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第五章 【禍津神の如し】

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 珠世さんから重要な情報を大量に受け取ってから、炭治郎と一緒に頭を悩ませる事になった。
 鬼舞辻無惨討伐に関して余りにも重要な情報だらけである為に、それをお館様及び鬼殺隊に共有しないと言う選択肢は当然存在しない。……しないのだが、それをどう伝えるのかという問題がある。

 大前提として、鬼殺隊は鬼を殺す為の組織だ。
 基本的に、鬼に対しては見敵必殺とばかりに殺意が高い集団である。
 本当に、色々な豪運と人の縁と利益の面からどうにか禰豆子はその存在を許されてはいるけれど。
 人を食っていようがいまいが、鬼は敵なのである。いっそ無慈悲な程に。……迷いや優柔不断に繋がる慈悲など持ち合わせていれば、何も守れないという辛い現実を皆が知っているからこそではあるが。
 珠世さんと愈史郎さんの存在を鬼殺隊がどう思うのかなど考えるまでもない。
 人を一切食っていない愈史郎はまだしも、かつては人を食った事があるのであろう珠世さんは間違い無く鬼殺隊の判定的にはアウトである。是非も無い。
 そこに、珠世さんから得た大量の情報をただ伝えてしまうと、先ず間違い無くその情報源は何処なのかと問われるだろう。
 正直それに関して、良い言い訳と言うものを全く思い付けない。
 炭治郎曰く、恐らくお館様は珠世さんの存在を把握しているらしいが……。だがそこでそう易々と話して良いものでも無い。
 珠世さんは自分たちを信頼して話してくれたのだ。その信頼を無闇に裏切るような真似をしてはならないのだし、お館様に報告するにしても、その前に珠世さんからの許可が必要になるだろう。
 何処まで話していいのかも含めて。
 それが珠世さんからの信頼に応える為の最低限の礼儀だ。
 その為、茶々丸を介して手紙を送り、お館様たちに珠世さんから得た情報を共有するのはその返事待ち……と言う状態である。
 その上で、お館様が珠世さんをどう捉えているのかをそれとなくでも正面切ってでも訊ねなければならないだろう。
 恐らくは、お館様は珠世さんをそう無碍に扱う事は無いだろうが……。
 しかし慎重に事を進める必要があるので希望的観測で動く訳にはいかなかった。

 それにしても、珠世さんから貰った情報を改めて整理すると、何と言うのか思わず軽く呻きたくなる。
 日輪刀による斬首ですら克服したと言う鬼舞辻無惨をどう倒すのかと言うものも、本当に頭が痛い案件であり早急に鬼殺隊で対策しなければならない事ではあるが。
 それ以上に頭が痛くなったのは、珠世さんから語られた鬼舞辻無惨の『目的』であった。
 千年以上に渡りこの世に在り続け、鬼を増やしては人の世に悲しみの連鎖を生み出し続けているその『目的』。
 ……それはただ「思うがままに生きる事」であり、己の自由を縛る太陽を克服する事、であるのだそうだ。
 そしてその為に、鬼にとっての最大にして絶対の敵である陽光を克服する鬼を生み出し、それを取り込む事で己も陽光を克服しようとしているのだと言う。だから、様々な体質のものを狙って、鬼舞辻無惨は次から次へと鬼を生み出して……しかし未だ陽光を克服する鬼は現れていない。
 鬼に変えた個体も、陽光を克服出来なかった時点で用済みにも等しいらしい。……何て惨い話だ。
 呪いに縛られて人を喰わずには生きていけぬ存在にされて。それなのに既にその時点で「用済み」であるのだ。
 珠世さんが離反した後に、今の十二鬼月の様に強い鬼たちを直属の配下にする様になったらしいが。
 しかしそれですら、別段手塩に掛けて育てていると言う訳では無くて、放置していたガラクタが多少使える状態になったなら使い潰そうという程度のものでしかない。
 益々、鬼と言う存在が哀れで仕方が無かった。
 そんな自分勝手なんて言葉では到底言い表せない程の暴虐によって、望んでいないのに鬼にされて。そして犯す必要など欠片も無かった罪に塗れるのだ。……多くの場合、鬼にされた者が飢餓状態で理性を失った中で真っ先に襲うのは家族や己の最も近くに居る大切な人だと言う。……惨いなんてものじゃない。
 これでは、多くの鬼たちが自我を取り戻してもその心を歪ませきってしまう理由も分かろうと言うものだ。
 一体どれ程の悪意があればそんな事を平然と繰り返せるのかと問い質したくなるが、しかし恐らく鬼舞辻無惨には悪意すら無いのだろう。
 恐らく、鬼舞辻無惨は他人の心に対して完全に「無関心」なのだ。
 鬼舞辻無惨にとって、人は地を這う蟻程度にしか見えていないのかもしれない。それ程までに、その「感性」とでも言うべき部分は人のそれからは掛け離れている。
 鬼舞辻無惨には、世界を滅ぼしたいだとか人間社会を支配したいだとか言う野望は無く、良い感じに思う儘に暮らしつつ自由に生きる事だけが目的であり、「生きる事」自体がその望みであるのだとしても。
 その為に幾万幾億の屍と人々の嘆きを積み上げる事を毛程も気に掛けないのだ。
 そして人を喰う事殺す事に何の躊躇も無い。
 この時点で、人の世が鬼舞辻無惨の存在を許容出来る可能性など無い。
 人の世にとって鬼舞辻無惨は、百害あって一利なしの醜悪な寄生虫でしか無いのだから。
 ……そして、鬼舞辻無惨は「陽光を克服した鬼」の他にもう一つ求めているものがあるのだと言う。
 それは、「青い彼岸花」。それが何かの比喩表現なのか、本当に存在する植物なのかは分からないけれど、とにかくそれを探す事も鬼舞辻無惨の目的の一つであるらしい。
「青い彼岸花」とやらが鬼舞辻無惨にとってどんな価値があるのかは分からないが、その手に渡ったとしてろくな結果にはならなさそうなのは確かである。或いは、鬼舞辻無惨よりも先にそれを確保出来れば、穴熊を決め込む鬼舞辻無惨を釣り出す事も出来るのかもしれない。
「生きる事」自体が目的であり絶対の目標である鬼舞辻無惨は、とにかく臆病であり極めて慎重である為、自分の不利を悟れば平気で肉体を自ら爆裂させてまで逃走する上に数十年単位で隠遁するらしい。かつて縁壱さんに対してそうした様に。

 しかし、そんな臆病者であっても、その鼻先に欲し続けていたものをぶら下げられてしまえば動かざるを得なくなる。その為の餌として、「青い彼岸花」は極めて有効だろう。
 とは言え、鬼舞辻無惨があの手この手で千年近く掛けて探しても見付ける事が出来ていないそれを、果たして自分達が見付けられるのかという問題はあるが。
 だが、珠世さんが口にした「青い彼岸花」と言う言葉に、炭治郎は僅かに眉根を寄せて何かを思い出そうとする様な顔をした。
 が、結局そこでは何も思い浮かばなかった様で、そのまま珠世さんとは別れる事になったのだけれども。
 帰り道でも、そして蝶屋敷に帰ってからも、炭治郎は何やら喉の奥に魚の小骨でも引っ掛かったかの様な顔をしていたので、何か心当たりらしきものでもあるのかと訊ねてみると。
 以前、下弦の伍と戦った際に垣間見た走馬灯の中に、ほんの一瞬それらしきものを見た様な気がすると言うのだ。
 何せほんの一瞬の事であったし、その時は寧ろヒノカミ神楽の事を思い出す事の方に必死だったのでそれ以上の事は思い出せないそうだが。
 だが、もしかすれば炭治郎は既にその青い彼岸花を何処かで見た事があるのかもしれない。
 そして、そこまであまりハッキリとしていない記憶であるならば、炭治郎がそれを見掛けたのはここ数年の話では無く、もっと幼い頃の事だろう。
 炭治郎は鬼舞辻無惨に家族を殺されるまでは、ずっと故郷の山で暮らしていてそこから動いた事は無いそうだから、もしかすればその「青い彼岸花」とやらは炭治郎の生家の付近に在るのかもしれない。
 そうだとすれば、鬼舞辻無惨は長年追い求めていたものが直ぐ傍に在ったにも拘わらずそれを素通りしていたと言う事になるのだろうか。それは随分と滑稽な姿である様な気がする。何かの童話として、何らかの教訓と共に語り継がれてもおかしくない程に。
 何にせよ、そうであるならば一度炭治郎の故郷の付近を調べてみるのも良いのかもしれない。
 炭治郎は、故郷に帰るのは鬼舞辻無惨を討ち禰豆子を人に戻してからだと決めている様だが。
 それはそれ、これはこれである。

 思えば、鬼舞辻無惨が自分を狙っているのも、「陽光を克服する鬼」を作る為であるのだろう。
 果たして自分に鬼になった際に陽光を克服し得る様な素質があるのかと言われると正直全く分からないとしか言えないしそもそも試したくも無いのだが。まあ、本来この世界には存在する筈の無いペルソナ使いである事は確かなのだし、それ故に異質な体質であるのではと目を付けられても、そうおかしな話では無いのかもしれない。
 まあ……ペルソナ使いやワイルドの能力に関して、それが身体的な素質なのかと言われると首を傾げざるを得ないのだが……。ペルソナ能力の根源が「心」その物である事を鬼舞辻無惨が知る由も無いのだし、そんな風に思い至ったとしても仕方の無い事なのかもしれない。その所為で上弦の鬼たちに熱烈歓迎されるのは正直全く嬉しくは無いが。
 ただ、そうやって鬼舞辻無惨が狙っているのであれば、自分自身も「青い彼岸花」と同様に鬼舞辻無惨を釣り出す為の餌に成り得るのかもしれない。……珠世さん曰く、とんでもない恥知らずの生き汚い臆病者であるらしいので、正面切って自分と戦おうとはしないかもしれないが。しかし、釣り出す為の餌が多いに越した事は無い。

 と、まあ鬼舞辻無惨をどうにかして釣り出す事に成功したとしても、それで決着する訳では無い。
 尋常でない程に強い彼の存在をどうやって討ち取るのかと言う問題がある。
 何せ、珠世さん曰く「まさに神業」と言うしかない程に恐ろしく強かった縁壱さんですら倒しきれなかった相手なのだ。そして鬼舞辻無惨が正真正銘の考え無しの馬鹿でなければ、縁壱さんの時と同じ轍は踏むまいと様々に対策を打っている事だろう。
 恐らく、その対策の一環が上弦の鬼を初めとする十二鬼月なのだろうし、そして絶対に陽光に当たるまいと引き籠っているあの異質な空間なのだ。他にどんな隠し玉を持っているのかは分からないが、現時点で判明しているその二つだけでも、物凄く厄介である。
 そして、日輪刀の斬首が効かない時点で、陽光で炙って倒すか、或いは『明けの明星』などの万能属性の攻撃で細胞一つ血液の一滴に至るまで全てを消滅させる他に倒す術が無いのだろう。
 万能属性の攻撃に関しては、それを狙える状況下に持ち込めたなら積極的に狙うべきであるが、正直そろそろその欠点を相手にも分析されていてもおかしくは無いので、確実に狙えるとは限らない。
 その為、陽光で炙って殺す方法を最優先に考えるべきだろう。
 陽光で炙る為にはとにもかくにも、鬼舞辻無惨をその根城から引き摺り出した上で二度とその空間に逃げ込めない様にあの異空間を徹底的に破壊するかそれを維持している鬼を完全に倒さねばならない。
 その上で、夜明けまで可能な限り遮蔽物が無い場所に足止めし続ける必要がある。
 珠世さんから聞いた限りの、鬼舞辻無惨の身体スペックはかなり滅茶苦茶なもので。
 ほぼ瞬時に無尽蔵に回復すると言う点では、ある意味ではアメノサギリなど以上に厄介である。
 回復する様な暇すら与えない一撃で消し飛ばすか、無尽蔵に再生する相手を夜明けまで足止めするしか倒す方法が無いのは、本当にもう勘弁して欲しいものである。
 そして、足止めに専念するとしても。僅かでも不利を悟れば、それすら己を爆散させてでも逃げ延びようとするその生き汚さが最悪に厄介なのだ。つまり、何らかの手段を以て爆散する事を防がねば、少しでも鬼舞辻無惨を「圧倒」した瞬間、爆散して逃げ出すのだろう。圧倒どころか、「互角」だと思わせた時点で駄目かもしれない。
 つまり、鬼舞辻無惨が此方を弱者と舐め腐っている状況を維持したまま、夜明けまで耐久する必要がある。
 自身を一撃で消し去り得る存在である自分が現れた瞬間に逃げ出す可能性すら、鬼舞辻無惨にはあった。
 そしてその様に爆散されてしまうと、それを完全に処理する事は極めて困難だ。
 一欠片でも逃がしたら終わりだったりすると、ほぼ詰みだ。そもそも、人外級の動体視力とカウンティング能力でもなければ果たしてどれ程の肉片が爆散していったのかを一瞬で判断する事など出来ない。
 万が一にもそんな事になったら多少の被害が出る事を覚悟してでも『メギドラオン』で焼くべきだろうか。……いや、それだけはしたくない。と言うか出来ない。無理だ。
 そして、爆散した肉片からすらも復活出来ると言うのであれば、最悪の場合予め己の分身でも言うべき肉片を鬼殺隊の手が届かない場所に保管してそこから復活する可能性すら考えねばならないのかもしれない。
 まあ……珠世さん曰く、鬼舞辻無惨は想像を絶する程に臆病なので、万が一にも分裂させたその肉片が独自の自我を得て己に牙を剥く可能性を考えるとそんな事は出来ないそうなのだが。
 ……分身が存在し得るのかどうかはまた改めて考えるとして。
 何よりも対策を立てなければならないのは、どうやって夜明けまで足止めするのかと言う部分である。
 自分一人で出来るのかと問われると、先ず無理だ。
 物理攻撃を無効に出来ていれば、鬼舞辻無惨の攻撃を全て無視して足止めする事自体は可能だが、まあ間違いなく一晩中は持たない。更に、物理攻撃が無効だと知った時点で鬼舞辻無惨は爆散して逃走するだろう。
 もし足止めする事になるとして、その場合の主力は……恐らくは柱の人達が主になるだろう。
 自分がその実力を知っているのは、しのぶさんと煉獄さんと宇随さんだけであるけれど。あの人達が九人揃っていれば、『ヒートライザ』などで強化した上で、鬼舞辻無惨を『ランダマイザ』などで弱体化させ続けていれば足止め自体は出来ると思う。……問題は、夜明けまで『ヒートライザ』や『ランダマイザ』を維持出来るのかと言うものだが。その状況下になってしまえば、そこは頑張るしかない。出来るかどうかではなく、やらねばならない事だ。
 欲を言えば、『ランダマイザ』以外の弱体化手段が欲しい所であるし、そして『ヒートライザ』以外にも此方の戦力を増す為のものが欲しい。とにかく役に立つ可能性があるものは一つでも多く必要である。
 鬼舞辻無惨との決戦が何時になるのかは分からないが、徹底的に準備をするに越した事は無い。
 そしてそれには、炭治郎が見る『約束』の夢の内容や、そしてかつて鬼舞辻無惨を追い詰めた縁壱さんが振るっていたと言う刀身が真っ赤に変わった日輪刀の事が何か力になると思うのだ。
 その為、何かあったら互いに直ぐに情報を共有しようと、炭治郎と約束をした。
 全ては、鬼舞辻無惨を倒したその先の夜明けを、皆で笑い合って迎える為に。


 鬼舞辻無惨への対策を考える事も重要だが、その前に日々の任務をこなす事も重要だ。
 だがしかし、自分はともかく炭治郎たちは現状任務に行ける状態では無かった。
 負傷したという訳では無く、日輪刀が手元に無いのである。
 炭治郎の日輪刀は上弦の陸との戦いの際に妓夫太郎の血の刃を捌く際にかなり刃毀れしてしまったらしく、現在は刀鍛冶の人の下へと研ぎに出している状況である。
 善逸の日輪刀は上弦の壱に折られてしまったし、現在自分の監視下にあると言える獪岳の日輪刀もあの戦いの最中に折れてしまったらしい。夜が明けた後に現場の隠蔽工作に向かった隠の人達が言うに、バラバラと言っても良い程に壊れてしまっていたそうだ。上弦の壱の攻撃に巻き込まれたのだろう。
 玄弥の日輪刀は自分が壊してしまったし、もう一つの武器である銃はそろそろ製作者からの本格的な整備を受ける必要があるらしい。
 ちなみに伊之助はと言うと、元々その日輪刀は物凄い刃毀れしているものなのだが、わざと刃毀れさせて切れ味を落とした部分と確り切れ味が残っている部分のバランスがあの独特の切れ味の技に繋がっているので、上弦の陸との戦いで刃毀れが進み切れ味が落ちた為、本格的に研いで貰うか新たに打ち直して貰う必要があるそうなのだが……。しかし以前、新品の刀を石で打ってわざと刃毀れさせるだなんてとんでもない暴挙をよりにもよってその日輪刀を打ってくれた刀鍛冶の人の目の前でやらかしてしまった為、本気でキレられてしまい、拒否されている様だ。
 

 そんな感じで、蝶屋敷に逗留中の者達やよく任務に行く相手は軒並み己の日輪刀を喪った状態なのである。
 新たな日輪刀が届くなり研ぎから帰って来るまではどうにも出来ない。
 その為、炭治郎たちはひたすらに鍛錬に励んでいた。
 獪岳も、少しでも気を紛らわせる為なのか、熱心に鍛錬している様だ。
 自分はと言うと、変わらずに指令を受けては任務に向かい、日中は蝶屋敷の仕事を手伝っているのだが、最近は伊之助から熱心に手合わせを強請られるので、ほんの少しだけだが付き合っている。
 勿論、万が一にも怪我をさせたくは無いので素手である。ぽんぽん投げられても喜んで飛び掛かって来る伊之助の相手をするのは、実の所中々楽しい。フェイントの掛け方などがどんどん巧くなっているのをみると、伊之助は戦闘のセンスと言うか閃きがかなり凄いのだろう。ちゃんと受け身が取れる様に投げている事も大いに影響しているのか、受け身の取り方も物凄く上手くなっている。良い事だ。人と戦うのは全く好きじゃないけれど、伊之助とのそれは手合わせと言うよりは、陽介とやった河原での殴り合いにも少し似ている。

 そんなある日、炭治郎の下へ手紙が届いた。
 それは、炭治郎の日輪刀を打ってくれた刀鍛冶の鋼鐵塚さんからのものであった。
 研ぎに出した筈の日輪刀はそこには無い。
 そして、その手紙の文面は……。

「何と言うのか……これはまた見事な『呪いの手紙』だな……」

 震える炭治郎の手の中の手紙を見て、思わずそう呟いてしまった。


『《font:102》お前にやる刀は無い《/font》』
『《font:102》ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない呪うのろうゆるせないゆるさないゆるさない《/font》』
『《font:102》呪ってやる憎いにくい憎い《/font》』


 おどろおどろしく滲んだ筆跡でそう書かれたそれは、誰がどう見てもヤバイ手紙であった。
 自分が突然こんな手紙を貰ったら、衝撃でちょっと固まってしまうかもしれない。
 足立さんが作った脅迫状の方が数万倍マシである。

「前の刀を喪ったばかりだったから……。
 鋼鐵塚さん、本当に怒っているんだろうな……」

 戦々恐々としながらも、申し訳無さそうに炭治郎はそう言って落ち込む。
 下弦の伍との戦いの際に一番最初に打って貰った日輪刀は折ってしまい、そして上弦の参に向かって投げつけた事で二代目の日輪刀は紛失し、そして三代目を上弦の陸との戦いで刃毀れさせてしまい。
 ほんの数か月の内に三本もダメにしてしまったから……と炭治郎は落ち込む。
 特に、上弦の参に投げて紛失してしまった時などは、怒り狂った鋼鐵塚さんに一晩中追い掛け回された程だそうだ。それなのに早々に刃毀れさせてしまったのが、真面目な炭治郎としては心底申し訳無いのだろう。

 まだ未熟であるが故にどうしても刀の扱いに粗があるのだろうか、と。そう落ち込む炭治郎に、長らく様々な隊士たちを見て来たすみちゃんたちは、隊士が刀を破損する事自体はそう珍しい事では無いのだと言う。そして、恐らく鋼鐵塚さんが一際厳しいだけだろう、とも言った。
 まあ、その鋼鐵塚さんが滅茶苦茶気難しいのだとしても、このまま刀が無い方が問題である。
 その為、日輪刀を打っている刀鍛冶の人達の隠れ里へ行ってみてはどうだろうか、と炭治郎はしのぶさんに提案された。
 完全に秘匿された場所なのかと思っていたので行けるのかと驚いたが、どうやら事前に申請して許可が下りれば大丈夫らしい。

 そうであるならば、あの真っ赤に染まった日輪刀の事を調べたいし、そして前々からお館様から打診されていた自分の日輪刀の件もあるしで、丁度いい機会だと思って自分も刀鍛冶の里へと行ってみようと決める。
 自分の監視下にいる獪岳も、そしてそんな獪岳から目を離せないらしい善逸も、どちらも自身の日輪刀を打ち直して貰う必要があるのだし、丁度良いだろう。
 そして、かなりの大所帯になってきた所で、自分も行きたいと言い出したのが伊之助だ。
 仲の良い炭治郎と善逸が行ってしまうのが寂しいのだろう。刀が出来上がるまでには半月近く掛かる事も有るので、それなりに長期の逗留になる事も大きかったのかもしれない。
 まあ、伊之助の日輪刀も研ぎと言うかちゃんとした手入れが必要な状況であるのだし、里に行くのもそう悪い事では無いのだろう。……ただし、研いで貰う前に、誠心誠意謝る必要はあるだろうが。
 しかし、一気に五人も申請して大丈夫なのだろうか? と少し心配だったのだが、許可は特に問題無く降りた。


 そして、迎えに来た隠の人の案内で、刀鍛冶の里へと向かうのであった。






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