寂しがり屋の猫
◆◆◆◆◆
どうやら僕は猫になってしまったらしい。
人の言葉を話す事は出来ないし、どうやら前足になってしまった手では何も持ったりする事は出来ない。
シャドウの攻撃を受けた際に吹き飛ばされてしまっていた僕の眼鏡は仲間たちが回収してくれた様だが、人間の為に作られてる眼鏡が猫の頭に合う筈も無いので正直この世界の霧の中だと自分の状況すらろくに把握出来なかった。
とは言え、幾ら小柄な方であるとは言え、彼の両手に胴体がすっぽり収まってしまう程細くは無いし、何より霧越しに朧気に見えるまるで巨人の様に大きくなった彼の姿を見れば僕が小さくなってしまったのだろう事位は把握出来る。
久慈川さんのアナライズによると、僕のこれは一種のバステではあるらしい、
バステであれば大概の場合は戦闘が終われば時間を置けば治ってしまうものばかりであるのだが、どうやらこれは特殊なものであるらしく自然と治るにしてもまだ時間が必要な様であった。
どうやら単なるバステと言うよりは、この壊れた町を作り出した足立の心の片隅に在った『動物になってしまいたい』みたいな逃避的願望が影響しているそうだ。
バステを回復させる様なペルソナの力を使ってみても、全く手応えは無い。
僕の思考回路は元のままである事を証明したくても、言葉を話せない状況ではそれも一苦労である。……と思ったのだが、鳴き声でしかない筈の僕の言葉を、彼は何となくではあっても理解している様だった。
元々猫好きで普段から町中の色んな猫と触れ合っているからか、猫などの動物のそれも何と無くではあってもその意思や意図を察する事が出来るのだそうだ。
まあそういった彼の特技の助けもあって、猫の姿になってしまっても僕は僕である事を理解して貰えたのだけれど。しかし、現状では僕の姿を元に戻す方法が無い事には変わりは無い。
とにかく一旦テレビの外に出てみようという事になり、探索を切り上げる事になった。なお、猫になってしまった上にこの霧の中を見通す事が出来ない僕は、彼に抱き上げられる形で運ばれる事となる。
猫を抱き慣れているからか、彼のその手付きに不慣れなものはなくとても安定していて。僕の身体を支えているその手は、普段感じているそれよりもはるかに大きくそして逞しく感じる。
一瞬の浮遊感の様な不思議な感覚の後、何かを通り抜けた瞬間に聞き慣れた店内BGMが響いている。
ジュネスの家電売り場に帰って来たのだ。
……残念ながらテレビの外に出ても、僕の姿は元に戻らないままであった。
だが、霧に覆われていたあの世界と違ってこちらでは周りをハッキリ見渡す事が出来る。
彼の腕の中から少し身を乗り出して周りを見渡そうとしたその時だった。
客か店員か、普段はあまり人気の無いこの家電売り場に誰かが近付いてきた気配を感じたのか。
「直斗、苦しいかもしれないけど少し我慢して」
と、彼がそう言うなり、僕はいきなり温かなものに包まれた。
突然のそれに驚いたが、どうやら彼は僕の姿を隠す為に、その冬用コートの中に僕を隠した様だ。
未だかつてない程に彼を近くに感じて、こんな状況だと言うのに僕の鼓動も早くなる。猫になったからなのか聴覚は何時になく鋭敏で。彼の鼓動の音もハッキリ聞こえて来て、僕の鼓動の音と混ざり合って聞こえるそれに落ち着かなくなる。
何処かに向かっているのだろう振動を感じながらそのまま大人しくしていると、突如その暖かな闇から解放された。
どうやらジュネスの屋上のフードコートの様だ。テーブルの上にそっと解放された様なのだが、途端に感じた寒気に思わず身を震わせると、再び彼に抱き上げられてその膝上に招かれた。更には、彼は自分が巻いていたマフラーを解いて僕の上にそっと被せる様に緩く覆う。
『それでは先輩が風邪を引いてしまいますよ』
前足になってしまった手でタシタシと自分を抱えている手を軽く叩いて「ニャウ」と訴えたその言葉に、彼は柔らかな表情で微笑む様に「良いんだ」と答えた。
「直斗の方が寒がりだからな。俺はまあ、ちょっと位なら平気だ」
直斗の方が大変だし、と極当たり前の様に彼はそう言って僕を気遣う。
それに抗議した所でこの人は多分無視するだろう事はもう経験上分かっているので、それ以上は黙る事にした。
それに、今はそれどころでは無いのは確かだ。
霧に覆われた視界から解放され、改めて目で確認出来る範囲で確かめた僕の姿はやはり猫そのものだった。
あまり自由に関節を動かせない前足といい、ゆらゆらと背後で揺れる尻尾といい、全身を覆っているらしき髪色と同じ濃紺に近い毛並みに。頭の上では三角形に近い形の耳がぴょこぴょこ動いているし、髭は周囲の状態を鋭敏に知覚させる。
何処からどう見ても猫である。人間的要素は欠片も無い。
こうして思考出来ている事だけが、僕が僕として連続した意識を保っている証拠であった。
まだまだ寒さが厳しいこの時期の屋上は、当たり前だが人気は殆ど無い。
今も利用者は僕たち位なものなのだろう。まあ、そうでもなければこんな場所で猫の姿になっている僕が堂々と姿を現す事は出来ないのだが。
周りに配慮する必要が無い事もあって、僕たちは遠慮なく話し合う。
まあその話題は当然僕の事であり、猫になってしまった僕を一体どうするのかと話し合っていた。
自宅に帰る事も出来るが、まあ当然の事ながら猫の姿のままでは今日一日を一人で過ごす事は難しい。その為、何処かの家で僕の面倒をみようと言う話になったのだが。
「私の家だとムクが居るからな~……。
いや、猫を虐める様な子じゃないけど、でも大きな犬にじゃれつかれるのは恐いもんね……」
里中先輩の家には大きな犬が居ると言う事で却下となって。
「私も……どうしても動物は難しいかも。ごめんね、直斗くん」
生き物を飼う事に慣れてはいない上に実家が旅館である天城先輩も申し訳無さそうな顔をして。
「お婆ちゃんに話せば許してくれるかもだけど……」
家で食品を扱っている久慈川さんも即答は出来ない様で。
「俺ん家は親に言えば大丈夫だろうけど、……まあ男の家ってのも気ぃ遣わせちまうだろうしなぁ……」
「あと、クマがうるさいし……」とぼやいたのが花村先輩だ。
巽くんは、何処にも行けなかったら来たら良いとは言ってくれたけど……。
そんな時、彼がそっと手を挙げる。
「俺が直斗の面倒を見るよ。
俺、直斗と付き合ってるから」
『ちょっと!? 何言ってんですか!?』
突然そんな事をぶち撒けた彼に、その場は騒然となる。
今まで隠していたのに突然こんな場所で暴露されて、僕としては慌てるどころの話では無くて。ニャーニャーと抗議の声を上げてしまう。
バシバシと結構強めにその腕を叩くが彼は全く意に介しないし、寧ろその手は僕をがっちり抱え込む。
「ちょ、おま……何時から付き合ってたんだよ!?」
初耳なんですけど!? と驚愕する花村先輩に、「言っていなかったからな」と頷いた彼は、僕たちが去年の十一月頃には付き合っていた事まで明らかにしてしまう。どうしてそこまで言ってしまうのかと抗議しても、やはり彼は全く意に介してくれない。しかも僕が言わんとしている事を分かった上でやってる。酷い、人権無視だ。
「……直斗から、気恥ずかしいから秘密にしてくれと頼まれてた。
でも、俺としてはこういう状況になってしまったからこそ、直斗の彼氏として確りと直斗を守りたいし少しでも出来る事をしてやりたいんだ。
だから、俺が直斗の面倒を見るよ」
穏やかな口調ではありながらも有無を言わせぬものも感じるその言葉に反論する者など無く。僕たちがこっそりと付き合っていたそれに衝撃を隠せないままに、その場は解散となったのであった。
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どうやら僕は猫になってしまったらしい。
人の言葉を話す事は出来ないし、どうやら前足になってしまった手では何も持ったりする事は出来ない。
シャドウの攻撃を受けた際に吹き飛ばされてしまっていた僕の眼鏡は仲間たちが回収してくれた様だが、人間の為に作られてる眼鏡が猫の頭に合う筈も無いので正直この世界の霧の中だと自分の状況すらろくに把握出来なかった。
とは言え、幾ら小柄な方であるとは言え、彼の両手に胴体がすっぽり収まってしまう程細くは無いし、何より霧越しに朧気に見えるまるで巨人の様に大きくなった彼の姿を見れば僕が小さくなってしまったのだろう事位は把握出来る。
久慈川さんのアナライズによると、僕のこれは一種のバステではあるらしい、
バステであれば大概の場合は戦闘が終われば時間を置けば治ってしまうものばかりであるのだが、どうやらこれは特殊なものであるらしく自然と治るにしてもまだ時間が必要な様であった。
どうやら単なるバステと言うよりは、この壊れた町を作り出した足立の心の片隅に在った『動物になってしまいたい』みたいな逃避的願望が影響しているそうだ。
バステを回復させる様なペルソナの力を使ってみても、全く手応えは無い。
僕の思考回路は元のままである事を証明したくても、言葉を話せない状況ではそれも一苦労である。……と思ったのだが、鳴き声でしかない筈の僕の言葉を、彼は何となくではあっても理解している様だった。
元々猫好きで普段から町中の色んな猫と触れ合っているからか、猫などの動物のそれも何と無くではあってもその意思や意図を察する事が出来るのだそうだ。
まあそういった彼の特技の助けもあって、猫の姿になってしまっても僕は僕である事を理解して貰えたのだけれど。しかし、現状では僕の姿を元に戻す方法が無い事には変わりは無い。
とにかく一旦テレビの外に出てみようという事になり、探索を切り上げる事になった。なお、猫になってしまった上にこの霧の中を見通す事が出来ない僕は、彼に抱き上げられる形で運ばれる事となる。
猫を抱き慣れているからか、彼のその手付きに不慣れなものはなくとても安定していて。僕の身体を支えているその手は、普段感じているそれよりもはるかに大きくそして逞しく感じる。
一瞬の浮遊感の様な不思議な感覚の後、何かを通り抜けた瞬間に聞き慣れた店内BGMが響いている。
ジュネスの家電売り場に帰って来たのだ。
……残念ながらテレビの外に出ても、僕の姿は元に戻らないままであった。
だが、霧に覆われていたあの世界と違ってこちらでは周りをハッキリ見渡す事が出来る。
彼の腕の中から少し身を乗り出して周りを見渡そうとしたその時だった。
客か店員か、普段はあまり人気の無いこの家電売り場に誰かが近付いてきた気配を感じたのか。
「直斗、苦しいかもしれないけど少し我慢して」
と、彼がそう言うなり、僕はいきなり温かなものに包まれた。
突然のそれに驚いたが、どうやら彼は僕の姿を隠す為に、その冬用コートの中に僕を隠した様だ。
未だかつてない程に彼を近くに感じて、こんな状況だと言うのに僕の鼓動も早くなる。猫になったからなのか聴覚は何時になく鋭敏で。彼の鼓動の音もハッキリ聞こえて来て、僕の鼓動の音と混ざり合って聞こえるそれに落ち着かなくなる。
何処かに向かっているのだろう振動を感じながらそのまま大人しくしていると、突如その暖かな闇から解放された。
どうやらジュネスの屋上のフードコートの様だ。テーブルの上にそっと解放された様なのだが、途端に感じた寒気に思わず身を震わせると、再び彼に抱き上げられてその膝上に招かれた。更には、彼は自分が巻いていたマフラーを解いて僕の上にそっと被せる様に緩く覆う。
『それでは先輩が風邪を引いてしまいますよ』
前足になってしまった手でタシタシと自分を抱えている手を軽く叩いて「ニャウ」と訴えたその言葉に、彼は柔らかな表情で微笑む様に「良いんだ」と答えた。
「直斗の方が寒がりだからな。俺はまあ、ちょっと位なら平気だ」
直斗の方が大変だし、と極当たり前の様に彼はそう言って僕を気遣う。
それに抗議した所でこの人は多分無視するだろう事はもう経験上分かっているので、それ以上は黙る事にした。
それに、今はそれどころでは無いのは確かだ。
霧に覆われた視界から解放され、改めて目で確認出来る範囲で確かめた僕の姿はやはり猫そのものだった。
あまり自由に関節を動かせない前足といい、ゆらゆらと背後で揺れる尻尾といい、全身を覆っているらしき髪色と同じ濃紺に近い毛並みに。頭の上では三角形に近い形の耳がぴょこぴょこ動いているし、髭は周囲の状態を鋭敏に知覚させる。
何処からどう見ても猫である。人間的要素は欠片も無い。
こうして思考出来ている事だけが、僕が僕として連続した意識を保っている証拠であった。
まだまだ寒さが厳しいこの時期の屋上は、当たり前だが人気は殆ど無い。
今も利用者は僕たち位なものなのだろう。まあ、そうでもなければこんな場所で猫の姿になっている僕が堂々と姿を現す事は出来ないのだが。
周りに配慮する必要が無い事もあって、僕たちは遠慮なく話し合う。
まあその話題は当然僕の事であり、猫になってしまった僕を一体どうするのかと話し合っていた。
自宅に帰る事も出来るが、まあ当然の事ながら猫の姿のままでは今日一日を一人で過ごす事は難しい。その為、何処かの家で僕の面倒をみようと言う話になったのだが。
「私の家だとムクが居るからな~……。
いや、猫を虐める様な子じゃないけど、でも大きな犬にじゃれつかれるのは恐いもんね……」
里中先輩の家には大きな犬が居ると言う事で却下となって。
「私も……どうしても動物は難しいかも。ごめんね、直斗くん」
生き物を飼う事に慣れてはいない上に実家が旅館である天城先輩も申し訳無さそうな顔をして。
「お婆ちゃんに話せば許してくれるかもだけど……」
家で食品を扱っている久慈川さんも即答は出来ない様で。
「俺ん家は親に言えば大丈夫だろうけど、……まあ男の家ってのも気ぃ遣わせちまうだろうしなぁ……」
「あと、クマがうるさいし……」とぼやいたのが花村先輩だ。
巽くんは、何処にも行けなかったら来たら良いとは言ってくれたけど……。
そんな時、彼がそっと手を挙げる。
「俺が直斗の面倒を見るよ。
俺、直斗と付き合ってるから」
『ちょっと!? 何言ってんですか!?』
突然そんな事をぶち撒けた彼に、その場は騒然となる。
今まで隠していたのに突然こんな場所で暴露されて、僕としては慌てるどころの話では無くて。ニャーニャーと抗議の声を上げてしまう。
バシバシと結構強めにその腕を叩くが彼は全く意に介しないし、寧ろその手は僕をがっちり抱え込む。
「ちょ、おま……何時から付き合ってたんだよ!?」
初耳なんですけど!? と驚愕する花村先輩に、「言っていなかったからな」と頷いた彼は、僕たちが去年の十一月頃には付き合っていた事まで明らかにしてしまう。どうしてそこまで言ってしまうのかと抗議しても、やはり彼は全く意に介してくれない。しかも僕が言わんとしている事を分かった上でやってる。酷い、人権無視だ。
「……直斗から、気恥ずかしいから秘密にしてくれと頼まれてた。
でも、俺としてはこういう状況になってしまったからこそ、直斗の彼氏として確りと直斗を守りたいし少しでも出来る事をしてやりたいんだ。
だから、俺が直斗の面倒を見るよ」
穏やかな口調ではありながらも有無を言わせぬものも感じるその言葉に反論する者など無く。僕たちがこっそりと付き合っていたそれに衝撃を隠せないままに、その場は解散となったのであった。
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