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『ペルソナ4短編集』

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 ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離。
 それは間違いなく直斗からの信頼の証であり心を許しているが故の事であるのだと、誰に説明されずとも分かる。
 そもそも、直斗はそれを意識している訳では無いのだろう。
 無意識下での事だろうから、きっとそれを指摘すれば少し驚いた様な顔をするのだろうと容易に想像が付く。
 初めて出会った頃の……警戒心の強い猫の様に此方をジッと観察しながら決して自分の傍に何者も近付けさせはしなかった態度とは、同一人物のそれなのだろうかと最初は少し戸惑ってしまう程の違いである。
 まあ恐らく、気を許せる……と言うよりは「身内」だとか「信頼出来る」と判断した相手に対してはこれが直斗の素であるのかもしれない。
 どうしても「価値」だとか「意味」だとかを考えてしまいがちだからか、当たり障りの無い人付き合いは未だに苦手な様だけれど。しかしそれを踏み越えて、「仲間」として……「友だち」としてその心に居場所が出来た相手に対しては、直斗が本来持っている優しさや繊細な気遣いや好奇心の強さがありのままに向けられる。
 今までは直斗がその心を許せる相手は本当に少なかったのだろうけれど、これからは俺や皆が少しずつでも直斗のそう言った相手になっていければ良いと、そう願っている。
「寂しい」と泣いていたあの子は、今はもうその心の内で涙を零さずに過ごせているのだろうか。……そうならば良いのに、と。心からそう思う。

「直斗」

 静かに名を呼ぶと、何でしょう?とばかりにその視線を上げて此方を見上げてくる。
 背伸びをする様に大人の様に振舞っていた時から思っていたが、やはり直斗はとても小柄で。それを偽る為の底の厚い靴でも誤魔化しきれない程である。
 同年代の男と比べても上背はある方の俺と視線を合わせようとすると、結構見上げなければならなくて。
 俺からすると覗き込んできているかの様にも見えるその眼差しを見詰めるだけで、それが堪らなく嬉しいと思う。
 その眼差しの中にある、無条件の信頼の様な柔らかさを向けられる対象である事を何度でも実感出来るからだ。
「探偵」として振る舞う時のそれでは無い、白鐘直斗としての自分を見せるに値する存在なのだと。そんな信頼がどんな言葉で示す以上に伝わってくる。
 千の言の葉よりも一つの行動……だったか。以前マーガレットが言っていたそれに、今なら実感を持って頷ける。
 無意識の行動に、その眼差しにこそ、これ程までに強く心を震わせる程にその想いを伝える力があるのだと直斗は教えてくれているようだった。
 まあ、本人にそんなつもりは無いのだろうが。

「最近読んだ本がとても面白くて、きっと直斗も好きな本だと思うんだ」

 読んだ事はあるか?と、その本のタイトルを告げると、どうやらまだ読んだ事はなかったものの様で、直斗は興味深げな顔をする。
 好奇心に煌めくその目は、きっと今この瞬間を写真で切り取ったとしても決して伝え切れない程の魅力に溢れていた。
 自惚れなのかもしれないが、そんな眼差しをこうして目にする事が出来る数少ない人間の一人である事に、一種の独占欲と優越感の様なものも感じてしまうのだ。我が事ながらあまり感心は出来ない心情だと思うが。

「良かったら読んでみないか?」

 貸してあげるから、なんてそんな言葉で誘ってみる。
 直斗も楽しんで読めるだろうからと言う理由もあるが、それ以上に同じ本を読んで感想を共有したいと言う気持ちがあるし、自分と直斗との間にまた一つ二人だけの何かを共有したいという欲もある。
 大切な仲間で、支え守ってあげたいと自然に思う相手で。
 だけど多分、それだけではない。

 喜んで頷く直斗を見詰め、そっと微笑む。
 きっと何時か、心の奥に芽生えたこの感情に向き合う日は来るのだろう。
 しかし、それは今この時では無い。
 ならその時までは、こうして「友達」のままで居よう。
 少し手を伸ばせば触れる距離を踏み越えるその時まで。




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