愛を知らぬ怪物なれど
◆◆◆◆◆
ルキナは物思いに沈む内に、ふとうたた寝をしてしまっていた様で、気が付けばマークの姿が近くになかった。
この城の中に、マークを傷付けようとする者は居ない事は知っているけれども。
それでも、『もしも』と言う不安は尽きない。
……外の世界での経験は、ルキナから安易な信頼と言うものを根刮ぎ奪い取り、そして根深い不安を植え付けていた。
だから、ルキナはマークの姿を探して城の中を彷徨う。
すると程無くして、城の中庭にマークの姿と、そしてその傍に居るギムレーの姿を見付けた。
思わず、一瞬最悪の想像に胸が押し潰されかけたけれども、よくよく見てみればギムレーがマークを傷付けようとしている訳ではなさそうで。
二人の声は聞こえぬ程の遠目から見ても、決して緊迫した雰囲気の様なものは無さそうであった。
故に、少しだけ何をしているのか観察していると。
どうやらマークはパタパタとその翼を必死に動かしている。
だが、ギムレーはそれに首を横に振って、何事かを言った。
そして、お手本を見せるかの様に。
その翼をゆるりと動かしてふわりと浮いた。
すると、それを見たマークは益々必死になって翼を動かしているが、その身体は微動だにしなくて。
終には疲れたのか、マークはその場にへたりこんだ。
そんなマークの頭を、ギムレーは優しく撫でていた。
ルキナの位置では何と言っているのかは分からないが。
マークを見る、ギムレーのその表情は。
世界を滅ぼす邪竜のモノとは思えない程に穏やかなもので。
優しく、柔らかなものであった。
……そこにルフレの欠片を見たルキナは、息を詰まらせる様にして静かに涙を零した。
ギムレーに元より『愛』なんて無く、そしてまたルキナも『愛』を向ける事は無い。
ギムレーとルキナは、互いに『愛』なんて最初から存在しない関係性ではあるけれども。それでも。
ギムレーがマークに向けるその眼差しを、そこに宿る想いを、親から子への『愛』と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。
ルキナもまた、ギムレーが見せたそれ以上の『愛』を持った眼差しでマークを見詰めている自覚はあるのだ。
そしてルキナのそこには我が子への『愛』が確実にある。
ならばギムレーもまた、と思う。
……だが、そんな感情をギムレーが持っていたからと言って、最早どうにもならない。
万が一ギムレーが『愛を知る怪物』であるのだとしても。
『マーク』と過ごす中で、ギムレーが少しずつでも『愛』を獲得していていようとも。
ギムレーが世界を滅ぼす事には、何一つ変わらないのだ。
邪竜が『愛』を知ろうが、この世界には何の意味も無い。
そして、邪竜からルキナが受けた仕打ちも変わらない。
今更『愛』なんて囁かれたとしても、もうルキナの心には『ルフレ』ではない邪竜の言葉など響きもしない。
『愛』が有ろうと無かろうと、変えられないものなのだ。
……ただそれでも、マークにとっては、母親であるルキナからの『愛』ではなく、『父親』であるギムレーからも『愛』を与えられ、それを感じられる事には、きっと意味はある筈だ。
この絶望すら果て行く世界でも、ただマークが『幸い』で在るのならばもうそれ以上は何も望まない。
ルキナの、暖かな絶望の闇が、『愛』を知らぬ怪物に成り果てない事だけを、今のルキナは願っていた。
……故に。この歪な『家族』の在り方が、マークにとって少しでも『幸い』なものであれば良いと。
ルキナはそう思って、その場を静かに離れたのであった。
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ルキナは物思いに沈む内に、ふとうたた寝をしてしまっていた様で、気が付けばマークの姿が近くになかった。
この城の中に、マークを傷付けようとする者は居ない事は知っているけれども。
それでも、『もしも』と言う不安は尽きない。
……外の世界での経験は、ルキナから安易な信頼と言うものを根刮ぎ奪い取り、そして根深い不安を植え付けていた。
だから、ルキナはマークの姿を探して城の中を彷徨う。
すると程無くして、城の中庭にマークの姿と、そしてその傍に居るギムレーの姿を見付けた。
思わず、一瞬最悪の想像に胸が押し潰されかけたけれども、よくよく見てみればギムレーがマークを傷付けようとしている訳ではなさそうで。
二人の声は聞こえぬ程の遠目から見ても、決して緊迫した雰囲気の様なものは無さそうであった。
故に、少しだけ何をしているのか観察していると。
どうやらマークはパタパタとその翼を必死に動かしている。
だが、ギムレーはそれに首を横に振って、何事かを言った。
そして、お手本を見せるかの様に。
その翼をゆるりと動かしてふわりと浮いた。
すると、それを見たマークは益々必死になって翼を動かしているが、その身体は微動だにしなくて。
終には疲れたのか、マークはその場にへたりこんだ。
そんなマークの頭を、ギムレーは優しく撫でていた。
ルキナの位置では何と言っているのかは分からないが。
マークを見る、ギムレーのその表情は。
世界を滅ぼす邪竜のモノとは思えない程に穏やかなもので。
優しく、柔らかなものであった。
……そこにルフレの欠片を見たルキナは、息を詰まらせる様にして静かに涙を零した。
ギムレーに元より『愛』なんて無く、そしてまたルキナも『愛』を向ける事は無い。
ギムレーとルキナは、互いに『愛』なんて最初から存在しない関係性ではあるけれども。それでも。
ギムレーがマークに向けるその眼差しを、そこに宿る想いを、親から子への『愛』と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。
ルキナもまた、ギムレーが見せたそれ以上の『愛』を持った眼差しでマークを見詰めている自覚はあるのだ。
そしてルキナのそこには我が子への『愛』が確実にある。
ならばギムレーもまた、と思う。
……だが、そんな感情をギムレーが持っていたからと言って、最早どうにもならない。
万が一ギムレーが『愛を知る怪物』であるのだとしても。
『マーク』と過ごす中で、ギムレーが少しずつでも『愛』を獲得していていようとも。
ギムレーが世界を滅ぼす事には、何一つ変わらないのだ。
邪竜が『愛』を知ろうが、この世界には何の意味も無い。
そして、邪竜からルキナが受けた仕打ちも変わらない。
今更『愛』なんて囁かれたとしても、もうルキナの心には『ルフレ』ではない邪竜の言葉など響きもしない。
『愛』が有ろうと無かろうと、変えられないものなのだ。
……ただそれでも、マークにとっては、母親であるルキナからの『愛』ではなく、『父親』であるギムレーからも『愛』を与えられ、それを感じられる事には、きっと意味はある筈だ。
この絶望すら果て行く世界でも、ただマークが『幸い』で在るのならばもうそれ以上は何も望まない。
ルキナの、暖かな絶望の闇が、『愛』を知らぬ怪物に成り果てない事だけを、今のルキナは願っていた。
……故に。この歪な『家族』の在り方が、マークにとって少しでも『幸い』なものであれば良いと。
ルキナはそう思って、その場を静かに離れたのであった。
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