このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第五章 【禍津神の如し】

◆◆◆◆◆






 朝になり、昨晩甘露寺さんが別れ際に教えてくれた「秘密の武器」を探しに行こうという事になった。
 が、何せ六人(正確には七人)も居るのだ。一塊になって探すと言うのも効率的とは言えない。
 その為、二名で一組となって里の各地を探す事になった。
 組み分けとしては、善逸と獪岳、伊之助と玄弥、そして俺と悠さん及び禰豆子である。
 俺としては、「宝探し」のついでに鋼鐵塚さんを探したい。
 このまま行方不明になっていると、鉄地河原さんたちから乱暴な事をされてしまいそうだ。
 本当に大人気無い三十七歳だけど、何度も刀を駄目にしてしまった俺にもちゃんと刀を打ってくれる凄い人なのだ。
 ……包丁を持って追いかけ回すのは本当にやめて欲しいけど。

 そんな訳で、また夕方になったら此処の宿で落ち合う約束をして、其々に散った。
 里に伝わる「秘密の武器」という事であるのなら、里長である鉄地河原さんに話を聞くのが早いのかもしれないけれど。
 悠さんは折角だから今日は地道に探してみよう、と言っていた。
 鉄地河原さんはお忙しい様だし、それにいきなりそう言う事をするのはちょっとズルなのでは、との事らしい。
 確かにそれもそうだと思う。
 まるで『宝探し』の様だと言うと、悠さんは楽しそうに「そうだな」と頷いた。
 何時もは穏やかに俺たちを見守っている事が多い悠さんだが、中々付き合いが良いと言うか、鍛錬などの合間の遊びに誘うとかなり乗り気で乗って来る。
 双六や花札や西洋かるたなどを使って色々と遊んだ事があったが、そのどれもに物凄く楽しそうに参加するのだ。
 そういう時、悠さんも俺たちとそんなに歳が違わない人なんだな……と実感する。
 あと、伊之助程では無いが、ちょっと負けず嫌いだ。遊びでも勝負事ならかなり本気で勝ちに来る。
 そう言った面を知る度に、何だか悠さんともっと親しくなれている気がするのだ。

「秘密の武器」とやらを探しつつ、取り留めも無い話をしながらのんびりと里の中の林を歩く。
 温泉の匂いが辺りに強く漂っているからか、少し鼻が利き辛い。
 鼻が利き過ぎるからこそ、強い匂いがあると微かな匂いはそれに紛れてしまうし、或いは無数の匂いに囲まれてしまうと中々一つの匂いを探し出す事が難しくなる。だから都会の様に人が多い場所はあまり得意ではない。
 鬼舞辻無惨程の強烈な匂いなら、どれ程の人混みに紛れていようと、或いは何里と離れていようと、嗅ぎ付ける事が出来るのだけれども……。
 まあそんな訳で、「秘密の武器」とやらを探すのに俺の嗅覚が役に立つのかは少し微妙な所であった。
 そもそも、その「秘密の武器」とやらがどんなものなのか全然分からないので匂いの手掛りすら無いのだけれども。

「それにしても、強くなる為の『秘密の武器』って何なんでしょうね」

「何かの修行道具みたいなものじゃないか? 具体的に何かと言われても分からないが……」

 歩きながら、「秘密の武器」とやらがどんな姿をしているのだろうかと、色々と予想を立ててみる。
 簡単に扱えるものなのだとしたら鬼殺隊にもっと広く知れ渡っていても良い筈なので、取り扱いが難しい物なんじゃないだろうか、とか。或いは一定の技量が無いと使うのが危険だから秘匿されている物なんじゃないだろうか、とか。
 想像のままに、色々とその「秘密の武器」の予想を立てていく。そんな細やかな時間が実に楽しい。
 禰豆子も、俺たちの話を聞いている事を主張するかの様に、時折カリカリと箱を中から軽く引っ掻いて返事をしている。

「修行と言えば。今度俺も悠さんと手合わせして貰っても良いですか?」

 伊之助と玄弥が手合わせをして貰ったと聞いて、ちょっと羨ましかったのだ。
 悠さんはそもそも誰かと戦う事は好きでは無いらしく、手合わせなどの訓練を何度か頼まれている事はあったのだが何時もそれを色んな方法で避けていた。
 何度か食い下がった事はあったのだが、怪我をさせたくない、あんな力を人に向けてはいけない、と。そう頑なに言われてしまってはあまり無理強いは出来なくて。
 しかし伊之助が余りにも執拗に手合わせを挑もうとするからなのか、悠さんは渋々とであったが時折伊之助と手合わせする様になったのだ。まあ、手合わせと言っても、悠さんは素手だし、攻撃を受け流す事に専念してばかりなのだけれども。しかし、それでも伊之助は確実に実力を付けていると思う。元々伊之助は凄い天才肌なので、戦いの中で得るものがとても大きいのだろう。
 悠さんが人に武器を向けたりするのを本当に嫌がっているのは分かるのだけれど、上弦の鬼にも負けない悠さんと手合わせ出来るなら確実に実力が付くと思うので、本当は少し無理を言ってでも手合わせして貰いたかった。
 なので、伊之助に先を越され、その上玄弥にも先を越されて、少しばかり羨ましかったのだ。
 俺は長男だからちゃんと我慢して悠さんが「良いよ」って言ってくれるまで待つ事が出来るけど、次男だったらちょっと駄々を捏ねてでも手合わせして欲しいと強請っていたかもしれない。

「手合わせか……。
 しかし、何度も言うが、俺は手加減が下手くそなんだ……。
 戦いに意識が切り替わって無ければ、炭治郎たちには手も足も出ない位だろうし。
 逆に、完全に戦いに意識が切り替わってしまえば、本当に取り返しが付かない事になりかねない……。
 伊之助たちとやっている手合わせも、一応武器を持たずに頑張って可能な限り加減しているけど、ちょっとギリギリな事も多いし……。
 それに、仲間や友人に武器を向けるのは、もう嫌なんだ……」

 相変わらず悠さんは難色を示す。
 その匂いは、何処と無く昔の事を思い出してそれを厭う様なものになっていた。
 もしかして、昔何かあったのだろうか。

「あの、そこまで誰かに武器を向けるのを嫌がるのって、昔何かあったんですか?」

 そう問うと、悠さんは驚いた様にその眼差しを揺らし、戸惑う。
 言うべきか、どうするべきか。そう迷ったその瞳は、何処か観念した様に溜息と共に揺れた。

「ああ、以前……炭治郎たちに出逢う前に戦っていた頃に、な。
 ある敵と戦う事になって、その時に、仲間たちが全員敵に操られて襲い掛かって来た。
 その敵は、俺にとって一番大事な人を人質にしていたからその戦いから逃げる訳にはいかなくて……。
 だから俺は。操られて襲い掛かって来る仲間たちと、戦ったんだ。
 ……最低な戦いだったよ。本当に、あの時程、相手を殺したいと心の底から思った事は無い。
 どうにか勝てたけど、あんなの絶対にもう二度と経験したくない。
 皆……あいつに操られて、俺の事を『敵』だと誤認して襲い掛かって来たんだ。
 敵だけを攻撃しようとしても、皆は何時も俺にそうするみたいにあいつを庇って……。
 操られた俺の仲間達は皆強くて。小手先で誤魔化して足止めする事なんて出来なくて。
 勿論殺してなんかいないけど……でも、動けなくなる程度には、皆を痛め付けるしか方法は無かった。
 今でも、ハッキリと覚えているんだ。大事な仲間を、この手で傷付けた時の感触を……。
 皆と、菜々子を秤に掛けて……俺は菜々子を選んだ。……それなのに……。
 ……敵を倒して正気に戻った後、皆は俺の事を責めなかったけれど……でも、俺は自分の事を許せなかった。
 もうやり直す事は出来なくても、もっと良い方法は他にあったんじゃないかって、今でもずっと考えてる。
 だから俺は、絶対に仲間や友人をこの手で傷付けないって決めたんだ。
 炭治郎たちが強くなりたいから手合わせして欲しいって言っているのは分かるんだけど……。
 こればっかりは、俺の我儘だな……」

 ごめんな、と。そう悠さんは静かに呟いた。
 ……悠さんが仲間や友人を心から大切にしている事はよく知っている。
 だからこそ、きっと悠さんにとって何にも代え難い程に大切な人たちを、状況的に仕方が無かった事であろうとは言え傷付ける他に無かった事が、その心に深い傷となって残っているのだろう。
 例え手合わせ程度の戦いなのだとしても、殆ど拒否してしまう程に。

 それを知ってしまうと、果たして手合わせしたいと望んでも良いのだろうかと思ってしまう。
 だが、伊之助たちには物凄くハンデを付けながらも手合わせに応じているのだから、何が何でも駄目という訳では無いのだろうけど。

「じゃあ武器無しでも良いので! お願いします!」

「どうしてそこまで俺と手合わせしたがるんだ……。
 ……だが、伊之助と玄弥にしている分、炭治郎だけ断ると言う訳にもいかないしな……。
 まあ、俺が攻撃しなくても良いという条件でなら、構わない」

 取り敢えず、今は「秘密の武器」探しの方を優先するけど、と。そう悠さんは続けたけど。
 それ以上に、了承してくれた事が嬉しくて、「ありがとうございます!!」と里中に響く様な声で感謝の言葉を伝えた。
 突然の大声に、悠さんはビックリした様に目を丸くして。そして、「そうか」と少し嬉しそうに微笑んだ。

 そしてまた暫く、林の中を「秘密の武器」らしきものや鋼鐵塚さんを探しながら歩いていると。
 何やら子供と誰かが言い争っているのか揉めている所が遠目に見えた。
 より小さな十歳程度の子供の方は特徴的なひょっとこの面を被っているのでこの里の者であるのだろう。
 そしてもう一方は、鬼殺隊の隊服を着ている少年だ。何処かで見覚えがある。そう、あれは確か柱合会議の時の……。名前は確か……。

「あれは、時透くんか……? 何をしているんだ……」

 彼を知っていたのか、悠さんは怪訝そうに首を傾げる。
 そうだ、彼は霞柱の時透無一郎くんだ。

「どっか行けよ!! 何があっても鍵は渡さない、使い方も絶対教えねぇからな!!」

 ひょっとこの面を被った少年の方は語気を荒げる様に時透くんに抵抗している様だが、時透くん自身は興味が無さそうなぼうっとした目をしている。
 何か揉めているのだろうか。
 事情が分かっていないが、立ち聞きは悪いと思いつつも揉め事であるのなら見て見ぬふりも出来ず。
 どうしたものかと悠さんと二人で顔を見合わせた。
 が、次の瞬間に時透くんが少年に突然手刀を叩き込んだ事により困惑は一気に消し飛ぶ。

「やめろーっ! 何してるんだ!! 手を放せ!!」

 あろう事か手刀を叩き込んだだけでは無く、その胸座を掴む様に吊るしだしたので、俺は咄嗟に前に出て、子供を吊るし上げている時透くんの腕を掴んだ。

「何があったのかは分からないが、とにかくそう乱暴な手段を取るな……! 
 その子が苦しそうにしている。その手を放してやって欲しい」

 悠さんも慌ててその場をどうにか穏便に収めようと、前に出て声を上げる。
 俺はどうにか時透くんの手を子供から引き剥がそうとするが、時透くんの腕はびくともしない。
 一見俺よりも華奢に見える程なのに、信じられない程に鍛え上げられている。

「声がとてもうるさい……誰? 腕、掴まないでくれる? 
 それと、そっちのは確か……」

 柱合会議の時に出逢った筈なのだが俺を覚えてはいなかったらしく、時透くんは首を傾げ。そして悠さんの方を見て何かを思い出そうしている様な顔をする。

「霞柱の時透くん、だよな。
 何やら揉めていた様だが、俺たちには何があったのか分からないから一旦お互いの話を聞きたい。
 だから一先ずはこの手を放してやってくれないか。
 このままだとこの少年の頸が絞まってしまう」

「……ああ、思い出した。確か、上弦の弐を撃退した……。
 ああ、上弦の陸も倒して、上弦の壱と戦って負傷した隊士を連れて撤退したんだったっけ……」

 悠さんの言葉や俺の抵抗を全く意に介する事無く、時透くんは淡々と自分の調子を貫く。
 悠さん個人の事は全く覚えていないのかもしれないが、悠さんの戦果は知っていたらしい。
 興味がそちらに移ったのか、時透くんはあっさりと吊り上げていた少年をその場で手放した。
 その途端、受け身も取れずに落下しかけた少年の身体を俺は咄嗟に抱える。
 だが少年は混乱しているのか、俺を突き飛ばす様にして己から引き離した。
 今の彼には、周りの全てが敵に見えているのかもしれない。

「だ、誰にも鍵は渡さない。拷問されたって絶対に。『あれ』はもう次で壊れる!!」

 と震える声と身体で精一杯の虚勢を張る様にして吼えた。
 少年の言う『あれ』とやらの意味が分からなくて、悠さんと二人少し首を傾げる。
 何やら『あれ』とやらを巡って争っている様だが……。壊れそうなのに柱程の人が求める『あれ』とは何なのか。

「拷問の訓練受けてるの? 大人だって殆ど耐えられないのに君には無理だよ。
 度を超えて頭が悪い子みたいだね。
 壊れるから何? また作ったら? 
 第一、壊れるからって後生大事にしまって埃を被らせる事に何の意味があるの? 
 目的があって作られた道具を使わずに骨董品扱いにしているだけだよね。
 君がそうやって下らない事をぐだぐだぐだぐだ言ってる間に何人死ぬと思っているわけ?」

 時透くんはまるで言葉の刃で嬲る様に、子供へと言い放つ。
『あれ』が何なのかは分からないけれど、道具は最後まで道具として使うべきだという言葉は間違ってはいない。

「柱の邪魔をするっていうのはそういう事だよ。
 柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う。
 少し考えれば分かるよね? 
 刀鍛冶は戦えない、人の命を救えない、武器を作るしか能がないから。
 だから鍵出して。自分の立場を弁えて行動しなよ。赤ん坊じゃないんだから」

 そう言って、時透くんはさっさと差し出せとばかりにその掌を向ける。
 いっそ傲慢に聞こえるその言葉に、悪意の匂いは無い。
 だが、まるで心と言うものを置き忘れたかの様なそんな言葉で誰かの心を恐怖や苦痛以外で動かせる訳は無くて、少年は益々身を固くしてギュッと胸の辺りを庇う。鍵とやらはそこに隠しているのかもしれない。

「あなたの言ってる事は概ね正しいんだろうけど、間違ってないんだろうけど。
 刀鍛冶は重要で大事な仕事です。
 剣士とは別の凄い技術を持った人達だ。
 だって実際、刀を打って貰えなかったらオレたち何も出来ないですよね? 
 剣士と刀鍛冶はお互いがお互いを必要としています。戦っているのはどちらも同じなんです。
 俺たちはそれぞれの場所で日々戦っているんです!」

 時透くんのあんまりな言葉に、俺は思わずそう言い返してしまった。
 だって彼の言い方では、鬼殺の剣士以外に意味は無いみたいになってしまうでは無いか。
 勿論、刀だけがあってもそれを振るう者が居なければ意味は無いのだが、しかし刀が無くては剣士もその役割を果たせない。だからこそ、他方を貶める様な言い方をしてはいけないのだ。
 刀鍛冶の人達は、己が作った刀を通して人を救っているのだから。

「下らない話に付き合っている暇は無いんだよね」

 しかし時透くんに俺の言葉は届いていなかったのか、容赦なく手刀が飛んで来る。
 殺気は無いそれに反応が少し遅れ掛けたが、どうにかギリギリの所で回避する事は出来た。
 すると予想外だったのか、時透くんは「へぇ……」と僅かに感心した様に呟く。

「時透くん、そんな言い方をしてはいけない。
 言葉を選ぶのが難しいのかもしれないが、そんな言い方では無意味に周りに敵意をばら撒くだけになる。
 時透くんにも何か事情や目的があるのだろうけれど、この子の言葉ももう少し聞いてやってくれないだろうか」

 そして、少年の心を追い詰める様に迫る時透くんを前に、悠さんが立ちはだかる様にして少年を庇った。
 そんな悠さんを見上げて、ぼうっとした眼差しを向けて時透くんは首を傾げる。

「何で? 間違ってなんかいないのに。
 それに、話を聞いてる時間の方が惜しいよ」

「そのやり方では、結局遠回りになって時間を浪費するだけだ。
 この子がこうまで言うんだ。時透くんが求めている『あれ』に何か大きな不具合があるのかもしれない。
 それを知らずに無理矢理『あれ』とやらを使った所で、その結果時透くんが求めているものは手に入るのか? 
 そして、人の心を顧みない言葉は、何時か自分自身に返って来てしまう。
 時透くんの言葉の全てが間違っている訳では無いけれど、その言葉の選び方は正しくないと俺は思うよ」

 とにかく配慮が欠けているその言葉を、悠さんは静かに窘める様に咎めた。
 退けと言わんばかりに時透くんは悠さんを見上げるが、悠さんは一歩も退かない。
 恐ろしい速さで繰り出された手刀も腹を狙った拳も、全て危なげなく受け止める。
 苛立った様に時透くんは悠さんを見上げるが、此処で事を荒立てるのは得策ではないと感じたのだろう。
 大きな溜息を吐いて、渋々と言った様子で、「分かった」と答えた。


「それで……二人が言っている『あれ』とは一体何なんだ? 
 そして、どうしてそれを時透くんに使わせてやれないんだ?」

 二人の間の敵意が収まった事を確認して、悠さんは改めて『あれ』とやらについて尋ねた。
 そもそも、争いの原因になっていた『あれ』とやらの事を俺も悠さんも分かっていないのだ。
 本来は無関係であったとはいえ、此処まで関わってしまうと知らないままではいられない。

「戦闘用の絡繰人形です。俺の先祖が作ったもので、百八の動きが可能なんです。
 剣士たちの訓練の為に作られたもので人間を凌駕する力があるんですけど……老朽化が進んでいてもう壊れてしまいそうなんです……。
 でも、制作当時の技術を再現出来なくて作り直す事はおろか、満足に修理も出来ず……」

 小鉄と名乗った少年がそう説明する。
 戦闘にも使える絡繰と言うものが一体どんなものなのかは分からないが、凄いものなのだろう。
 そしてもう作り直す事も出来ず修理も儘ならないとなれば、先祖伝来のその絡繰人形を壊したくないという気持ちも分かる。
 が、同時にそんな凄い人形があるなら是非とも戦って少しでも己を鍛えたいと言う時透くんの思惑も俺は当然理解出来る。
 だって、人と戦う事を厭う悠さんに手合わせを強請ってしまったのと本質的な部分では変わらない事なのだ。

「そうなのか……。老朽化がどの程度なのかは聞いただけでは分からないのだが、そんな状態で戦ってみても時透くんが望む程の戦闘経験にはならないんじゃないか? 
 戦闘訓練をするにせよ止めるにせよ、一旦その絡繰人形の状態を確かめてみた方が良いんじゃないだろうか」

 小鉄くんの言葉を聞いた悠さんは、そう提案した。
 絡繰人形の状態を確かめて時透くんが諦めてくれるのならそれはそれで良いのだし、もしまだ戦えるし戦いたいと時透くんが思うのであれば小鉄くんと時透くんの両方の言葉を聞きつつどうにか少しでも良い様に決着がつく様にしたいのだろう。
 時透くんは仕方無いとでも言いた気に頷き、小鉄くんも無理矢理に絡繰人形の鍵を奪われる位ならと了承する。
 そして小鉄くんに案内され、彼に先祖代々伝えられてきたその絡繰人形を見せて貰った。
 それは……──

「この顔……あの夢の中で見たあの剣士の人……縁壱さんに似ている……」
「この顔……あの上弦の壱に少し似ているな、痣の位置は違う様だが」

 絡繰人形の顔を見た瞬間に、俺と悠さんはほぼ同時にそう呟き、そして驚いた様に互いの顔を見た。
 耳に付けられた俺の持っているそれとほぼ同じ日輪の耳飾りと言い、左の額の炎の様な痣と言い。
 俺が以前夢で見て、そして数百年前に鬼舞辻無惨を後ほんの一息の所まで追い詰めたと珠世さんが言っていた、縁壱さんにとても似ているのに。
 しかしそれを見た悠さんは、あろう事かこの人形の顔が上弦の壱のそれに似ていると言う。
 一体どう言う事なのだろう。

「……恐らく、外見の特徴と照らし合わせるに、この人形の顔は縁壱さんを基にしているんだろうとは思う。
 ……だが、この顔は俺が遭遇して少し剣を交えた上弦の壱の鬼とも似ているんだ。
 あの鬼には、左の額以外にも右の首元から右下顎に広がる痣もあったんだけどな……」

 上弦の壱と斬り結びその顔も確り見た事のある悠さんが言うからには、縁壱さんと上弦の壱の鬼の顔が似ている事はきっと間違いが無いのだろう。
 その為、恐ろしい可能性にも俺の思考は辿り着いてしまう。

「まさか、縁壱さんが鬼に……?」

 珠世さんを以てして「神業」と讃えたその剣技。
 ヒノカミ神楽の真の姿であり全て呼吸の源流になった「日の呼吸」の使い手。
 それらが鬼となって鬼殺隊に牙を剥くだなんて、最悪の展開だった。
 しかし、悠さんはそっと首を横に振る。

「いや、多分そうでは無いだろう。
 上弦の壱の剣技は、確かに俺なんかとは比べ物にならない程に研ぎ澄まされた剣技の極致にあるものだったけれど……。
 しかし、あの鬼が使っていた呼吸の型は、間違いなく炭治郎が使っているヒノカミ神楽……日の呼吸のそれとは違っていたからな。
 恐らくは、あの上弦の壱は縁壱さんの血縁者なんじゃないだろうか。
 親兄弟なのか子供なのかは俺には分からないが……」

 縁壱さん本人が鬼に成った訳では無いという事に思わず安堵してしまったが、しかし恐らくは血縁者であろう者が鬼へと堕ち上弦の壱にまで昇りつめて今日まで人を襲っていると知れば、縁壱さんはどう思うのだろう。
 今の鬼殺隊でも、身内から鬼を出した際の罰は物凄く厳しい。俺だって、万が一禰豆子が人を襲えば禰豆子を殺して己の腹を切るし、しかもそれどころか鱗滝さんと冨岡さんの腹まで切られる事になる。
 上弦の壱が呼吸を使っていたと言う事は、きっと鬼となったその人はかつては鬼殺の剣士だった筈なのだ。
 それで鬼に堕ちたとなれば……。
 もしや縁壱さんの最期は、その責を取っての切腹だったのではないだろうかとも思ってしまう。
 もう数百年も昔に命を終えた人ではあるけれど、そんな事を考えると胸がギュッと苦しくなった。
 あの夢の中で、己を無価値だとか何も成せなかっただとか言っていたのはその所為だったのだろうか……。

「ねえ、縁壱さんって誰? それに、上弦の壱に似ているってどういう事?」

 ほぼ蚊帳の外に置かれていた時透くんだが、ぼんやりとしていながらも「上弦の壱に似ている」という点で気になったらしい。
 時透くんに説明してはいけない内容でも何でも無いので、俺たちは其々掻い摘んで説明する。

 数百年前にかつて「始まりの呼吸」と呼ばれた「日の呼吸」の使い手であった『継国縁壱』と言う男が居た事。
 そして彼には鬼舞辻無惨を一度あと一歩の所まで追い詰めた程に優れた剣技の才があった事。
「日の呼吸」は彼以降その使い手が途絶えてしまったのだが、何の縁か竈門家の先祖に「ヒノカミ神楽」として名を変えて『継国縁壱』の耳飾りと共に代々伝わっていた事、などを俺は教えて。
 そして悠さんは、遭遇した上弦の壱とこの絡繰人形の顔が、違う部分はあれど物凄く似ていたのだと教える。

 それらの説明をふぅんと聞いていた時透くんだが、ふと気になったのか首を傾げる。

「でも、どうしてその『継国縁壱』って人の顔を知っていた訳? 
 だって数百年前の人なんだし、顔を知っている訳が無いでしょ」

「それは……夢で見たんだ」

 そう言った瞬間、バサバサと喧しい羽音が響き、何かが俺の頭の上に爪を立てる様にして止まった。

「ハアア? 馬ッ鹿ジャナイノ、アンタ。非現実的スギテ笑エルワ。
 戦国時代ノ剣士ト知リ合イナワケ? アンタ何歳ヨ?」

「あれ、君は初めて見掛ける鎹鴉だな。
 誰の鎹鴉なんだ? 名前は?」

 やたら鎹鴉を見分けるのが上手い悠さんが、見慣れない鎹鴉だったからか首を傾げる。
 すると、俺の頭上で威張る様に旨を張った鎹鴉は、自分は時透くんの鎹鴉であり名前は「銀子」だと誇らし気に鼻息も荒く話す。
 そして銀子は時透くんが「日の呼吸」の使い手の子孫であると言う事も自慢気に語った。

「へぇ! じゃあ時透くんは縁壱さんの子孫なのかな?」

 そうだったなら良いのに。
 あんなに悲しそうな縁壱さんにも、誰か大切な人が居て繋げていけていたなら、それはきっととても小さなものであっても、確かな幸せだと思うのだ。
 しかし肝心の時透くんはと言うと、あまり興味無さ気な顔をしている。

「夢の中でなんて、有り得るの?」

「まあ確かに不思議な事だとは思うけど。
 だが、不思議云々で言うなら、恐らく一番謎だらけなんだろう俺みたいな存在も此処に居る事なんだし、有り得なくは無いんじゃないか?」

 そう悠さんが言うと、ぼんやりと悠さんを見上げた時透くんは、「確かに」と呟く。
 そして、時透くんは唐突に悠さんの手首を掴んだ。

「え?」

「この絡繰人形、確かに相当老朽化しているね。
 これなら、言っていた通り戦った所で無駄な時間になるだけ。
 直る見込みも無いなら、どうでも良いや。
 ガラクタ相手に使う時間なんて無いから。
 それよりも、もっと良い訓練相手が此処に居るし」

 大事な絡繰人形を「ガラクタ」呼ばわりされた瞬間、小鉄くんのその目に殺意の炎が宿ったのが見えた。
 しかし時透くんはそれに気付いていないのか、悠さんの腕を引っ張ろうとする。

「え? それってまさか……」

「上弦の弐を撃退して、上弦の陸を倒して、上弦の壱から無傷で足手纏いを守りながら撤退出来るんでしょ。
 俺の訓練の相手になってよ」

 それに悠さんは当然の様に慌てた。
 手合わせであっても、「人」を相手にする事を酷く嫌う悠さんにとって、訓練に付き合えと言うのは早々承服出来るものではない。
 幾ら大概の事は微笑んで受け入れてくれる程に寛容なのだとしても、駄目なものは駄目なのである。

「いやっ! ちょっと待ってくれ、どうしてそうなる……! 
 上弦の陸の頸を斬ったのは宇随さんだし炭治郎たちであって、俺は皆を支援していただけだ」

「でも、少なくとも上弦の弐と上弦の壱を相手に出来るんでしょ。
 じゃあ俺の相手してよ。
 そこのガラクタを相手にするよりも、絶対に意義のある訓練になるから」

 悠さんが必死に訓練相手になるのを回避しようとしても、時透くんは絶対にその手を放す気は無い様だ。
 そして一度そうやって掴まれた手を、殺意や害意がある訳でも無いのなら悠さんが無理矢理振り解く事は出来ない。

「だが、その……! あんな力は、人に向けて使って良いものじゃない……! 
 それに俺は、人に武器を向けるのは嫌なんだ」

「どうして? 怖いの?」

「ああ、怖いさ! この手で大切な誰かを傷付けてしまうんじゃないかと、殺してしまうんじゃないかと思うと! 
 俺は、あまり手加減が出来ないんだ。お願いだから止めてくれ」

 時透くんの言葉に、躊躇いなく頷いて。悠さんは本当に必死にどうにか訓練を回避しようとする。
 だが、時透くんはそれで止まる事は無かった。

「でも、他人の怪我を治せるんだよね。死んでなかったら元に戻せるんでしょ。
 なら、やってよ。それに俺は、そんなに必死に拒否される程弱くは無いから」

 余りにも滅茶苦茶な事を言われ、悠さんは驚愕した様にその目を大きく見開く。
 悠さんにとっては理解出来ない言葉だったのだろう。
 混乱した様に、その声は震える。

「は……? え……? 何を、言っているんだ……? 
 死んでなかったらって、それでも痛いものは痛いんだぞ? 何を考えているんだ」

「だって、強くなる為ならそれ位普通でしょ。
 本当は絶対助からない様な傷でも治せるって言うなら、じゃあその限界までなら戦えるよね」

 今度こそ完全に絶句した悠さんを、時透くんはズルズルと鍛錬場の方まで引き摺って行く。
 抵抗しようとすれば多分悠さんなら抵抗出来たのだろうが、時透くんのあまりの覚悟にそうする事を迷ってしまったのだろう。
 そのまま、悠さんと時透くんはその場から姿を消した。

 そして、その場には。
 大切な絡繰人形を「ガラクタ」呼ばわりされて殺意の波動に目覚め、修羅と化しつつある小鉄くんと。
 そんな修羅の生贄にしかならないだろう俺だけが残されたのであった……。






◆◆◆◆◆
5/28ページ
スキ