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第五章 【禍津神の如し】

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 目の前を吹き飛ばされて行った時透くんを追い掛けて、その身体を空中で何とか抱き留める様にキャッチした。
 一体何があったと言うのだろうか。

「大丈夫か、時透くん。一体何があったんだ?」

「上弦の肆に襲撃された。分裂した鬼の攻撃にやられて飛ばされたみたいだ。
 そっちこそ、どうしてこんな所に?」

 ユルングの背の上で、驚いた様にその目を瞬かせながら時透くんは訊ねてくる。
 確かに、時透くんからするとこれは相当によく分からない状況だろう。

「俺は鉄地河原さんの所に居た時に鬼の強襲を受けたんだ。
 鬼の本体では無くて血鬼術で作り出された化け物だったんだろうけど、とにかく気持ちの悪い魚と人の手足が融合したみたいな化け物が、里全体を襲ってきていた。
 それはさっき一掃したからそれはもう大丈夫で、里の人たちは皆避難を始めている。
 鎹鴉たちに頼んで、付近の柱たちに救援の要請も済ませている。
 今はとにかく、鬼を倒す事に専念しよう。
 ……あの魚たちは、時透くんたちが戦っていた上弦の肆が生み出したものだったんだろうか」

 そう答えると、時透くんは少し考えてから、「違うと思う」と言った。

「俺たちを襲って来た上弦の肆は、分裂する血鬼術を使う鬼だった。
 炭治郎は、あれは鬼の本体じゃないとも言ってたんだ」

 ……一つの鬼が複数の血鬼術を会得している事自体はよくある事だ。
 しかし、ほぼまるっきり方向性の異なる血鬼術を使いこなすと言う事は、ほぼ無い。
 分裂する分身体(?)を作り出す血鬼術と、魚の化け物を量産する血鬼術では相当方向性が違う気がする。

「……あの魚の化け物は、恐らく上弦の鬼が生み出したものだろう。
 そして、今俺たちが知り得ている、上弦の壱から参の中にあんな化け物を作り出す血鬼術を持っていそうな奴は居ない。
 最悪の場合、上弦の伍もこの里の何処かに居る可能性があるな」

 或いは、上弦の陸に新たに繰り上がった鬼かもしれないが。
 何にせよ、この里が複数の上弦の鬼に襲撃されている可能性が非常に高くなってきた。
 そしてそれは、このままではあの魚の化け物たちから助けた筈の里の人たちが更なる脅威に晒される可能性も示唆している。

「……炭治郎たちの戦況はどうだった?」

 もし、相当厳しい様であるなら。今にも全滅する寸前であると言うのなら。
 それが正しくは無いのだとしても、炭治郎たちを優先してしまうだろう。
 しかし、時透くんの身体は見た所大きな負傷も無い様子だ。
 空を吹っ飛ばされてはいたけれど、ほぼ五体満足の状態であると言っても良いだろう。
 なら、炭治郎たちももしかして、大きな負傷無く上弦の鬼に相対出来ているのではないか、と。
 そんな淡い期待と共に時透くんに訊ねると。

「攻撃を避ける事自体は出来ているよ。でも、あの鬼は斬れば斬る程増えるしキリが無くて、対処に困っていた。
 今は四体に増えている。善逸が本体を探しているけれど、まだ分からないみたいだ」

 時透くんは、そう淡々と返してくれた。
 ……自分には善逸や炭治郎を上回る程の感知能力は無いのだし、その『本体』探しとやらに貢献出来る余地は余り無いだろう。
 分裂して増えたと言うそれ自体を相手にする事は可能だろうが、『本体』を叩かなければ意味が無いのであればキリが無い。そしてそれに時間を取られている間に上弦の伍が避難中の里の人たちを襲うかもしれないし、或いは乱入してくるかもしれない。
 ……とは言え、上弦の伍が何処に潜んでいるのか分からないのだから、先に居所が分かっている上弦の肆の相手をする事も間違ってはいないと思うけれども。
 グルリと眼下を見下ろして何か異変は無いものかと探してみるが、時透くんが飛ばされて来た方角から激しい戦いの痕跡を感じるだけで。上弦の肆らしき存在が暴れている気配は今の所は無さそうだ。
 しかし、確実に何処かには居る筈なのである。
 どうしたものかと考えていると。
 炭治郎たちが戦っている宿の方向とは真逆の山間の方で木々が倒された音がした。
 確かあの方角は、鋼鐵塚さんの作業場があると言うらしい方向だ。詳しい場所は知らないが、伊之助もそこに居る筈なので、伊之助が鬼と戦っているのだろうか。

「……行ってみよう」

 時透くんがその言葉に頷いた事を確認して、その方向へとユルングに宙を滑らせた。


 そこに辿り着いた時、そこでは伊之助が何か奇妙なものと戦っている真っ最中であった。
 壺から生えた、微妙に厚みのある一反木綿の様なひょろ長い芋虫の様なものの攻撃を、伊之助は必死に捌いている様であった。
 奇妙な化け物は、育ちまくって金魚鉢に入らないサイズになった金魚の様な魚を壺の中から大量に繰り出して空中に泳がせる。
 その壺の感じに見覚えがある。あの、それを作り出した鬼の美的センスを心底疑う程に気色の悪い、魚に人間の部位を貼り付けた様な化け物の身体に付いていたのとほぼ同じ感じのものだ。
 鬼の血鬼術は、この壺が主体となって様々なものを繰り出すのだろうか? 
 何にせよ、不気味な金魚たちが良い存在であるとは到底思えない。

「ハァン! そんな気色悪ぃ奴らにこの伊之助様がやられるかよ!!」

 威勢よく啖呵を切って伊之助は金魚たちをその両刃で斬り裂いていくが、如何せん数が多過ぎる上に一体一体の大きさはそこまででも無い為中々一掃出来ない。
 そして、金魚たちはその身体を膨らませたかと思うと、その身体の何処にそんな量を隠していたのかと驚愕する程に、質量保存の法則を無視したかの様な大量の針の様な物質を伊之助に向けて噴射した。

「伊之助! 伏せろ!!」

 そう叫ぶと同時に、伊之助を守る様に、飛んできた針を全て凍らせて止める。
 残っていた金魚の半数程はそれに巻き込む様にして凍らせる事が出来たが、数十匹程はふわふわと空中を泳ぐ様に逃げられてしまった。
 時透くんに軽く合図を出してユルングを消すと同時に共に飛び降り、伊之助の近くに着地して奇妙な化け物と対峙する。

 奇妙な化け物……上弦の伍である事の証をその身に刻んだその鬼は、実に奇天烈な姿をしていた。
 本来は眼窩である部分には口が付いており、本来は口が付いている部分には「伍」と刻まれた眼球が、そして額には「上弦」と刻まれた眼球が縦向きに付いている。
 それだけならまだしも、その身体は肩から先を斬り落とした様な上半身の下はひょろ長い芋虫の様になっており壺の中へと続いていて。その身体の側面には人の子供の手の様な妙に小さな手がまるで百足の肢の様に付いている。
 何と言うのか、生命に対する冒涜の様な気がする、尋常では無い程に気持ち悪い姿だった。
 生理的に無理と断言したくなる。
 あの気色悪い魚の化け物の主である事に何の疑い様も無い姿だった。

「うっわ……気持ち悪……」

「鬼って皆こんなヤバい奴らばかりなのか……? 
 あの魚の化け物たちと言い、心底美的センスを疑うんだが……」

 時透くんと一緒に、「無いわー……」と言う顔になってしまう。
 いや本当に、マジで無い。誰に聞いても、「無いわー……」と言うだろう。
 絵画センスが壊滅的な炭治郎と善逸も、「うわっ」と言う顔になるし、情操教育に悪いからと禰豆子の目に触れさせない様にするだろう。
 これを素晴らしいと思ってそんな姿になっているなら、ちょっと一回脳のCTかMRIでも撮った方が良いと思う。
 見た目の造形がヤバ過ぎる鬼に遭遇するのは無限列車に融合していた鬼以来なのだが、鬼の中には美的センスが壊れる者が一定数の確率で存在してしまうのだろうか。
 ならその首魁である鬼舞辻無惨はどうなっているのだろう。
 何かもう、冒涜的な「名状し難い何か」の様な見た目になっているのだろうか……? 
 まあ上弦の鬼を含めても今まで遭遇して来た鬼の中でここまでヤバいのは居なかったので、それは他の鬼に対して失礼な考えなのかもしれない。

「そこの猪と言い、本当に鬼狩り共はこの美しさと気品を理解出来ない様だな」

 上弦の伍は何処か苛ついた様にそう言うのだが、美しさも気品も欠片も無い悍ましい姿にしか見えない。
 お化け屋敷とかホラー映画とかに出たら大人気かも知れないが。少なくとも現実で遭遇したい存在では無い。

「美しい……? 何処が……?」
「何言ってんだコイツ、気色悪さしか無いだろ」

 ねえ? なあ? と。何だか息が合っている感じに時透くんと伊之助が顔を見合わせて首を傾げる。
 全く以て二人に同意したい。少なくとも自分の感性にこの鬼のそれは合わない。
 まあでも、少なくとも平成の時代では「芸術」だとか「美」だとかはとても広い概念になっているので、何処かそう言う界隈に行けば持て囃される見た目なのかもしれない。

「あー……うん、俺には理解出来ないジャンルと感性ではあるけど、確かにそう言う芸術の分野はあるなぁ……。
 何と言うのか、敢えてタブーに触れると言うのか、挑発的と言うのか反自然主義的と言うのか……。
 古代ローマの時代の建築装飾にもある位だからな……」

 まあ、それは現代で広く言われる「グロテスク」とはちょっと違うけど。
 自分からすればこの鬼のそれは「悪趣味」としか言えないが、まあ自己認知が歪んでいるのかもしれないし……。
 そう言うと、鬼は「ヒョヒョッ」と笑った。笑い方すら気持ち悪くてげんなりする。

「ほうほう、そこの鬼狩りの餓鬼二人に見る目は無い様だが、そこの『化け物』は分かっておるではないか。
 私の芸術を理解出来るとはな。その教養は称賛に値するぞ。
『化け物』のクセにやりおるでは無いか」

 そしてジロジロとその異形の目を動かして此方を見て来る。
 余りにも気持ち悪い。その目を潰したい衝動に駆られる。

「別に理解してる訳では……。そう言う概念もあるって知っているだけで。
 俺としては、お前のそれはハッキリ言って『無い』。
 後、ジロジロとこっちを見るな、本当に気持ち悪いから……」

 しかし此方の抗議など何処吹く風とばかりに鬼は丸っきり無視してくる。まあ、鬼なんて勝手なものだけども。
 そもそも『化け物』などと此方を罵りながらの発言である時点で、全く褒めている様には聞こえない。

「ふーむ、惜しい、実に惜しい。実に作品映えしそうであると言うのに。
 しかしあの方がお望みである以上、作品にする訳には……。
 だが、腕の一本や二本程度なら或いは……」

 ブツブツと、そんな怖気立つ程に気色悪い事を言われて、思わず鳥肌が立ったのではと錯覚する程にゾッとする。
 相変わらず謎の執着を鬼舞辻無惨から向けられていると言う事以上に、目の前の生理的に無理な存在からその様な不愉快な欲望を向けられていると言う事が、本当に耐え難い程に不愉快だった。
 今まで出逢って来た鬼の中で断トツに不愉快極まりない。上弦の弐に感じた嫌悪感も大概だったが、あれは理解出来ない思考回路故の不気味さだったので、目の前の鬼のそれに感じるものとは少し違う。

「作品、だと……?」

 正直最悪の想像しか出来ない。こんな気が狂った芸術家気取りの鬼が「芸術」だの「作品」だのと言っている時点で十中八九ろくな内容では無いだろう。
 エド・ゲインとかそう言う方向性のあれやそれやの気配しかしない。
 正直微塵も興味は無いし見たくはないのだが。
 しかし、嫌悪の感情であっても何かしら反応があった事に機嫌を良くしたのか。上弦の伍は嬉々として己が生えている壺の中からそれよりも大きな壺を取り出してくる。その壺は四次元ポケットか何かか? 

「ヒョヒョッ! 我が作品に興味があると見える! 
 よろしい、実によろしい! お前は美術への理解が多少なりともある様子。
 今宵此処で出逢ったのも何かの縁と言うもの。
 おお、そう言えばまだ名乗っていませんでしたな。私は『玉壺』と申す者……」

 別に名前など知りたくも無いし、そもそも「作品」とやらへの興味など微塵も無いので見せなくて良いからと首を全力で横に振っても、上弦の伍──玉壺は一向に意に介さない。
 時透くんも伊之助も、「何言ってんだこいつ」と言う感情を隠しもしない目で玉壺を見ているが、何せ相手は上弦の伍なので迂闊に此方から手を出す訳にもいかず、相手の手札が分からない段階では警戒しつつ様子を窺うしか出来ない。
 上弦の鬼たちは何れも規格外の力を持つ者たちばかりで、無為無策に問答無用に頸を狙っても状況が改善するとは限らないからだ。
 とは言え、不愉快なお喋りに付き合っていたい訳では無いのだけれども。
 だが、そんな何処か耐え難い不快さは在れども僅かにあった感情の余裕は、玉壺が見せて来たものによって完全に消え去った。

「では先ず此方をご覧頂こう。
『鍛人の断末魔』で御座います!!」

 そう嬉々として「作品」の名を呼びながら、玉壺が新たに取り出した壺から引き摺り出したのは。
 人の。それもこの里の者達である事を示すひょっとこの面を被った男たちの。
 その命の尊厳が凌辱されている、そんな凄惨な姿であった。

 彼等は確実にもう死んでいる。何をしても助からない。そこに在るのは命を喪った亡骸ではある。
 だが、だが……! 
 それでその亡骸を弄んで良い理由など一つも無い。
 合わせて五人にも上る男たちの死体は、胸から下の部分で無理矢理身体を繋ぎ合わせているかの様に互いの亡骸が混ぜられていて。そして、その身体には。彼等が大事に打ったのだろう刀がまるで戦利品を誇示するかの様に突き立てられている。
 恐らくわざと中途半端に壊されたひょっとこの面から覗くその顔は命を喪ったが故に虚ろで。
 しかし、この様な辱めを受けている事への絶望が其処に宿っている様な気すらする。
 出来の悪い悪趣味なホラー映画などでも早々見掛けない程に、それは余りにも醜悪で「悪趣味」の極みの様なものだった。
 それが作り物で作られているならまだしも、そうでは無いのだ。
 これを嬉々として「芸術」だと囀る鬼に対する、不快感を通り越した怒りと哀しみが胸の中を激しく満たした。

 時透くんも、伊之助も。絶句した様にその悪趣味なオブジェを見ている。
 それをどう勘違いしたのか、玉壺は嬉々としてその「作品」の解説を始めていた。
 刀鍛冶として積んで来た研鑽の証であるその手を醜いなどと罵り、そして自らが奪った命のそれを無情感と理不尽を押し出す為だと賛美し、極めつけは断末魔を再現出来る様に施した「細工」を披露して。
 己のそれに対して、自己陶酔しながら玉壺は語り続ける。

「おい、いい加減にしろよ、クソ野郎が」
「咬み殺してやる、塵が」

 時透くんも伊之助も、ほぼ同時に堪忍袋の緒が切れた。
 そして、時透くんが玉壺の頸を、伊之助が玉壺の身体が生えている壺を狙って攻撃を仕掛ける。
 しかし、その頸に僅かに時透くんの刃が掠ったのと、伊之助が壺を斬ったのとほぼ同時に。玉壺の姿は消えて少し離れた場所に現れていた壺から再びその姿を現す。
 どうやら、壺から壺へと瞬時に移動出来る様だ。
 一体何処から壺を出しているのか、元々設置していたのを隠していたのかは知らないけれど。
 成る程、厄介な事だ。しかし、それならそれでやり様はある。

「よくも斬りましたねぇ、私の壺を……芸術を!! 審美眼の無い猿めが!! 
 脳まで筋肉でできている様な貴様らには私の作品を理解する力は無いのだろう。それもまた良し!!」

 そう吼えた玉壺に、怒りと不快感以上に、軽蔑の感情が湧き起こる。

「審美眼の無い猿、ね。自分の感性が評価されないからって、当たり散らすのって、見苦しく無いか? 
 お前の感性で万人に受け入れられると本気で思っているなら、一回頭の中身を総取り換えした方が良いぞ? 
 俺たちに審美眼が無いんじゃなくて、お前の眼が腐っているだけだな。まあ、そんな変な位置に付いてる時点でお察しだが。
 口ばかり増やしてべらべらと舌の枚数を増やして。芸術家を気取るよりは弁論家を気取ってみた方がまだマシなんじゃないか?」

 挑発と言うよりは純粋に感じた事を言ったまでなのだが。
 しかしその言葉は玉壺の感情を逆撫でしたらしい。

「言わせておけばっ!! 『化け物』のクセに芸術を語るな!!」

 キレた様に、玉壺は己に纏わり付く無数の腕から壺を生み出して、再び大量の金魚を撒き散らす。
 視界を埋め尽くす程の金魚の数は、数千程度だろうか。まあ何とも大盤振る舞いな事だ。
 更にはあの気色の悪い魚の化け物も数体出してきた。

 金魚たちはまたあの針を大量に吹き出そうとする。この数で一気にあの針を打ち出されたら、逃げ場など無く忽ち針鼠も斯くやと言わんばかりの惨状になるだろう。
 だが、数を頼みにされても全く意味が無い。
 此処は森の中ではあるが、周囲に人影は無く、多少暴れても問題は無いのだから。

「──マハガルダイン!!」

 時透くんと伊之助を巻き込まない様に注意しつつ、轟々と吹き荒れた豪風が全てを薙ぎ倒し巻き上げ斬り刻み吹き飛ばす。この程度はペルソナを召喚するまでも無い。
 大量の金魚も、そして気持ち悪い魚の化け物も、すっかり跡形も無く消し飛んでいる。
 ついでに幾らかは森の木々を巻き込んでしまったが、そこに関しては致し方無い事だ。
 上空に巻き上げてしまった木々を、少し調整して投げつける様にして玉壺に向けて落とすがそれは全て回避されてしまった。まあ、上弦の鬼ともなればそれも仕方が無い事ではあるけれど。
 しかし、相手にすると壺から壺への瞬間移動がこの上無く厄介である。
 回数制限(と言うか移動する為の壺の数の限界)があるのか、それともその距離にどの程度の制約があるのか。
 全く分からないのであるし、どうにかしてその瞬間移動を封じなければ『メギドラオン』などで吹っ飛ばすと言う手段も取れないだろう。
 この山を丸ごと吹っ飛ばしたとしても、此処から遠く離れた場所に設置してあった壺に逃げられてしまえば手も足も出ない。
 負けはしないが完全に勝利するのが面倒な相手である。
 そして逃がしてしまった場合の被害を考えると逃がす訳にもいかない。
 完全に動きを止めるか拘束しなければならないのだが、何をどうしたら瞬間移動を封じられるのかはまだ未知数である。
『魔封じ』で止められるのなら良いのだが、そもそもその瞬間移動自体は血鬼術とはまた別の原理である可能性もあるだろう。
 壺の中からは完全には姿を見せない時点で、この不快極まりない気持ち悪い見た目のそれは、ある種の分身体であり本体はその壺を介してもっと別の場所にいる可能性も考えるべきだ。何と言うのか、チョウチンアンコウなどの疑似餌みたいな感じで。鬼って大概何でもアリなのだ。

「成る程成る程。これが童磨殿の言っていた……。
 確かに、直に見ると悍ましい程に凄まじいですな。
 半天狗殿の仰る通り、『化け物』より『禍津神』が相応しいと言うのも的を射ている……」

『童磨』も『半天狗』も、一体誰の事だろう。
 上弦の壱と弐か? 直接戦った相手の中でまだ生きてるのだろう上弦の鬼はその二体しか居ないが。

「『童磨』だか『半天狗』だかが誰なのかは知らないが。
 散々好き勝手言ってくれている様だな」

『化け物』でも大概酷い罵倒だと思うのだが、『禍津神』は流石に酷過ぎやしないだろうか。
 まあ確かに、ペルソナの中には紛う事無く「禍津神」と呼ぶべき存在も沢山居るのだけど。
 その筆頭である『マガツイザナギ』が、心の中で「世の中クソだな……」と悪態の様に呟いた様な気がした。
 だからってそんな風に呼ばれて楽しい気持ちにはならない。そうなる程には自分の性根は捻くれていないのだ。

「ヒョッ! 童磨殿は名乗っておられませんでしたか。
 上弦の弐、と呼べば分かりますかな?」

「あの価値観がおかしい教祖か……。
 じゃあ、あの六つ目の剣士だった上弦の壱が『半天狗』なのか?」

 上弦の壱と呼ぶべきか、或いは縁壱さんのお兄さんと呼ぶべきかは迷うが。何と無く、半天狗と言うのはあんまり合ってない気がする。
 まあ別に上弦の鬼たちの名前を知ろうが知らなかろうが、個人的にはそんな事どうでも良いのだけど。
 とは言え、それが何か重要な情報に繋がる可能性が無きにしも非ずなので、一応聞けるだけ情報は引き出す。
 すると、井戸端会議中の奥様方よりも口が軽いのか、ベラベラと玉壺は喋ってくれる。

「それは黒死牟殿ですな。半天狗殿は上弦の肆で御座います」

 上弦の肆……。今里を襲撃している上弦の片割れか。
 炭治郎たちが戦っている相手でもあり、時透くんも戦っていた分裂しまくる厄介な相手だ。
 ……と言うか、上弦の肆とは戦った事が無いのだが、直接の面識も無い相手からそんな風に罵倒されていたのか……。
 そもそも『化け物』呼ばわりしてくる鬼舞辻無惨とも面識は欠片も無いので今更な話なのかもしれないが。

「ふぅん、アイツそんな名前だったの。
 まあ、どっちにしろ斬るだけだしどうでも良いけど」

 名前なんかどうでも良いと時透くんは再び刀を構え、伊之助もそれに続く。が、時透くんの刀を見て、「おい」と声を掛ける。

「お前の刀、刃毀れが酷ぇんだから、さっさと自分のやつに変えてこい。
 そこを行った先の所にカナモチが居るからよ。お前の刀を守ってんだ、行ってやれよ」

 カナモチ……鉄穴森さんの事か。
 そう言えば伊之助は鋼鐵塚さんの所に行っているのだから、此処で伊之助が戦っていると言う事はこの近くに鋼鐵塚さんの作業場があるのだろう。
 自分の為の刀では無い事もあり更には鍛錬の際にそこそこ酷使してしまっていたので、時透くんが振るうその刀はかなり刃毀れが進んでいた。
 弱い鬼相手ならそれでも遅れを取る事は無いだろうが、上弦の鬼を相手取るとなれば万全の状態であるべきなのは確かである。
 伊之助が指さした方向を見て、時透くんは「そう……」と呟く。

「アイツの腕はすっげーぞ! 俺の刀もこうして大事な切れ味が戻って来た位だしな! 
 お前の刀、すっごい大切に作ってたんだ。使ってやれよ。
 この場は、この伊之助様と俺の子分であるカミナリが持っててやるからよ」

 フンフンっ! と己の刀を時透くんに見せびらかすが、そもそも伊之助の手によって凄まじい刃毀れがある刃なので、時透くんの表情は「?」と疑問符だらけであったが。まあその心意気は伝わったのだろう。
 分かったと小さく頷いて、時透くんはこの場から駆け出した。

 その作業場がこの場と何れ程離れた場所に在るのかは分からない事もあり、万が一の事を考えると鋼鐵塚さんたちにも避難して欲しくはあるが、しかし下手に避難するのもそれはそれで巻き込まれかねないので危険だろう。
 まあ何にせよ、玉壺をこの場に留める事に専念すべきではあるけれど。

「ヒョヒョヒョッ! 何やら無駄な足掻きを……。
 まあ所詮は羽虫の足掻き、意味の無い事。
 ですが! そこで油断しないのが芸術家!」

 そう言いながら、玉壺はまた大量に取り出した壺からあの魚の化け物たちを大量に撒き散らす。
 しかも、地面からも壺はボコボコボコボコと生えて来て、魚の化け物たちを形取っていく。
 それは宛ら、魚の化け物だけで構成された百鬼夜行の様でもある。
 ペルソナの力でまとめて吹っ飛ばす事は可能だが、炭治郎たちの救援にも向かわねばならない事や、そしてまだ玉壺は本気を出していない事も伝わるので迂闊に力を使ってガス欠になる訳にもいかない。
 その為、此処は可能な限りは刀で切り抜けていきたい所だ。
 時透くんを追おうとする魚の化け物の群れを捌きつつ、二人で玉壺の頸を狙おうと、十握剣を構えて傍らに立つ伊之助に声を掛ける。

「行けるか? 伊之助親分」

 そう訊ねると。「おうよ!」と威勢良く伊之助はその日輪刀を掲げた。

「今の伊之助様は最強だからな!!
 こんな糞雑魚ども、百匹湧こうが千匹湧こうが敵じゃねぇ!! 
 あのキッショイ百足野郎をぶちのめしてやる! 
 行くぞカミナリ! 俺に付いて来い!!」


「猪突猛進!!」と叫んで勢い良く突撃していく伊之助と共に、玉壺と魚の化け物たち相手の乱戦に突入した。






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