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愛を知らぬ怪物なれど

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 突然村人達に襲われて、恐ろしくて震える内に何時の間にか眠ってしまっていたマークが目覚めた時には。
 気が付けば今まで見た事も無い様な、物凄く立派な『お城』にマーク達は居て。今日からここがマーク達の家だと言われ。
 更には、覚えも無い『おとうさん』が現れたマークは、酷く混乱したし、恐ろしくてずっとルキナにしがみついていた。
 そして、周囲を警戒するあまり、マークは唯一信頼出来る最愛の『おかあさん』であるルキナの傍から片時も離れなかった。
 それには、城に来る直前の恐ろしい出来事も大いに関係しているし、そしてそれ以上に。この城に来た時から『おかあさん』の表情が暗く何かを強く思い詰めたモノになっていて。
 そしてそれはこの城の主であると言う『おとうさん』の前で特に顕著になっていたからである。

 マークは年の頃を考えると他の子供達よりも遥かに聡明で、そして子供特有の洞察力もあった。
 だからこそ、『おかあさん』にとってこの『おとうさん』は歓迎出来ない存在なのだろうと無意識ながらに見抜いていた。
 しかし、四六時中ルキナの傍を離れない、と言う訳にもいかなくて。時折マークはルキナの傍を離れて城を見て回っていた。
 万が一この城から逃げ出さなくてはならなくなった時に、その逃げ出す為のルートを把握しておく為である。
『人間』から隠れての放浪生活の中で身に付いた習慣だった。

 そして今日も、うたた寝している『おかあさん』の傍を離れたマークは、独り冒険に出かけた。
 この城の中では、マークの姿を隠す必要は無いらしく、角も翼も出したままである。
 時折遠目に姿が見える人々も、マークの姿を見ても何も言わない。彼等は『おとうさん』の「しようにん」であるらしい。
 その意味は幼いマークには良くは分からなかったが、どうやらマーク達に悪意は無い事だけは確かなのだろう。
 だけれども、大好きな『おかあさん』を悩ませる『おとうさん』の関係者である以上マークが彼等に気を許す事は無かった。

 マークは、とことこと歩いて城のあちこちを探検し、そして初めて見かける大きな扉の付いた部屋に辿り着き、慎重にそこをそっと扉を押し開いてみようとすると、重い扉はゆっくりと開いていく。どうやら鍵は掛かっていなかったらしい。
 一体何の部屋なのだろうと、中を覗くと。
 そこにはマークには数えきれない程の本が所狭しと沢山の棚に並べられている場所だった。
 本なんて高価なモノ、マークは今まで数回しか見た事が無かったしそれもかなり粗末なモノで。此処に在る様な「立派な」本は、まさに生まれて初めて見るモノであった。
 それがこんなにも大量に存在するなんて、マークにとってはまさに理解を越えた場所である。

 城に元々在った図書室に、部屋の用途は知らぬままに本に誘われる様に入り込んだマークはきょろきょろと辺りを見回す。
 どうにも、マークにはまだ読めぬ字で何やら難しそうな事が沢山書いてある本ばかりである。
 試しに近くにあった本を手に取って見ても、何が書いてあるのか全く分からずちんぷんかんぷんになった。
 何か自分が見ても面白そうなものはないかとよく見回していると、マークの背ではどう頑張っても届かない位置に、可愛らしい絵が表紙に付いた本があるのを見付けた。
 あれならもしかして読めるのではないかと思って一生懸命背伸びしながら手を伸ばしてみるが、全く届かなくて。
 もしかしたらちょっと浮けないだろうかと思って翼をパタパタと羽ばたかせるも、マークの足は床から少しも離れなかった。


「うぅ……もうちょっと……」


「……何だ、これが読みたいのか?」


 諦め悪くマークが本を手に取ろうと、手を伸ばしていると。
 マークの後ろから伸びてきた手が、あっさり本を手に取った。
 驚いて後ろに振り返ると。そこに居たのは。
 あの、マークの『おとうさん』であった。
 気配も無く背後に居た事に驚いたマークが固まっていると。


「さっきのは……飛ぼうとしていたのか? その翼で」


 と、『おとうさん』は不思議そうな顔をする。
 かつての苦い経験から、この城が姿を隠さなくても良い場所であった事も忘れて、反射的に翼を手で隠そうとしたマークに。
『おとうさん』は小さく溜息を吐いて。
 その次の瞬間にはその背中にはマークと同じ様な……だけれどもそれ以上にもっと大きくて立派な翼が広がっていて。
 そしてその頭にはマークと同じく角が現れていた。
 尤も、こちらもマークのそれとは比べ物にならない程大きく立派なモノであるのだけれども。


「一々隠さなくていい。僕は君と同じだ。
 僕は君の父親なんだからね」


 嘘だと思うのなら、とそう言った『おとうさん』はその翼をふわりと動かして浮いた。
 飛ぶと言う感じよりは浮いているの方が近いけれども、確かにその身体は床から大分離れている。
 驚いたマークは、思わず目の前に居るのが大好きな『おかあさん』を苦しめているのだろう『おとうさん』である事も忘れて、思わず身を乗り出した。


「すごい! とんでる! マークも! マークもとべる?」


 翼をパタパタと羽ばたかせながらマークがそう言うと。


「飛べるだろうね。少し練習は必要だろうけど」

「ほんと!? マークもとびたい!」


 空をこの翼で飛べるかもしれない、と言うその衝撃は、用心深いマークの心から『おとうさん』への警戒心を吹き飛ばしてしまう程のものであった。
 もし自由に空を飛べたら、『おかあさん』が恐い『人間』達に酷い事をされそうになった時は一緒に空に逃げられるのに、と何度も考えてきたし、そんな事も出来ないのに厄介事のタネにはなる翼を、マーク自身時折疎ましく思っていたのだ。
 だが、この翼に空を飛ぶ力があるのなら話は別である。


「とびかた、マークにおしえて!」

「教える? この僕が……? 
 ……まあ良いだろう、確かにそれを教えてあげられるのは僕だけだろうからね……。
 なら、ここは手狭だし少し場所を移そうか……。
 あと、この本はどうするんだい?」

「あとでおかーさんによんでもらうから、ちょうだい!」


 マークが差し出した手に、『おとうさん』は少しだけその表情を柔らかくして、手にしていた本を渡す。
 そして、『おとうさん』は、優しくマークの手を引いて図書室を後にしたのであった。




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