それが絶望の胎動であるのだとしても
◆◆◆◆◆
荒涼たる大地を抜けて歩き続け漸く……いや、とうとう。
次なる目的地への目印が見えてくる。
それを目にしたルキナは、無意識の内にも身を強張らせつつ、背負われたまま眠るマークのマントのフードを深く被せ直した。
随分と人の手が入っていない事を訴えるかの様に劣化が激しいのが遠目にも分かる程の、いっそ倒壊していない事の方が不思議な程に至る所が崩落しているその廃墟は、かつて……と言ってもほんの数年前までは、ペレジアとイーリスの国境に設けられた関所として機能していた。
が、邪竜ギムレーが復活し、地に溢れ返った屍兵で各地が分断され孤立し急速に人々が滅びに瀕する中では国境など最早深い意味は持たず。
関所の跡地である廃墟は、ただ単にかつてはここに国境が引かれていた事を示す記念碑程度の役割しかないだろう。
ちょっとした切っ掛けで崩壊して瓦礫の山へと変わりそうなその廃墟に態々足を踏み入れる人は無く。
関所に残されていた物資の類いはとうの昔に根刮ぎ奪われている為に、野盗の類いが狙うモノも既に無いだろう。
人が居ないが故に廃墟が屍兵に襲われる様な事は無く、だからこそこれ以上破壊される様な事もない。
自然のままに何時か完全に崩壊するその日まで、人間が確かに文明を築いていた名残の様に……命有るモノが悉く絶えた世界に、この廃墟は取り残されるのかも知れない。
だからだろうか?
物言わぬ筈の見上げた先に在る廃墟が何処か物悲しさを漂わせている様に、ルキナには感じてしまうのは。
ここを越えれば、イーリス聖王国である。
邪竜が復活し、人々の生存圏が日に日に減っていく中では、幾ら神竜ナーガの加護があるイーリス聖王国であっても、王都や聖地である『虹の降る山』から外れた……特にペレジアに隣接したかつての国境沿いの地域などは最早『死』の世界と化したペレジア国内の状況と大差無いのかも知れないが。
だがそれならば、『故郷』に対して薄情な事かも知れなくとも、却って今のルキナにとっては都合が良かった。
イーリス王家やナーガ教の影響力が薄ければ薄い程、今のルキナ達にとっては安全な土地と言えるのだから。
イーリスには二度と戻る事は無いと心に決めていた筈のルキナがこうして辺境の地とは言えイーリスの国土に足を踏み入れようとしているのには、止むに止まれぬ事情があった。
ルキナがギムレーの虜囚の身から逃れて凡そ一年が経った今となっては、最早人が住む事が出来る土地はこの大陸の中ではイーリスにしか残されていないからである。
ペレジア国内にはギムレーに隷属するのと引き換えに荒れ果てた土地で細々と生きる事を彼の邪竜から赦されたほんの僅かな人々しか残されておらず、雪と氷に閉ざされたフェリアは東西の王都などの極限られた街にしか最早人々は残されておらずその僅かな人々も溶ける事の無い雪と氷に閉じ込められ孤立したまま次々と死に絶えていっているらしい。
ギムレーの息がかかった者達の街に足を踏み入れる訳にはいかず、雪と氷に閉ざされたフェリアへは立ち入る術が無い。
この大陸の外へと思った処で、外洋に出る為の大型船が尽く破壊され、港も既に維持出来ない状態になっているが故にヴァルム大陸などの他の大陸へと渡る事も出来ない。
……尤も、今のヴァルム大陸の状況がこの大陸よりマシなのかどうかは、ルキナには分からない事ではあるが。
何にせよ、最早イーリスに向かうしかルキナ達には残された道は無いのだ。
苦渋の決断ではあったが、このままマーク共々飢え死にする訳にもいかない。
人目を極力避けつつ辺境を転々とするならばまだマークが危険な目に遭う事も無いだろう、とルキナはイーリスへと足を踏み入れたのだった。
◇◇◇◇◇
荒涼たる大地を抜けて歩き続け漸く……いや、とうとう。
次なる目的地への目印が見えてくる。
それを目にしたルキナは、無意識の内にも身を強張らせつつ、背負われたまま眠るマークのマントのフードを深く被せ直した。
随分と人の手が入っていない事を訴えるかの様に劣化が激しいのが遠目にも分かる程の、いっそ倒壊していない事の方が不思議な程に至る所が崩落しているその廃墟は、かつて……と言ってもほんの数年前までは、ペレジアとイーリスの国境に設けられた関所として機能していた。
が、邪竜ギムレーが復活し、地に溢れ返った屍兵で各地が分断され孤立し急速に人々が滅びに瀕する中では国境など最早深い意味は持たず。
関所の跡地である廃墟は、ただ単にかつてはここに国境が引かれていた事を示す記念碑程度の役割しかないだろう。
ちょっとした切っ掛けで崩壊して瓦礫の山へと変わりそうなその廃墟に態々足を踏み入れる人は無く。
関所に残されていた物資の類いはとうの昔に根刮ぎ奪われている為に、野盗の類いが狙うモノも既に無いだろう。
人が居ないが故に廃墟が屍兵に襲われる様な事は無く、だからこそこれ以上破壊される様な事もない。
自然のままに何時か完全に崩壊するその日まで、人間が確かに文明を築いていた名残の様に……命有るモノが悉く絶えた世界に、この廃墟は取り残されるのかも知れない。
だからだろうか?
物言わぬ筈の見上げた先に在る廃墟が何処か物悲しさを漂わせている様に、ルキナには感じてしまうのは。
ここを越えれば、イーリス聖王国である。
邪竜が復活し、人々の生存圏が日に日に減っていく中では、幾ら神竜ナーガの加護があるイーリス聖王国であっても、王都や聖地である『虹の降る山』から外れた……特にペレジアに隣接したかつての国境沿いの地域などは最早『死』の世界と化したペレジア国内の状況と大差無いのかも知れないが。
だがそれならば、『故郷』に対して薄情な事かも知れなくとも、却って今のルキナにとっては都合が良かった。
イーリス王家やナーガ教の影響力が薄ければ薄い程、今のルキナ達にとっては安全な土地と言えるのだから。
イーリスには二度と戻る事は無いと心に決めていた筈のルキナがこうして辺境の地とは言えイーリスの国土に足を踏み入れようとしているのには、止むに止まれぬ事情があった。
ルキナがギムレーの虜囚の身から逃れて凡そ一年が経った今となっては、最早人が住む事が出来る土地はこの大陸の中ではイーリスにしか残されていないからである。
ペレジア国内にはギムレーに隷属するのと引き換えに荒れ果てた土地で細々と生きる事を彼の邪竜から赦されたほんの僅かな人々しか残されておらず、雪と氷に閉ざされたフェリアは東西の王都などの極限られた街にしか最早人々は残されておらずその僅かな人々も溶ける事の無い雪と氷に閉じ込められ孤立したまま次々と死に絶えていっているらしい。
ギムレーの息がかかった者達の街に足を踏み入れる訳にはいかず、雪と氷に閉ざされたフェリアへは立ち入る術が無い。
この大陸の外へと思った処で、外洋に出る為の大型船が尽く破壊され、港も既に維持出来ない状態になっているが故にヴァルム大陸などの他の大陸へと渡る事も出来ない。
……尤も、今のヴァルム大陸の状況がこの大陸よりマシなのかどうかは、ルキナには分からない事ではあるが。
何にせよ、最早イーリスに向かうしかルキナ達には残された道は無いのだ。
苦渋の決断ではあったが、このままマーク共々飢え死にする訳にもいかない。
人目を極力避けつつ辺境を転々とするならばまだマークが危険な目に遭う事も無いだろう、とルキナはイーリスへと足を踏み入れたのだった。
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