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寂しがり屋の猫

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 それは年も明けて少し経った頃の事。
 稲羽の町を騒がせていた事件も本当の意味で終息に向かい、その犯人やらの事に関して世間は少し騒がしくはあったが稲羽の街には随分と平和な空気が戻って来ていた。
 町全体を沈めるかの様な一寸先すら見通せぬ程の深い混迷の霧は、一人の男の空虚さと絶望と諦念が生み出した壊れた街の最果てでそれを生み出していた者を倒す事によって打ち祓われ。僕たちの現実の世界は確かに救われたのだった。
 日本と言う国の、その一地方の片田舎の小さな町だけれど。それでもそこは人々の暮らす世界であり、僕たちは確かに小さな世界を救ったのだと思う。
 そこに至る過程は決して平坦なものではなく、『真実』を掴み取る為に辛い決断が迫られた事もあった。しかし、最も苦しい時分にあってさえ冷静さを失わなかった彼の尽力によって『真実』の為の道は閉ざされる事は無かったのであった。
 そんな彼……鳴上悠は、年が明けて少ししてからというもの、何かが気に懸かっているのか時折テレビの向こうの世界で何かを探している。
 何を探しているのかと訊ねた事はあったが、彼自身何かが引っ掛かってはいるがそれが何なのかは明確に言語化出来る状態では無かったようで。彼らしくなく少し要領を得ない答えを返していた。
 その為、僕たちは事件が終わってからも幾度と無くあちらの世界を訪れている。
 今日も、そんな日であったのだ。

 稲羽の町を覆っていた霧は晴れたが、このテレビの中の世界の霧は晴れる様子は無い。この霧が晴れるとシャドウたちが暴れだすそうなので晴れていては寧ろ危険なのではあるけれど……。
 しかし、霧を生み出していた存在は確かに僕たちが倒したのだ。……生み出した存在を倒したからといって霧が消える訳では無いのだろうか? だから、この世界には霧が残り続けているのか? 考えても、元々謎だらけであるこの世界の事はハッキリとは分からない部分の方が多い。
 そう言った部分に彼も何かしらの引っ掛かりを感じているのだろうか……。

 彼がより重点的に調べているのは、久慈川さんの心が作り出した劇場と、菜々子ちゃんの心が作り出した天国の様な場所と、そして真犯人であった足立の虚無が生み出した壊れ果てた町であった。
 どうしてそこを調べるのかと彼に聞いた所、違和感があったからだと言う。
 劇場で戦ったクマくんの影、天国で菜々子ちゃんをこの危険な世界から救い出そうとした僕たちを阻んだ生田目のそれ、そして足立の中に巣食っていた霧を生み出すもの……。
 それらに、彼は確かに何かを感じたのだそうだ。
 だからこそ、それらと戦った場所に何か残っていないかと探しているのだ、と。そしてそれは、今の彼が感じている言語化し辛い引っ掛かりに繋がるのではないかと言う事であった。

 壊れた町の情景は、それを生み出した男がこの世界から去っても……そしてその身の内に巣食ってたモノを打ち祓っても、何一つ変わらずにそこにある。
 そこを徘徊するシャドウたちも、足立が抱えていた虚無の強さが故なのかとても強力なものばかりで、幾度と無く踏破した場所ではあっても油断は出来ない。
 そう、別に油断していた訳では無かったのだ。

 何度となく見かけたシャドウの様でいてその色合いが少し異なるシャドウの攻撃を、他のシャドウへと攻撃していた為咄嗟の回避行動が出来なかった僕はまともに喰らってしまった。
 ペルソナの力で守られている事もあってそう大した威力は無いものであったけれど、元々小柄で軽い僕はその一撃に吹き飛ばされてしまって。
 硬い地面に打ち付けられて転がった僕は、直ぐに体勢を立て直そうとして。そして……立つ事が出来ずそのままよろける様に腕を突いてしまう。
 身体の何処かが痛い訳では無いのに何故か立てない事に戸惑って、「え?」とそう零したつもりであった。
 しかし、喉から零れ出たのは「なぁん」と、そんな猫か何かの鳴き声で。

「え? 猫??」

 攻撃の余波で巻き上げられた細かな砂塵に視界を奪われつつ、こんな世界で聞こえる筈の無い鳴き声に戸惑っている仲間たちの声が聞こえた。
 その直後シャドウを完全に掃討した様で、仲間たちがそれぞれにお互いの状況を把握しあおうとする声も聞こえた。

「あれ? 直斗くんの反応が何か変だよ?
 初めて見るけど……これってバステの一種?」

 戸惑った様な久慈川さんの声と、そして僕の状態を確認しようとする皆の声が響く。
 それに返事をしようとしても、喉から零れるのは相変わらずに鳴き声だけで。
 流石に、何かとんでもない事が自分の身に起きているのではと思うものの、先程の攻撃で眼鏡が何処かに弾き飛ばされてしまったのか、視界は深い霧に覆われた状態で自分自身の状態を確かめる事すらままならない状況であった。

「……何で猫が此処に……?」

 どうやら砂埃は収まった様で、僕に複数の視線が向けられているのを感じるのだが生憎霧の所為でよくは見えない。

「僕は此処です」と、そう訴えてもどうしても言葉は出なくて。
 その内に、霧の中から突然大きな手が迫って来て僕を抱き上げた。
 突然高く持ち上げられた事にビックリして固まってしまった僕を、まるで巨人の様に大きくなった彼が少し驚いた様に見詰めている事に気付く。
 暫し、互いに何も言葉を発する事無く沈黙が落ちる。
 が──

「先輩! その猫が直斗みたい!
 さっきのシャドウの攻撃で、直斗、猫になってしまったんだと思う!」

 恐らく状況を理解しようとその優れたアナライズの力を使っていたのだろう久慈川さんが、信じられないと言った様にそう言葉にする。
 その直後、全員分の驚きの声が、響くのであった。




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