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遠く時の環の接する処で

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 『聖王エメリナの暗殺』は阻止する事に成功したが、エメリナを生き延びさせる事は出来なかった。
 一度は救えた筈のその命は、ルキナの足掻きを嘲笑うかの如く、悪意の荒波の中へと沈み消えてしまった。
 暗殺で命を落とすか、敵国であるペレジアで自ら身を投げたかの違いはあるが。
 ルキナの行動は、エメリナの死期をほんの僅かに延ばしただけに過ぎなかった。
 その違いに、ルキナが足掻いた『意味』は、世界を救う為の変化への『兆し』があるのかは、今のルキナには分からない。
 結局の所、一つ一つの出来事や選択の〈善し悪し〉と言うモノは、歴史を大局的に見られる後世になってからでないと判別するのは難しい。
 例え『未来』を知る者であるのだとしても、当事者として精一杯に生きて足掻き続けるしかないルキナには、そう言った大局的なモノの見方など出来はしないのだから。

 エメリナの死に、彼が関ったのかはルキナには分からなかった。
 身を潜めながらも彼の動向には常に注意していたのだが、少なくとも、内通や何らかの裏切り行為を働いている様には見えなかったのだ。
 しかし、裏切り者である事は確定されているのだから、完全に白とも言い難い。
 ……まあ、彼が狙っているのはあくまでもクロムの命であり、『その時』までは忠実な軍師で在り続けるのかもしれないが。
 何にせよ、エメリナは死に、細部こそ異なれど、大局的な歴史としては概ねルキナが知る『歴史』とは大きくは外れてはいないのだろう。
 エメリナの死が少しだけ変わった影響からなのか、ルキナが知る『歴史』よりも早くにペレジアとの戦争は終結し、イーリスは早期から復興に取り掛かる事が出来ている。
 フェリア兵の損耗も、ルキナが知る『歴史』よりは少ない。
 凡そ二年後にヴァルム帝国が侵略してくる未来は変わらないのだとしても、復興により力を蓄えたイーリスと兵力の損耗を抑えられたフェリアなら、ルキナが知る『歴史』よりもよりイーリス側に優位に戦局を運べるのかもしれない。
 万が一に備えて各地に散らばっているであろう『宝玉』の位置を確認しておくべきではあるが、それでも、イーリスの手の内に『炎の台座』と『白炎』がある事を考えると、ルキナの知る『歴史』よりも遥かに状況は良いと言えよう。

 その差は一体何なのであろうか。
 『聖王エメリナの暗殺』を阻止した事によるのだろうか。
 それは、分からないけれど。
 しかし、もしもそうならば。
 エメリナ自身の死の運命は変えられなかったのだとしても。
 そうやって、ほんの僅かでも世界の状況を『良い』状態に変えられたのならば、少しでも『絶望の未来』を遠ざけられたのなら。
 …………ルキナが、『過去』にやって来て足掻いている『意味』はあったのだと、そう思えるのだろう。

 ルキナの知る『未来』と同じくこの世界でも父と母は結ばれた。
 そうなれば、この世界にも『ルキナ』が産まれてくる可能性は高いのであろう。
 この世界の『ルキナ』を『存在しない者』にする覚悟は既に決めていたけれど、それでも…………父と母の元へ『ルキナ』が娘として産まれる事が出来るのならば、それ以上に嬉しい事はない。
 そこに居るのがルキナ自身でなくとも、『ルキナ』が両親から愛されていれば、ほんの僅かにでも救われた気持ちになれる。
 その『幸せ』を守る為に『未来』を変えようと、この胸に抱いた決意を新たに出来る。

 ルキナの本当の願いは、決して叶う事はない。
 例えこの世界の父を救いギムレーの復活を阻止した所で、ルキナの『お父様』は還っては来ない。
 いや、あの置き去りにしてしまった『未来』で、過去を変えた事によって死者が生き返る様な事が起こり得るのだとしても。
 ルキナが喪ってしまった時間は決して戻りはしない。
 幸せだった子供の頃に戻る術など、存在しない。
 何度過去へ戻ろうと、どんな神に縋っても。
 今ここに存在するルキナが。
 『絶望の未来』で希望なんて抱けないままに足掻いて抗い続け、そして悪足掻きの様に『過去』へとやって来たルキナが。
 『あの日々』に帰る事は、出来はしないのだ。

 だからこそそれは、一番の願いは決して叶わないと分かっているが故の、ルキナの自己満足でしかないのだろう。
 ルキナは『ルキナ』に己を重ね、両親から愛されている『ルキナ』を通して、もう二度とは手に入らない『両親』からの愛を幻視しようとしているだけなのかもしれない。
 それは、この世の何処にも存在し得ないものへの、決して取り戻せぬと知りながらも諦める事など出来はしない強い強い『憧れ』の様なものなのだろう。
 そんな歪な『願い』を抱いていれば、何時か『ルキナ』へと歪んだ感情を向けてしまう事になるのかもしれない。
 まだ存在してすらも居ない『自分』へそんな恐れを抱くなんて、馬鹿げてもいるが。


 国を挙げての盛大な婚礼の儀式を執り行う両親の姿を遠目に見詰め、ルキナは静かにその場を離れるのであった。




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