我儘で強欲
◆◆◆◆◆
何時もの様に朝食を作り菜々子と一緒に穏やかな朝食の時間を過ごしていると、明らかにパニック状態に陥った直斗からの電話に度肝を抜かされる事になった。
揶揄ったりした時や超常現象的な想定外の非常事態に遭遇するとやや狼狽える事が多いが、基本的に冷静沈着な直斗が取り乱す事は早々無い。まあ恋愛的な物事にはよく取り乱すが、それは可愛いので良い。
何が言いたいのかと言うと、日曜の朝っぱらから大混乱して電話をしてくるなんて、余程の異常事態が起きたと見てまず間違いない。少なくとも、部屋にゴキブリが出たなんて程度の事では無い。
詳細を求めようにもパニックになっている直斗のそれは今一つ要領を得ないもので、流石に察してどうこうするのは難しかった。
電話口の声が何時もよりも声が高く幼いと言うかやや舌足らずに聴こえた様な気もしたが、それはそれだけ気が動転していると言う事であるのかもしれないし。
何にせよ、恋人からのSOSに駆け付けないなんて選択肢は当然存在せず。
最低限の用意だけして財布の入った鞄だけを引っ掴んで大急ぎで家を飛び出し直斗の下へと急いだのである。
八十稲羽に於ける直斗の家は、元々は現地捜査の為の一時的な拠点であったがそこは名家の力とでも言うべきか家電や家具も確りとした家であり、更には単身者向けではなく少人数家族向けとでも言える広さがある物件だ。
幾度と無く訪れた事がある場所だけに向かう足取りに迷いは無く、焦りと共に直斗の下へと急ぐ。
呼び鈴を鳴らし、玄関扉の前で直斗を待つと。
何時もよりも軽い足音が飛んで来るかの様に急ぎ足に聴こえて。
「せんぱいですか?」
扉越しのくぐもった声がそう問い掛ける。
それに肯定し、何があったのかと軽く尋ねるが返事は無い。
何か動けなくなる様な緊急事態では無いようだが……。
何かを躊躇する様に直斗は扉の前で暫し無言のまま佇んでいて。どうしたのかと再び尋ねようとしたその時重い扉は何時になくゆっくりと開いた。
しかし──
「えっ……──」
人はどうやら余りにも驚き過ぎると声を出す事も忘れてしまうらしい。確か、驚愕反応だったか?
思考がよく分からない所に逃避しかける程に、目の前の光景は想像だにしないものであった。
重い扉を全身を使って一生懸命になって押し開いていたのは直斗ではなくて……、まだ幼い子供だった。
菜々子よりも幼いのだろうその子供は、何故かブカブカのシャツをまるでワンピースの様に羽織っている。
予想だにしていなかった存在に、時が止まったかの様に感じる程に思考は固まる。
目の前の子供はどう見ても高校生には見えない。
確かに直斗は同年代の女性としてみても相当に小柄で、背丈を誤魔化す為の帽子と厚底ブーツを脱げば、この腕の中にすっぽりと隠してしまえる程に小さいが。
だからと言って幾ら何でも小学生や幼稚園児サイズで当然無い。
しかし、その子供は背丈以外は余りにも直斗を想起させる容姿であり。
「せんぱい……」
俺を見上げてそう声を震わせる姿は、紛れも無く自分の愛しい恋人のそれで。
何が何だかはさっぱりと分からないし原因も何も分からないが。
どうやら、自分の恋人は幼い子供の姿に変わってしまった様であった。
◇◇◇◇◇
玄関先で叫ぶ事はどうにか理性を総動員して回避した……と言うよりは驚き過ぎて声も出なかったのが正しい気もするが、まあ何にせよ部屋に通して貰った俺はまざまざと現実を直視する事になったのだ。
「念の為だけど、昨日こっそりとテレビの中に行ったりした?
もしくはあそこで拾った何か変な物を食べたり飲んだりしたとか」
「してませんよ。昨日はいつもどうりにせんぱいと過ごした後は、家でしょるいしごとをしてただけですし。
だいいち、へんなものを食べたり飲んだりするのはせんぱいの方でしょう?」
心外だとばかりのジトっとした目で見上げてくるのだが、正直言ってひたすらに可愛いだけで迫力は皆無だ。
幼くなった影響でやや舌足らずな話し方になってはいるが、記憶などはどうやら俺が知る直斗そのままであると見ていいだろう。
事細かく調べれば何かもっと異変があるのかもしれないが、そもそもの話突然子どもの姿に戻ってしまうなんて異常事態に直面して何時も通りに振る舞うのは難しいので、動転しているが故なのかそれとも変化した事による異変なのかは区別を付け辛いのであまり深くは突っ込む気は無かった。
「……何かヤバい組織の裏取引現場を目撃して──」
「言いたいことはわかりますが、あれはフィクションですよ」
「見た目は子供、頭脳は大人!」な某名探偵漫画の主人公の事を思い描きつつそう尋ねると、益々呆れた様な顔でそう返される。
流石にお巫山戯が過ぎたか。
「原因は不明って事か……。
取り敢えず、あっちの世界に行ってペルソナの力で治るかどうか試してみるか?」
子どもの姿になるバステなんて彼方の世界でも見た事は無いがだからと言って存在しないとは言いきれないし、この状態が一種のバステである可能性は大いにある。
バステで無いにしても、彼方側の何かが関わっているのからベルベットルームの住人たちの助力を求めてもいいかもしれない。
あの人たちは直接問題を解決する事はしないが、助言ならしてくれるだろう。
「そう、ですね……。
とりあえずはそうするのがいちばんだと思います」
菜々子のそれよりも更に小さくなった己の手を見詰めて、直斗は深い溜息を零す。
何をするにしても小さくなり過ぎている為に一苦労であり、それが尚更に悩みを深めているのだろう。
今だってテーブルに座って向き合ってはいるが、クッションを幾つも重ねた上に座ってどうにかと言う状態だし、何時もは少し見上げれば俺と視線が合ったが今はうんと上を向く必要がある。
元々、子供である自分を抑圧していた直斗にとっては、こんなにも幼い姿になってしまうだなんて不本意なんてものではないのだろうし。
俺と話している内にパニック状態が少し落ち着いてきたらしい直斗は、今度はどうしたら元に戻れるのかやらこの状態が何時まで続くのだろうといった事を考え出してその表情を曇らせている。
そんな直斗を見て、俺は──
「へ、せせせせせんぱい!
な、なにをしてるんです!?」
焦った様に手足をバタつかせる直斗に構わず、その小さくなってしまった身体を抱き上げて俺の膝の上に乗せて、抱きしめる様にしてその背を柔らかく撫でながら柔らかな髪を優しくかき混ぜる。
「そんなに難しい顔をしないで。
俺が傍に居るから。俺が、何とかしてみせるから」
あやす様に、囁く様にそう言葉にすると、直斗はギュッと強く抱き着いてくる。
不安に揺れていたその目には、今は言葉にしきれない程の安堵が満ちて、感情の振れ幅の大きさからその目は僅かに涙が浮かんでいた。
それを見た瞬間思わず、抱き締めてそのまま何処かにかっ浚ってしまいたくなる程の衝動が荒れ狂う。
普段の直斗も何をしてでも絶対に離したくない位の可愛さなのだが、そこに幼い愛らしさが加わって最早戦略核兵器並の存在になっている。
世に蔓延る不埒な輩どもの目に触れれば国歌級犯罪による争奪戦が勃発してもおかしくはない程に、恐ろしく可愛らしい。
小さな柔らかな手も、一段と柔らかさを増したその頬も、零れ落ちそうな程の潤んだ大きな瞳も。何もかもが可愛らしい。
とはいえ、ここで直斗を襲うだなんて、事案を通り越して人間として最低過ぎるので、どうにか鋼の理性でそれを耐え忍ぶ。
その代わりに心の中の記憶領域一杯に愛らしい直斗の姿を焼き付ける。
そんな俺の心中を知らずしてか、直斗は少し困った様に自分の格好を見下ろしていた。
「外に出るにしても、このかっこうではさすがに……」
明らかにサイズの合ってないシャツ一枚を羽織らせた子供をジュネスまで連れ回すだなんて、一発アウトである。普通に捕まる案件だ。
とは言え、ここまで小さくなってしまった身体に合う服なんて持っているわけが無い。実家にならあるのかもしれないが、それをいきなり持って来て貰うのは無理であるし、何より今の状況を説明するのは無理である。
「ジュネスに行って適当に服を見繕ってきても良いけど……」
正確に測って決める訳では無いので多少大きいサイズになってしまうかもしれないが、その程度なら直ぐに出来る。
とはいえ、それには直斗は少し難色を示している様だ。
良くも悪くも、俺がジュネスで何か買い物をすると、大体の場合陽介の耳にも届いてしまう。別に陽介が何かをしてる訳ではなく、おばちゃんたちの噂は爆速でそこまで届いてしまうのだ。
男子高校生が女児用の服を買うというのは明らかに目立つ。まあ、菜々子の為に買ったと言い張れば良いだけではあるのだが……。
事をあまり大事にしたくない直斗としては、極力そう言った形で目立つのは避けたいらしい。
嫌だと言うのなら無理強いは出来ない。基本的に俺は直斗に対してはイエスマンである。
ではどうしたものかと考えて……、一つ考えが思い浮かぶのであった。
◆◆◆◆◆
何時もの様に朝食を作り菜々子と一緒に穏やかな朝食の時間を過ごしていると、明らかにパニック状態に陥った直斗からの電話に度肝を抜かされる事になった。
揶揄ったりした時や超常現象的な想定外の非常事態に遭遇するとやや狼狽える事が多いが、基本的に冷静沈着な直斗が取り乱す事は早々無い。まあ恋愛的な物事にはよく取り乱すが、それは可愛いので良い。
何が言いたいのかと言うと、日曜の朝っぱらから大混乱して電話をしてくるなんて、余程の異常事態が起きたと見てまず間違いない。少なくとも、部屋にゴキブリが出たなんて程度の事では無い。
詳細を求めようにもパニックになっている直斗のそれは今一つ要領を得ないもので、流石に察してどうこうするのは難しかった。
電話口の声が何時もよりも声が高く幼いと言うかやや舌足らずに聴こえた様な気もしたが、それはそれだけ気が動転していると言う事であるのかもしれないし。
何にせよ、恋人からのSOSに駆け付けないなんて選択肢は当然存在せず。
最低限の用意だけして財布の入った鞄だけを引っ掴んで大急ぎで家を飛び出し直斗の下へと急いだのである。
八十稲羽に於ける直斗の家は、元々は現地捜査の為の一時的な拠点であったがそこは名家の力とでも言うべきか家電や家具も確りとした家であり、更には単身者向けではなく少人数家族向けとでも言える広さがある物件だ。
幾度と無く訪れた事がある場所だけに向かう足取りに迷いは無く、焦りと共に直斗の下へと急ぐ。
呼び鈴を鳴らし、玄関扉の前で直斗を待つと。
何時もよりも軽い足音が飛んで来るかの様に急ぎ足に聴こえて。
「せんぱいですか?」
扉越しのくぐもった声がそう問い掛ける。
それに肯定し、何があったのかと軽く尋ねるが返事は無い。
何か動けなくなる様な緊急事態では無いようだが……。
何かを躊躇する様に直斗は扉の前で暫し無言のまま佇んでいて。どうしたのかと再び尋ねようとしたその時重い扉は何時になくゆっくりと開いた。
しかし──
「えっ……──」
人はどうやら余りにも驚き過ぎると声を出す事も忘れてしまうらしい。確か、驚愕反応だったか?
思考がよく分からない所に逃避しかける程に、目の前の光景は想像だにしないものであった。
重い扉を全身を使って一生懸命になって押し開いていたのは直斗ではなくて……、まだ幼い子供だった。
菜々子よりも幼いのだろうその子供は、何故かブカブカのシャツをまるでワンピースの様に羽織っている。
予想だにしていなかった存在に、時が止まったかの様に感じる程に思考は固まる。
目の前の子供はどう見ても高校生には見えない。
確かに直斗は同年代の女性としてみても相当に小柄で、背丈を誤魔化す為の帽子と厚底ブーツを脱げば、この腕の中にすっぽりと隠してしまえる程に小さいが。
だからと言って幾ら何でも小学生や幼稚園児サイズで当然無い。
しかし、その子供は背丈以外は余りにも直斗を想起させる容姿であり。
「せんぱい……」
俺を見上げてそう声を震わせる姿は、紛れも無く自分の愛しい恋人のそれで。
何が何だかはさっぱりと分からないし原因も何も分からないが。
どうやら、自分の恋人は幼い子供の姿に変わってしまった様であった。
◇◇◇◇◇
玄関先で叫ぶ事はどうにか理性を総動員して回避した……と言うよりは驚き過ぎて声も出なかったのが正しい気もするが、まあ何にせよ部屋に通して貰った俺はまざまざと現実を直視する事になったのだ。
「念の為だけど、昨日こっそりとテレビの中に行ったりした?
もしくはあそこで拾った何か変な物を食べたり飲んだりしたとか」
「してませんよ。昨日はいつもどうりにせんぱいと過ごした後は、家でしょるいしごとをしてただけですし。
だいいち、へんなものを食べたり飲んだりするのはせんぱいの方でしょう?」
心外だとばかりのジトっとした目で見上げてくるのだが、正直言ってひたすらに可愛いだけで迫力は皆無だ。
幼くなった影響でやや舌足らずな話し方になってはいるが、記憶などはどうやら俺が知る直斗そのままであると見ていいだろう。
事細かく調べれば何かもっと異変があるのかもしれないが、そもそもの話突然子どもの姿に戻ってしまうなんて異常事態に直面して何時も通りに振る舞うのは難しいので、動転しているが故なのかそれとも変化した事による異変なのかは区別を付け辛いのであまり深くは突っ込む気は無かった。
「……何かヤバい組織の裏取引現場を目撃して──」
「言いたいことはわかりますが、あれはフィクションですよ」
「見た目は子供、頭脳は大人!」な某名探偵漫画の主人公の事を思い描きつつそう尋ねると、益々呆れた様な顔でそう返される。
流石にお巫山戯が過ぎたか。
「原因は不明って事か……。
取り敢えず、あっちの世界に行ってペルソナの力で治るかどうか試してみるか?」
子どもの姿になるバステなんて彼方の世界でも見た事は無いがだからと言って存在しないとは言いきれないし、この状態が一種のバステである可能性は大いにある。
バステで無いにしても、彼方側の何かが関わっているのからベルベットルームの住人たちの助力を求めてもいいかもしれない。
あの人たちは直接問題を解決する事はしないが、助言ならしてくれるだろう。
「そう、ですね……。
とりあえずはそうするのがいちばんだと思います」
菜々子のそれよりも更に小さくなった己の手を見詰めて、直斗は深い溜息を零す。
何をするにしても小さくなり過ぎている為に一苦労であり、それが尚更に悩みを深めているのだろう。
今だってテーブルに座って向き合ってはいるが、クッションを幾つも重ねた上に座ってどうにかと言う状態だし、何時もは少し見上げれば俺と視線が合ったが今はうんと上を向く必要がある。
元々、子供である自分を抑圧していた直斗にとっては、こんなにも幼い姿になってしまうだなんて不本意なんてものではないのだろうし。
俺と話している内にパニック状態が少し落ち着いてきたらしい直斗は、今度はどうしたら元に戻れるのかやらこの状態が何時まで続くのだろうといった事を考え出してその表情を曇らせている。
そんな直斗を見て、俺は──
「へ、せせせせせんぱい!
な、なにをしてるんです!?」
焦った様に手足をバタつかせる直斗に構わず、その小さくなってしまった身体を抱き上げて俺の膝の上に乗せて、抱きしめる様にしてその背を柔らかく撫でながら柔らかな髪を優しくかき混ぜる。
「そんなに難しい顔をしないで。
俺が傍に居るから。俺が、何とかしてみせるから」
あやす様に、囁く様にそう言葉にすると、直斗はギュッと強く抱き着いてくる。
不安に揺れていたその目には、今は言葉にしきれない程の安堵が満ちて、感情の振れ幅の大きさからその目は僅かに涙が浮かんでいた。
それを見た瞬間思わず、抱き締めてそのまま何処かにかっ浚ってしまいたくなる程の衝動が荒れ狂う。
普段の直斗も何をしてでも絶対に離したくない位の可愛さなのだが、そこに幼い愛らしさが加わって最早戦略核兵器並の存在になっている。
世に蔓延る不埒な輩どもの目に触れれば国歌級犯罪による争奪戦が勃発してもおかしくはない程に、恐ろしく可愛らしい。
小さな柔らかな手も、一段と柔らかさを増したその頬も、零れ落ちそうな程の潤んだ大きな瞳も。何もかもが可愛らしい。
とはいえ、ここで直斗を襲うだなんて、事案を通り越して人間として最低過ぎるので、どうにか鋼の理性でそれを耐え忍ぶ。
その代わりに心の中の記憶領域一杯に愛らしい直斗の姿を焼き付ける。
そんな俺の心中を知らずしてか、直斗は少し困った様に自分の格好を見下ろしていた。
「外に出るにしても、このかっこうではさすがに……」
明らかにサイズの合ってないシャツ一枚を羽織らせた子供をジュネスまで連れ回すだなんて、一発アウトである。普通に捕まる案件だ。
とは言え、ここまで小さくなってしまった身体に合う服なんて持っているわけが無い。実家にならあるのかもしれないが、それをいきなり持って来て貰うのは無理であるし、何より今の状況を説明するのは無理である。
「ジュネスに行って適当に服を見繕ってきても良いけど……」
正確に測って決める訳では無いので多少大きいサイズになってしまうかもしれないが、その程度なら直ぐに出来る。
とはいえ、それには直斗は少し難色を示している様だ。
良くも悪くも、俺がジュネスで何か買い物をすると、大体の場合陽介の耳にも届いてしまう。別に陽介が何かをしてる訳ではなく、おばちゃんたちの噂は爆速でそこまで届いてしまうのだ。
男子高校生が女児用の服を買うというのは明らかに目立つ。まあ、菜々子の為に買ったと言い張れば良いだけではあるのだが……。
事をあまり大事にしたくない直斗としては、極力そう言った形で目立つのは避けたいらしい。
嫌だと言うのなら無理強いは出来ない。基本的に俺は直斗に対してはイエスマンである。
ではどうしたものかと考えて……、一つ考えが思い浮かぶのであった。
◆◆◆◆◆