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第四章 【月蝕の刃】

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 夢を見た。
 そこは知らない場所で、夢の中で俺は知らない誰かになっていた。
 そして俺は、縁側に座る見知らぬ誰かと話をしていて。
 俺が受け継いだ耳飾りとそっくりな……否、恐らくはそれその物を耳に付けたその人は、どうやら剣士であるらしい。夢の中で、俺はその人に大層恩義を感じていた。
 とても静かな気配のその人は、……何処か父さんに似ている気がする。
 その左の額には、まるで炎の様な痣があった。それが、どうにも強く印象に残った。
 その人は、自分の事を、大切なものを何一つ守れず人生において成すべき事を成せなかった何の価値も無い人間なのだと評する。
 それが……夢の中の俺にとっては、とても悲しかった。
 自分の事を責める様な……そんな事を言わないで欲しかった。だって、その人は凄い人なのだ。
 その人が居たから、自分は大切なものを喪わずに済んだ。きっと自分だけでは無く、もっともっと大勢の人をその人は救っている。それなのに、その人の心は救われないまま、自分に価値は無いのだと言う。
 そんな事は無い。そんな事は無いのに。
 でも、どうすればその心の痛みを癒す事が出来るのか分からなくて。
 だから、何も言えないまま、その背中を見送る事しか出来なかった。
 悲しい……悲しい……。


 目覚めた時、夢の中での感情に引き摺られた様に俺は泣いていた。
 あんまりにも静かに涙を零しているものだから、隣に居た善逸と伊之助がオロオロと狼狽える程だった。
 上弦の陸を倒したその後に極度の疲労からか深く眠ってしまっていて、それでやっと目覚めた状態でそれだったから、善逸たちからすると気が気では無かったのだろう。酷く心配させてしまった様だ。
 ……しかし、あの夢は一体何だったのだろう。
 夢の中で見たあの人を、俺は全く知らない。でもきっと、あの耳飾りは俺の耳飾りと同じものだ。
 ヒノカミ神楽と共に必ず後世に繋ぐ様にと代々竈門家に伝わって来た耳飾り。
 でもどうして受け継がれているのか、何時から受け継がれて来たのかは、俺は知らない。
 父さんも、教えてはくれなかった。ただ、「約束なんだ」、と。そう言っていた。
 一体どんな約束なのだろう。そしてその約束はあの人と何か関係があるのだろうか……? 
 それに、あの人の額に在った炎の様な痣。あれは、煉獄さんのお父さん……慎寿郎さんが手紙で教えてくれた、ヒノカミ神楽……否、日の呼吸の選ばれた使い手に顕れると言う証の痣ではないだろうか。
 ならばあの人は、全ての呼吸の基になったと言う日の呼吸に何か関係がある人なのだろうか。
 しかし考えても、俺には分からなかった。

 それから少しして、上弦の陸との激闘の末に力尽きて昏倒してしまっていた悠さんも目を覚ました。
 善逸や伊之助とは違って怪我は全く無い事もあってか、目が覚めた直後から物凄く元気に動き回って、早速蝶屋敷に運ばれて来た負傷した隊士たちの怪我を癒して回っている上に、善逸たちの機能回復訓練も手伝っている。
 悠さんが起きたと聞いた宇髄さんが途中でやって来て、あの戦いで具体的に何があったのかを二人で報告書を書き始めた。妹鬼との戦いに関しては俺たちも聴取され、報告の為にあの激闘を思い返すとその凄まじさが脳裏に蘇るかの様であった。
 あんなに激しい戦いで、善逸や伊之助が比較的軽い怪我を負っただけで済んだのは本当に奇跡の様な出来事だ。
 俺たちが上弦の陸を討伐した事は既に鬼殺隊全体に周知されているらしい。
 百年以上も誰も討伐に至らなかった上弦の陸を完全に滅ぼした事は、まさに快挙としか言い様が無い事の様で。
 お館様も大層喜んでいたのだと、宇髄さんは教えてくれた。
 その直近に悠さんが上弦の弐を完膚無きまでに叩きのめして撃退していた事もあって、今の鬼殺隊の隊士たちの士気は尋常では無い程に高まっているそうだ。
 このまま上弦の鬼を欠けさせていけば、鬼殺隊の悲願である鬼舞辻無惨の討滅も叶うのではないか、と。
 その為、それまでよりも一層任務に熱心に取り組む者たちや、俺たち新人の後輩に負けて堪るものかと鍛錬に励む隊士が物凄く増えたらしい。
 近頃は隊士の質が落ちて来て仕方が無いとボヤいていた柱の人達も、この傾向には喜びを感じているそうだ。
 また、その理由は不明ではあるし隊士たち全員がそうと言う訳では無いのだが、隊士たちの一部には階級の上下を問わず、以前よりもその動きが劇的に改善されていたり、合同任務の際の連携能力が見違える程に強化されていたりする者が増えているらしい。そしてそう言った者達程、この機運を逃すものかとばかりに熱心に鍛錬に励み任務に就いているそうなので、本当に良い傾向だと宇髄さんは言っていた。

 しかしそう言えば、俺たちも妹鬼と戦っていた際には、自分でも何故なのかよく分からないけれど、とにかく身体がよく動けたし、攻撃の殆どを危な気無く最適の動きで回避する事が出来ていた。その上で、三人での連携も物凄い熟練のそれの様に動けていた。
 その様な事が自分達だけでなく他の隊士たちの身にも起きていたのなら、それは鬼殺隊全体としては物凄い力になるだろう。
 人は急には強くなんてなれないし、今の自分に出来る事を正確に把握するという事も難しい。
 それなのにどうしてそんな風に、俺たちを含めて色んな人達が、『出来ないと思い込んでいたけど本当は出来た事』が出来る様になったのか、それが本当に不思議だ。
 悠さんも俺たちの話を聞いて不思議そうに首を傾げていたので、悠さんが何かしたと言う訳では無いのだろう。
 でも、何と無く。急に強くなったのでは無くて、物凄い数の繰り返しが何処かで起きていたのではないかと思うのだ。その根拠は無いけれど。

 報告書の作成も終わり宇髄さんが帰った後で。
 俺は悠さんの部屋を訊ねた。そして、悠さんに俺が見た不思議な夢の事を話してみた。
 日の呼吸とヒノカミ神楽、その選ばれた使い手に生まれつきあると言う痣の事も。
 全ての人の無意識が集まるという『心の海』など、何かと不思議な事に詳しい悠さんなら、あの夢に何の意味があるのか分かるかもしれないと思ったのだ。
 そうでなくても、悠さんなら不思議な夢の事であっても否定したりしないだろうと言う予感があった。

「成る程、確かに不思議な夢だな……。夢と言うよりは、どちらかと言うと……。
 俺にもよくは分からないが、多分その夢は炭治郎に何か大事な事を伝えようとしてくれているのかもしれない。
 夢と『心の海』は深い場所で繋がっているし、そして『心の海』の奥底にはきっともう居ない誰かの心や記憶も残っている。その古い古い記憶を、夢を通して見たのかもしれないな。確かな事は言えないけど」

「古い記憶……。それが、この耳飾りとヒノカミ神楽が受け継がれて来た理由に繋がるんでしょうか……」

「それは俺には分からない。ただ……途絶えたと言う日の呼吸がヒノカミ神楽として炭治郎の家に代々伝わっている以上は、それを最初に炭治郎の御先祖様に伝えたのが、始まりの剣士だっていうその日の呼吸の使い手その人なのか或いはその弟子の様な人なのかは分からないけれど、そう言った人と炭治郎の御先祖様は出逢っている筈だ。
 そして、炭治郎の御先祖様たちは日の呼吸をヒノカミ神楽として一子相伝に継承し続けた。その耳飾りも共に。
 なら、炭治郎が夢で見たと言うその人は、最初に御先祖様に日の呼吸を教えてくれた日の呼吸の剣士その人なんじゃないのか? 
 だったら、炭治郎がその御先祖様の記憶にもっと触れる事が出来れば、約束の意味や日の呼吸の剣士の人の事ももっと分かるのかもしれないな」

 そう言って悠さんは優しく微笑んだ。






◆◆◆◆◆






 目を開けた瞬間に視界に飛び込んで来た蒼に、また此処にやって来たのだと気付く。

「よく来たな、炭治郎。
 また今日も『試練』を受けるか?」

 穏やかな表情で微笑みかけてくるのは『鳴上さん』だ。
 この蒼い世界を訪れた時にだけ、俺は『鳴上さん』の事を思い出せる。
 そして、だからこそ此処を訪れて初めて気付ける事もある。

「その前に、お礼を言わせてください。
 あの時は助けて下さって、本当に有難うございます、『鳴上さん』。
 それにそれだけじゃなくて、こうして『試練』で俺たちを鍛え上げてくれて。
 そのお陰で、無事に生き残れました」

 上弦の陸と戦っていたその最中、絶体絶命の危機に陥った俺たちを助けてくれたあの異形は、『鳴上さん』だ。
 こうして向かい合うと、それがよく分かる。
 それに、『鳴上さん』が俺たちに課してくれた『試練』は、確実に俺たちの力になり、そして命を救ってくれた。
 重ね続けた『死』が、そうやって魂の奥底にまで刻まれた感覚が、俺たちを何処までも研ぎ澄ませてくれて。
 そしてここで共闘する事で、互いに連携する為の力を養う事が出来た。
 それがなければ、あの妹鬼の帯の斬撃に成す術も無く両断されていたか、良くても大怪我を負って暫く動けなくなっていただろう。
 怪我無く過ごせた事で、その分現実で鍛錬に費やす時間が増え、そうやって現実の世界で鍛えた力をこの蒼の世界で更に研ぎ澄ませていく。何の力も無く煉獄さんと上弦の参との戦いを見守る事しか出来なかったあの日の自分と比べると、随分と俺は強くなった。その実感がある。
 だからこそ、そうやって己を鍛え上げる機会をくれている『鳴上さん』には感謝の念が尽きない。

「あの時は間に合って本当に良かった。
 ……そして。よく、頑張ったな。
 確かに『試練』の場を用意したのは俺だが、あの鬼に対して五体満足で居られる程に自らを鍛え上げたのは炭治郎たちの努力の成果だ。
 俺も、少しでも炭治郎たちの力になれて嬉しいよ」

 そっと目を細めて柔らかく微笑む『鳴上さん』は、やはり何処と無く父さんに似ている気がする。
 あの植物の様に静かな気配とは全然違うけれど。でも、その笑顔を見ているととても安心するのだ。

 そして、俺にはとても気になっている事があった。
 悠さんは、『鳴上さん』……あの場に現れた異形の存在を、『イザナギ』だと言っていた。
 伊邪那岐の名は俺でも知っている。神話の中の、物凄い神様の名前だ。
 つまり。

「あの……悠さんは『鳴上さん』の事を、『伊邪那岐』だって言ってましたけど、『鳴上さん』は神様なんですか……?」

 もしかして俺は、とんでも無い存在を目の前にしているのではないかと緊張しつつそう訊ねると。
『鳴上さん』は少し考える様に「うーん」と唸る。

「神様……か。違うとは言い切れないけど、それその物かと言われると……。
 俺は、無意識の海の奥底から生じた、人々が『神』と称する存在の一つであり、その中で与えられた名は確かに『イザナギ』だ。
 だが、【愚者】に始まり【世界】に至った『鳴上悠』という一人の人間の心その物でもある。
 炭治郎にとって俺がどう見えているのかはともかく、俺は俺だとしか言えないな。
 ……炭治郎にとって、俺はどう言う存在で在って欲しいんだ?」

 そう問い返されて、俺は少し迷った。
 どんな存在で在って欲しいのか。
 俺にとって、『鳴上さん』はこの蒼い世界で出逢える人で、悠さんと同じだけど少しだけ違う人で、俺を鍛え上げようとしてくれる人で、命の危機には助けに来てくれた恩人で……。
『神様』だと言われても物凄く納得がいくけれど、でもそれよりももっと近しい人で。
 どれだけ考えても、俺には『鳴上さん』は『鳴上さん』だとしか言えなかった。

「なら、それで良いと俺は思う。
 俺は、炭治郎に『鳴上さん』と呼んで貰えるのが嬉しいよ」

 そう言って本当に嬉しそうに微笑む『鳴上さん』の言葉に、嘘の匂いは欠片も無くて。親しみやすさに似た温かさだけを感じる。想像の中の『神様』みたいな厳かな感じとかは全くしない。
 そして当然、上弦の鬼が言っていた様な『化け物』なんかでは全く無かった。
 なら、『鳴上さん』は『鳴上さん』で良いのだろう。

 そして、以前『鳴上さん』が此処は心の海の中だと言っていた事を思い出して、俺は古い誰かの記憶を垣間見たあの夢のもっと深い場所に触れる事は出来ないだろうかと訊ねてみる。

「表の俺に相談していた夢の事か。
 ……此処は確かに『心の海の中』である事には間違い無いが、全ての人の無意識が揺蕩う海ではなくて、『鳴上悠』の心の海だ。
 此処からは直接その夢に触れる事は出来ないし、炭治郎が記憶に触れたのであろうその人と俺との間には繋がりが無いからな……。俺自身にはその夢の先を炭治郎に見させる為に、何かを直接する事は出来ない。
 ただ……」

 少し難しそうな顔をしつつも、『鳴上さん』はそっと手を伸ばして、俺の耳飾りに静かに触れた。
 カランと涼やかな音を立てて揺れるそれは、『約束』の象徴でもある。

「血と共にこの耳飾りとヒノカミ神楽が代々受け継がれて来たからこそ、この耳飾りとヒノカミ神楽がきっとその縁となって『約束』の始まりにまで導いてくれる。……炭治郎が望めば、の話になるが。
 炭治郎は既にこうして『心の海』……人の無意識の海に潜る事が出来ている。
 元々、その素質はかなり強かったのだし、此処を訪れる度に炭治郎は『心の海』に潜っていく力が付いている。
 それこそ、縁さえあればもう既にこの世には無い人が無意識の海に残していった記憶を読み取れる程に。
 ……炭治郎は、その夢の中で『約束』の事も知りたいのだろうが、それ以上にヒノカミ神楽……日の呼吸の事をより深く知りたいんだろう?」

『鳴上さん』の問いに、そうだと頷いた。
 代々繋げて来た『約束』の理由を知りたいと言うのもそうだが、それ以上に一番最初に伝わったヒノカミ神楽……日の呼吸の事を知る事が出来れば、より一層ヒノカミ神楽を戦いに使えるのではないだろうかと思う。
 父亡き今、ヒノカミ神楽の使い手は俺一人しか居ない。鍛錬しようにも何の情報もその蓄積も無い為、具体的に何処をどう鍛錬すれば良いのかのお手本が無いのだ。これはどうしても、ヒノカミ神楽を極めるには枷になる。
 だからこそ、原初の記憶を知る事が出来れば、正しいヒノカミ神楽……日の呼吸を知る事が出来るのではないかと思うのだ。

「そうか。……なら、炭治郎がコツを掴めばその夢の先を知る事も出来るだろう。
 ただ気を付けて欲しいのは、そうやって『無意識の海』の深くに潜っていくのであれば。
 自分が何者であるのかを絶対に見失ってはいけない。
 記憶を追体験するつもりなら、尚更。
『無意識の海』の中で時が過ぎ去った今も尚残り続ける程に強い記憶を覗くと言う事は、己を見失う危険性も孕んでいる。
 炭治郎は、他者の心の海の中でも自力で己を保てる程に強く『自我』を持っているけれど……。どうか気を付けてくれ」

『鳴上さん』はそう言って、心配そうにその黄金色に輝く瞳を翳らせた。
 そして、そっと俺の手を取る。

「俺が直接何かしてやれる訳では無いが、炭治郎がその縁を『心の海』の中でも追い掛けやすくなる様に力を貸してやる事なら出来る。
 炭治郎、目を閉じて集中するんだ」

 言われた通りに、目を閉じて集中する。
 すると、自分の手を優しく握る『鳴上さん』のその手の硬さと、その優しい匂いをより強く感じた。

「集中して……俺と自分以外のものを感じ取るんだ」

『鳴上さん』の言葉に従って、より集中してそれを探す。
 余分な感覚が削ぎ落とされていって、より深くより深く残されたものを感じ取れる様になっていく。
 ともすれば自分自身すら何処かに見失いそうになる程だけど、それを俺の手を握る『鳴上さん』の手がまるで楔の様に留めてくれる。
 そして……研ぎ澄ませた感覚の果てに。
 自分の匂いと似ているが、それとは少し違うもの。
 幼い頃にずっと感じていた父の匂いにも似て、しかしそれ以外のものも感じる匂いを嗅ぎ取った。

「……感じ取れたみたいだな。
 恐らく、それが炭治郎を『心の海』の中でもその記憶へと導いてくれるだろう。
 まあ、此処からは直接其処へは辿り着けないだろうから、またの機会になるだろうけれど。
 しかし、その切欠はもう掴んでいるからな。
 きっと直ぐに、その『約束』の記憶まで辿り着ける筈だ」

「有難うございます!」

『鳴上さん』にも、そして悠さんにも、本当に何から何まで力を貸して貰ってばかりである。
 心からの感謝の言葉に、『鳴上さん』は悠さんそっくりの柔らかな嬉しさを滲ませた微笑みを浮かべた。

「こちらこそ、炭治郎の力になれて嬉しいよ。
 じゃあ、今日も『試練』を受けるか? 
 善逸や伊之助たちと一緒なら『クマの影』も倒せる様になったから、今度はもう少し手強い相手を用意するが……」

『鳴上さん』が口にした『クマの影』の名前に、俺は思わず背筋を震わせる。

『鳴上さん』が「熱甲虫」と呼んだ超巨大なカブトムシをどうにか倒した後も、『鳴上さん』は次から次へとどんどん恐ろしく強い化け物たちを相手として用意してきた。
 その中で用意された敵の一つが、『クマの影』だった。
 それまでは一人でどうにか倒してきたのだが、『クマの影』はどう頑張っても一人では勝てなかった。

 まず恐ろしく硬い。とにかく硬い。
 首を斬って殺す事が出来ないのでとにかく斬って消耗させきる他に倒す方法が無いのだが、ろくに攻撃が通じない程に硬いのだ。しかも物凄い耐久力もある。
 ヒノカミ神楽で攻撃しても、『クマの影』にちょっと傷が付くかどうかで俺が力尽きて、そして為す術なく殺されるしかなくて。
 下半身が大穴の中に埋まっているから攻撃が回避される事は無くても、そもそも回避するまでも無くその耐久力で平然と耐えられてしまうのだ。
 そして尋常ではない耐久力も脅威だが、それに匹敵する位にその攻撃は理不尽極まり無いものであった。
 軽く払ったその腕に掠るだけで俺の身体はバラバラになるし、『クマの影』は容赦無く周囲を氷漬けにしていく。
 氷漬けにされて何回死んだ事かもう分からない程だ。
 強制的に気絶させてきたりするし、極め付けは何もかもを問答無用で消し飛ばす腕の一振である。
 もう滅茶苦茶な相手であった。
 少なくとも一人ではどうしようも無い。

 すると、何回か『クマの影』相手に死んだ後で、善逸と伊之助と一緒に戦う事になったのだ。
 どうやら二人も、『鳴上さん』の『試練』に挑戦しているらしい。そして、同じく『クマの影』に苦戦していた。
 三人になったからと言って、いきなり全てが上手くいく訳では無かった。
 寧ろ、技と技を干渉させてしまったりして上手く動けなくなったり、善逸や伊之助たちの動きを見切る事が出来ずにその動きを邪魔してしまったり。
 互いに足を引っ張ってしまったりして、三人諸共為す術なく『クマの影』に叩き潰された数は、もう指折り数える事など到底不可能な程であった。
 しかしそうやって何度も共に戦っている内に、意識しなくても互いの動きを把握出来る様になったり、『匂い』によって脅威を予知する様に知覚する事が出来る様になった。
 そして、俺は一撃の威力を求めて無闇にヒノカミ神楽を使うのではなく、長く戦い続ける為にヒノカミ神楽と水の呼吸を混ぜる事を思い付いたりするなど、その戦い方自体がかなり改善された。
 死んでも死ぬ事は無いからこそ、思い付いた戦い方を試してみたり、或いはその問題点などをより洗い出したりする事が出来るし、三人で戦っているからこそ互いの弱点を把握して指摘する事も出来た。
「無駄」だった部分などが大分削ぎ落とされて、より最善の動きが出来る様になっていった。
 そしてそんな研鑽と繰り返しの果てに、漸く、三人共が生き残った状態で『クマの影』を倒す事が出来たのであった。

 まあ、『クマの影』はそれ程の強敵であったのだ。
 ある意味ではあの上弦の陸の妹鬼よりも恐ろしい相手であった。
 ……それでもきっと『クマの影』よりも、悠さんが戦った妓夫太郎や上弦の弐の方が強敵であるのだろうけれど。

 上弦の鬼たちと戦う為には、そして鬼舞辻無惨を倒す為には、もっともっと強くならなければならないのだし、強くなる為に戦う事に否は無い。
 より強い存在と戦える『試練』を課してくれるのは本当に有り難い事である。
 しかし、よくよく考えなくても悠さん……というか『鳴上さん』は、文字通りの「神様」ですら倒しているのだ。
 だからなのか、『鳴上さん』は『試練』の内容に対して一切の容赦が無い。
 一体どんな相手が用意されているのかと思うと、身体が震えてしまう。


「大丈夫、今の炭治郎たちなら、力を合わせればきっと倒せる相手だから。
 じゃあ、頑張ってくれ」


 その次の瞬間、俺の傍には善逸と伊之助が居て。
 そして、目の前には巨大な赤子の様な化け物が浮かんでいた。

 その赤子を瞬時にして鎧う様に覆った積み木の塊の様な異形の攻撃に、分かっていても回避出来ずに三人諸共思いっきり吹き飛ばされて。

 そして、俺たちはもう何十何百回目とも分からない死を経験する事になった。






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