遠く時の環の接する処で
◇◇◇◇◇
『絶望の未来』を変える為に『過去』へと渡った時。
ルキナが過去の『お父様』──クロムと最初の接触を果たした時点で、彼は既にクロムの傍に居た。
何時か必ずクロムの命を奪う裏切り者である事は『知って』いたけれど、だからと言って即座に斬り殺して排除する事は出来ない程に、彼は『これから』のイーリスには無くてはならぬ存在である事もルキナは『知って』いた。
彼の存在無くしてはイーリスは最初の大波であるペレジアとの戦争すらも乗り越えられなかったであろうとは、あの『未来』でも言われ続けていたし、実際彼と同等の知略を発揮出来る人間は今この時のイーリスには存在しないだろう。
だからこそ、彼の存在が『絶望の未来』への分岐点であるとは承知していながらもその場で排除する事は出来なかった。
少なくとも、ペレジアとの戦争とヴァルムからの侵攻。
この二つの大波を乗り切らせるまでは、彼の首は繋げておく必要がある。
また、その二つを乗り越えさせるまでは彼にイーリスを裏切らせる訳にはいかない。
だからこそルキナは、これからの未来が自分が知る『歴史』から大きく外れない程度の干渉に留めなくてはならなかった。
先ず第一に目指すべきは、『聖王エメリナの暗殺』の阻止だ。
彼女が暗殺され国が混乱していた最中で始まったペレジアとの戦争は、長期に渡る泥沼の消耗戦へと発展してしまった。
そんな中でも、クロムやあの裏切り者の活躍によって、何とか戦争はイーリスの勝利に終わったのだが……。
しかし戦争の傷痕は深く、戦後復興も思うように進まぬ内に今度はヴァルムからの侵攻が始まってしまった。
その二つの大波の所為で大陸全土が疲弊してしまっていたからこそ、ギムレーが蘇った後で急速に世界は滅びへの道を辿る事になってしまったのだ。
『聖王エメリナ』が生存する事で、その『絶望の未来』へと至る道が少しでも変化する筈である。
……勿論、『聖王エメリナ』が生存すると言う事は、決して小さな改変ではない。
ルキナが知る『未来』でエメリナの跡を継いで聖王となりイーリスを纏め上げたのは父クロムではあるが、エメリナが生存するならば当然その必要はなく。
それによる変化によっては、どうかすれば『ルキナ』と言う存在が産まれる道すらをも絶つ可能性もある。
……その危険性は、既に承知している。
この世界に産まれる可能性があった『ルキナ』を、存在そのものすら消し去る事になるのだとしても。
それが、『絶望の未来』を防ぐ為の代償となるのならば、ルキナは支払わなければならない。
その咎が、誰が知るものでは無いのだとしてもルキナの胸に一生刻まれる事になるのだとしても。
……それに、エメリナを生かそうとするのにはある種の打算的な目論見もあった。
エメリナの生存は、二つの大波のその根本には強く干渉する事は無いからだ。
エメリナ暗殺が起こったのはペレジアとの開戦直後であるし、聖王が誰であろうとヴァルム大陸からの侵略は起きる。
戦争と言う二つの大波が変わらないなら、大局的に見ればルキナが知る未来と大きくは変わらない道を辿る可能性は高い。
聖王であろうとなかろうとクロムの傍を彼は裏切るその瞬間までは離れる事は無いだろうし、その能力を遺憾無く発揮して戦争を勝利へと導いてくれる筈だ。
それに。
彼の目的が『聖王』であるのならば、彼がその命を奪おうとするのはクロムではなく聖王エメリナになるのかもしれない。
そうでなくとも、ファルシオンを扱えるクロムが命を狙われる可能性は少しでも下がるであろう。
クロムが生きていれば、そしてその手にファルシオンがあれば。
きっと、『絶望の未来』に至る事は無い筈だ。
結局の所、ルキナがエメリナの命を救おうとするのは、それがクロムの生涯に渡る悔恨であったからなどではなく、そうする事でクロムが死ぬ未来が少しでも遠ざかる可能性があるからである。
幾ら繰り返し繰り返しクロムの口からその非業の死を語られ続けてきた伯母なのだとしても、ルキナにとっては生まれる前に既に故人であった人でしかない。
父親よりも優先される人間には決して成り得なかった。
クロムを死なせない。
この世界を『絶望の未来』になど至らせない。
それが、ルキナの目的の全てである。
その為ならば、『死んでいた者』をも利用するし、裏切り者を有効活用する為に泳がせておく事もする。
自分のそう言った判断は、決して誉められたモノではない事はルキナも重々承知している。
そもそも今のルキナの行動は、所詮は己れの世界を守り切る事が出来なかった敗者が、過去を改変すると言う禁じ手を行ってでも自らの望む結果を手にしようとしている……そんな悪足掻きでしかないのだろう。
自分ではギムレーを倒せないからとあの未来から逃げ出して、『過去』の父達にその解決を委ねようとしているのと、本質的には大した違いはないのかもしれない。
だが、ルキナはそれでも良かった。
どんな言葉で飾り立てようとも、そもそも『過去』を変えると言う行為とは何処までいってもエゴ以外の何物でもないのだから。
そう、ルキナは幼い頃に喪ってしまった父を助けたかった、あんな破滅的な未来をどうにかしたかった。
詰まる所、それだけなのだ。
だからこそ、ルキナはその為に全てを賭けるのだし、その為ならばどんな咎を背負う事になるのだとしても躊躇わない。
例え、生まれる筈だった誰かを『存在しない者』にしてしまうのだとしても。
例え、何れ『絶望の未来』へと辿り着くのだとしてもそこに確かにあったであろう数多の『幸せ』や『願い』を踏み躙り『無かった事』にしてしまうのだとしても。
……………………それでも。
…………守られるだけであった無力な幼子であったあの日に喪ってしまった『父』が、生きていてくれるのなら。
……父亡き後の国を必死に支え我が子を守る為にその身を捧げてしまった『母』が、生きていてくれるのなら。
例えそれが、『ルキナ』の親ではないのだとしても、ルキナが変えてしまった『未来』ではそもそも二人が結ばれる事はなくなってしまうのかもしれなくとも。
ルキナには、ただただそれだけで良いのだ。
それは剰りにも独善的で傲慢にも過ぎる想いなのであろう。
咎人となる覚悟は既に定まってはいるが、そもそもその罪もその罰も、一体誰が正しく裁けると言うのだろうか。
咎を背負う覚悟ですら、あまりにも自惚れた考えであるのかもしれない。
しかしかと言って。
世界を救う為なのだから、ギムレーがもたらす滅びからこの世を守る為なのだから、と。
そう自分の行為を正当化する事は出来ない程度には、ルキナは傲慢には成りきれなかった。
だが、決して自らを正当化出来ないのだとしても。
最早ルキナは既に選択し、ここまで来てしまっている。
今更、後戻りなど出来はしない。
戻った所で一体何が出来るのか。
全ての命が燃え尽きた滅びの大地で、自らの無力を嘆きながら無意味に死ぬのか?
そんなものは何の価値もない自己憐憫であろう。
後悔に心が引き裂かれようとも、自分への憎悪と無力感に死を望みたくなろうとも。
それでも、『過去』に戻り自分の傲慢を貫く事を選んだのは、 ルキナ自身である。
それだけは、忘れてはならない。
だからこそ、ルキナは何を対価とするのだとしても、『未来』を変えなければならないのだ。
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『絶望の未来』を変える為に『過去』へと渡った時。
ルキナが過去の『お父様』──クロムと最初の接触を果たした時点で、彼は既にクロムの傍に居た。
何時か必ずクロムの命を奪う裏切り者である事は『知って』いたけれど、だからと言って即座に斬り殺して排除する事は出来ない程に、彼は『これから』のイーリスには無くてはならぬ存在である事もルキナは『知って』いた。
彼の存在無くしてはイーリスは最初の大波であるペレジアとの戦争すらも乗り越えられなかったであろうとは、あの『未来』でも言われ続けていたし、実際彼と同等の知略を発揮出来る人間は今この時のイーリスには存在しないだろう。
だからこそ、彼の存在が『絶望の未来』への分岐点であるとは承知していながらもその場で排除する事は出来なかった。
少なくとも、ペレジアとの戦争とヴァルムからの侵攻。
この二つの大波を乗り切らせるまでは、彼の首は繋げておく必要がある。
また、その二つを乗り越えさせるまでは彼にイーリスを裏切らせる訳にはいかない。
だからこそルキナは、これからの未来が自分が知る『歴史』から大きく外れない程度の干渉に留めなくてはならなかった。
先ず第一に目指すべきは、『聖王エメリナの暗殺』の阻止だ。
彼女が暗殺され国が混乱していた最中で始まったペレジアとの戦争は、長期に渡る泥沼の消耗戦へと発展してしまった。
そんな中でも、クロムやあの裏切り者の活躍によって、何とか戦争はイーリスの勝利に終わったのだが……。
しかし戦争の傷痕は深く、戦後復興も思うように進まぬ内に今度はヴァルムからの侵攻が始まってしまった。
その二つの大波の所為で大陸全土が疲弊してしまっていたからこそ、ギムレーが蘇った後で急速に世界は滅びへの道を辿る事になってしまったのだ。
『聖王エメリナ』が生存する事で、その『絶望の未来』へと至る道が少しでも変化する筈である。
……勿論、『聖王エメリナ』が生存すると言う事は、決して小さな改変ではない。
ルキナが知る『未来』でエメリナの跡を継いで聖王となりイーリスを纏め上げたのは父クロムではあるが、エメリナが生存するならば当然その必要はなく。
それによる変化によっては、どうかすれば『ルキナ』と言う存在が産まれる道すらをも絶つ可能性もある。
……その危険性は、既に承知している。
この世界に産まれる可能性があった『ルキナ』を、存在そのものすら消し去る事になるのだとしても。
それが、『絶望の未来』を防ぐ為の代償となるのならば、ルキナは支払わなければならない。
その咎が、誰が知るものでは無いのだとしてもルキナの胸に一生刻まれる事になるのだとしても。
……それに、エメリナを生かそうとするのにはある種の打算的な目論見もあった。
エメリナの生存は、二つの大波のその根本には強く干渉する事は無いからだ。
エメリナ暗殺が起こったのはペレジアとの開戦直後であるし、聖王が誰であろうとヴァルム大陸からの侵略は起きる。
戦争と言う二つの大波が変わらないなら、大局的に見ればルキナが知る未来と大きくは変わらない道を辿る可能性は高い。
聖王であろうとなかろうとクロムの傍を彼は裏切るその瞬間までは離れる事は無いだろうし、その能力を遺憾無く発揮して戦争を勝利へと導いてくれる筈だ。
それに。
彼の目的が『聖王』であるのならば、彼がその命を奪おうとするのはクロムではなく聖王エメリナになるのかもしれない。
そうでなくとも、ファルシオンを扱えるクロムが命を狙われる可能性は少しでも下がるであろう。
クロムが生きていれば、そしてその手にファルシオンがあれば。
きっと、『絶望の未来』に至る事は無い筈だ。
結局の所、ルキナがエメリナの命を救おうとするのは、それがクロムの生涯に渡る悔恨であったからなどではなく、そうする事でクロムが死ぬ未来が少しでも遠ざかる可能性があるからである。
幾ら繰り返し繰り返しクロムの口からその非業の死を語られ続けてきた伯母なのだとしても、ルキナにとっては生まれる前に既に故人であった人でしかない。
父親よりも優先される人間には決して成り得なかった。
クロムを死なせない。
この世界を『絶望の未来』になど至らせない。
それが、ルキナの目的の全てである。
その為ならば、『死んでいた者』をも利用するし、裏切り者を有効活用する為に泳がせておく事もする。
自分のそう言った判断は、決して誉められたモノではない事はルキナも重々承知している。
そもそも今のルキナの行動は、所詮は己れの世界を守り切る事が出来なかった敗者が、過去を改変すると言う禁じ手を行ってでも自らの望む結果を手にしようとしている……そんな悪足掻きでしかないのだろう。
自分ではギムレーを倒せないからとあの未来から逃げ出して、『過去』の父達にその解決を委ねようとしているのと、本質的には大した違いはないのかもしれない。
だが、ルキナはそれでも良かった。
どんな言葉で飾り立てようとも、そもそも『過去』を変えると言う行為とは何処までいってもエゴ以外の何物でもないのだから。
そう、ルキナは幼い頃に喪ってしまった父を助けたかった、あんな破滅的な未来をどうにかしたかった。
詰まる所、それだけなのだ。
だからこそ、ルキナはその為に全てを賭けるのだし、その為ならばどんな咎を背負う事になるのだとしても躊躇わない。
例え、生まれる筈だった誰かを『存在しない者』にしてしまうのだとしても。
例え、何れ『絶望の未来』へと辿り着くのだとしてもそこに確かにあったであろう数多の『幸せ』や『願い』を踏み躙り『無かった事』にしてしまうのだとしても。
……………………それでも。
…………守られるだけであった無力な幼子であったあの日に喪ってしまった『父』が、生きていてくれるのなら。
……父亡き後の国を必死に支え我が子を守る為にその身を捧げてしまった『母』が、生きていてくれるのなら。
例えそれが、『ルキナ』の親ではないのだとしても、ルキナが変えてしまった『未来』ではそもそも二人が結ばれる事はなくなってしまうのかもしれなくとも。
ルキナには、ただただそれだけで良いのだ。
それは剰りにも独善的で傲慢にも過ぎる想いなのであろう。
咎人となる覚悟は既に定まってはいるが、そもそもその罪もその罰も、一体誰が正しく裁けると言うのだろうか。
咎を背負う覚悟ですら、あまりにも自惚れた考えであるのかもしれない。
しかしかと言って。
世界を救う為なのだから、ギムレーがもたらす滅びからこの世を守る為なのだから、と。
そう自分の行為を正当化する事は出来ない程度には、ルキナは傲慢には成りきれなかった。
だが、決して自らを正当化出来ないのだとしても。
最早ルキナは既に選択し、ここまで来てしまっている。
今更、後戻りなど出来はしない。
戻った所で一体何が出来るのか。
全ての命が燃え尽きた滅びの大地で、自らの無力を嘆きながら無意味に死ぬのか?
そんなものは何の価値もない自己憐憫であろう。
後悔に心が引き裂かれようとも、自分への憎悪と無力感に死を望みたくなろうとも。
それでも、『過去』に戻り自分の傲慢を貫く事を選んだのは、 ルキナ自身である。
それだけは、忘れてはならない。
だからこそ、ルキナは何を対価とするのだとしても、『未来』を変えなければならないのだ。
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