する雪子の姿にそれを傍で見守ってやりたいと言う気持ちが芽生えていたし。「好きなのか?」と言外に訊ねて来たその態度に雪子が求めていた言葉を返す事に躊躇いなどある筈は無かった。
客観的に見て雪子がとても魅力的な女性であると言うだけではなく、共に時間を過ごした事でより深い内面を知り愛しく思ったからだ。
これこそが本当の意味で愛情なのだろうと、その時は思った。
しかし、まるで何かのブレーキが壊れているのではないかと思わず己を疑ってしまう程に、俺は次から次へと仲間たちを恋人にした。
彼女たちは全員が全員違う魅力に溢れていて、共に過ごす内に仲間としての全体的な繋がりをは遥かに超えた親愛の情を抱くなど当然と言えば当然で。
雪子に感じた愛しさと同等のものを感じている彼女達の期待に応えるなど、余りにも当然の事であったのだ。
勿論、既に恋人がいるにも拘ず不義理を働いている事を積極的に肯定すべきではないとは分かっている。
しかし、大切だと思う気持ちに、支えたいと感じたそれに、どうして背を向ける事が出来ようか。
そう己の行いを正当化してはいても、しかし心の何処かは満たされないままで。
皆の事を可愛いと心から思うのに、それでも何かが足りなかった。
そんな俺の心中を見抜いていたのか、陽介は何処か呆れた様な顔で「お前……何時かマジで刺されかねないからな」と忠告してくる程で。
それについては、「善処する」としか答えられなかった。
夏が過ぎ、あの青く目を惹く帽子を校内で見掛ける様になって。
そして、彼女……そう「彼女」がその心の奥底に押し込めて見ないフリをしていた『影』を目にして。
俺は、冷静さを必死に取り繕うその裏で激しく動揺していた。
「寂しい」「ここに居て良い理由が欲しい」「一人にしないで」と。
事件の謎に迫れなかったからか何処か余裕を無くしたように虚勢を張りながらも、それでも己の足で確りと立っていた彼女の、自分自身に否定され続けていた本心。
寂しがり屋で、だけど人との付き合い方が上手くなくて、自分が居ても良い居場所を探している、そんな一人の女の子の姿がそこにあった。
何かを得る事に「理由」が必要だと考えてしまう、余りにも純粋で不器用なそれを、どうしようもなく愛しいと感じた。
涙を零すその姿に、この心は激しく揺さぶられ、その涙を拭ってやりたい衝動と同時に、俺以外にも彼女の涙を目にしている者が居る事に嫉妬の様な……何とも言えない感情も抱いてしまう。
その動揺をどうにか抑え切って『影』を制圧する事が出来たのはかなり奇跡に近い事だったと思う。
……そして、漸く俺はこの時に自覚したのだ。
俺が恋をしたのは、この魂が震える程にまで求めていたのは。
彼女……白鐘直斗だったのだ、と。
恋人にした四人の事も大切に思っているし、何か困っている事があれば己の身を削ってでも喜んでその力になるだろう。
だが、直斗に感じたそれは、そんなものでは無い。そんな想いとは比べ物にならなかった。
直斗に感じたモノは、在り来りで使い古された臭い言葉を敢えて使うのであれば間違いなく『運命』だった。
直斗に出会う為に、自分は今までやって来たのだと、この町にやって来て……そしてこうして真実を追い求めていたのだと。そう確信してしまった。
何時からそこまでの重過ぎる感情を直斗に向けていたのかと、そう考えると、それはきっと初めて出会ったその時。
その姿をこの目に映したその時であった。だが、一目惚れなんて信じていない俺はそれを全力で否定していた。
そんな事をしなければ、もっと話は単純なもので済んだのだろうか。
次から次に仲間と恋人関係になり、不義理を働きに働いて。
……今の俺は、真実を追い求め真っ直ぐな正義感を持つ直斗のそれには全く相応しくないのだろう。
本当に欲しているものが何なのか漸く気付いた時には、その気持ちを真っ直ぐに向けて貰える様な状態ではなくなっていたなんて、なんて笑い話なのだろう。……俺としては全く笑えないが。
それに、今現在恋人である四人にも大変失礼な事である。
最低男のレッテルは免れないだろうし、それは間違いなく事実なのだ。
だが、それでも……そうだとしても。
俺が直斗を諦めれる訳などなかった。
他の何もかもを喪っても、直斗だけはこの腕の中に捕らえたかった。
思えば、俺が最初に目覚めたペルソナはイザナギだ。
たった一人の最愛の妻を、死に別れても尚黄泉路を辿ってでも連れ戻そうとした、相当に執着が激しい神である。
まあ、相手の真実を無理に暴いてしまった事で共に生きる事は叶わず、最愛の相手とは生と死で隔たれ呪われる事になったのだけど。
何であれ、心から焦がれるものに対して俺は止まれない質なのだと思う。
自分自身を否定して押し込めて漸くその『影』に向き合ったばかりの直斗にとって、異性との恋人関係など慮外の事であろうし、寂しがり屋の子供である事は認めたとしても女性である事自体にはまだ納得がいってないのかもしれない。
ならば、どうやって話し掛けて、その心の中に俺の存在をより強く印象付けるべきか。
その為の策を考えながら、求めていたものを漸く見付けた喜びに僅かに歪んでいた口の端を、直斗に悟られぬ様にそっと手でさり気なく覆い隠すのであった。
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一目惚れなんて、それは本当の意味で相手の事を好きになった訳じゃないだろうとずっと思っていた。
初対面で言葉すら交わしてない状態で分かるものなんて外見の情報位しか無いのだし、それだけで他人を心から愛する事なんて無いだろうと思っていたのだ。
俺の容貌はそれなりに目を惹くからなのか、時々ではあったが告白される事はあった。しかし、大して顔も知らないし関わっても無い相手から顔だけを理由にそう言った好意を寄せられても、嬉しいとは感じない質で。
彼女らの言う「一目見た時から好きだった」というそれに心を動かされた事は無い。
だからこそ、一目惚れなんて信じていなかった。
意識する切っ掛けではあれど、それ以上のものにはならないと。
それが、俺の信条の一つとも言えた。
だから、あの日……巽屋の前で初めて出会ったその時に感じたものを。
その怜悧な眼差しと視線が絡み合った瞬間に頭から足の指先までを電撃の様にも感じる何かが走り抜けた事も、落ち着いた低い声が鼓膜を揺らした時の酩酊するかの様な衝撃も。
全部、気の所為だと思った。
その後も何度も顔を合わせる事になった時にも、ふと気付けばその姿を目で追っていた。
でもそれも、自分たちとは違う方向から真実を探そうとする……一種の同志に対する好奇心や仲間意識の様なものかと思っていた。
疑心をこちらに向けている視線を感じていた時ですらそれを疎ましいなどと思った事はなく、寧ろその思考の少なくない部分を自分が占めている事に不思議と喜びを感じていたのだ。
それなのに、それら全てから俺は目を逸らしていた。
人はより多くの時間を共に過し、プライベートな時間や事情を共有すればするだけ相手をより好ましく思い親密になっていくものだと思う。
勿論、相手が好ましい人格の持ち主であるなら……と言う但し書きは付けるべきだとは思うが。
だからこそ、『影』と向き合うその時に立ち合い、仲間として同じ目的の為に力を合わせて背中を預けあって戦い、更には個人的な事情にまで立ち入ったより深い交流まで持てば、その相手の事をより一層大切に思うのは必然だと思うのだ。
自分自身で道を決めて生きていきたい気持ちと、しかし自分が生まれ育った場所である旅館の事を大切に思い守りたいと言うそれと板挟みになって葛藤する雪子の姿にそれを傍で見守ってやりたいと言う気持ちが芽生えていたし。「好きなのか?」と言外に訊ねて来たその態度に雪子が求めていた言葉を返す事に躊躇いなどある筈は無かった。
客観的に見て雪子がとても魅力的な女性であると言うだけではなく、共に時間を過ごした事でより深い内面を知り愛しく思ったからだ。
これこそが本当の意味で愛情なのだろうと、その時は思った。
しかし、まるで何かのブレーキが壊れているのではないかと思わず己を疑ってしまう程に、俺は次から次へと仲間たちを恋人にした。
彼女たちは全員が全員違う魅力に溢れていて、共に過ごす内に仲間としての全体的な繋がりをは遥かに超えた親愛の情を抱くなど当然と言えば当然で。
雪子に感じた愛しさと同等のものを感じている彼女達の期待に応えるなど、余りにも当然の事であったのだ。
勿論、既に恋人がいるにも拘ず不義理を働いている事を積極的に肯定すべきではないとは分かっている。
しかし、大切だと思う気持ちに、支えたいと感じたそれに、どうして背を向ける事が出来ようか。
そう己の行いを正当化してはいても、しかし心の何処かは満たされないままで。
皆の事を可愛いと心から思うのに、それでも何かが足りなかった。
そんな俺の心中を見抜いていたのか、陽介は何処か呆れた様な顔で「お前……何時かマジで刺されかねないからな」と忠告してくる程で。
それについては、「善処する」としか答えられなかった。
夏が過ぎ、あの青く目を惹く帽子を校内で見掛ける様になって。
そして、彼女……そう「彼女」がその心の奥底に押し込めて見ないフリをしていた『影』を目にして。
俺は、冷静さを必死に取り繕うその裏で激しく動揺していた。
「寂しい」「ここに居て良い理由が欲しい」「一人にしないで」と。
事件の謎に迫れなかったからか何処か余裕を無くしたように虚勢を張りながらも、それでも己の足で確りと立っていた彼女の、自分自身に否定され続けていた本心。
寂しがり屋で、だけど人との付き合い方が上手くなくて、自分が居ても良い居場所を探している、そんな一人の女の子の姿がそこにあった。
何かを得る事に「理由」が必要だと考えてしまう、余りにも純粋で不器用なそれを、どうしようもなく愛しいと感じた。
涙を零すその姿に、この心は激しく揺さぶられ、その涙を拭ってやりたい衝動と同時に、俺以外にも彼女の涙を目にしている者が居る事に嫉妬の様な……何とも言えない感情も抱いてしまう。
その動揺をどうにか抑え切って『影』を制圧する事が出来たのはかなり奇跡に近い事だったと思う。
……そして、漸く俺はこの時に自覚したのだ。
俺が恋をしたのは、この魂が震える程にまで求めていたのは。
彼女……白鐘直斗だったのだ、と。
恋人にした四人の事も大切に思っているし、何か困っている事があれば己の身を削ってでも喜んでその力になるだろう。
だが、直斗に感じたそれは、そんなものでは無い。そんな想いとは比べ物にならなかった。
直斗に感じたモノは、在り来りで使い古された臭い言葉を敢えて使うのであれば間違いなく『運命』だった。
直斗に出会う為に、自分は今までやって来たのだと、この町にやって来て……そしてこうして真実を追い求めていたのだと。そう確信してしまった。
何時からそこまでの重過ぎる感情を直斗に向けていたのかと、そう考えると、それはきっと初めて出会ったその時。
その姿をこの目に映したその時であった。だが、一目惚れなんて信じていない俺はそれを全力で否定していた。
そんな事をしなければ、もっと話は単純なもので済んだのだろうか。
次から次に仲間と恋人関係になり、不義理を働きに働いて。
……今の俺は、真実を追い求め真っ直ぐな正義感を持つ直斗のそれには全く相応しくないのだろう。
本当に欲しているものが何なのか漸く気付いた時には、その気持ちを真っ直ぐに向けて貰える様な状態ではなくなっていたなんて、なんて笑い話なのだろう。……俺としては全く笑えないが。
それに、今現在恋人である四人にも大変失礼な事である。
最低男のレッテルは免れないだろうし、それは間違いなく事実なのだ。
だが、それでも……そうだとしても。
俺が直斗を諦めれる訳などなかった。
他の何もかもを喪っても、直斗だけはこの腕の中に捕らえたかった。
思えば、俺が最初に目覚めたペルソナはイザナギだ。
たった一人の最愛の妻を、死に別れても尚黄泉路を辿ってでも連れ戻そうとした、相当に執着が激しい神である。
まあ、相手の真実を無理に暴いてしまった事で共に生きる事は叶わず、最愛の相手とは生と死で隔たれ呪われる事になったのだけど。
何であれ、心から焦がれるものに対して俺は止まれない質なのだと思う。
自分自身を否定して押し込めて漸くその『影』に向き合ったばかりの直斗にとって、異性との恋人関係など慮外の事であろうし、寂しがり屋の子供である事は認めたとしても女性である事自体にはまだ納得がいってないのかもしれない。
ならば、どうやって話し掛けて、その心の中に俺の存在をより強く印象付けるべきか。
その為の策を考えながら、求めていたものを漸く見付けた喜びに僅かに歪んでいた口の端を、直斗に悟られぬ様にそっと手でさり気なく覆い隠すのであった。
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