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我儘で強欲

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 ある朝起きたら子供の頃の姿に戻っている、だなんて漫画などの中でしか起こり得ない様な異常事態に直面して、真っ先に助けを求めようと頭に浮かんだのは恋人である彼の事であった。
 大混乱の中でかけた電話は恐らく要領を得ないものであっただろうが、彼は即座に駆け付けてくれて。
 ここまで小さくなってしまった身体に合う服など当然持ち合わせている筈もない為、シャツ一枚を羽織った状態で彼を出迎える事になった。
 幼い身体はとても不便だ。
 何をするにも手が届かなかったり力が足りなかったり。何より心と身体が釣り合っていないから出来ると思った事が出来なくなっていたり。
 彼を出迎える為に玄関扉を開けるのだって、全身を使って力一杯に押し開いてやっとであった。

 元からあった彼との身長差は、50センチ近く縮んでしまった今では絶望的な程に開いていて。
 目線を合わせるにしてもうんと上を向く必要があるし、そもそもテーブルに座って向き合う事すら儘ならない。
 彼の姿を目にして、どうにか混乱していた思考は少し鎮まったが。そうなると、どうしてこんな事になったのかや、今後どうすれば良いのか、何をすれば元に戻れるのか、もし元に戻る方法が無いのなら……等と。
 様々な事を考え出してしまって、先程までとは別の不安に苛まれてしまう。
 だがそんな事はお見通しであったのか、僕を抱き上げて自分の膝の上に乗せた彼は、僕を安心させる様に優しく抱き締めてくれて、「大丈夫だ」とそう言ってくれた。
 その言葉に何か根拠がある訳では無いだろうに、彼の言葉は不思議と僕の中の不安を拭い去ってくれる。
 優しく触れるその手の温もりは、どんな時だって心の奥までその優しさと愛しさを伝えてくれる。
 今は身体だけとは言え実際に子供なのだからと、子供っぽい行動だと思いつつも心の中で言い訳をしながら、彼の確りとした胸板にそっと擦り寄せる様に頬を預け、全身で彼の温もりを感じる。
 頬を寄せた瞬間、驚いたのか背中に触れていた彼の手が一瞬震えたが、直ぐに再びそっと抱き締めてくれた。

 元に戻る方法を探す為に、一先ずテレビの中の世界に行ってみてペルソナの力を試してみる事になったのだが、如何せん格好に問題がある。
 人前に出られるだけの服装をどうにか取り繕わねばならないが、それもそう簡単にはいかない。
 僕が直接行く訳にはいかない以上は彼に服を見繕って貰う必要があるのだけれども、此処が狭い田舎町である事が事態をややこしくさせる。
 幼い子供向けの服を買う男子高校生は目立つのだ。
 まあ、彼の家には菜々子ちゃんが居るのだし、そう言った服を買う事に何か問題があるのかと言われればそうではないのだけれど。
 菜々子ちゃんは基本的に堂島さんに服を買って貰っているみたいだし、実際彼が菜々子ちゃんに衣服を買った事は無い。
 溺愛していると言っても過言では無い程に菜々子ちゃんを大事にしてはいるが、彼なりに遠慮と言うか色々と配慮はしているのだ。まあ、菜々子ちゃんにおねだりされたりすれば、喜んでその財布の紐を緩める事は間違いないだろうが。
 つまり、普段はしない行動をしていると非常に目立つのだ。特に彼はその容姿からしてこの街ではとても目を惹く存在である。
 そんな彼の何時もとは違う行動は瞬く間にパートたちの噂にのぼり、それは直ぐ様花村先輩の耳に届く。
 花村先輩は良い人であるし気が利くので、そんな噂を耳にした所で別に誤解したりはしないだろうが、何があったのかとはそれとなく彼に尋ねるのだろう。
 僕としては、こんな事態を誰かに知られるのはかなり気が引けるのだ。それは、特捜隊の仲間たちにも。
 心配させてしまうのが嫌だと言うのもあるし、気恥しいのもある。それを知ったからと言って、皆がどうこうする事は無いのは分かっていても。
 出来るなら彼と僕との間だけに留めて、さっさと元の姿に戻って解決してしまいたい。

 そんな風に少し難色を示すと、彼は少し考え込む様に黙っていたかと思うと何かを思い付いたらしく何処かへ向かおうとする。
 直ぐに帰ってくるから、と。
 そう言い残して引き止める間も無く去ってしまった彼の後ろ姿を、何故だか胸が締め付けられる程の寂しさと共に見送る。
 やっぱり何だか変だ。何時もの僕じゃない。
 確かに姿は子供に戻っている様だけど、それだけだと思っていたのに。
 何時もよりも感情のコントロールが利かない気がするし、彼が部屋から消えただけでまるで独り寂しい場所に迷い込んでしまったかの様な錯覚すら感じる。
 寂しくて心細くて、小さくなった身体を更に縮こませるかの様に膝を抱いて、少しでも彼がくれた温もりを離さない様にする。
 そうやってどれ程の時が経ったのか……恐らくそう長くはかからなかったのだろうけれど、彼は息を切らせる程に急いで帰って来てくれた。

「ごめん直斗、ちょっと待たせた」

 肩で息をしながら手に持っていた紙袋を差し出そうとしてきた彼は、身を縮こまらせていた僕を見て驚いたのかその目を丸くして幾度か瞬かせる。

「えっ……と、何かあったのか……?」

 彼の言葉に寂しかったからなんて本当の事を言える筈も無くて、僕は誤魔化す様に曖昧な返事をしつつ、彼が持って来た紙袋の中身を確かめた。
 どうやら、子供用の服の様だ。でも、何処からこれを……?

「菜々子が昔着ていた服だと思う。
 多分、叔母さんが思い出に大事にとっていたんじゃないかな。
 年末に大掃除した時にタンスの中にしまってあったのを思い出してさ、それで」

「そんな大事なもの、僕なんかがきちゃだめですよ……!」

 そんな思い出の品を使う訳にはいかないからと、それらを返そうとするけれど。彼はゆるゆると首を横に振った。

「別にそれを汚したり捨てたりする訳じゃないんだし、叔父さんはあんまりそういうモノに拘らないからこのままだと死蔵しっぱなしになっちゃうだけになるから。
 どうしても気が引けるって言うなら、今度菜々子と一緒に服を買いに行ってあげるとかで良いんじゃないか?」

 それでも……と抵抗はしたのだけれど、結局は彼の言葉に丸め込まれてしまう。彼に口で勝つのは本当に難しいし、気付いたら何時の間にか納得してしまっているのだ。
 そんなこんなで多少の後ろめたさはありつつも菜々子ちゃんの昔の服を借りる事になった。
 ごめん、菜々子ちゃん。この埋め合わせは必ずするから……。と心の中で謝りつつ、体格に見合った服を身に纏う。
 菜々子ちゃんの服であるのだから当たり前なのだが、それはとても可愛らしい女の子の服で。
 女の子らしい格好なんて片手で数える程もしてこなかった僕としては非常に気恥しい。

「じゃあ、行こう」

 元に戻れた時用に何時もの僕の服を入れた紙袋を片手に、彼はあまりにも自然に僕を片腕で抱き上げる。
 急に目線が高くなった事と、彼に抱き上げられていると言う状況に平静さを保てない。

「せ、せんぱい!? なにを!?」

「今の直斗が歩くよりこっちの方が早いだろ?
 大丈夫、絶対に落としたりなんかしないから」

 そう言って、彼は僕を抱き上げたまま足早にジュネスへと向かうのであった。





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 菜々子の服を着た直斗は、何処からどう見ても可愛らしい女の子で。
 可愛過ぎるので余人の目に触れさせたくなど無いのだけれども今は四の五の言ってる場合じゃないのだからと鋼の理性で耐える。
 本当にもう、今日の俺の理性は本当に頑張ってると思う。鋼を通り越してザイル位の強度になってそうだ。
 もういっそジュネスにも行かずずっと家で直斗を抱き締めて堪能していたい程なのだけれど、本当に困っていて自分を頼ってくれた直斗の信頼を裏切る訳にはいかないのだし、不安で一杯の直斗に無体を働く程ケダモノでも無い。いやまあ思春期真っ只中の男子高校生なんてケダモノも同然と言えばそうだろうが、そんな事をすれば取り返しが付かない程に直斗を傷付けてしまうのは分かっているのだから自制出来る。
 片腕で抱き上げている状態だからか、直斗はその小さな手でギュッと俺の肩辺りを掴んでいるのだかそれがまた本当に愛らしくて、人目も憚らず口付けしまいたい位である。流石にジュネスの様な場所でそんな事をしていたら事案にも程があるのだけど。

 ジュネスに辿り着き、陽介やクマに鉢合わせしない様に注意しつつ何時もの家電売り場に向かう。
 一応二人の大体のシフトは把握しているので大まかな位置は分かってはいるが、急な品出しなどでジュネス中を動き回る事もある為油断は出来ない。
 だが警戒はしていたものの割とあっさりと家電売り場に辿り着き、何時ものテレビから向こうの世界へと向かう事が出来たのであった。

 あちらの世界に着いても直斗の姿は相変わらずに幼いままだった。
 抱き締めていたその身体を床に下ろすと、直斗は自分の眼鏡を取り出して掛ける。……が、明らかにサイズが大き過ぎて何ともアンバランスな状態だ。
 幼い菜々子がこの世界に落とされた時には、一時心肺停止に至る程の影響を齎したものだが。
 ペルソナを扱えるからなのか或いは慣れているからなのか、幼くなってしまった直斗でも特に何時もと変わらない感じであるらしい。

「ペルソナは使えそうか? 」

 直斗のペルソナには状態異常を回復させる力は無いから今は用は無いが、幼くなった影響がそう言った所に出てないかは確かめる必要はあった。

「何時も通りに呼べそうですね。呼びますか?」

「いや、良い。
 じゃあ取り敢えずアムリタでも試すか」

 ほぼ全ての状態異常を治せるスキルを試してみるが、どうにも効果は無い。
 同様の効果を持つアイテムも試すがこれも同じく。
 何度か色々と試してみて、どうやらこれはペルソナのスキルなどでは治せそうにないと言う結論に至った。

「……もし、このまま……」

 また悪い予想に苛まれてしまったのか、小さくなった手を見詰めそんな事を呟いた直斗に、「諦めるな」と言葉をかける。
 確かに、今出来る限りの範囲ではペルソナの力ではどうにも出来ない様だが。しかし諦めるには早過ぎる。
 取り敢えず、ベルベットルームの住人に助言を貰ってからでも遅くは無い。

「ちょっと伝手を頼ってみるから……ちょっと待っててくれ」

 エントランスの直ぐ傍にあるベルベットルームの扉に手を触れて、「大丈夫」だと直斗に微笑んだ。





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