遠く時の環の接する処で
◆◆◆◆◆
ルフレには、記憶が無い。クロムと出逢う前、あの草原で目覚める迄の、それまでの一切をルフレは喪失していた。
自分が何処の誰であるのか、何をして生きていたのか、何をしようとしていたのか。
自分の名前以外に、それまでの自分を辿る為の縁となるものは何一つとして無くて。
それを辛いとか哀しいとか思える様な感傷も、そう想起する為の最低限の記憶や経験ですら、ルフレは全て喪ってしまっていた。
何も無かったからこそ。
ルフレにとって、クロムとの、クロムとの出逢いによって生まれた仲間達との数多の絆は、何よりも掛替えの無いもので。
自分が生きる意味、命の『価値』にまで、なっていた。
それも当然であろう。空っぽだったルフレに居場所を、役割を、存在理由をくれたのは、クロム達なのだから。
だからこそ、ルフレにとってクロムは、そして仲間達は何よりも大切な存在で。
自らよりも優先させるべき、優先する事が当然の存在であった。
それなのに、ルフレは『夢』を見るのだ。
眠りに落ちる度に、ルフレは変わらずに同じ『夢』を見続ける。
クロムをこの手で殺す……そんな夢を。
何度止めようとしても、何度足掻いても、何一つ変わらない。
ルフレはクロムを殺す。
クロムを穿った雷の名残がその手に纏わり付いている感覚も、人の肉が焦げ付く臭いも、抱き起こしたクロムから命の砂が止める事も叶わず零れ落ちていくその感覚も。
何もかも、本当にその場で実際に経験したかの様に、ルフレの中に焼き付いていて。
狂ってしまいそうな程の後悔や絶望、自分への憎悪や破壊衝動。
感じるそのどれもが、自分自身のものであった。
何処までも現実である様な、確たる『質量』を伴ったその『夢』。
それは己の芯となるべきものすらも喪失していたルフレの心の奥深くに撃ち込まれ、ルフレの認識をまるで鎖の様に縛り始めた。
今となっては、記憶が喪われたのはこの世界に『未来のギムレー』が辿り着いた際に、ルフレと『ギムレー』が『同じ』存在であるが故に互いに混ざり合い、流れ込んできた『ギムレー』の力によって記憶が消し飛んでしまったからであると言う事も。
繰り返し見続けていた『夢』は、『未来のルフレ』の身に実際に起きていた事で、ルフレと『ギムレー』が混ざった際に『未来のルフレ』の記憶が僅かながら流れ込んでいたからだと言う事も。
そのどちらをもルフレは理解しているけれど。
しかし、クロムと出会った当初にそんな事は知る由も無くて。
ルフレの思考は、自分に対する捉え方は、『夢』と喪失によって歪んでしまっていった。
ルフレにとって、クロムや仲間達は絶対の存在である。
クロム達の為ならば死ぬ事など惜しくも恐ろしくも無い。
だが、ルフレを必要としてくれるクロム達を哀しませない為にも、自分の身を大切にしなくてはならないとも思っていた。
そして、ルフレは軍師としての才覚を奮う事でクロム達の役に立つ事を、自分の『存在価値』であると心から思っている。
しかし同時に、終わりの見えない繰り返しを続ける『夢』が、ルフレの心を蝕んでいた。
クロム達から必要とされている限り、ルフレは何としてでも生き延びようとするだろう。だが、もしも。
ルフレの存在がクロム達にとって禍にしかならないのであれば、何れ程クロム達から必要とされてようとも、ルフレは死を選ぶのは間違いない。
況してや、『夢』の様にクロムを裏切り殺すなど、ルフレにとっては自らの命を躊躇わずに擲ってでも阻止しなくてはならない事である。
ただ……。自分の死を厭わない様に心が歪に縛られているルフレではあるけれども、それ以上にルフレの胸を満たすのは、『クロム達の役に立ちたい』と言う思いであった。
その欲求は、時に冷静な判断を狂わせてでも、ルフレに「生きていたい」と思わせてしまうものであった。
だからこそ。ルフレは、自分が『死ななければならない時』に死ねなくなる事を恐れた。
死に時を見失う事を、そしてその所為でクロム達を害し……殺してしまう事を、何よりも恐れていた。
だから、ルフレは常に『必要な時に自分を殺してくれる』誰かを求めていた。
最初は、フレデリクなら適任だと、そんな事を思っていたのだ。
フレデリクならば、クロムに害となるならば、迷わずにルフレの命を断ってくれるだろう……と。
だけれども、当初こそルフレを警戒していたフレデリクも、何時しかルフレに心を許していて。
堅物であるが情に厚い彼に、一度懐に入れてしまった相手を殺す事は出来ないであろう。
例え、そうする事が最善であり、主君であるクロムを守る事になるのだとしても。いや、出来たとしても、それはフレデリクの心を何処までも苦しめてしまう。
ルフレにとって、フレデリクも掛替えの無い大切な仲間であり、そんなフレデリクを苦しめる事など当然出来る筈もなくて。
だからこそルフレは、自分を殺しても苦しまず、そして『殺さなくてはならない時』を逃さないでいてくれる人を、ずっと探していた。そんな中で現れたのが、ルキナだったのだ。
当時は『マルス』を名乗っていたルキナと初めて出会った時は、まだルフレはクロムに拾われた直後の空っぽに等しい状態で。
だからこそ、彼女が密かに自分に向けていた殺意には、戸惑うしか無かった。
その後も『マルス』を名乗る彼女とは二度・三度顔を合わせる機会はあったのだが、『マルス』がルフレに向ける殺意には僅か程の揺らぎも無いのに、それでいて自分を襲おうとする素振りすら見せないのが不思議で仕方が無かった。
だが、ヴァルム帝国との戦争が始まった直後、ルキナがクロムの前に現れてその本当の身の上を語ったその時。
ルフレは、彼女の殺意の理由を全て悟った。
そして、ルキナならば、と……。そう、思ったのだ。
ルキナがルフレへと強い殺意を向け続けているのは、ルフレが彼女の父であるクロムを殺した怨敵であるから。
だが、親の仇である筈なのに、ルフレを早々に始末しようとはしないのは、ルフレにまだ『利用価値』がある事を……ルフレがクロム達の役に立つ事を知っているからだ。
『未来』を知っているルキナならば、ルフレに『利用価値』が無くなりクロム達の害になる時を知っているのであろうし。
ルフレを殺し本懐を遂げた所で心を痛める事などあるまい。
ルフレへの情に流され、判断を間違える事も無く。
そしてルフレを殺す事でそれに心を痛める事も無い。
ルフレにとって、ルキナは何処までも好都合な人物であった。
だからこそ、ルフレはルキナが常に自分の傍に居る様にした。
何時でも、必要な時にルキナが自分を殺せる様に。
……ルキナがルフレに並々ならぬ『何か』を抱いている事をうっすらとだが感じ取ったクロムからは、酷く心配された事もあったけれど。『必要な事』なのだとルフレはクロムを説き伏せて、ルキナの傍に居続けた。
勿論、嘘は言ってない。
ルフレにとって、ルキナは何よりも大切な存在だ。
他でも無いクロム達を守る為に、絶対に喪ってはいけない存在であった。
…………だけれども、結局ルフレはルキナを見誤っていたのだ。
ルキナはルフレを憎悪しているのだから、ルフレを殺す事を躊躇う筈など無いと、そう思ってしまっていた。
……ルキナが、クロムと同じかそれ以上に、情が厚く根が誠実で善良である事に、ルフレは最初の内は気付かなかった。
気付いても、それが何になるのだろうと思ってしまったのだ。
ルフレが大切な親の仇である事は間違いないのだから、何を迷う事があるのだろうと。
……だがルキナは……ルフレが親の仇と知っていても尚、ルフレへの憎しみを持ち続ける事が出来なかったのだ。
必要な時に殺される為にと、傍に居続けた事が。
そして共に過ごした時間が、結果として裏目に出てしまった。
憎悪を喪ってしまったルキナは『使命』以外に自分の行為を正当化出来るものを、持っていなかったのだ。
それは、一度懐に入れてしまったものを切り捨てられない程情に厚いルキナを、却って酷く苦しめる事になってしまった。
殺して貰う為にルキナの傍に居たルフレではあるけれど、ルフレにとってルキナも大切な仲間である事には変わり無い。
ルキナの幸せを願う気持ちは本当だし、自分の身勝手な目的の為にルキナを利用している自覚があったからこそ、せめて『その時』が来るまでは、自分が出来る精一杯の事をルキナにしなくてはならないとも思っていた。
ルキナに伝えた言葉は、何れも紛れもない本心である。
……結局はその所為で、ルキナはルフレを憎めなくなってしまったのだけれど。
ルキナがルフレへの憎悪を喪ってしまったのには薄々気が付いていたのだけれども、それが何れ程残酷な事を強いてしまったのかをルフレがハッキリと理解出来たのは、よりにもよって『その時』が来てしまってからであった。
良心の呵責と『使命』との板挟みになり、今にも壊れてしまいそうになりながらも必死にファルシオンをルフレの喉元に突き付けるルキナを見て、そこでやっとルフレは自分がしてしまった事を後悔した。
あの時のルキナは、ルフレを殺してしまった後に心を壊してしまいかねなかった。
いや、そうでなくとも一生自分を赦せなくなっていただろう。
……そんな事すら事前に見抜く事が出来なかった自分の浅はかさを、あの時程呪った事は無い。
だから、ルフレはせめて自分の手で決着を着けようとしたのだ。
元々、ルキナの手で殺させようとしていたのは、ルキナがルフレを憎んでいたからで。
せめて仇討ちを果たさせてあげなくてはと思ったからであった。
『死ななければならない時』さえ見失わずにすむのなら、なにも他者の手を煩わせる必要もない。自死を選べば良いだけだ。
……だけれどもそれは他でもないルキナに止められてしまって。
そして、クロムの心をも傷付けてしまった。
ルフレは、クロムとの絆を信じていない訳ではない。
寧ろ、この世の何よりも強くそれを信じているし、それこそがルフレの生きる意味なのだ。
勿論、あの『夢』を現実にさせない為に打てる手は全て打ってきていた。
……それでも、この世に『絶対』などなくて。
クロムを自分の意思とは関係無く殺してしまう可能性が、決して完全には無くならないからこそ、自分は死ぬべきだと……そう思っていた。
しかしその思いが、ルキナを深く傷付けてしまった。
身勝手な願望で、ルキナの心の柔らかな場所に消えぬ傷を刻んでしまった。その罪は、『運命』を変えても償える事ではない。
……だから、ルフレはルキナから距離を置いた。
せめて、これ以上ルキナを傷付けない為に。
それが、ルキナにしてやれる最善だと、そう思っていたのだ。
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ルフレには、記憶が無い。クロムと出逢う前、あの草原で目覚める迄の、それまでの一切をルフレは喪失していた。
自分が何処の誰であるのか、何をして生きていたのか、何をしようとしていたのか。
自分の名前以外に、それまでの自分を辿る為の縁となるものは何一つとして無くて。
それを辛いとか哀しいとか思える様な感傷も、そう想起する為の最低限の記憶や経験ですら、ルフレは全て喪ってしまっていた。
何も無かったからこそ。
ルフレにとって、クロムとの、クロムとの出逢いによって生まれた仲間達との数多の絆は、何よりも掛替えの無いもので。
自分が生きる意味、命の『価値』にまで、なっていた。
それも当然であろう。空っぽだったルフレに居場所を、役割を、存在理由をくれたのは、クロム達なのだから。
だからこそ、ルフレにとってクロムは、そして仲間達は何よりも大切な存在で。
自らよりも優先させるべき、優先する事が当然の存在であった。
それなのに、ルフレは『夢』を見るのだ。
眠りに落ちる度に、ルフレは変わらずに同じ『夢』を見続ける。
クロムをこの手で殺す……そんな夢を。
何度止めようとしても、何度足掻いても、何一つ変わらない。
ルフレはクロムを殺す。
クロムを穿った雷の名残がその手に纏わり付いている感覚も、人の肉が焦げ付く臭いも、抱き起こしたクロムから命の砂が止める事も叶わず零れ落ちていくその感覚も。
何もかも、本当にその場で実際に経験したかの様に、ルフレの中に焼き付いていて。
狂ってしまいそうな程の後悔や絶望、自分への憎悪や破壊衝動。
感じるそのどれもが、自分自身のものであった。
何処までも現実である様な、確たる『質量』を伴ったその『夢』。
それは己の芯となるべきものすらも喪失していたルフレの心の奥深くに撃ち込まれ、ルフレの認識をまるで鎖の様に縛り始めた。
今となっては、記憶が喪われたのはこの世界に『未来のギムレー』が辿り着いた際に、ルフレと『ギムレー』が『同じ』存在であるが故に互いに混ざり合い、流れ込んできた『ギムレー』の力によって記憶が消し飛んでしまったからであると言う事も。
繰り返し見続けていた『夢』は、『未来のルフレ』の身に実際に起きていた事で、ルフレと『ギムレー』が混ざった際に『未来のルフレ』の記憶が僅かながら流れ込んでいたからだと言う事も。
そのどちらをもルフレは理解しているけれど。
しかし、クロムと出会った当初にそんな事は知る由も無くて。
ルフレの思考は、自分に対する捉え方は、『夢』と喪失によって歪んでしまっていった。
ルフレにとって、クロムや仲間達は絶対の存在である。
クロム達の為ならば死ぬ事など惜しくも恐ろしくも無い。
だが、ルフレを必要としてくれるクロム達を哀しませない為にも、自分の身を大切にしなくてはならないとも思っていた。
そして、ルフレは軍師としての才覚を奮う事でクロム達の役に立つ事を、自分の『存在価値』であると心から思っている。
しかし同時に、終わりの見えない繰り返しを続ける『夢』が、ルフレの心を蝕んでいた。
クロム達から必要とされている限り、ルフレは何としてでも生き延びようとするだろう。だが、もしも。
ルフレの存在がクロム達にとって禍にしかならないのであれば、何れ程クロム達から必要とされてようとも、ルフレは死を選ぶのは間違いない。
況してや、『夢』の様にクロムを裏切り殺すなど、ルフレにとっては自らの命を躊躇わずに擲ってでも阻止しなくてはならない事である。
ただ……。自分の死を厭わない様に心が歪に縛られているルフレではあるけれども、それ以上にルフレの胸を満たすのは、『クロム達の役に立ちたい』と言う思いであった。
その欲求は、時に冷静な判断を狂わせてでも、ルフレに「生きていたい」と思わせてしまうものであった。
だからこそ。ルフレは、自分が『死ななければならない時』に死ねなくなる事を恐れた。
死に時を見失う事を、そしてその所為でクロム達を害し……殺してしまう事を、何よりも恐れていた。
だから、ルフレは常に『必要な時に自分を殺してくれる』誰かを求めていた。
最初は、フレデリクなら適任だと、そんな事を思っていたのだ。
フレデリクならば、クロムに害となるならば、迷わずにルフレの命を断ってくれるだろう……と。
だけれども、当初こそルフレを警戒していたフレデリクも、何時しかルフレに心を許していて。
堅物であるが情に厚い彼に、一度懐に入れてしまった相手を殺す事は出来ないであろう。
例え、そうする事が最善であり、主君であるクロムを守る事になるのだとしても。いや、出来たとしても、それはフレデリクの心を何処までも苦しめてしまう。
ルフレにとって、フレデリクも掛替えの無い大切な仲間であり、そんなフレデリクを苦しめる事など当然出来る筈もなくて。
だからこそルフレは、自分を殺しても苦しまず、そして『殺さなくてはならない時』を逃さないでいてくれる人を、ずっと探していた。そんな中で現れたのが、ルキナだったのだ。
当時は『マルス』を名乗っていたルキナと初めて出会った時は、まだルフレはクロムに拾われた直後の空っぽに等しい状態で。
だからこそ、彼女が密かに自分に向けていた殺意には、戸惑うしか無かった。
その後も『マルス』を名乗る彼女とは二度・三度顔を合わせる機会はあったのだが、『マルス』がルフレに向ける殺意には僅か程の揺らぎも無いのに、それでいて自分を襲おうとする素振りすら見せないのが不思議で仕方が無かった。
だが、ヴァルム帝国との戦争が始まった直後、ルキナがクロムの前に現れてその本当の身の上を語ったその時。
ルフレは、彼女の殺意の理由を全て悟った。
そして、ルキナならば、と……。そう、思ったのだ。
ルキナがルフレへと強い殺意を向け続けているのは、ルフレが彼女の父であるクロムを殺した怨敵であるから。
だが、親の仇である筈なのに、ルフレを早々に始末しようとはしないのは、ルフレにまだ『利用価値』がある事を……ルフレがクロム達の役に立つ事を知っているからだ。
『未来』を知っているルキナならば、ルフレに『利用価値』が無くなりクロム達の害になる時を知っているのであろうし。
ルフレを殺し本懐を遂げた所で心を痛める事などあるまい。
ルフレへの情に流され、判断を間違える事も無く。
そしてルフレを殺す事でそれに心を痛める事も無い。
ルフレにとって、ルキナは何処までも好都合な人物であった。
だからこそ、ルフレはルキナが常に自分の傍に居る様にした。
何時でも、必要な時にルキナが自分を殺せる様に。
……ルキナがルフレに並々ならぬ『何か』を抱いている事をうっすらとだが感じ取ったクロムからは、酷く心配された事もあったけれど。『必要な事』なのだとルフレはクロムを説き伏せて、ルキナの傍に居続けた。
勿論、嘘は言ってない。
ルフレにとって、ルキナは何よりも大切な存在だ。
他でも無いクロム達を守る為に、絶対に喪ってはいけない存在であった。
…………だけれども、結局ルフレはルキナを見誤っていたのだ。
ルキナはルフレを憎悪しているのだから、ルフレを殺す事を躊躇う筈など無いと、そう思ってしまっていた。
……ルキナが、クロムと同じかそれ以上に、情が厚く根が誠実で善良である事に、ルフレは最初の内は気付かなかった。
気付いても、それが何になるのだろうと思ってしまったのだ。
ルフレが大切な親の仇である事は間違いないのだから、何を迷う事があるのだろうと。
……だがルキナは……ルフレが親の仇と知っていても尚、ルフレへの憎しみを持ち続ける事が出来なかったのだ。
必要な時に殺される為にと、傍に居続けた事が。
そして共に過ごした時間が、結果として裏目に出てしまった。
憎悪を喪ってしまったルキナは『使命』以外に自分の行為を正当化出来るものを、持っていなかったのだ。
それは、一度懐に入れてしまったものを切り捨てられない程情に厚いルキナを、却って酷く苦しめる事になってしまった。
殺して貰う為にルキナの傍に居たルフレではあるけれど、ルフレにとってルキナも大切な仲間である事には変わり無い。
ルキナの幸せを願う気持ちは本当だし、自分の身勝手な目的の為にルキナを利用している自覚があったからこそ、せめて『その時』が来るまでは、自分が出来る精一杯の事をルキナにしなくてはならないとも思っていた。
ルキナに伝えた言葉は、何れも紛れもない本心である。
……結局はその所為で、ルキナはルフレを憎めなくなってしまったのだけれど。
ルキナがルフレへの憎悪を喪ってしまったのには薄々気が付いていたのだけれども、それが何れ程残酷な事を強いてしまったのかをルフレがハッキリと理解出来たのは、よりにもよって『その時』が来てしまってからであった。
良心の呵責と『使命』との板挟みになり、今にも壊れてしまいそうになりながらも必死にファルシオンをルフレの喉元に突き付けるルキナを見て、そこでやっとルフレは自分がしてしまった事を後悔した。
あの時のルキナは、ルフレを殺してしまった後に心を壊してしまいかねなかった。
いや、そうでなくとも一生自分を赦せなくなっていただろう。
……そんな事すら事前に見抜く事が出来なかった自分の浅はかさを、あの時程呪った事は無い。
だから、ルフレはせめて自分の手で決着を着けようとしたのだ。
元々、ルキナの手で殺させようとしていたのは、ルキナがルフレを憎んでいたからで。
せめて仇討ちを果たさせてあげなくてはと思ったからであった。
『死ななければならない時』さえ見失わずにすむのなら、なにも他者の手を煩わせる必要もない。自死を選べば良いだけだ。
……だけれどもそれは他でもないルキナに止められてしまって。
そして、クロムの心をも傷付けてしまった。
ルフレは、クロムとの絆を信じていない訳ではない。
寧ろ、この世の何よりも強くそれを信じているし、それこそがルフレの生きる意味なのだ。
勿論、あの『夢』を現実にさせない為に打てる手は全て打ってきていた。
……それでも、この世に『絶対』などなくて。
クロムを自分の意思とは関係無く殺してしまう可能性が、決して完全には無くならないからこそ、自分は死ぬべきだと……そう思っていた。
しかしその思いが、ルキナを深く傷付けてしまった。
身勝手な願望で、ルキナの心の柔らかな場所に消えぬ傷を刻んでしまった。その罪は、『運命』を変えても償える事ではない。
……だから、ルフレはルキナから距離を置いた。
せめて、これ以上ルキナを傷付けない為に。
それが、ルキナにしてやれる最善だと、そう思っていたのだ。
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