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遠く時の環の接する処で

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 踏み込みながら、斬り捨てる様に一撃。
 抵抗する為に剣を抜こうとするならば利き腕を潰し、魔法を行使しようとするならば発動する前に喉を潰す。
 蹴り倒すようにして拘束して、首を刎ねる……。

 前を歩く彼──何時かクロムを裏切り殺す大罪を犯す事になるルフレのその一挙一動に注視しながら、ルキナはルフレを殺す為の手順を何度も頭の中で描いていく。
 ルフレの細かな重心のかけ方の違いや咄嗟の動きを分析しては適宜修正して、ルフレを殺す為の『最適』な手順を探していた。

 勿論、ルキナは『まだ』ルフレを殺すつもりはない。
 ヴァルム帝国との戦争が始まった今、ルフレの力は無くてはならないものだ。
 ルフレが裏切るのはヴァルム帝国との戦争が終結してからの事。
 ならば、この大波を乗り切るまでは、ルフレには生かしておくべき『価値』がある。

 あの『絶望の未来』で裏切り者の名を知ってからずっと殺意を研ぎ澄ませてきたルキナであったが、当人を前にしている状況でそれを晒け出す程愚かでもない。
 能天気にもルキナを前にして無防備なこの裏切り者は、ルキナがそれに気付いているとはまだ分かっていないのだろう。
 いや、薄々感じていてそれを探る為に、ルキナと接触する機会を多く持とうとしているのかもしれないが。
 もしそうならば、大した役者である。
 ルフレを知る誰もが騙されたのも頷けよう。
 人畜無害そうな顔で他人の心に自然と入り込み、信頼出来る雰囲気を纏う事にかけてこの男の右に出る者は居ないのだろう。
 だがそれは、この男が裏切り者であると最初から知っているルキナには何の意味も無い。
 人畜無害なその顔の下にどんな醜悪な本性が隠されているのか、彼を信じる者達全員の前で暴き立ててやりたくなる程だ。
 まあ、それはもう暫し先の事になるだろうが。

 紆余曲折あったがルキナはクロムと行動を共にする事になった。
 それにはやはり、この裏切り者を最適なタイミングで始末する為と言う理由が大いにある。
 その目的を思えば、こうしてルフレが度々向こうから共に過ごそうとしてくるのはルキナにとっては都合が良かった。
 別にこの裏切り者を絆そうなどと言う意図は無い。
 そんなものが有効であるのならば、そもそもクロムを裏切る事も無かったであろうから。
 『半身』とすら呼び合う程の信頼を得ていたのに、それでもこの裏切り者は結局の所クロムの命を奪う事を選ぶのだ。
 そんな相手にマトモな『情』を期待するだけ無駄と言うものであろう。

 しかし、こうしてより近くで監視する機会を得られると言うのは思いの外良い収穫であった。
 観察する機会があればある程、相手の動きを読み易くなる。
 卑劣な手を用いたのだとしても、あのクロムを殺した男だ。
 剣の腕ではルキナでもルフレに遅れを取る事はない様に思えるが、この底の見えない男が果たして何処まで自分の実力を見せているのかは分からない。
 武器になるものは一つでも多い方が良い。



「──ここまでで何か分からない事はあったかい?」

 物資の補給などの行軍の際に必要な手続きについて歩きながら説明していたルフレが、振り返りながらルキナに尋ねてくる。
 思考は別の所に囚われていたとは言え、聞き逃した様な事もなく、ルフレの説明が理解し易かった事もあって、重ねて訊ねなければならぬ事もない。


「いえ、大丈夫です。お心遣い、感謝します」

「え、ああ別にそんな気にしなくても……。
 僕が好きでやってる事なんだし……。
 それに、内部の混乱を避ける為に一将兵の扱いをしているとは言え、本来の立場で言えば君は僕が仕えるべき相手だからね。
 寧ろ、これ位は当然の事だと思うよ」


 そう言ってルフレは人好きのする笑みを浮かべた。
 だが、どうせその笑顔の仮面の下では、悍ましい本性のままに裏切りの算段を立て続けているのだろう。


「常に忙しい筈なのにこうして私を気に掛けてくれるだけで、私には十分です」

「いやいや、こうやって誰かと話すのは良い気分転換になるよ。
 それに……君が人知れず僕達を助けてくれていた事への恩返しもしたいんだ。
 ……『未来』でも、そして今も、僕達が力及ばなかった所為で、君にはとても辛い想いをさせてしまっていただろうから」


 悲しみの様な、寂しさの様な、そんな感情に僅かに表情を歪め、ルフレは少し俯く。
 自分の裏切りの所為でその様な未来になるのだろうと理解しているだろうに。

 例えそれがルキナを騙す為の演技なのだとしても、その表情はルキナの神経を逆撫でするだけだ。
 反射的にその首を絞めたくなるのを何とか抑えて、ルキナは努めて平静を装った。


「それは……。……いえ、良いんです。
 この世界をあんな『絶望の未来』にさせない。
 それが、私の使命なので。
 その為に、必要な事をしただけです」


 そう、『世界を救う』事こそが、世界の理をねじ曲げて時をも越えてしまったルキナに課せられた、絶対の使命である。
 その為ならばルキナは何でもするのだ。
 この憎い仇を生かし利用する事も、その為にこうして憎悪している彼に近付く事だって。
 全ては、『世界を救う』為だけに。
 何時か訪れるその時を、ここで待ち続けるのである。




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