遠く時の環の接する処で
◇◇◇◇◇
戦争が終わり、イーリスへと帰還して。
しかしそれで全てが終わったと言う訳ではなく、寧ろここからが運命の分水嶺となるのだ。
ギムレーの復活を阻止する為。
そして、それに対抗する為に『覚醒の儀』を行う為に。
ルキナ達は日夜情報収集に追われているのであった。
『覚醒の儀』に必要な『炎の紋章』。
それを構成する、『炎の台座』と五つの『宝玉』。
それらの内、台座と四つの宝玉はクロムの手にある。
『絶望の未来』へと至ってしまったかつてのあの『未来』では、ヴァルム帝国との戦争が終わった時点でイーリスには『台座』も『宝玉』も存在していなかった。イーリスに伝わっていた『炎の台座』と『白炎』は、聖王エメリナが暗殺された時に賊に奪われ。
この度フェリアに伝わっていた事が判明した『緋炎』も、ヴァルム大陸に伝わっていた『蒼炎』も『碧炎』も、戦争の混乱の最中に杳として行方が分からなくなっていたのだった。
今この瞬間に、あの『未来』では失われていたそれらがイーリスの手の内にある事が、『絶望の未来』への回避に何れ程意味がある事なのかは分からないが。
少なくとも悪い方へと進んでいるのではないのだと、信じたい。
しかし、残された最後の『宝玉』──『黒炎』。
その行方は、イーリスとフェリアが手を尽くしていても、未だに掴めないままであった。
運命の瞬間が近付きつつある事に焦りを感じつつも、ルキナが出来る事は剰りにも限られていた。
『黒炎』の行方を捜索するにしても、イーリスとフェリアが国を挙げて合同で行っている為、ルキナが出る幕は無い。
クロムの死や、ギムレーの復活。
そして、その後に訪れる『絶望の未来』。
伝えるべき事は既に全てクロムに伝えてしまっている。
『絶望の未来』を回避し世界を救うその瞬間まで、ルキナの使命は終わらないし戦いも終わらない。
使命を成し遂げる上でルフレの命を奪う必要があるのなら、ルキナは何があろうともそれを成し遂げなければならない。
世界と、ルフレ一人の命。
そのどちらが重いのかなど、秤に掛けるまでも無いだろう。
否、躊躇わずに選ばねばならないのだ。
あの『未来』を見捨て、既に一つの世界を見殺しにしたルキナには、そもそも『選ぶ』だなんて事が赦されている筈もない。
『過去』に飛び、本来有ってはならぬ『やり直し』をしてしまっている以上、何を犠牲にしても、何を対価としても、ルキナは必ず世界を救わなければならないのだから。
自分の命を捧げる必要があるのだとしても、ルキナはそれを迷わない、迷ってはならない。
仲間の命を奪う必要があるのだとしても、成し遂げなくてはならない。
ほんの僅かにでも天秤が揺れる事など、あってはならぬのだ。
……ルフレを殺せるのかは、その時が来なくては分からない。
それでも、その時が来てしまったら、きっと──
「何か思い詰めているのかい?」
突然に声を掛けられて、無意識にルキナの肩が僅かに跳ねた。
横を歩いていたルフレが自然な動作でルキナの顔を覗き込む様に見てきていて、思考が中断されて初めてそれに気が付いたルキナは思わず息を飲む。
少し気遣わしそうな目でルキナを見るルフレのその声音は、紛れもなく心底ルキナを気遣っていて。
直前に考えていた事が、そしてその迷いと後ろめたさが。
余計にルキナの心を責め立てる様に波立たせる。
ルフレに気遣われる資格など、ルキナには無いのに。
だが、それを止めてくれとも、言える訳もない。
「ここ最近、前よりも難しい顔をしている事が増えたよね。
『絶望の未来』の事かい?
……でもそれなら、ルキナが一人でそう思い詰めなくても大丈夫なんだよ?
ここには、クロムも居るし、皆も……僕だって居るんだから。
君一人で何もかもを背負わなくたって良いんだ。
世界を救うと言う『使命』があるのだとしても、ずっとそうやって張り詰めていたら、ルキナの心が先に壊れてしまうよ。
時にはゆっくりと心を休める事も、大切な事さ」
「……ですが、今この瞬間も、この世界はあの『未来』に近付いているのかもしれなくて。
それなのに、私は何も…………。
私には、何を置いても成し遂げなくてはならない『使命』があるのに……」
あなたを本当に殺せるのか、迷っているのだと。
そんな事を言える筈もなくて。ルキナは言葉を濁す様に答えた。
ヴァルムとの戦争が終わり、イーリスに帰った今、この先暫くは戦いになる事はない。
それでも、何故かルフレとルキナは何かと行動を共にする事が多かった。
何時か殺さなくてはならない相手であるとは言え、その一点を除けばルフレは本当に良い人で。
時の異邦人であり本来ならばこの世界に居るべきではない、居場所など存在しないルキナが、不自由をしない様に何かと心を砕いてくれている。
ルキナの事情を完璧に理解した上で、こうもそれを気遣ってくれるのは本当に有り難い事だった。
ルキナにとっても、ルフレは大切な仲間であり、何時しか失ってはならぬ人となっていた。
だからこそ余計に、ルフレを殺さなければならない事が、ルキナを苛んでしまう。
「そうか……。でも、そんな事は無いよ。
ルキナのお陰で、沢山の事が変わっている、変わった筈だ。
それは直接的には目に触れる形ではないのだとしても、確実に。
こうして僕と君が出会って共に戦っている事だって、君が諦めずに戦ってきた結果だろう? 大丈夫。
クロムも、僕も、この世界の未来を『絶望の未来』になんてさせやしない。
君が、こうして『過去』にまで渡ってきて戦い続けてきてくれたその結果を、無駄になんかしたりはしない、必ずこの世界の未来を繋げて見せるから。
でもそうやってチャンスを得る事が出来たのも、君がこうして戦ってきてくれたからだ。
それだけの事を既に成し遂げてくれているんだ。
君は、もう少しだけ自分の事を認めてあげるべきだと思うよ」
ルフレはそう言って、優しく微笑んだ。
……ルフレにそんな言葉を掛けてもらう資格なんてないのに。
それでも、その言葉がどうしても嬉しくて。
だからこそ、何処までも哀しく苦しく、心を切り付けられたかの様な痛みを感じてしまう。
「私は……」
だが、それ以上の言葉は続かず。どうしたら良いのか途方に暮れてしまったかの様に、その場に立ち竦んでしまう。
私は、どうだと言うのだろう。
こんなにも優しい人を殺して、そうまでして『未来』を変えようとしている。
未来の為、世界の為、使命の為。
そう、その為に『過去』にまでやって来た。
でも、もしその『大義』の為にクロムの──父の命を捧げなければならないとしたら、果たしてそれを許容出来るのだろうか?
それは……どれ程考えても、「否」としか言えなかった。
結局の所、ルキナは『世界』を大義名分として、ルフレの命を切り捨ててクロムを救う事を選ぼうとしているだけなのだ。
それを承知の上で、ルキナは『過去』へと来た筈だったのに。
ルフレが憎い仇のままならば、ルキナが憎悪し復讐するに値する様な存在であったのなら。
きっと、こうも悩む事は無かったのだろう。
例え誰に憎まれたのだとしても、父から赦されなくとも、それでもルキナは自分自身を、その行いを、肯定出来たのだろう。
でも、こうして出逢い繋がりを育み、そうして理解していったルフレと言う存在は、何処までも優しくて温かくて。
きっともう、ルフレを殺した事で世界を本当に救えたのだとしても、ルキナは一生涯自分を認める事も赦す事も出来ない。
それでも、ルキナはやらなくてはならないのだ。その先にあるのが、終わる事の無い後悔と懺悔の日々になるのだとしても。
黙ってしまったルキナを見て、ルフレは何処か「しょうがないなぁ……」とでも言いた気な、少し困った様な優しい顔をした。
その眼差しがあまりにも優しくて、だからこそ尚の事それを受け入れられない、受け入れてはならない。
何時か『その時』には、自分なんかに向けられたその優しさすらも、殺さなくてはならないのだから。
「あのね、ルキナ。君がどんな道を選んでも、君が自分の意志で決めた事ならば、僕はそれを肯定するよ。
例え、この世界の誰もがその選択を否定しても。
だって君は、何時だって悩んで苦しんで、足掻いてもがいて、絶望なんて生温い程の地獄を見てきて、それでも戦い続ける事を選んだ凄い人だ。誰よりも強い意志で、誰よりも真っ直ぐに『運命』に向かい合って勝とうとしている。
……でも、だからこそ。
君が背負うモノで、誰かと共に背負う事が出来るモノがあるのなら、それを僕にも背負わせて欲しい。
君が『過去』へ来た事を罪であると思うのなら、その罪を。
君が選んだ道の先で咎人になるのだとしたら、その咎を。
僕にも、背負わせて欲しい。……君が、背負ったモノの重さに押し潰されてしまわない様に、どうか」
「……どうして、そこまで……」
ルフレの言葉は余りにも優しくて、傷付き果て今も痛みと苦しみに悲鳴を上げるルキナの心をそっと包み込む様で。
だからこそ、ルキナには耐え難い、耐えられないのだ。
「どうして? ……それはね、ルキナ。
これは僕にとっては、罪滅ぼしの様なものなんだよ。
君の居た『未来』で、『僕』は皆を……クロム達を守れなかった。
世界を、君の未来も守れなかった。
『僕』は、守るべきものを何一つ守れなかったんだ。
『僕』は軍師として、皆を守り勝利へと導く為の存在なのに。
だから、全部『僕』の所為だ。
……それは僕じゃないだろうって? ……そうだね。
でも、それでも『僕』の責任だ。だからね、ルキナ。
君が世界を守る為に……使命を果たす為に負う罪も咎も、全部僕のモノでもある。
だから、そんなに苦しまなくても良いんだ。
罪も何もかも、君の手ではどうしようも無かった事は、全部僕に押し付けてしまえば良い。
それで君が自分を許してあげられるのなら、僕はそれで良い。
君は、誰よりも幸せになっても良いんだよ。
だからどうか、幸せになる事を、自分に許してあげてね」
ルフレは、何処までも優しくて。
それ故にその言葉は、ルキナの心を本当の意味で救う事は出来ず、余計にルキナを苛み傷付ける。
ルフレの優しさは、今のルキナには心を殺す猛毒の様ですらあった。
だが……離れなければより傷付くと分かっていて尚、ルキナはルフレの傍を離れる事は出来なかった。
殺さなくてはならない瞬間を見逃さない為であるのか、それとももっと違う理由であるからなのか。
それは、ルキナ自身にも、最早理解しようの無い事であったのだった。
最後の宝玉である『黒炎』の行方が判明したのは、それから少し経ってからの事であった。
◇◇◇◇◇
戦争が終わり、イーリスへと帰還して。
しかしそれで全てが終わったと言う訳ではなく、寧ろここからが運命の分水嶺となるのだ。
ギムレーの復活を阻止する為。
そして、それに対抗する為に『覚醒の儀』を行う為に。
ルキナ達は日夜情報収集に追われているのであった。
『覚醒の儀』に必要な『炎の紋章』。
それを構成する、『炎の台座』と五つの『宝玉』。
それらの内、台座と四つの宝玉はクロムの手にある。
『絶望の未来』へと至ってしまったかつてのあの『未来』では、ヴァルム帝国との戦争が終わった時点でイーリスには『台座』も『宝玉』も存在していなかった。イーリスに伝わっていた『炎の台座』と『白炎』は、聖王エメリナが暗殺された時に賊に奪われ。
この度フェリアに伝わっていた事が判明した『緋炎』も、ヴァルム大陸に伝わっていた『蒼炎』も『碧炎』も、戦争の混乱の最中に杳として行方が分からなくなっていたのだった。
今この瞬間に、あの『未来』では失われていたそれらがイーリスの手の内にある事が、『絶望の未来』への回避に何れ程意味がある事なのかは分からないが。
少なくとも悪い方へと進んでいるのではないのだと、信じたい。
しかし、残された最後の『宝玉』──『黒炎』。
その行方は、イーリスとフェリアが手を尽くしていても、未だに掴めないままであった。
運命の瞬間が近付きつつある事に焦りを感じつつも、ルキナが出来る事は剰りにも限られていた。
『黒炎』の行方を捜索するにしても、イーリスとフェリアが国を挙げて合同で行っている為、ルキナが出る幕は無い。
クロムの死や、ギムレーの復活。
そして、その後に訪れる『絶望の未来』。
伝えるべき事は既に全てクロムに伝えてしまっている。
『絶望の未来』を回避し世界を救うその瞬間まで、ルキナの使命は終わらないし戦いも終わらない。
使命を成し遂げる上でルフレの命を奪う必要があるのなら、ルキナは何があろうともそれを成し遂げなければならない。
世界と、ルフレ一人の命。
そのどちらが重いのかなど、秤に掛けるまでも無いだろう。
否、躊躇わずに選ばねばならないのだ。
あの『未来』を見捨て、既に一つの世界を見殺しにしたルキナには、そもそも『選ぶ』だなんて事が赦されている筈もない。
『過去』に飛び、本来有ってはならぬ『やり直し』をしてしまっている以上、何を犠牲にしても、何を対価としても、ルキナは必ず世界を救わなければならないのだから。
自分の命を捧げる必要があるのだとしても、ルキナはそれを迷わない、迷ってはならない。
仲間の命を奪う必要があるのだとしても、成し遂げなくてはならない。
ほんの僅かにでも天秤が揺れる事など、あってはならぬのだ。
……ルフレを殺せるのかは、その時が来なくては分からない。
それでも、その時が来てしまったら、きっと──
「何か思い詰めているのかい?」
突然に声を掛けられて、無意識にルキナの肩が僅かに跳ねた。
横を歩いていたルフレが自然な動作でルキナの顔を覗き込む様に見てきていて、思考が中断されて初めてそれに気が付いたルキナは思わず息を飲む。
少し気遣わしそうな目でルキナを見るルフレのその声音は、紛れもなく心底ルキナを気遣っていて。
直前に考えていた事が、そしてその迷いと後ろめたさが。
余計にルキナの心を責め立てる様に波立たせる。
ルフレに気遣われる資格など、ルキナには無いのに。
だが、それを止めてくれとも、言える訳もない。
「ここ最近、前よりも難しい顔をしている事が増えたよね。
『絶望の未来』の事かい?
……でもそれなら、ルキナが一人でそう思い詰めなくても大丈夫なんだよ?
ここには、クロムも居るし、皆も……僕だって居るんだから。
君一人で何もかもを背負わなくたって良いんだ。
世界を救うと言う『使命』があるのだとしても、ずっとそうやって張り詰めていたら、ルキナの心が先に壊れてしまうよ。
時にはゆっくりと心を休める事も、大切な事さ」
「……ですが、今この瞬間も、この世界はあの『未来』に近付いているのかもしれなくて。
それなのに、私は何も…………。
私には、何を置いても成し遂げなくてはならない『使命』があるのに……」
あなたを本当に殺せるのか、迷っているのだと。
そんな事を言える筈もなくて。ルキナは言葉を濁す様に答えた。
ヴァルムとの戦争が終わり、イーリスに帰った今、この先暫くは戦いになる事はない。
それでも、何故かルフレとルキナは何かと行動を共にする事が多かった。
何時か殺さなくてはならない相手であるとは言え、その一点を除けばルフレは本当に良い人で。
時の異邦人であり本来ならばこの世界に居るべきではない、居場所など存在しないルキナが、不自由をしない様に何かと心を砕いてくれている。
ルキナの事情を完璧に理解した上で、こうもそれを気遣ってくれるのは本当に有り難い事だった。
ルキナにとっても、ルフレは大切な仲間であり、何時しか失ってはならぬ人となっていた。
だからこそ余計に、ルフレを殺さなければならない事が、ルキナを苛んでしまう。
「そうか……。でも、そんな事は無いよ。
ルキナのお陰で、沢山の事が変わっている、変わった筈だ。
それは直接的には目に触れる形ではないのだとしても、確実に。
こうして僕と君が出会って共に戦っている事だって、君が諦めずに戦ってきた結果だろう? 大丈夫。
クロムも、僕も、この世界の未来を『絶望の未来』になんてさせやしない。
君が、こうして『過去』にまで渡ってきて戦い続けてきてくれたその結果を、無駄になんかしたりはしない、必ずこの世界の未来を繋げて見せるから。
でもそうやってチャンスを得る事が出来たのも、君がこうして戦ってきてくれたからだ。
それだけの事を既に成し遂げてくれているんだ。
君は、もう少しだけ自分の事を認めてあげるべきだと思うよ」
ルフレはそう言って、優しく微笑んだ。
……ルフレにそんな言葉を掛けてもらう資格なんてないのに。
それでも、その言葉がどうしても嬉しくて。
だからこそ、何処までも哀しく苦しく、心を切り付けられたかの様な痛みを感じてしまう。
「私は……」
だが、それ以上の言葉は続かず。どうしたら良いのか途方に暮れてしまったかの様に、その場に立ち竦んでしまう。
私は、どうだと言うのだろう。
こんなにも優しい人を殺して、そうまでして『未来』を変えようとしている。
未来の為、世界の為、使命の為。
そう、その為に『過去』にまでやって来た。
でも、もしその『大義』の為にクロムの──父の命を捧げなければならないとしたら、果たしてそれを許容出来るのだろうか?
それは……どれ程考えても、「否」としか言えなかった。
結局の所、ルキナは『世界』を大義名分として、ルフレの命を切り捨ててクロムを救う事を選ぼうとしているだけなのだ。
それを承知の上で、ルキナは『過去』へと来た筈だったのに。
ルフレが憎い仇のままならば、ルキナが憎悪し復讐するに値する様な存在であったのなら。
きっと、こうも悩む事は無かったのだろう。
例え誰に憎まれたのだとしても、父から赦されなくとも、それでもルキナは自分自身を、その行いを、肯定出来たのだろう。
でも、こうして出逢い繋がりを育み、そうして理解していったルフレと言う存在は、何処までも優しくて温かくて。
きっともう、ルフレを殺した事で世界を本当に救えたのだとしても、ルキナは一生涯自分を認める事も赦す事も出来ない。
それでも、ルキナはやらなくてはならないのだ。その先にあるのが、終わる事の無い後悔と懺悔の日々になるのだとしても。
黙ってしまったルキナを見て、ルフレは何処か「しょうがないなぁ……」とでも言いた気な、少し困った様な優しい顔をした。
その眼差しがあまりにも優しくて、だからこそ尚の事それを受け入れられない、受け入れてはならない。
何時か『その時』には、自分なんかに向けられたその優しさすらも、殺さなくてはならないのだから。
「あのね、ルキナ。君がどんな道を選んでも、君が自分の意志で決めた事ならば、僕はそれを肯定するよ。
例え、この世界の誰もがその選択を否定しても。
だって君は、何時だって悩んで苦しんで、足掻いてもがいて、絶望なんて生温い程の地獄を見てきて、それでも戦い続ける事を選んだ凄い人だ。誰よりも強い意志で、誰よりも真っ直ぐに『運命』に向かい合って勝とうとしている。
……でも、だからこそ。
君が背負うモノで、誰かと共に背負う事が出来るモノがあるのなら、それを僕にも背負わせて欲しい。
君が『過去』へ来た事を罪であると思うのなら、その罪を。
君が選んだ道の先で咎人になるのだとしたら、その咎を。
僕にも、背負わせて欲しい。……君が、背負ったモノの重さに押し潰されてしまわない様に、どうか」
「……どうして、そこまで……」
ルフレの言葉は余りにも優しくて、傷付き果て今も痛みと苦しみに悲鳴を上げるルキナの心をそっと包み込む様で。
だからこそ、ルキナには耐え難い、耐えられないのだ。
「どうして? ……それはね、ルキナ。
これは僕にとっては、罪滅ぼしの様なものなんだよ。
君の居た『未来』で、『僕』は皆を……クロム達を守れなかった。
世界を、君の未来も守れなかった。
『僕』は、守るべきものを何一つ守れなかったんだ。
『僕』は軍師として、皆を守り勝利へと導く為の存在なのに。
だから、全部『僕』の所為だ。
……それは僕じゃないだろうって? ……そうだね。
でも、それでも『僕』の責任だ。だからね、ルキナ。
君が世界を守る為に……使命を果たす為に負う罪も咎も、全部僕のモノでもある。
だから、そんなに苦しまなくても良いんだ。
罪も何もかも、君の手ではどうしようも無かった事は、全部僕に押し付けてしまえば良い。
それで君が自分を許してあげられるのなら、僕はそれで良い。
君は、誰よりも幸せになっても良いんだよ。
だからどうか、幸せになる事を、自分に許してあげてね」
ルフレは、何処までも優しくて。
それ故にその言葉は、ルキナの心を本当の意味で救う事は出来ず、余計にルキナを苛み傷付ける。
ルフレの優しさは、今のルキナには心を殺す猛毒の様ですらあった。
だが……離れなければより傷付くと分かっていて尚、ルキナはルフレの傍を離れる事は出来なかった。
殺さなくてはならない瞬間を見逃さない為であるのか、それとももっと違う理由であるからなのか。
それは、ルキナ自身にも、最早理解しようの無い事であったのだった。
最後の宝玉である『黒炎』の行方が判明したのは、それから少し経ってからの事であった。
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