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第五章 【禍津神の如し】

◆◆◆◆◆






 刀鍛冶の里に辿り着いたその翌日。
 日輪刀の色が変わった件に関して詳しく知りたいから、と。鉄地河原さんたちに呼び出された。
 呼び出された先は鍛錬場の様な場所で、自分が到着した時には鉄地河原さんの他にも何人かの刀鍛冶らしき人たちが見物か何かの為か集まっている様だった。
 ちなみに此方側も、呼び出されたのは自分だけだったのだが、折角だから日輪刀の色が変わる所を見てみたいとの事で甘露寺さんを含め全員で来ている。かなりの大所帯だ。

「ほな、一回実際に日輪刀を握ってみてや」

 鉄地河原さんがそう言うと、傍に控えていた人が日輪刀を差し出してきた。どうやら新品の物の様だ。
 予備の為にと打ってストックしている刀の一つであるらしい。まだ剣士が握っていない為、誰かが引き抜けばその人の呼吸に合わせた色に染まり上がるそうだ。成る程。
 礼を言ってそれを受け取って、鞘から引き抜く。
 白銀の刃は美しく陽光を反射する様に輝いているが。……しかしそれだけだ。
 その刃の色に変化が現れる様子は皆無である。
 まあ、呼吸の才能など無い事は分かっていたのだけれど。でも染まるのなら何色になるのだろうと考えていた事はあったので、少しばかり残念である。
 ただ、自分達が確かめたいのは儀式めいた色変わりの事では無く、かつて縁壱さんも発現させていたと言う赫に染まり上がった刀である。
 しかし、やり方が間違っているのか、幾ら待っていても色が変わり始める気配は無い。
 あの上弦の壱との戦いの時に起きた現象は、まぐれの様なものだったのだろうか。
 刀を一旦鞘に仕舞ってもう一度引き抜いてみるが、色に変化は無い。
 うーん……と考えていると。

「あの時と同じ感じにやってみたら良いんじゃねぇか? 
 ほら、だって今とあの時とじゃ状況が全然違うからさ、それで色が変わらないのかも。
 だから、あの時の事を思い出して刀を抜いてみたらどうだ?」

 それを見ていた玄弥は、そうアドバイスをしてくれた。
 まあ確かに、今はただ握って引き抜いているだけだ。
 しかしあの時は、ペルソナの力を存分に使っていた状態で、更にはこの上弦の壱を何とかしなくてはと言う意識が物凄く強かった。
 成る程。これでは、あの時の再現が出来ているとは中々言い難い。

 その為、息を整えてから、一生懸命にあの時の情景を思い浮かべる様に目を閉じる。

 目の前に居るのは、自分の大切な人たちを脅かそうとする『敵』。
 自分の背後に居るのは、何をしてでも守らなければならない人たち。
 戦わなければ、大事なものを守れない。大切な人を、助けられない。
 そして今、戦う力はこの手の中に在る。

 本来在るべき世界では、日常と非日常を明確に切り替えて生活していたからか、ペルソナの力と言う人世の理を外れた力を存分に発揮させるのは、シャドウを前にした時などだけに限られていた。
 それは自分の無意識にも強く刻み込まれ、この世界でも、「敵」や力を使わなければならない状況に相対する事で初めてペルソナの力を呼び起こしていた。
 だから、そうでは無い状況で、本気で戦っている時の様な力を意識的に出すのは中々難しくて。
 それをどうにかしようと瞑想を繰り返す様に、あの日の状況をあの時の自分の心理状態を自分の中で再現しようとする。
 最初は中々上手くいかなかったが、何度か繰り返す内にふと自分の周りの空気があの時のものに変わった様な気すら感じた。そして、イザナギの力とその存在もかなりハッキリと感じられる。
 今なら、いけるかもしれない。

 その柄を強く握り込んで、そして日輪刀を鞘から一気に引き抜く。
 すると、あの日と同じ様に、日輪刀の色は白銀から一気に炉の中で熱されているかの様な赤に染まる。

「おお……!」「これは……!」「何と……!」「初めてみましたな……」

 刀鍛冶の人達の驚嘆する様な声が聞こえ、そして炭治郎たちも驚いた様に変化した日輪刀を見ていた。
 そして、その状態での切れ味を見たいからと言われ、鍛錬場に在った大岩を試しに斬る様にと指示される。
 それに従って、赫に染まった日輪刀を、岩に向かって振り下ろした。
 その結果、見事に岩は両断され、その下の地面にも深い切れ込みが走る。
 しかし……。

「ああ! 私の刀が……!!」

 集まって来ていた刀鍛冶の人たちの中の一人が悲鳴の様な声を上げた。
 ……そう。やはりと言うのか何と言うのか、日輪刀はまたしてももう二度とは使えない状態になってしまった。
 数回はいけるかと思ったのだが、ほぼ使い捨てに近い状態である。ちょっとどころではなくコスパが悪過ぎる。

「あ……。その……。すみません……。
 実は、玄弥の日輪刀もこんな感じに壊してしまったんです……」

 研いだ所でどうにもならなさそうな程に刃の部分が潰れた様な状態になっているし、ギリギリ折れてはいないと言うだけで、もう鈍以外の何物にもなれない状態に変わり果ててしまっている。
 ……かつての縁壱さんも同じ様に日輪刀を赫に染めていた筈なのだが、彼の場合は一撃で刀を駄目にしてしまうなんて事は無かったのだろう。うーむ……一体何がそんなに違うと言うのだろうか。
 呼吸の有無だろうか、或いは剣才の問題なのだろうか。正直全く分からなかった。
 ただ分かるのは、少なくとも日輪刀を赫に染める事は可能だという事だけだ。
 ……しかし、どうして最初に抜いた時には色が変わらなかったのだろうか。
 戦う時を意識して、何かそんなに変わっているだろうか……? 
 確かに、戦う時を意識した為ペルソナの力が反映されているのだけれども。
 だが、恐らくはペルソナ使いではなかっただろう縁壱さんが刀を赫く染めていたのだ、恐らくペルソナの力そのものの問題では無いと思うのだが……。
 何が違うのだろう、と首を傾げる。刀を赫に染める条件が分からない。

 その時、「ああっ!」と炭治郎が声を上げた。
 炭治郎にその気があったのかは知らないが、その声はとても大きくその場に響いて。それに驚き、一体どうしたのかと訊ねてみると。
 どうやら、炭治郎も一度刀を赫に染めた事があった様だ。

「悠さんみたいな鮮やかな赫とは全然違って、本当に薄っすらとだったんですけど。
 でも、上弦の陸の妹鬼の頸を斬る直前に、俺の日輪刀も本当に少しだけ赫くなったんです。
 あの時は、気の所為かと思っていたんですけど……」

 もしかして、とそう言われ。
 じゃあ炭治郎もその時の様に刀の色を変えられるのかと試して貰ったのだが、しかし炭治郎が一生懸命に握ったり振ったりしても色は全然変わらなかった。

「うーん……。あの時とは何か状況が違うんだろうか……?」

 でも何かそんな違いがあるだろうか? と二人して首を傾げる。
 あの場で共に戦っていた善逸や伊之助も、一体何の事だろうと一緒に首を傾げた。
 そして、あの時の事を一生懸命に思い出そうとしているかの様に、うんうんと唸っていた炭治郎が、「あ!」と再び声を上げた。

「あの時、何だか物凄く身体が軽くなって、力も物凄く強くなって……。
 まるで自分じゃない位に、物凄く強くなってる感じがしたんです。何て言うのか、身体の奥底から力がグワワワワー!! ってなって、すっごいズキューンって感じで、フワッてなって、ゴゴゴゴゴゴゴって感じで!」

「う、うん? 何て?」

 炭治郎の説明は擬音だらけ過ぎて何を言いたいのかちょっと分からなかったのだが、何か違う事があった様だ。
 ならば、その違いにこそ、刀の色を変えるヒントが隠されているのかもしれない。

「あの時の俺は、まるで善逸の霹靂一閃みたいに足が速くなって、とにかく凄かったんです!」

 あの時。炭治郎たちが妹鬼の頸を斬る直前、何かあっただろうかと、自分も考えてみて。
 一つ、思い当たるものがあった。

「あ……。『タルカジャ』と『スクカジャ』……?」

 そう、確かあの時。駄目押しとばかりに、炭治郎たちと宇随さんに『マハタルカジャ』と『マハスクカジャ』を掛けていたのだ。
 もしかしなくても炭治郎が言っているのはそれだろう。
 力や速さを強化する事が、日輪刀の色を変える事に何か関係しているのだろうか……? 
 ならば、ここでまた炭治郎に『タルカジャ』と『スクカジャ』を掛ければ、炭治郎の日輪刀の色は変わるのだろうか……? 

 そしてその時、自分が打った刀が見るも無残な姿に変わり果てた事にさめざめと涙を流していた刀鍛冶の人が、刀の状態を確かめても良いかと訊ねて来たので、勿論だと頷いて変わり果てたそれを渡す。
 やはりショックな様でその手は震えていたが、しかし見惚れる様な手捌きで刀の状態を検分し、そして茎の状態なども確かめた。すると……。

「何と……此処にも大分負担が掛かっていますね……」

 柄の中の部分は強い力によってひしゃげた様になってしまっていた。ちょっと信じられない様な状態だ。
 強く握り過ぎたのだろうか。と言うか、今までそこまで意識した事は無かったのだが、ペルソナの力の影響を受けている間の身体能力が滅茶苦茶な事になってやしないだろうか……。
 そしてその時、ふと気付いた。もしや、「これ」なのではないだろうか、と。

「……まさか、握力なのか……?」

 いやでも、身体能力が強化された以外に特殊な事はしていない筈なのにこうも差が出るのだとしたら、刀を握るその手の力以外に考えられる要素は無い。
 どれ程の力で握る事が条件なのかは分からないが、強い握力で握る事がその条件なのではないだろうか。
 それが正しいのかを確かめる為に、茎も剥き出しになった状態の日輪刀を再び受け取って、握り難くなったそれを全力で握り込む。イザナギの力の影響を受けているので、今の握力はかなり凄まじい事になっている筈だ。
 そして。

「何と……」

 再び周囲から驚嘆の声が零れる。
 強い力によって刀が軋み少しずつへしゃげていく音が響く程に強く握り締めた途端。
 握っているその場所を起点とするかの様に一気に刀が赫に染まった。
 完全に刃が潰れてしまっているので、流石にこの状態ではものを斬る事は難しいだろうが。
 それでもその刀身が赫に染まっている事には変わらない。

 こうして、日輪刀の色を変える条件を見付け出す事が出来た。


 日輪刀の色を変える方法が判明した為、その次にしなければならないのは、具体的にどの程度の力で刀を握る必要があるのかを探る事であった。
 自分の日輪刀を喪っている状態の炭治郎たちも、予備として用意されていた日輪刀を借りて試してみる。
 それで色々とやってみたのだが、自分以外に刀の色を変えられる人は居なかった。
 炭治郎たちが出来なかっただけでなく、生まれつき人よりもずっと強い力を持ち、柱として他とは隔絶した力を持っている筈の甘露寺さんですら、一生懸命に刀を握り締めてもその色が変わる事は無くて。
 一体どれ程の握力を以てすれば色が変わるのかと、思わず呆れてしまう。
 いやそもそもの話をすれば、話に聞く限りでは縁壱さん以来、未だ誰も日輪刀を赫く染めた事が無かったのだ。
 数百年の歴史の中に数多く存在しただろう、柱の人達ですら誰もそれを成せなかったのだ。
 まあ、尋常の握力では成し得ない事なのだろう。
 自分とて、ペルソナの力によって人外の身体能力にまで引き上げられて初めて日輪刀の色が変わるのだ。
 理の外側の力があって初めて成し得る様な事を、己が身一つでやってのけていたらしい縁壱さんがちょっと規格外過ぎたのかもしれない。

 獪岳がそりゃあもうドン引きした顔で此方を見て来た。まあ、言いたい事は分かる。
 自分も地味にぶっ飛んだ身体能力になっている事にちょっと引いているし、縁壱さん凄いって思っているのだ。
 そして、もしここに完二や千枝が居たら、二人も日輪刀の色が変わっていたかもしれない、とふと考えた。
 ……いや、千枝の場合は足技主体なので握力はそこまで上がっていないのかもしれないが。その分足技は凄い。
 ドーン! ってされたら大型シャドウですら即消滅するのだ。
 上弦の鬼辺りは厳しいかも知れないが、千枝なら下弦の鬼位ならドーン! っと蹴り殺せるのかもしれない。
 まあ何にせよ、ちょっと人世の理を超越しなければ、日輪刀の色を変える事は難しいのだろう……。

 とは言え、人外級の握力が無いと無理です、で終わる訳にはいかない。
 これが対鬼舞辻無惨における切り札的なものになる可能性だってあるのだから。
 それに、炭治郎は妹鬼との戦いの中で薄っすらとではあったらしいが色を変える事に成功しているのだから、やってやれない事は無いのだろう。
 あの時の様に『タルカジャ』を掛ければ良いのだろうか? 

 普通に『タルカジャ』を使っても良いのかもしれないが、ペルソナを召喚して使う方がより強い効果が出る。
 どの力もそうだったので、タルカジャなどの味方を強化する力もその例に漏れないだろう。
 あの上弦の陸との戦いの時を再現するという意味でも、『イザナギ』を召喚した方が良いかもしれない。
 しかし……ここで『イザナギ』を召喚しても大丈夫なのだろうか。

『タルカジャ』や『マハタルカジャ』を使えるのは『イザナギ』に限った話では無いが。召喚するにしても、『イザナギ』が一番自分に近いからなのか、その強さに反して呼び出す時の負担は比較的軽い。
 逆に、強いペルソナを呼ぶと中々辛い。今召喚出来るペルソナの中だと、『ロキ』や『ヴィシュヌ』や『ルシフェル』はかなり負担が重い方である。その分、その力も物凄く強いのだが。
 まあ、何はともあれ、『イザナギ』を召喚する事はそこまで自分の体力と言う意味では問題にならない。
 しかし、上弦の陸との戦いの中で『イザナギ』を召喚した事を報告しようとした時、宇随さんや炭治郎たちが物凄くビックリしていたし。よく考えればこの大正時代の日本で「『イザナギ』を召喚しました!」と言うのは、中々に色んな意味で危ない橋を幾つも爆走してしまったのではないだろうかと思う。
 いや、確かに『イザナギ』だが、それそのものでは無い。……無いと思うのだが。しかし、色々と危ないのも確かだ。
 宇随さんからは、「あまりその力を他の人の前で見せるのは止めた方が良い」とかなり強めに忠告されている。
 炭治郎たち相手になら良いが一般隊士たちの前で見せるのは極力避けた方が良いと言ってくれたそれは宇随さんの心遣いであるのだろうし、それ以上に厄介事を引き起こさない為である事も分かる。
 まあ、緊急事態なら四の五の言っている暇はないのだが。

 此処に居るのは、別に隠す対象では無い炭治郎たちであるし、甘露寺さんも柱なのだから別に良いだろう。
 そして刀鍛冶の人達は。鬼殺隊の中でも最重要と言っても良い人たちだし、そもそもこの里で刀を打つ事に人生を捧げている人たちなので、何を見た所でそれで騒ぎを起こそうだとかはしないだろう。
 なので、別にペルソナを召喚する所を見せても良いのではと思うのだが……。
 しかしそれでも、『イザナギ』は刺激が強い可能性がある。いや、何度も言うが本物と言う訳では無いと思うが。
 少し考えて、あまり威圧感の無いペルソナなら良いか、と思い付いた。
 そう言う意味では、うってつけのペルソナが居るし召喚出来る状態にあったのだ。

「── 猫将軍!」

 蒼く輝くカードを握り潰して現れたのは、【星】のアルカナに属する『猫将軍』だ。
 完二厳選の『超可愛いペルソナ』の一つであり、実際にとても可愛い姿をしている。猫が嫌いな人は少ない。
『猫将軍』はそこまで大きくないペルソナだし、見た目も可愛いしで、多分他の人に与える衝撃は少ないだろう。
 二足歩行で中華風の甲冑を纏い軍配を握った猫とでも表現するべき『猫将軍』は、現れたと同時に「ニャッ!」と鳴いてその軍配を振るって『マハタルカジャ』を炭治郎たちと甘露寺さんにかける。

「多分これであの戦いの時と条件は同じになった筈だけど、日輪刀の色は変わりそうか?」

 そう訊ねてみたのだがしかし、炭治郎は目を丸くして『猫将軍』を見ている。伊之助もビックリしている様だ。
 そして、玄弥と善逸も驚いた様に『猫将軍』を見ていた。
 どうしたのだろう。『猫将軍』が可愛いからつい見惚れてしまっているのだろうか。分かる、猫は良いものだ。
 そうだ、今度悲鳴嶼さんに会った時に『猫将軍』を呼んでみても良いかもしれない。見えないだろうが視覚以外の感覚で気配を鋭敏に察知出来るのだから、猫好きの悲鳴嶼さんなら喜んでくれそうだ。
 そう一人でうんうんと心の中で頷いていると。

「えっ、ちょっ! あのでっかい龍だけじゃないの!?」
「『イザナギ』だけじゃないんですか!?」
「コイツ……! 何かすっげぇのを感じるぞ! どっかの山の王なのか!?」
「龍の次は猫って、なんかもうよく分からないぜ……」
「きゃ──っ!! 可愛いわ!! 猫ちゃんなのね!!」
「何なんだこいつ、一体何処から出て来たんだ!?」

 皆が一斉に騒いだので、ビックリしてしまう。
 日輪刀の色を変える事など、もう頭からすっぽりと抜けてしまっているかの様だ。
 刀鍛冶の人達はと言うと、何が起きたのか分からないと言わんばかりに固まっている。

「あ、ええっと。これは『猫将軍』と言って、道教の海運と予知の神様だ。
 今、その力で皆の力を引き上げてみたんだけれど、どうだ?」

『猫将軍』を抱えながらそう説明すると。
 甘露寺さん以外の全員の顔に、「何だって?」と言わんばかりのものが浮かんでいた。
 甘露寺さんはと言うと、猫好きなのか、腕の中の『猫将軍』を撫でても良いかとワクワクしている様な顔で訊ねてくる。
 勿論どうぞ、と差し出すと。甘露寺さんは本当に嬉しそうな顔で『猫将軍』を撫で始めた。ある意味自分自身ではあるのだが、『猫将軍』も満更ではないと言った表情で撫でられていた。

 そしてふと、そう言えば自分が色んなペルソナを召喚出来ると説明した事は無かった事に気付く。
 それで驚かれてしまったのかもしれない。

「あー……俺はその、『イザナギ』や『セイリュウ』以外にも色々と呼び出せるんだ。
 今はちょっと呼び出せる数は大分少ないけど」

 簡単に説明したのだが、益々もってよく分からないと言いた気な顔をされる。
 しかし、正直もっと詳しく説明しろと言われてもそれ以上は中々難しい。
 千枝の口癖ではないが、「考えるな、感じるんだ」とでも言った方が良いのかもしれない。
 一応『イザナギ』や『セイリュウ』を召喚した所を見た事があった炭治郎たちは、驚きつつもそれを受け入れてくれたのだが。獪岳は、本当に意味が分からないとでも言った様な顔をし続けている。
 一応、お館様たちに言った様に『神降ろしの真似事』だと伝えたのだが、どうやら刺激が強過ぎた様だ。
 刀鍛冶の人達も漸く解凍されたのだが、明らかに動揺している。しかし、お館様から何か予め聞いていたのか、鉄地河原さんがその動揺を鎮めた。

 まあ色々とあったが、今優先すべきは日輪刀の色を変える事である。
 そして、『タルカジャ』によって力が大きく底上げされた事によって、先ず甘露寺さんが日輪刀を赫に変える事に成功した。
 かなり握力を意識して集中して握らなければならなかったそうだが、その刀は確かに赫に染まっている。
 これで、『タルカジャ』があればかつての縁壱さんの様に日輪刀を赫に出来るのだと証明された。
 それを見て、自分達も負けてはいられないとばかりに炭治郎たちも物凄く頑張るが、僅かにでも色を変える事に成功したのは、ヒノカミ神楽の呼吸を全力で使った炭治郎だけであった。
 炭治郎が言うには、以前の妹鬼との戦いの時よりもよりハッキリと赫に染まっているそうだ。
 まあ、炭治郎たちの身体は未だ発展途上なのだし、この先鍛錬を重ねて握力などを含めて身体を鍛えていけばもっと赫に染める事も出来るのだろう。

 これで、鬼舞辻無惨に対抗する為の武器が、また一つ鬼殺隊の手に渡った事になる。






◆◆◆◆◆






 色々とあったが日輪刀の色を変える条件を突き止め、そしてそれを柱程の力があれば多少の補助があれば発現させる事が可能である事を含めて、お館様へと報告書を書いて送ったその後。
 衝撃が冷めやらぬと言った様子の鉄地河原さんたちが鍛錬場を引き上げた後も、自分達はその場に残って鍛錬を始めた。
 まあ鍛錬と言っても、自分がやる事はあまり無い。
 日輪刀の色を変えられる様になる為にもとにかく身体を鍛えようと決意して走り込みや筋トレを意気揚々と始めた炭治郎と、それに引き摺られる様に巻きこまれた善逸と、そんな善逸に死なば諸共とばかりに道連れにされた獪岳を見送って。
 善逸と玄弥が『セイリュウ』の背に乗った事を知って、物凄く羨ましがって「俺も!」と目をキラキラさせて頼んで来た伊之助に、昼日中に飛んだら流石に目立つからまた今度の夜なら良いぞと返して。更に伊之助は何時もの様に手合わせを強請って来たのでそれの相手をしようとしたら、玄弥も手合わせして欲しいと言って来たので折角だしとそれを受ける。まあその程度だ。
 甘露寺さんはと言うと、研ぎに出していた自身の日輪刀の最終調整の為に呼ばれた為に鍛錬場からは既に離れていた。

 二人がかりで挑んで来る伊之助と玄弥は、最初の内はあまり連携が取れていなかったが、途中から次第に連携が取れる様になっていく。基本的に襲い掛かって来た所を迎撃する様に転がしたり投げ飛ばしたりといった風に対応しているのだが、そうやって反撃された後の伊之助たちの動きがどんどんと良くなっていく。
 そろそろ、怪我をさせない様に、と言う加減が難しくなってきそうだ。
 木刀を振り被って前方から襲いかかって来た伊之助の横薙ぎの一閃を身を反らして回避しつつ、その腕を蹴り上げて刀を取り落とさせる。が、後方から勢い良く木刀を振り下ろしてきたその一撃は体勢の悪さもあって避けきれず、その木刀を白刃取りの要領で抑えて、そうやって止められるとは思っていなかった玄弥に足払いを掛けて転ばせる。

「あーっ、クソっ! 
 今のは絶対いけたと思ったのに!」

「いや、実際あれは避けられなかった。
 凄く連携が上手くなったな、二人とも」

 基本的に「俺が!」と我が強くて猪突猛進な伊之助がある意味囮とも言える役割を引き受けて、そして玄弥がその背後を突く。
 その連携はかなり確りとしたものであった。
 実際の戦いならば玄弥には銃があるのだし、更に臨機応変の戦い方が出来るのだろう。
 二人とも、確実に強くなっている。
 それをこうして知る事が出来て、何だか嬉しくなった。

 そうこうしている内に山中の走り込みが終わった炭治郎たちが帰って来た。
 生き生きとしている炭治郎と、もう嫌だと言わんばかりの顔をしている善逸と、へばっている様子も手を抜いた様子もなくちゃんと鍛錬をこなした獪岳の三人の顔付きは、同じ内容の鍛錬をした筈なのに全然違う。そこはやはり個性と言うものがハッキリと現れているのだろう。
 今度は伊之助と玄弥も巻き込まれて、炭治郎たちは更なる鍛錬を始めるのであった。

 そして、身体を動かしまくって疲労から皆が倒れた日没の頃合に、甘露寺さんが鍛錬場を訪ねてくれた。
 どうやら、日輪刀の研ぎが完了したらしく、夜が来る前に此処を発つらしい。その為、別れの挨拶に来てくれたのだ。

「色々とお話出来て楽しかったわ、ありがとうね」

 そう言って、甘露寺さんは微笑む。
 此方こそ有難うございます、と返すと。甘露寺さんは益々可愛らしい笑みを浮かべた。

「悠くん、また必ず生きて会いましょうね。
 あなたならきっと、大丈夫だから」

 あの言葉を忘れないでね、と。そう囁く様に言われたそれに、確りと頷く。忘れない、絶対に。
 それに満足そうに微笑んだ甘露寺さんは、今度は炭治郎たちへと言葉を伝える。

「今度また生きて会えるのかは分からないけれど、頑張りましょうね。
 あなたたちは上弦の鬼と戦って生き残った。これは凄い経験よ。
 実際に体感して得たものにはこれ以上ない程の価値がある。
 それは、何年も十何年も修行したのにも匹敵する。
 今のあなたたちは、前よりももっとずっと強くなっている」

 だから死なないで、頑張ってね、と。そんな言葉をその微笑みの中に込めて。
 そして甘露寺さんは炭治郎の手を握った。

「甘露寺蜜璃は、竈門兄妹を応援しているからね!」

 ニッコリと笑いながらかけられたその言葉に、炭治郎は心から嬉しそうな顔をする。
 鬼である妹がこうして鬼殺隊で共に在る事と、そしてそんな妹を人に戻す為に戦う事を、こうやって言葉に表して応援して貰えるのは、炭治郎にとっては何よりも嬉しい事なのだろう。

「有難うございます! でも、まだまだです俺は。
 宇髄さんと悠さんに『勝たせて貰った』だけですから。
 だからもっともっと頑張ります。鬼舞辻無惨に勝つ為に!」

 そう意気込んだ炭治郎の姿に、何か感じ入るものがあったのか。
 甘露寺さんは少し頬を赤くして、長期滞在の許可が下りているのかと訊ねた。
 一応この場の全員に刀が完成するまでの滞在許可は下りているので、炭治郎が頷くと。

「この里には強くなる為の秘密の武器があるらしいの。探してみてね!」

 そう言って、甘露寺さんは「じゃあね」と元気よく去って行った。

 秘密の武器、と言われても一体何なのだろう。強くなる為と言うからには、刀などの単純な武器の形をしたものでもなさそうだが……。
 だが、そう言った「秘密」と言うものは、何処となく冒険心を擽るものである。
 幾つになっても、宝探しの様なものは心を擽らせるのだ。
 それは鬼殺隊に入り日夜鬼と戦い続けている者であっても変わらない。
 その為か、炭治郎と善逸と伊之助と玄弥は勿論。獪岳もそうとは悟られない様にはしているが、若干ソワソワしている。
 そして他ならぬ自分も何だか楽しくなってきてしまった。
 折角、長期休暇の様な時間を過ごせるのだ。
 今夜も何処かで、助けられたかもしれない誰かが鬼に襲われているのかもしれないと考え続けていては、早々に気が滅入ってしまう。
 ならそうやって気分転換する事も重要であろう。

「秘密の武器か……」
「何だろうな、食えるもんかな」
「いや、食べるものじゃ無いんじゃない?」
「気になるよな」
「武器と言うが、強くなる為に使うなら刀とかではないかも知れないぞ」
「強くなれる……か」

 別に誰に聞かれて困る様なものでも無いのだけれど、六人で肩を寄せ合う様にしてヒソヒソと話し合う。
 今日はもう日が暮れてしまったので、その「秘密の武器」とやらを探しに行くのは明日になってからと言う事になった。
 一体どんな「秘密の武器」とやらなのだろうか。
 明日が楽しみである。






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