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第五章 【禍津神の如し】

◆◆◆◆◆






 自分用の日輪刀は鉄地河原さんにお任せするしかないので、『赫刀』の事もある程度判明した以上は、自分のやる事と言ったら皆との鍛錬に付き合う事位であった。
 伊之助と時透くんだけでなく、翌日には善逸と獪岳に玄弥まで加わって、随分と賑やかな稽古になっている。
 時透くんが皆と打ち込み稽古をした時には、時透くんが皆に其々の隙や矯正するべき癖を的確に指摘したりしているので、随分と皆にとっては有意義な時間になったのではないだろうか。
 時透くんからしても、様々な呼吸の使い手を一度に相手すると言うのは中々無い機会であったらしく、悪くはない鍛錬になっているらしい。
 多対一になっても、時透くんは一度も負けなかった。
 呼吸が使えないので若干戦力外になりがちな玄弥はともかく、負けん気の強い伊之助は時透くんから絶対に一本取ってやると鼻息を荒くして挑みかかるし、雷の呼吸の速度を以てしても霞の中で相手を見失っているかの様に時透くんを殆ど捉え切れない事に獪岳と善逸もやる気を出して二人一緒に挑みかかる様になった。
 兄弟弟子間の仲は良く無いのだと善逸は言っていたのだが、同じ師に教えを受けていたからなのかどうして中々獪岳と息が合っている。
 霹靂一閃を極めているがそれしか使えない善逸が時に斬り込み時に囮になって、そして霹靂一閃以外の五つの型を修めている獪岳が僅かに動きを制限された時透くんを狙う。
 二人が本当に息が合った時には、時透くんでも回避では無く防御をしなくてはならなくなる程だ。
 これは相当凄い事だと思う。
 共に肩を並べて戦える事が嬉しいのか、そうやって鍛錬している最中の善逸は、中々厳しいその鍛錬を嫌だ嫌だと言いながらも何処か嬉しそうである。
 時透くんの全く言葉を選んでくれない辛辣なダメ出しにちょっと涙目になりながらも、絶対に途中で止めようとはしないのは獪岳が居るからなのだろう。

 そして、当然の事ながら時透くんだけが皆の相手をしている訳では無く、ある程度その打ち込み稽古が終われば今度は自分が皆の相手をする番になる。
 一対一でじっくり戦う事もあれば、一対多で戦う事もある。が、何にせよ手合わせなのに皆物凄いやる気である。『殺る気』と書いて「やるき」と読む方の。
 何でも、その位の覚悟でやってないと直ぐに一撃喰らって終わってしまうからだそうだ。
 まあ、皆がそれでより良い鍛錬になると言うのならそれで良いのだが……。


 そして、小鉄君との特訓を四日目で完全に達成した炭治郎もその翌日から手合わせに参加する事になった。
 聞く所によれば、探そうとしていた鋼鐵塚さんにも出逢えたらしい。
 何でも、『縁壱零式』の頸に強烈な一撃を入れる事が最終目標だったらしいのだが、その一撃を決めた瞬間、頭部が度重なる蓄積されたダメージによって損傷し、その体内の奥に隠されていた日輪刀が現れたそうなのだ。
 あれ程大事にしていたのに壊しちゃって大丈夫だったのかと少し心配になったが、壊れた顔面の部分は絡繰の機構としてはそこまで重要な部分では無かった事や、小鉄君自身の許可があったので大丈夫だったらしい。成る程。
 そして、絡繰の中から現れたその日輪刀を小鉄君は炭治郎に譲ってくれたらしい。
 恐らくは戦国時代から隠されて来たのだろうその刀は、恐らく今の鉄よりも良質な鉄を使って作られているだろうから、との事であった。
 それを有難く頂いた炭治郎であったのだが、まあ当然と言えば当然の話で、数百年間一切手入れなど受けていなかったその刀はすっかり錆びてしまっていたらしい。
 折角譲って貰ったものなのに、と炭治郎が落ち込んでいる所に現れたのが筋骨隆々の大男の様になった鋼鐵塚さんだったと言う。
 一体どういう事なのだ? と思わず驚いて話の腰を折り掛けたが、そこは何とか抑えた。
 突如現れた鋼鐵塚さんと多少の悶着があったのだが、結果としてその錆びた日輪刀は、鋼鐵塚さんが代々伝わる特殊な研磨術で研いでくれる事になったのだそうだ。
 その研磨術はとても過酷なものであるらしく、どうやら三日三晩不眠不休で研ぐ必要があるそうで、過去には死者も出ている程のものだそうだ。
 時透くんの刀の研磨と伊之助の刀の研磨が終わり次第、鉄穴森さんが鋼鐵塚さんの様子を見に行ってくれるそうだが……。心配である。
 それが研ぎ終わるまでは、炭治郎は先日の『赫刀』の実験の際に貰った予備の日輪刀を使う事になるのだそうだ。

「なので、明日から俺も悠さんたちとの稽古に参加します! 
 それにしても楽しみだなぁ! 霞柱の時透君にも稽古を付けて貰えるなんて!」

 自分を鍛える事に妥協しない炭治郎は本当に嬉しそうにそう言う。
 確かに、本当に稀少な機会であろう。本来柱は日々の鬼殺の任務で多忙を極めているのだから、柱から稽古を付けて貰える機会なんて、その柱の継子にでもならなければ基本は無理である。
 その貴重な機会をこうして得られたのだから、炭治郎としてはこれを機に是非とも強くならなくてはと意気込んでいた。
 継子と言えば……。

「そう言えば、確か煉獄さんと宇随さんから継子にならないかって誘われてなかったか?」

「あ、はい! 煉獄さんに関しては、煉獄さんが柱としての任に復帰してからお返事しようと思っていたんですけど、その前に遊郭で上弦の陸との戦いになって、更にそのすぐ後にこうして里に来てしまったのでまだお返事が出来てなくて……。宇随さんに関しても同じ感じで、まだお返事出来ていないんです。
 有難いお話なのですが、お二人から同時にってなるとどうしようかちょっと迷っちゃいますね」

 ある意味贅沢な悩みである事を自覚しながら、炭治郎は嬉しそうに微笑む。
 柱の継子の鍛錬は厳しいらしいのだが、きっと炭治郎はどちらの継子になっても上手くやっていけるだろう。
 善逸や伊之助はどうするのだろうか? 今度聞いてみても良いかも知れない。
 そしてふと、「あれ?」と一つ気に掛かる事があったので訊ねてみる。

「そう言えば……確か今の水柱の冨岡さんって、炭治郎からすると兄弟子にあたる人なんだっけ?」

「はい! 俺と同じく鱗滝さんの弟子です。修行していた時期がかなり離れているので同時期に修行してた訳じゃ無いんですけど、鱗滝さんに俺たちを紹介してくれたのも冨岡さんなんですよ。
 禰豆子の事と言い、冨岡さんにはお世話になりっぱなしです」

 自分は逢った事は無い人であるが、炭治郎からするとその鱗滝さんは随分と多大な恩がある人なのだろう。
 その声音と表情には、溢れんばかりの尊敬の念が宿っていた。
 きっと、とても良い師匠なのだろう。

「兄弟弟子の仲は良いのか?」

「どうなんでしょう……。柱合会議の時にお世話になって以来、俺は色々と手紙を送っているのですが一度も返事は無くて……。
 何時かちゃんとお礼を言いたいんですけど、冨岡さんは柱として何時もお忙しいみたいですし、中々お会いする機会が無いんですよね。
 でも、冨岡さんがどうかしたんですか?」

「そうなのか……。いや、冨岡さんは炭治郎を継子にしないのかな、と思って。
 折角同じ師匠のもとで学んだ兄弟弟子なんだし、禰豆子の為に命まで懸ける位なんだし、炭治郎の事を気にしているんじゃないかと思ったんだが」

 まあ、別に兄弟弟子だからって継子にする必要があるのかと言われればそうでは無いと思うけれども。
 緊急の柱合会議の際に会ったきりだしそもそもその時ですら一言も話した覚えが無いので、冨岡さんがどんな人なのかが全く分からない。
 鬼が見せた夢の中で炭治郎の記憶を見た時には結構喋っていた気がするが、流石にそれだけでは冨岡さんがどんな人なのか全く分からない。
 禰豆子の為に命まで懸けたり、炭治郎たちを自分の師匠に紹介して道を示したりと、悪い人では間違いなく無いのだろうけれども……。

 まあ、よく知らない人の事に関してあれやこれやと考えても実像を把握出来るとは思えないので、冨岡さんがどんな人なのか考えるのはまたの機会で良いだろう。
 多分、何時か会う機会もあるだろうし。


「あの、悠さんは色んな『神様』を呼び出せるんですよね?」

 それはそうと、と話題を大分変えて炭治郎が訊ねて来た。

「『神様』と言うか……うーん……説明が難しいけれど。
 まあ、そんな感じかな。
 でも、別に『神様』だけって訳じゃ無い、他にも色々居る」

 人が想う『神』や『悪魔』や『化け物』などの姿を取りその力を持ってはいるけれど。
 それが神や悪魔其れその物かと言われるとやはり違う訳で。
 まあ、心の力としか言い様が無い何かだ。

「そんな凄い力が必要な戦いをしてきたんですね……。
 あの、もし良かったらで良いんですけど。
 俺、悠さんがどんな風な戦いをしてきたのか、知りたいんです」

「俺の戦いを? 
 ……まあ、炭治郎が知りたいなら構わないけど」

 炭治郎に促されて、主にあの世界での戦いの事を中心に話す。

 偶然迷い込んだその世界で人の心の影が生み出した化け物たちと遭遇した事。
 その時、『イザナギ』が現れた事。最初に戦った、陽介の影の事。
 特捜隊を結成して、あの世界の所為で殺されかけている人たちを助ける為に行動し始めた事。
 千枝の影、雪子の影、完二の影、りせの影、クマの影……。
 そう言った様々な強敵と死闘を繰り広げ、ペルソナの力を成長させながら少しずつ事件の真相を追って行った日々の事……。
 個人のプライバシーの観点で問題になりそうな部分は全力でぼかしたし、時代の違いを感じさせてしまいそうな部分も色々とぼかして話したので、一部の内容は多分よく分からないものになっていただろうけれど。
 しかし、そんな話を炭治郎は興味深そうに聞いていた。
 其々の戦いがどんなものだったのか、仲間達とどんな風にそれに立ち向かっていったのかと話すと、まるで手に汗握る英雄譚を聞いているかの様な反応を見せる。
 特に、りせの影を前に全滅しかけた事や、その直後に現れたクマの影との死闘の話は、何故だかは分からないが炭治郎としては特に興味をそそられたらしい。

 そして、ミツオの影との話をしようとした頃には大分夜も更けてきたので、今夜は此処までと話を切り上げた。
 すると、部屋の照明を消して布団に入りながら、炭治郎は何処か嬉しそうに微笑みながら言う。

「悠さんがどんな風に戦ってきたのかを知る事が出来て、嬉しいです。
 それに、俺にとって悠さんは、最初から物凄い事を平然とやってのけちゃう凄い人なんですけど。
 悠さんの話を聞いていると、ずっと頑張って戦ってきたからこそそうやって強くなったんだなってのが良く分かって。
 それが何だか嬉しいんです。親近感、って言うのかな?」

「親近感、か。そう思って貰えると俺も嬉しいよ」

 お休み、と互いにそう声を掛けて。
 目を閉じると、直ぐに意識は眠りの中に落ちて行くのであった。






◆◆◆◆◆






 炭治郎が小鉄くんとの修行を終えたその翌日。
 昨日言っていた通りに早速炭治郎も鍛錬に参加した。

 最初の出逢いは中々印象の良くないものではあったと思うが、炭治郎は時透くんに対して蟠りを感じさせない態度で接し、早速打ち込み稽古を付けて貰っている。
 小鉄くんとの特訓で大分その身体捌きは洗練されている様だが、それでも時透くんにはまだ届かず。
 急所を外して打ち込まれては、豪速球の様な辛辣なダメ出しを受けている。
 それでも、その言葉に即座に前向きに取り組むのは炭治郎の良い所だろう。

 しかし、暫く皆を観察していて気付いたのだが。
 炭治郎と善逸、伊之助と玄弥は基本的に物凄く回避する力は強いのだが、その分攻勢に回った際に生まれる隙を突かれ易い。
 呼吸を使えないからほぼ素の身体能力で対応している玄弥だって、回避の勘とでも言うべきものの精度は物凄く高い。
 全員回避だけに専念すれば時透くんの攻撃だって避けるのだが、攻撃を仕掛けようとすると時透くんに打ち負けてしまう様だ。
 連携力でそこを補おうとはしているのだが、流石は柱と言うべきか時透くんの一撃は重く、更に霞の呼吸が回避に特化しているからなのか攻撃を当てるのも難しいらしい。

 時透くんとの手合わせが終われば、今度は自分が皆との手合わせをする番になる。
 早速炭治郎とハリセンを片手に戦うのだが、攻撃を仕掛けようとするとそれに敏感に反応して回避される。
 小鉄くんとの戦いで更に回避力が増したのかもしれない。
 とは言え、まだカウンター的な攻撃への対処は不十分な様で、ハリセンが乱れ舞う結果になったが。


「やっぱり、時透君も悠さんも強いな……」

「まあ、時透くんは柱だしな。
 俺も、剣術の腕は比べ物にならない位に駄目でも、一応上弦の壱を相手にする位ならどうにかなるし」

 この場の全員と一度に戦うと言う、傍目にはリンチか何かの様な手合わせの後で。
 何度も手首をハリセンで叩かれた為に、少し痛むのかそこを水で冷やしながら炭治郎が言った言葉にそう返すと。

「上弦の壱……」

 自分が討伐する目標の一つに据えたその存在を意識してか、炭治郎は緊張した様に呟く。
 そして。

「あの、悠さんは上弦の壱の攻撃を実際に見たんですよね? 
 それを再現するって、出来ますか?」

 そんな事を訊ねてくる。
 再現……再現、か。

「俺は呼吸は使えないし、剣術の腕前はあれとは比較出来ない位に無いに等しいものだから、完全な再現ってのは無理だ。
 でも、あの攻撃速度や攻撃範囲を再現する事なら出来る」

 そう言うと、その場に居た全員が驚いた様な顔をした。
 そして、時透くんが少し興奮した様な声で訊ねてくる。

「もしかして、他の上弦の鬼の攻撃も再現出来るの?」

「他の? ……上弦の弐の攻撃の一部なら、可能だな。
 一番厄介な、吸い込むだけで肺を凍て付かせ腐らせる細かな氷ってのは再現出来ないけど。それを本気でやると、一瞬で凍死させるって方向になってしまうし。
 上弦の陸は……あの猛毒はどうやっても再現出来ないな」

 流石に全部を模倣するのは無理であるが、まあ何となく、効果範囲だとか血鬼術の展開速度だとかは真似出来なくはない、筈だ。やろうと思った事は無いが、出来なくはないと思う。
 そう言うと、皆……と言うか時透くんと炭治郎が色めき立つ様に、「やってくれ」と言い出す。
 上弦の攻撃を予め体感出来る機会なんて早々無いのだから、と。
 既に討伐された上弦の陸はともかく、上弦の壱と上弦の弐はまだ生きているのだし、どうかすれば何処かで戦う可能性だってある。
 特に、炭治郎は上弦の壱と戦うと決めたのだから尚更その対処を学ばねばならないのだろう。
 危険なのであまり気は進まないが、『ラクカジャ』で防御力を底上げした上で、此方の攻撃を『タルンダ』で可能な限り下げて、その上で念の為に『テトラカーン』で保険を掛けておけば、威力は可能な限り抑えておけば膾斬りにして殺してしまうと言う事もあるまい。
 上弦の弐の再現に関しては、『白の壁』で氷結攻撃に耐性を付けておけば多少はどうにか出来るだろう。

「あまり気は進まないけど……まあ、仕方無いか……」

 何も対策出来ずに遭遇すれば死ぬしかない相手であるなら、ちゃんと対策するより他に道は無い。仲間を攻撃するのは、本当に心の底から嫌だけど。
 可能な限りの安全策を施した上で、先ずは時透くんの相手をする事になる。
 目標としては、三分間上弦の壱の攻撃を模した此方の攻撃を避け続けるか、或いはその間に此方の頸に木刀を当てるかである。
 ハリセンだと攻撃に耐え切れないので、今回ばかりは十握剣を構えている。尤も、これで直接相手を狙う気は無いが。

「じゃあ、始めるぞ」

 ── スラッシュ

 速度だけを重視した軽い横薙ぎの一撃を、時透くんは後ろに下がる様にして避ける。
 実際の上弦の壱との戦いでは、この攻撃に更に細かく飛び散る斬撃が付随してくるのだが、流石にそれは再現し切れない。

「今の回避距離だと、実際に上弦の壱と戦っていた場合だと細かい斬撃を喰らっていた筈だ。
 上弦の壱はその血鬼術によって、実際の刀による斬撃の他に、その軌道に沿った細かい斬撃を無数に飛ばしている。
 俺の攻撃をギリギリで避けるのではなく、大きめに避けた方が良い。
 細かい斬撃でも、人の腕の一つや二つ容易く落とす程度には威力があった」

 そうアドバイスすると、時透くんは静かに頷く。
 そして、あの上弦の壱の攻撃を思い出しながら次々に攻撃を仕掛ける。

 ── 二連牙
 ── キルラッシュ
 ── ダブルシュート
 ── ミリオンシュート
 ── 五月雨斬り
 ── アサルトダイブ

 次々に迫り来る斬撃を回避している内に、時透くんはかなり距離を取っていた。
 流石にこの距離では届かないだろう、と。その油断を、許さずに攻撃を仕掛ける。

 ── 疾風斬

 明らかに剣の間合い以上の距離に届いた一撃に、回避が遅れた時透くんは左腕の辺りを斬り裂かれてしまう、がそれは『テトラカーン』によってそっくりそのまま此方に返って来た。
 疾風斬を使えるペルソナは物理耐性こそあれど完全な無効化は出来ない。その為左腕がザックリと切れてしまったが、まあこの程度はディアで瞬時に治せるので掠り傷だ。

「上弦の壱の刀は、上弦の壱自身の骨肉で作られているので伸縮自在な上凄まじい再生能力も備えている。
 最初は打刀程度の大きさだったが、此方が距離を空けると大太刀以上の長さを持った七支刀の様な刀に変形させたりもした程だ。
 もしかしたら、もっと長く出来るのかもしれない。
 呼吸を使った剣術を活かす以上は、刀その物の形からはそう大きく逸脱はさせないだろうが、間合いに関して完全に見切る事はほぼ不可能だと思った方が良い。
 そして、そうなった時の攻撃はより一層苛烈になって、再び接近する事はほぼ不可能になる。
 危険ではあるが、可能な限り首を斬れる間合いを保って戦い続ける他にないと思う」

 保険に掛けておいた『テトラカーン』が切れてしまったので一旦打ち合いは終了して、上弦の壱の攻撃パターンやそれをどう攻略するべきかを自分なりに考えたものを伝える。

「成る程ね、あの攻撃速度と範囲で、かつ血鬼術によって軌道を読み辛い斬撃まで無数に飛んで来るのか……。
 しかも、武器を壊してもほぼ無意味だし、その武器自体も伸縮自在……」

 厄介極まりないね、と。そう呟いた時透くんに、「それな」とばかりに頷いた。

「しかも鬼だから、本来なら呼吸と呼吸の合間にどうしても生じる隙を無理矢理その身体能力で潰して、有り得ない速度と威力で呼吸の型を連発してくるんだ。
 一体何の呼吸を使っているのかは分からなかったが、物凄い型の数があるみたいで、十五以上も様々な型を出してきた程だ。
 型の予備動作で相手の攻撃を見切る事も相当に難しいだろうな」

 もう滅茶苦茶と言って良い程に厄介極まりない相手である。
 更には、上弦の壱の戦い方の根本は、鬼のそれでは無くて、鬼殺の剣士の戦い方なのである。
 人外の回復力頼りに突撃してくるのではなく、確実に此方の攻撃は回避した上で必殺の一撃を放ってくる感じだ。
 鬼との戦い方には慣れていても、剣士同士……それも隔絶した腕前の剣士との戦いには慣れていない鬼殺隊の隊士にとっては、上弦の弐とはまた別の方向性で相当戦い難い相手であるのだろう。
 しかも更なる奥の手を隠し持っている可能性があるのだ。
 縁壱さんの時代から数百年にも渡り研鑽を積んで来たのだろう剣技に鬼の身体能力や血鬼術に、と。それは規格外の『化け物』と呼んでも差し支えないものである。

「でも、そんな上弦の壱相手に頸を落として負傷者を連れて撤退出来たんだったよね。
 どうやったの?」

「どうって……。まあ、強引に突破した感じだな」

 ペルソナの力を借りれば物理攻撃の一切を無効化したり反射したりする事も可能な為、自分一人で対峙すれば抑え込む事自体は可能なのだ。とは言え倒せるのかは状況に拠るが。
 上弦の壱の攻撃は苛烈極まりない為単独で対峙した場合は正直物理攻撃に無効以上の耐性が無ければ防戦一方で全く攻撃に入れないのだが、物理攻撃のみである以上は物理無効や反射などが出来れば強引にその攻撃を突破して首を斬る事は可能である。
 ……問題は、あまりそう言う手を晒すと、鬼舞辻無惨の討伐に支障を来す恐れもあると言う事なのだが。
 まあ、それは今は良いだろう。

 実際にどうやったのかを実践して見せて欲しいと時透くんに頼まれたが、流石にこれは実際の人間相手にやる訳にはいかないからと、上弦の壱に見立てた巻き藁相手に攻撃するのを見せる事で妥協して貰う。
 あの時と同様に、イザナギの力を借りて、『タルカジャ』と『チャージ』で威力を可能な限り高めた『雷神斬』を巻き藁に向かって繰り出す。
 大体この辺りが上弦の壱の首だろうと印を付けた辺りを綺麗に斬り飛ばしたのだが、爆発する様な雷の威力によって巻き藁は斬られていない部分まで瞬時に炭と化して爆散する。
 巻き藁を刺していた棒まで綺麗に吹き飛んでしまった。

「ええ……っと、まあ……こんな感じに……」

 思っていた以上に見た目がド派手な事になってしまい、ちょっとドン引きされてないだろうかと心配になる。
 いや、巻き藁が可燃物なのが良く無かったのだろう。これが石とかそう言うの相手だったなら、まだ。多分……。

「これ、頸を斬ると言うか、頸ごと消し飛んだんじゃないの?」

「いやいや、上弦の壱は流石にこれだけじゃ消し飛ばなかったよ。
 首周りは炭化してたけど、身体は綺麗に残ってたし」

 思えば上弦の弐も『ラグナロク』が直撃しても骨だけは残ってそこから再生したのだ。
 上弦の鬼と言うのも相当に出鱈目な存在である。
『コンセントレイト』や『タルカジャ』で威力を引き上げていれば、あの時も骨ごと消し飛ばせたのだろうか。
 それとも、ちゃんと『スルト』を召喚出来る状態だったなら灰も残さず燃やし尽くせたのだろうか。
 まあ、あの場には負傷したしのぶさんとカナヲも居たのだし、そもそもの話、そんな超火力をバンバン使う訳にはいかなかったのだけれども。

「あれ、今の攻撃って、もしかして伊邪那岐さんが上弦の陸の妹鬼相手にしたのと同じですか? 
 でも、あの時はもっと……」

『雷神斬』を見ていた炭治郎が少し不思議そうに訊ねてくる。
 どうしてかは知らないが、炭治郎はイザナギの事を『伊邪那岐さん』と呼んでいる。
「様」を付けるべきかと訊かれたのだが、『我は汝、汝は我』なので流石にそれは違和感が凄いので止めて欲しいと伝えたところ、しかし呼び捨てになど出来ないと押し切られて「さん」付けになった。
 まあ、炭治郎がそうしたいのならそれで良いのだけど……。

「同じ力なんだとしても、俺がこうして攻撃するよりも、『イザナギ』が攻撃した方がずっと威力とかは高いからな。
 まあ、強過ぎて手加減し切れないから、手合わせなんか出来ないのが問題なんだけど……」

 基本的に、幾らペルソナの力で強化されているとは言え、自分よりもペルソナ自身の方が力は強い。
 最終的にアメノサギリだとかイザナミだとかを相手にする時は、自分たちが武器で攻撃しても微々たるダメージにしかならなかったので、ペルソナでのぶつかり合いに等しい状態になったのだ。
 まあそんな訳で、ペルソナの力は物凄く強いのだが、今の自分でも手加減をし切れていないのだ。
 召喚したペルソナで直接手合わせ……なんて事になったらどんな事になるかちょっと恐ろし過ぎる。
 なので、手合わせしたいと言われる前に先手を打って拒否しておく。
 伊之助はあからさまな程にガッカリしていた。

 何はともあれ、今度は炭治郎が上弦の壱の攻撃を一部再現したそれを体験する事になった。
 先に時透くんとの戦いを見学していただけに、注意しなければならない事には確りと意識を向けて、あまり間合いを空けない様にして炭治郎は絶え間ない攻撃を確りと回避し続ける。
 その見事な回避力に、それを見ていた全員が驚いた様に声を上げる程だ。
 回避力だけなら、炭治郎は上弦の鬼に対しても通用するのではないだろうか。
 とは言え、かなりギリギリの所で回避している様で、余り余裕は無い。
 だからこそ。

 ── 利剣乱舞
 ── アイオンの雨

 広範囲に複数回の攻撃を発生させるそれらの連撃に対応する余り、その意識に僅かな隙が生まれ。
 そして当然其処を狙った一撃を加える。

 ── 霧雨昇天撃! 

 掠るだけでも左右に真っ二つになるだろうその一撃を、炭治郎は回避し切る事が出来なかった。
 とは言え、それは『テトラカーン』によって跳ね返されて此方に返って来て、物理無効の耐性によって掻き消されるのだが。

「炭治郎の回避力は凄いけど、全ての攻撃に集中し続けるのは難しいからな……。
 そこをこうして突かれる事はあると思う」

 実戦の中だったら今の一撃で死んでいただろう。まあ、実戦なら実戦で、炭治郎のここぞと言う時の爆発力は凄いので、もっと上手く立ち回っていたかもしれないのだが。

「はい! 有難うございます! 気を付けます!!」

 炭治郎は元気よく返事して、その注意事項に何度も頷く。
 その後、上弦の壱だけでなく上弦の弐の攻撃を一部再現したそれとも戦ったりして、そろそろ日が傾き始めると言う頃合いには力を使いまくった為かなりへとへとの状態になってしまった。

「ふぅん。凄い力があっても持久力はあんまり無いんだ」

「ああ……。これでも、大分改善された方なんだけどな……。
 ちょっとこればっかりは、どうしようもないんだ……」

 この世界に迷い込んだ当初から考えると物凄く持久力は上がったのだが、それでもまだ万全とは言い難い。
 まあ元々、持久戦を前提にした様な力では無いのだけど。
 気力や体力を自然回復する力を持つペルソナに切り替えれば多少回復は早くなるのだが、やっぱり一番の回復方法はしっかり寝る事である。
 まあ、本当に限界になったら自分の意思とは関係なく昏倒してしまうので、そうはなっていないだけまだ余裕はある方だ。

「ごめんなさい、こんなに疲れさせるまで付き合わせちゃって……」

 全集中・常中が出来る剣士は、ある意味体力お化けで。実際に死闘を繰り広げた訳でも無いのなら、ちょっと休憩するだけでもうピンピンしている。ちょっと羨ましい。

「い、いや……良いんだ。皆の力になれて嬉しいよ……」

 これで少しでも炭治郎たちが上弦の鬼を相手にしても大きな負傷無く戦い抜ける様になるなら、安いものである。
 まあ、今日はもう夕食を食べて温泉に入ったら寝てしまいそうなので、これ以上の手合わせは勘弁して欲しいのだが。

「それにしても、攻撃を跳ね返す力を他の人にも使えるの凄いね。他にも何か出来るの?」

「物理的な攻撃以外にも、何と言うのか……上弦の弐の氷みたいなものも跳ね返せる盾みたいな力を与える事も可能だな。とは言え、それが有効なのは一回切りだし、あんまり効率が良い訳じゃ無いけど。
 後、上弦の弐が使う様な氷の攻撃に対しては、ちょっとその威力を和らげる事も出来るぞ。
 即死が半死になる位の差だから完全に遮断出来る訳では無いが……。それと同じ様な事は、炎とか電撃に対しても出来るな。
 他には、攻撃力を上げたり、素早さを上げたり、防御力を上げたり……逆にそれらを下げる事も出来る。
 他にも色々あるけど……まあそんな感じかな」

『デカジャ』・『デクンダ』はあまり意味が無いだろうし。相手の狙いを自分に集める『ヘイトイーター』や、味方に与えられたダメージを肩代わりする『ボディーバリアー』は有効だろうがあまり離れて戦うと効果が無い。
 自傷と引き換えに圧倒的な力を得られる『修羅転生』は、ちょっと火力過多になりそうなので使う機会は無さそうだ。
 自分だけを強化する力は他にもあるが、時透くんが知りたいのはそう言うのでは無いだろうし……。
 他に何か皆の力になりそうなものと言えば……と。自分が使える力を見直してみる。

「あ……何と言うのか、会心の一撃って言うのかな。そう言うのを決めやすくする力もある。
 説明が難しいんだけど、『ここを攻撃すれば良いんだな』ってのが分かると言うか……」

「よく分からないけど、ここを攻撃すればって、鬼なら頸を斬れば良いんじゃないの?」

「まあそうなんだけど、そうじゃないと言うか……」

 本当に説明が難しい感覚なのだ。
 何と言うのか、こう……「心眼」が開いた? みたいな。
 いや、別に武道を極めた訳でも無いので、「心眼」とやらが何なのかは分からないのだけど。
 説明してもよく分からなかったからなのか、実際にやってみてよと言われ、まあそれもそうかと頷く。
 ちょっとしんどいけれど、やってやれない事も無いだろう。

「── シキオウジ!」

 その力を持っている『シキオウジ』を呼び出すと、初めて見るものだったからか、全員が驚いた様に声を上げる。
 まあ生物的なそれとは掛け離れた独特な風貌であるので、物珍しいだろう。
 見た目は変わっているが、中々に強力なペルソナであり、頼りになるものだ。

 ── 心眼覚醒! 

 割とその物ズバリな名を冠したその力を皆に使うと。
 皆は一斉に困惑した様に驚いた様な声を上げる。

「うおぉぉ!? 何だこりゃ、何かビリビリする、すっげぇ!」
「……!? 何だ、あれ、これ匂いなのか?」
「ええええ!? 音? でもこんなの初めてなんだけど!?」
「……何だろう、透けて見える……?」
「何だこりゃ……」

 玄弥はそこまでハッキリとは分からなかったみたいだが、玄弥以外の五人は其々に何か特異なものを感じ取っているらしい。
 混乱した様に耳を塞いだり或いは鼻を摘まんでみたり、或いは目を閉ざしてみたりと。様々な反応をする皆を見ていると、これが害になる様な力では無いと知っていても少し心配になってしまう。
 まあ、そこまで長続きするものでは無いのだけど。

「どうだ? 何か分かったか?」

 うんうんと唸っている炭治郎に訊ねてみると。
 少し唸った後に、何かに気付いた様な顔をして、炭治郎が声を上げた。

「もしかして……! これが父さんが言っていた『透き通る世界』ってやつなのかも……!」

 とか言い出したので、思わず此方も驚いて目を見開いてしまう。
『透き通る世界』。一体どんなものなのか、個人の感覚の世界なのでその到達条件もそれが一体どう言うものなのかも分からないそれが、『心眼覚醒』で到達出来てしまったと言うのだ。
 努力に努力を重ねて、無駄なものを削ぎ落した先に在るのだと言うそれにこうもあっさりと辿り着けるものなのか……? いやまあ確かに、心眼覚醒は相当強力な力である事は確かなのだけれども。
 しかし、自分が感じていたあれが『透き通る世界』だったのか? 別に相手が透き通って見えた事なんて無いのだけど。相手がシャドウだからなのか? 分からない……。
 正直、頭の中は疑問符だらけである。まあ、剣術を磨きに磨いている者が辿り着くそれと、ペルソナの力で戦う自分が辿り着く『心眼』の境地は同じでは無いと言うだけなのかもしれないけれども……。

 数分程経って『心眼覚醒』の効果が切れた時には、皆が何やら疲れた様な顔になっていた。
 それが果たして『透き通る世界』であったのかどうかはともかく、半ば強制的にそれに引き摺り上げられた為に感覚のズレが強かったのかもしれない。
 しかし、一度でも感覚を掴めたと言うのは、間違いなく炭治郎たちにとっては鬼たちと戦う際には有利に働く事になるのだろう。

 思い掛けず、最後の課題であった『透き通る世界』への道程を見付けてしまい、困惑が隠せなかった。






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