遠く時の環の接する処で
◇◇◇◇◇
結局の所、ルフレを殺さなくとも『運命』は変わった。
ルキナもクロムも知らぬ所で、ルフレは既に策を講じていて。
それが結果的にファウダーの企みを打ち破り、操られたルフレがクロムを殺すと言う……ルキナが知る『未来』を見事に変えた。
ルキナがルフレを殺そうと剣を向けた時には既に、ルフレは『運命』を変える為の策を実行に移していて。
それなのに、あの時あの瞬間、ルフレを自らの死を受け入れる所か、その命を自ら断とうとまでしていた。
何故? とは思うがその真意をルフレに問う事は出来なかった。
いや、そもそも。あの日からずっと、ルキナはルフレに話し掛ける事すら出来ていなかった。
ルキナが無意識に避けているのか、それともルフレの方からルキナを意図的に避けているのかは分からないけれど。
あれ程までに共に行動する事が多かったのに、不自然な程ルフレに出会う事すら無くて。
戦闘の際に遠目にその姿を確認出来た事は幾度もあったけれど、野営地に戻ったらすれ違う事すらも無くて。
今はとてもではないがルキナに関わっている暇など無いと言う事なのかもしれないけれど、ルフレと話す機会すら持てていない所為で、未だにあの日の事を謝る事すら出来ていなかった。
ルフレがクロムを殺すと言う『運命』は、確かに変わった。
しかし、ギムレーが甦ると言う『結果』は変えられなかった。
いや、細かく見てみれば、変わってはいる。
あの『未来』で、『ギムレー』として甦ったのは、……『ギムレー』へと成り果ててしまったのは、『ルフレ』であったのだから。
しかしこの世界のルフレはギムレーになってはいない。
この世界のギムレーとして甦ったのは、ルキナが居た『未来』からルキナと同様に時を遡ってやって来ていた『ギムレー』だったのだから。
時を超えた影響でその力の多くを喪った『ギムレー』は、再び力を取り戻し、この世界のギムレー──つまりはルフレと一つになる事で更なる力を得ようと画策していて。
その為に、『ギムレー』の知る『未来』をなぞる様に、この世界を動かしていた。
暗殺から救った筈のエメリナがそう時を置かずに死ぬ事になったのも、『ギムレー』の仕業であったのだ。
『絶望の未来』を変えようとするルキナと、『絶望の未来』へと進ませようとする『ギムレー』。
ルキナはそうとは知らぬ内に『ギムレー』と戦っていたのだ。
ルフレと一つになり更なる力を得る事を目的としていた『ギムレー』であったが、ルフレが『運命』を変えた事やギムレーと成り果てる事を頑なに拒絶した事を受けて、ギムレーの……ルフレの為に『竜の祭壇』に集められていた力を取り込んで、再びあの強大な竜の姿を取り戻してしまった。
今はまだ力を取り戻して間もないからか、その力を十全には奮えない様ではあるけれど。
そう遠くない内に力を完全に取り込んで、あの絶対的な暴威を奮うであろう事は想像に難くない。
そうなってしまえば、あの『絶望の未来』が訪れてしまう。
だから、何としてでもその前にナーガの『覚醒の儀』を遂げて、ファルシオンに千年前の初代聖王がギムレーを討つ為に奮った神竜の力を甦らせなければならない。
その『覚醒の儀』を行う為に、ルキナ達はイーリスの東にある『虹の降る山』を一路目指しているのであった。
その為に軍師としてルフレが日々忙殺されているのは容易に想像出来るし、ルキナとてルフレの邪魔をしたい訳ではない。
しかし、ルフレの事情を口実にして、ルフレと話し合う事から逃げているのではないか? とも思ってしまう。
例え死を受け入れ、あまつさえ自害すらしようとしたルフレではあるけれども。だからと言って、ルキナがルフレを殺そうとした事が許された訳ではない。
ルフレに合わせる顔が無い、と言うのもあるけれど、ルフレから拒絶されたら……と言う考えが、ルキナの行動を縛っていた。
現に、ルフレはまるでルキナを避けるかの様であって、それがよりルキナのその後ろ向きな考えを後押ししてしまう。
『虹の降る山』までは、そう遠くは無い。
何故だか、そこに辿り着くまでにルフレと話さなくてはならない気がする。その機会を逃してしまえば、もう二度とルフレと話す事は出来なくなる様な気がするのだ。
それは勘としか言い様の無い直感的な感覚ではあるのだけれど、だからこそ急き立てる様にルキナの胸を焦がしていた。
そして、そんなルキナを見かねたのだろう。
明日には『虹の降る山』の麓に辿り着けると言う所まで行軍した日の夜に、ルキナはクロムから呼び出しを受けた。
特に疑問を感じる事もなく呼び出された場所へと向かうと、そこにはクロムだけではなくルフレの姿もあって。
ルキナと目が合った途端に、ルフレは僅かに動揺した様にその指先をピクリと一度震わせた。
それを認めてしまったルキナの心にも動揺が走る。
やはりルフレに避けられていたのでは……ルフレに拒絶されているのでは、と。悪い想像は何処までも膨らむ一方で。
それでも何とかその場に踏み留まったのは、クロムがその場に居ると言う事もあったけれど、それ以上に、もしこの機を逃せばルフレと二度と話せなくなりそうな予感があったからだ。
ルフレはと言うと、ほんの少しの動揺を見せた後は、いっそ不自然な程に何時も通りの平静さを保っているが、ルフレが平静を装っているだけなのかどうかまではルキナには分からなかった。
暫し、どちらも何一つとして話さないと言う、そんな奇妙な沈黙の時間が流れる。
そんな二人を暫く黙って見ていたクロムだが、突如大きな溜め息を吐き、それにルキナが驚いた様に目を向けたのを合図として、漸くこの場に於ける初めての言葉を発した。
「お前達が何を考え何をしたいのか……俺は一々詮索はせん。
だが、ルキナもルフレも、お互いに掛けるべき言葉が、語るべき事があるなら、ちゃんとそれは行動に移せ。
話したい……伝えたいと思っても、それが永遠に叶わない事なんて幾らでもある。それを、その時になって後悔しても遅い。
……俺は、その辛さをよく知っている」
大切な最愛の家族へ伝えられなかった言の葉を今も沢山抱え続けているクロムは、そう言った。
家族でも、恋人でも、仲間でも、友人でも。
永遠に傍に居る事は決して……それこそ神であっても叶わない、どんな形であっても別れは必ず来る。
そうやって伝える機会を逸した言葉は、もう永遠に相手に届く事は無い。何れだけ伝えたくても、何れ程大切な言葉で……想いであったのだとしても。
それ故に言葉は、想いは、伝えられる時を逃してはならない。
それを、クロムは良く知っていた。
だからこそ、ルキナとルフレを見ていられなかったのである。
そこにどんな事情があろうと殺し殺されようとした関係であった為、互いに冷静になる時間は必要ではあったのだろう。
だから、クロムも当初二人が互いを避ける様に行動していてもそこまで問題視はしていなかった。
だが、ルフレが明らかにルキナを避け、ルキナもルフレに会おうとしつつも尻込みしている様な状況を見て。
このまま拗れてはきっと二人の間に生涯に渡る蟠りが生まれてしまうと感じた。それを打破する為に、多少強引ではあるけれどもクロムはこうして二人を引き合わせたのであった。
謝るにしろ赦すにしろ或いは自らの胸の内を明かすにしろ、先ずは互いの顔を見て話す事から始めなければ何も進まない。
この荒治療の様な強引な手で、二人が互いに納得がいく形に納まるのかは分からないが、少なくともこのままズルズルと拗れていくよりはマシである。
大切な『愛娘』と、自らの『半身』である友。どちらもクロムにとって大切な存在であるからこその、『お節介』であった。
そして、クロムのその『お節介』の結果……。
クロムの言葉を聞いたルキナの目が、確かに変わった。
決意、或いは覚悟。
そう言った感情が灯った眼差しで、ルキナはルフレを見詰める。
一方、ルフレは変わらず静かな目でルキナを見詰め返していた。
だが『半身』であるクロムは、ルフレのその眼差しの中に、ルフレの心を縛り続けている『何か』の影を見付ける。
クロムではどうしてやる事も出来なかったその『何か』ではあるが、ルキナがやって来て……そして行動を共にする様になってからは、その『何か』は確実に変わっていった。
それが望ましい変化であるのかはクロムには分からない。
先日の件を見る限りでは、自己犠牲的な面は変わらないか寧ろ悪化しているのかもしれない。
だが、クロムには、その『何か』からルフレの心を解放するも、或いはより強固に縛り付けるも、それはルキナに鍵があるのではと思うのだ。共に戦う様になって、ルキナが大きく変わった様に、ルフレもまた変わっていっていたのだから。
「後は二人に任せるが……。
互いに言わなくてはならない事があるなら、全部言っておけよ。
想いは、言葉と行動にして初めて伝わるものだ。
どちらが欠けても正しくは伝わらず、それは何時かの未来で後悔になるからな」
そう言い残し、クロムは二人の為に用意した天幕を後にする。
心配が無い訳ではないがそれよりも二人を信じる事を決め、立ち聞きなどはしない上に天幕の近くからは人払いもしておいた。
だからこそ、クロムはその天幕の中でどんな話し合いが行われていたのかを知る由は無いのであった。
クロムが去り、再び静寂が満ちそうになる天幕の中で、先に沈黙を破ったのはルキナであった。
「ルフレさん、すみませんでした」
先ずはそう謝罪し、しっかりと頭を下げる。
それには、クロムの言葉を聞いている時も冷静そのものであったルフレも驚き慌てだす。
「え、いや、そんな事をしなくても……!
だってあれは僕が──」
「いいえ、ルフレさんの意思がどうであったとしても、私がやろうとしていた事も、そしてその罪の重さも変わりません。
だからこそ、謝らせて下さい。
赦しを乞う為ではなく、貴方と、ちゃんと向き合う為に」
そうまで言うと、ルフレもルキナが謝罪する事を拒否出来ないと悟ったのだろう。
ルキナが謝るその言葉を、ただ黙って聞いていた。
そして、ルキナは更にもっと謝らねばならぬ事を……。
元々、ルフレを殺すその為だけにルフレの傍に居ようとした事も明かし、謝った。
あの『未来』で、『クロム』を裏切り殺したのが『ルフレ』であったと最初から知っていた事。その為、『絶望の未来』を回避する為であると同時に復讐の為にその命を奪おうとしていた事。
しかし、ルフレの人柄を知り、あの『未来』での裏切りの真実を知った今では、もうルフレへの復讐心など無く、ルフレを殺そうと言う意思はもう欠片も無い事を、一つ一つルフレへと伝えた。
相槌を打つ事も無くただ黙ってルキナの言葉を聞き続けていたルフレであるが、ルキナが全てを伝え終えてからの僅かな沈黙の後に、漸く口を開いた。
「ルキナ……僕は、君が僕を殺そうとしていたのには、最初から気付いていたんだ」
思いもよらぬその言葉に、既に如何なる言葉をぶつけられる事も覚悟していた筈のルキナでも、思わず呆気に取られてしまった。
意味も、意図も。その何もかもが理解出来ない。
自分を殺そうとしていると分かっていたのなら、何故──
「一応僕も軍師として、人を見る目はちゃんとあるよ。
……ルキナは上手く殺意を隠していた方だったけど。
君と初めて出会った時……君が『マルス』の名を名乗っていた時から、君の殺意には気が付いていた。
クロムも多分、君が僕たちと一緒に戦う様になってから気が付いていたとは思う。
……それで、何度かクロムから心配されていたからね。
でも、僕にはそれで良かったんだ」
だって、と続けようとした所を、ルフレは急にその言葉を呑み込んだ。
そして一度迷う様な表情を浮かべるが、数秒ほどの沈黙の後に再び口を開いた。
「僕は、君に殺される為に、傍に居たんだから」
◇◇◇◇◇
結局の所、ルフレを殺さなくとも『運命』は変わった。
ルキナもクロムも知らぬ所で、ルフレは既に策を講じていて。
それが結果的にファウダーの企みを打ち破り、操られたルフレがクロムを殺すと言う……ルキナが知る『未来』を見事に変えた。
ルキナがルフレを殺そうと剣を向けた時には既に、ルフレは『運命』を変える為の策を実行に移していて。
それなのに、あの時あの瞬間、ルフレを自らの死を受け入れる所か、その命を自ら断とうとまでしていた。
何故? とは思うがその真意をルフレに問う事は出来なかった。
いや、そもそも。あの日からずっと、ルキナはルフレに話し掛ける事すら出来ていなかった。
ルキナが無意識に避けているのか、それともルフレの方からルキナを意図的に避けているのかは分からないけれど。
あれ程までに共に行動する事が多かったのに、不自然な程ルフレに出会う事すら無くて。
戦闘の際に遠目にその姿を確認出来た事は幾度もあったけれど、野営地に戻ったらすれ違う事すらも無くて。
今はとてもではないがルキナに関わっている暇など無いと言う事なのかもしれないけれど、ルフレと話す機会すら持てていない所為で、未だにあの日の事を謝る事すら出来ていなかった。
ルフレがクロムを殺すと言う『運命』は、確かに変わった。
しかし、ギムレーが甦ると言う『結果』は変えられなかった。
いや、細かく見てみれば、変わってはいる。
あの『未来』で、『ギムレー』として甦ったのは、……『ギムレー』へと成り果ててしまったのは、『ルフレ』であったのだから。
しかしこの世界のルフレはギムレーになってはいない。
この世界のギムレーとして甦ったのは、ルキナが居た『未来』からルキナと同様に時を遡ってやって来ていた『ギムレー』だったのだから。
時を超えた影響でその力の多くを喪った『ギムレー』は、再び力を取り戻し、この世界のギムレー──つまりはルフレと一つになる事で更なる力を得ようと画策していて。
その為に、『ギムレー』の知る『未来』をなぞる様に、この世界を動かしていた。
暗殺から救った筈のエメリナがそう時を置かずに死ぬ事になったのも、『ギムレー』の仕業であったのだ。
『絶望の未来』を変えようとするルキナと、『絶望の未来』へと進ませようとする『ギムレー』。
ルキナはそうとは知らぬ内に『ギムレー』と戦っていたのだ。
ルフレと一つになり更なる力を得る事を目的としていた『ギムレー』であったが、ルフレが『運命』を変えた事やギムレーと成り果てる事を頑なに拒絶した事を受けて、ギムレーの……ルフレの為に『竜の祭壇』に集められていた力を取り込んで、再びあの強大な竜の姿を取り戻してしまった。
今はまだ力を取り戻して間もないからか、その力を十全には奮えない様ではあるけれど。
そう遠くない内に力を完全に取り込んで、あの絶対的な暴威を奮うであろう事は想像に難くない。
そうなってしまえば、あの『絶望の未来』が訪れてしまう。
だから、何としてでもその前にナーガの『覚醒の儀』を遂げて、ファルシオンに千年前の初代聖王がギムレーを討つ為に奮った神竜の力を甦らせなければならない。
その『覚醒の儀』を行う為に、ルキナ達はイーリスの東にある『虹の降る山』を一路目指しているのであった。
その為に軍師としてルフレが日々忙殺されているのは容易に想像出来るし、ルキナとてルフレの邪魔をしたい訳ではない。
しかし、ルフレの事情を口実にして、ルフレと話し合う事から逃げているのではないか? とも思ってしまう。
例え死を受け入れ、あまつさえ自害すらしようとしたルフレではあるけれども。だからと言って、ルキナがルフレを殺そうとした事が許された訳ではない。
ルフレに合わせる顔が無い、と言うのもあるけれど、ルフレから拒絶されたら……と言う考えが、ルキナの行動を縛っていた。
現に、ルフレはまるでルキナを避けるかの様であって、それがよりルキナのその後ろ向きな考えを後押ししてしまう。
『虹の降る山』までは、そう遠くは無い。
何故だか、そこに辿り着くまでにルフレと話さなくてはならない気がする。その機会を逃してしまえば、もう二度とルフレと話す事は出来なくなる様な気がするのだ。
それは勘としか言い様の無い直感的な感覚ではあるのだけれど、だからこそ急き立てる様にルキナの胸を焦がしていた。
そして、そんなルキナを見かねたのだろう。
明日には『虹の降る山』の麓に辿り着けると言う所まで行軍した日の夜に、ルキナはクロムから呼び出しを受けた。
特に疑問を感じる事もなく呼び出された場所へと向かうと、そこにはクロムだけではなくルフレの姿もあって。
ルキナと目が合った途端に、ルフレは僅かに動揺した様にその指先をピクリと一度震わせた。
それを認めてしまったルキナの心にも動揺が走る。
やはりルフレに避けられていたのでは……ルフレに拒絶されているのでは、と。悪い想像は何処までも膨らむ一方で。
それでも何とかその場に踏み留まったのは、クロムがその場に居ると言う事もあったけれど、それ以上に、もしこの機を逃せばルフレと二度と話せなくなりそうな予感があったからだ。
ルフレはと言うと、ほんの少しの動揺を見せた後は、いっそ不自然な程に何時も通りの平静さを保っているが、ルフレが平静を装っているだけなのかどうかまではルキナには分からなかった。
暫し、どちらも何一つとして話さないと言う、そんな奇妙な沈黙の時間が流れる。
そんな二人を暫く黙って見ていたクロムだが、突如大きな溜め息を吐き、それにルキナが驚いた様に目を向けたのを合図として、漸くこの場に於ける初めての言葉を発した。
「お前達が何を考え何をしたいのか……俺は一々詮索はせん。
だが、ルキナもルフレも、お互いに掛けるべき言葉が、語るべき事があるなら、ちゃんとそれは行動に移せ。
話したい……伝えたいと思っても、それが永遠に叶わない事なんて幾らでもある。それを、その時になって後悔しても遅い。
……俺は、その辛さをよく知っている」
大切な最愛の家族へ伝えられなかった言の葉を今も沢山抱え続けているクロムは、そう言った。
家族でも、恋人でも、仲間でも、友人でも。
永遠に傍に居る事は決して……それこそ神であっても叶わない、どんな形であっても別れは必ず来る。
そうやって伝える機会を逸した言葉は、もう永遠に相手に届く事は無い。何れだけ伝えたくても、何れ程大切な言葉で……想いであったのだとしても。
それ故に言葉は、想いは、伝えられる時を逃してはならない。
それを、クロムは良く知っていた。
だからこそ、ルキナとルフレを見ていられなかったのである。
そこにどんな事情があろうと殺し殺されようとした関係であった為、互いに冷静になる時間は必要ではあったのだろう。
だから、クロムも当初二人が互いを避ける様に行動していてもそこまで問題視はしていなかった。
だが、ルフレが明らかにルキナを避け、ルキナもルフレに会おうとしつつも尻込みしている様な状況を見て。
このまま拗れてはきっと二人の間に生涯に渡る蟠りが生まれてしまうと感じた。それを打破する為に、多少強引ではあるけれどもクロムはこうして二人を引き合わせたのであった。
謝るにしろ赦すにしろ或いは自らの胸の内を明かすにしろ、先ずは互いの顔を見て話す事から始めなければ何も進まない。
この荒治療の様な強引な手で、二人が互いに納得がいく形に納まるのかは分からないが、少なくともこのままズルズルと拗れていくよりはマシである。
大切な『愛娘』と、自らの『半身』である友。どちらもクロムにとって大切な存在であるからこその、『お節介』であった。
そして、クロムのその『お節介』の結果……。
クロムの言葉を聞いたルキナの目が、確かに変わった。
決意、或いは覚悟。
そう言った感情が灯った眼差しで、ルキナはルフレを見詰める。
一方、ルフレは変わらず静かな目でルキナを見詰め返していた。
だが『半身』であるクロムは、ルフレのその眼差しの中に、ルフレの心を縛り続けている『何か』の影を見付ける。
クロムではどうしてやる事も出来なかったその『何か』ではあるが、ルキナがやって来て……そして行動を共にする様になってからは、その『何か』は確実に変わっていった。
それが望ましい変化であるのかはクロムには分からない。
先日の件を見る限りでは、自己犠牲的な面は変わらないか寧ろ悪化しているのかもしれない。
だが、クロムには、その『何か』からルフレの心を解放するも、或いはより強固に縛り付けるも、それはルキナに鍵があるのではと思うのだ。共に戦う様になって、ルキナが大きく変わった様に、ルフレもまた変わっていっていたのだから。
「後は二人に任せるが……。
互いに言わなくてはならない事があるなら、全部言っておけよ。
想いは、言葉と行動にして初めて伝わるものだ。
どちらが欠けても正しくは伝わらず、それは何時かの未来で後悔になるからな」
そう言い残し、クロムは二人の為に用意した天幕を後にする。
心配が無い訳ではないがそれよりも二人を信じる事を決め、立ち聞きなどはしない上に天幕の近くからは人払いもしておいた。
だからこそ、クロムはその天幕の中でどんな話し合いが行われていたのかを知る由は無いのであった。
クロムが去り、再び静寂が満ちそうになる天幕の中で、先に沈黙を破ったのはルキナであった。
「ルフレさん、すみませんでした」
先ずはそう謝罪し、しっかりと頭を下げる。
それには、クロムの言葉を聞いている時も冷静そのものであったルフレも驚き慌てだす。
「え、いや、そんな事をしなくても……!
だってあれは僕が──」
「いいえ、ルフレさんの意思がどうであったとしても、私がやろうとしていた事も、そしてその罪の重さも変わりません。
だからこそ、謝らせて下さい。
赦しを乞う為ではなく、貴方と、ちゃんと向き合う為に」
そうまで言うと、ルフレもルキナが謝罪する事を拒否出来ないと悟ったのだろう。
ルキナが謝るその言葉を、ただ黙って聞いていた。
そして、ルキナは更にもっと謝らねばならぬ事を……。
元々、ルフレを殺すその為だけにルフレの傍に居ようとした事も明かし、謝った。
あの『未来』で、『クロム』を裏切り殺したのが『ルフレ』であったと最初から知っていた事。その為、『絶望の未来』を回避する為であると同時に復讐の為にその命を奪おうとしていた事。
しかし、ルフレの人柄を知り、あの『未来』での裏切りの真実を知った今では、もうルフレへの復讐心など無く、ルフレを殺そうと言う意思はもう欠片も無い事を、一つ一つルフレへと伝えた。
相槌を打つ事も無くただ黙ってルキナの言葉を聞き続けていたルフレであるが、ルキナが全てを伝え終えてからの僅かな沈黙の後に、漸く口を開いた。
「ルキナ……僕は、君が僕を殺そうとしていたのには、最初から気付いていたんだ」
思いもよらぬその言葉に、既に如何なる言葉をぶつけられる事も覚悟していた筈のルキナでも、思わず呆気に取られてしまった。
意味も、意図も。その何もかもが理解出来ない。
自分を殺そうとしていると分かっていたのなら、何故──
「一応僕も軍師として、人を見る目はちゃんとあるよ。
……ルキナは上手く殺意を隠していた方だったけど。
君と初めて出会った時……君が『マルス』の名を名乗っていた時から、君の殺意には気が付いていた。
クロムも多分、君が僕たちと一緒に戦う様になってから気が付いていたとは思う。
……それで、何度かクロムから心配されていたからね。
でも、僕にはそれで良かったんだ」
だって、と続けようとした所を、ルフレは急にその言葉を呑み込んだ。
そして一度迷う様な表情を浮かべるが、数秒ほどの沈黙の後に再び口を開いた。
「僕は、君に殺される為に、傍に居たんだから」
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