もう夜明けは訪れない
◆◆◆◆◆
これは自分への罰なのだろうか、と。
終わりのない絶望の中、二度と明けぬ悔悟の闇の中で、ルキナは独り何もかもを喪った心を抱えて、そう考える。
かつて……仲間達と共に『絶望の未来』で終わりの見えない戦いに身を投じていた時にすら存在した、心を支える為の縁はもう既に無く……。
『絶望の未来』を変える為に、神の力を借りて過去へと跳躍したその時に、罪悪感と無力感と使命感の他に確かに存在した、淡い淡い『希望』ですら……最早この心には残されていない。
この心に残っているのは、何処までも続く絶望と後悔だけ。
そして、自分の全てを……文字通り、身も心もそして自分に繋がる全てを、奪い汚し貶めた、この世の何よりも憎い存在への、深く昏い憎悪と怒りだけであった。
邪竜に囚われたルキナは、純潔も愛する人との思い出も、その何もかもを汚された。
邪竜は、ルキナが守らねばならなかった筈のこの世界の『希望』たる父クロムを殺したばかりか。
……この世界にとっては『異物』でしかない筈のルキナが、それを想う罪を知りながらも……それでも惹かれ、心から互いに愛し合った、唯一の愛しい人の全てを喰らった。
そして、ルキナが愛した男の顔で、最早別の存在がそれを模倣しているだけと知りながらも愛しいと感じてしまう声で。
ルキナを捕らえその居城に幽閉した邪竜は、その日からルキナを幾度となく犯し続けていた。
心から憎悪し、何があっても赦す事の出来ぬ怨敵である邪竜に身を弄ばれるなど……愛しい人にすらまだ捧げられていなかった純潔を汚されるなど。
ルキナにとっては到底耐え難い屈辱と暴虐であり、この世の全てに絶望するに値する地獄であり……。
汚されたこの身もそして汚した邪竜も、等しく地獄の業火の中で骨すら遺さずに焼き滅ぼしてしまいたい程の苦痛であった。
……だが、何れ程ルキナが憎悪しても、決して身を赦してなるものかと全力で抵抗しても、それが叶う事は無かった。
かつて『絶望の未来』では『最後の希望』だなんだと人々から担ぎ上げられていたにせよ、所詮ルキナは神剣を振るう事の出来る「人間」でしかなく。その神剣すら奪われ、逃げ出せぬ様にと縛められた今はただの無力な小娘に過ぎぬルキナと。
かつてルキナ達が居た「未来」で暴虐の限りを尽くし命ある者全てを等しく滅ぼし世界を平らかにし、そして時を渡ってやって来たこの世界に居た自分自身を呑み込む事で更なる力を得た強大無比なる邪竜とでは、そもそも勝負にすらならない。
邪竜の溜息一つで人間など跡形も無く消し飛ばされてしまうし、その指先一つで街が根刮ぎ消えるのだ。
小さな一匹の蟻が靴に咬み付いてきたところで人間はそれを気に留める事などしないし、そもそも何十匹もの蟻を踏み潰していようと気付かぬ事が殆どであろう。
……邪竜とルキナの間に在る、存在の……その力の格差とは、それ程までに絶望的なものであった。
ルキナが何を考えていようが、どれ程抵抗しようが。
邪竜は指先一つでその意志も抵抗も何もかも磨り潰してしまえる、それどころか人間の心を操る事すら邪竜には容易い。
その気になれば、邪竜はルキナを従順な性奴隷に変え自ら悦んで股を開く様な淫らなケダモノに堕としてしまえる。
だが、少なくとも邪竜は、ルキナの純潔を奪いその身も心も蹂躙しながらも、そうやってルキナの心をその力で無理矢理に造り変えて壊そうとはするつもりはなさそうであった。
だがそれは、邪竜に慈悲の心が在ると言う訳ではない。
そんなモノが、邪竜の心に在る筈は無い。
あれは、命を憎悪し、繋がりを唾棄し、愛や絆と言った人間のそれを貶め辱める事を悦び、人々が絶望の中で死に行く姿だけを望み続ける……存在そのものが『命』在るモノとしては破綻しきった、狂い果てたケダモノだ。
ルキナの心をそう言った方法で壊さないのは、ルキナが全てに絶望しながらも無意味と知りつつも足掻くその姿を嗤う為だ。
ルキナの事は、何時でも壊せる玩具としか見ていない。
ルキナがそうして抗う事こそが、邪竜にとっては最高の娯楽なのだろう……。その為に、邪竜はルキナを『飼って』いた。
この無限に続く地獄に、果たして終わりは来るのだろうか、終わらせられる者はこの世に存在しているのだろうか。
いっそ死んでしまいたいと、何度思った事だろう。
自ら命を絶つと言う事は酷く恐ろしい事ではあるのだけれど、だがこの状況では余りにも甘美な「救い」に思える。
しかし……ルキナは自害する事すら最早叶わなかった。
邪竜は、ルキナ自身を傷付けるありとあらゆる手段を、ルキナから奪い去った。舌を咬んで自害しようとしても直ぐ様何事も無かったかの様に治療されてしまう。
死ぬ事も出来ず、だが唯一残された『矜持』の為に自ら狂い果て壊れてしまう事も出来ず……。
故に、ルキナのこの生き地獄に終わりは無い。
死ねず、かと言って今の状態を「生きている」と呼べるのかは分からない……生ける屍の様な日々。
何の『希望』も無い、心の支えすらも無い、そんな時間の中がこの先永遠に……ルキナが死ぬまで続くのだろうか。
そもそも、今の自分は、その時が来たとしても、果たして邪竜に「死なせて」貰えるのだろうか……?
それは想像するだけでも恐ろしいが……邪竜によって生きながらに『屍兵』に変えられて、永遠に呪われたままこの世にその魂を縛り付けられ続けるのではないかとすら考えてしまう。
……少なくとも、その考えを否定出来ない程の恐ろしい執着を、邪竜はルキナに向けていた。
そんな中で、ただ耐えると言う事は何にも勝る拷問であった。
耐えた所で、この日々に終わりなんて何処にも見えないのに。
「父」も……そして最愛の人であるルフレすら喪ったこの世界に、ルキナを助けに来てくれる者など誰も居やしないのに、
この世界の何処にも『希望』なんて在りはしないのに。
それなのに、何故。ルキナは耐えようとしてしまうのだろう。
それは、ルキナの……かつては『最後の希望』として邪竜を討つべく対峙したものとしての『矜持』故なのか、或いはこの胸に今も尚忘れる事も出来ず刻まれている『使命』故なのか。
……だが、それが果たして一体何になると言うのだろうか。
……ルキナには『使命』があり、それを果たす為に時を越えて迄この世界に存在しているのだけれども……それが果たされる可能性は、既に無い。この世界は、もう誰にも救えない。
邪竜を討てる者が、最早誰も居ないのだ。
「クロム」は既に殺され、こうしてルキナは邪竜の虜囚の身となり……この世界の本来の「ルキナ」はまだ乳飲み子で。
「彼女」が剣を手にそれを振るえる年頃になるまでに少なくとも十数年は掛かるが、それ程の時間の猶予は最早この世界に残されてはいない。
かつての、あの『絶望の未来』ですら、邪竜が復活してからはほんの数年程度しか人々の世は持ちこたえられなかったのだ。
それが……かつてよりも更に強大になった邪竜を相手にどうなるのかなど、最早一々考えるまでも無い。
もう間もなく、この世界は終わる。それが二年後三年後の事になろうとも、間違いなく十年など持ちはしない。
この世界を救う術など何処にも無い。
救える者も、もう存在しないに等しい。
全ての運命の歯車が狂った未来へと噛み合ってしまった「あの日」、仲間達は全員邪竜に殺されてしまっただろう。
あの混乱と破壊の中で生き延びられた者が居るとは思えない。
ならば、この邪竜の居城にルキナを救いに来る者など存在しないし、それどころかこうしてルキナが邪竜に囚われている事すら知る人など居はしないのだろう……。
それでも、存在する筈も無い『もしも』の為に。
或いは世界を救えるかもしれない、有りもしない可能性の為。
こうして、正気を保ち続けてしまっているのだろうか。
だとすれば、それは。
そして。そうしてルキナが独り苦しみ続けるその様は。
邪竜にとっては何よりも愉しい娯楽なのだろう。
今の自分は邪竜を喜ばせる糧でしかない。
身を弄ばれ心をも犯されて。それでも壊れまいと足掻く玩具。
……それが分かっていても、ルキナに出来る事は何もない。
ルキナは絶望の中で静かに涙を流しながら、邪竜に犯され弄ばれた己の身体を抱き締める様にして、眠りに就く。
どうせ目覚めた所で『希望』なんて無いのだから、このまま永遠に眠れればと思うけれど、それも叶わないのだろう。
だからこそせめて。愛しい人の姿を夢に描き眠るのだった。
◇◇◇◇◇
これは自分への罰なのだろうか、と。
終わりのない絶望の中、二度と明けぬ悔悟の闇の中で、ルキナは独り何もかもを喪った心を抱えて、そう考える。
かつて……仲間達と共に『絶望の未来』で終わりの見えない戦いに身を投じていた時にすら存在した、心を支える為の縁はもう既に無く……。
『絶望の未来』を変える為に、神の力を借りて過去へと跳躍したその時に、罪悪感と無力感と使命感の他に確かに存在した、淡い淡い『希望』ですら……最早この心には残されていない。
この心に残っているのは、何処までも続く絶望と後悔だけ。
そして、自分の全てを……文字通り、身も心もそして自分に繋がる全てを、奪い汚し貶めた、この世の何よりも憎い存在への、深く昏い憎悪と怒りだけであった。
邪竜に囚われたルキナは、純潔も愛する人との思い出も、その何もかもを汚された。
邪竜は、ルキナが守らねばならなかった筈のこの世界の『希望』たる父クロムを殺したばかりか。
……この世界にとっては『異物』でしかない筈のルキナが、それを想う罪を知りながらも……それでも惹かれ、心から互いに愛し合った、唯一の愛しい人の全てを喰らった。
そして、ルキナが愛した男の顔で、最早別の存在がそれを模倣しているだけと知りながらも愛しいと感じてしまう声で。
ルキナを捕らえその居城に幽閉した邪竜は、その日からルキナを幾度となく犯し続けていた。
心から憎悪し、何があっても赦す事の出来ぬ怨敵である邪竜に身を弄ばれるなど……愛しい人にすらまだ捧げられていなかった純潔を汚されるなど。
ルキナにとっては到底耐え難い屈辱と暴虐であり、この世の全てに絶望するに値する地獄であり……。
汚されたこの身もそして汚した邪竜も、等しく地獄の業火の中で骨すら遺さずに焼き滅ぼしてしまいたい程の苦痛であった。
……だが、何れ程ルキナが憎悪しても、決して身を赦してなるものかと全力で抵抗しても、それが叶う事は無かった。
かつて『絶望の未来』では『最後の希望』だなんだと人々から担ぎ上げられていたにせよ、所詮ルキナは神剣を振るう事の出来る「人間」でしかなく。その神剣すら奪われ、逃げ出せぬ様にと縛められた今はただの無力な小娘に過ぎぬルキナと。
かつてルキナ達が居た「未来」で暴虐の限りを尽くし命ある者全てを等しく滅ぼし世界を平らかにし、そして時を渡ってやって来たこの世界に居た自分自身を呑み込む事で更なる力を得た強大無比なる邪竜とでは、そもそも勝負にすらならない。
邪竜の溜息一つで人間など跡形も無く消し飛ばされてしまうし、その指先一つで街が根刮ぎ消えるのだ。
小さな一匹の蟻が靴に咬み付いてきたところで人間はそれを気に留める事などしないし、そもそも何十匹もの蟻を踏み潰していようと気付かぬ事が殆どであろう。
……邪竜とルキナの間に在る、存在の……その力の格差とは、それ程までに絶望的なものであった。
ルキナが何を考えていようが、どれ程抵抗しようが。
邪竜は指先一つでその意志も抵抗も何もかも磨り潰してしまえる、それどころか人間の心を操る事すら邪竜には容易い。
その気になれば、邪竜はルキナを従順な性奴隷に変え自ら悦んで股を開く様な淫らなケダモノに堕としてしまえる。
だが、少なくとも邪竜は、ルキナの純潔を奪いその身も心も蹂躙しながらも、そうやってルキナの心をその力で無理矢理に造り変えて壊そうとはするつもりはなさそうであった。
だがそれは、邪竜に慈悲の心が在ると言う訳ではない。
そんなモノが、邪竜の心に在る筈は無い。
あれは、命を憎悪し、繋がりを唾棄し、愛や絆と言った人間のそれを貶め辱める事を悦び、人々が絶望の中で死に行く姿だけを望み続ける……存在そのものが『命』在るモノとしては破綻しきった、狂い果てたケダモノだ。
ルキナの心をそう言った方法で壊さないのは、ルキナが全てに絶望しながらも無意味と知りつつも足掻くその姿を嗤う為だ。
ルキナの事は、何時でも壊せる玩具としか見ていない。
ルキナがそうして抗う事こそが、邪竜にとっては最高の娯楽なのだろう……。その為に、邪竜はルキナを『飼って』いた。
この無限に続く地獄に、果たして終わりは来るのだろうか、終わらせられる者はこの世に存在しているのだろうか。
いっそ死んでしまいたいと、何度思った事だろう。
自ら命を絶つと言う事は酷く恐ろしい事ではあるのだけれど、だがこの状況では余りにも甘美な「救い」に思える。
しかし……ルキナは自害する事すら最早叶わなかった。
邪竜は、ルキナ自身を傷付けるありとあらゆる手段を、ルキナから奪い去った。舌を咬んで自害しようとしても直ぐ様何事も無かったかの様に治療されてしまう。
死ぬ事も出来ず、だが唯一残された『矜持』の為に自ら狂い果て壊れてしまう事も出来ず……。
故に、ルキナのこの生き地獄に終わりは無い。
死ねず、かと言って今の状態を「生きている」と呼べるのかは分からない……生ける屍の様な日々。
何の『希望』も無い、心の支えすらも無い、そんな時間の中がこの先永遠に……ルキナが死ぬまで続くのだろうか。
そもそも、今の自分は、その時が来たとしても、果たして邪竜に「死なせて」貰えるのだろうか……?
それは想像するだけでも恐ろしいが……邪竜によって生きながらに『屍兵』に変えられて、永遠に呪われたままこの世にその魂を縛り付けられ続けるのではないかとすら考えてしまう。
……少なくとも、その考えを否定出来ない程の恐ろしい執着を、邪竜はルキナに向けていた。
そんな中で、ただ耐えると言う事は何にも勝る拷問であった。
耐えた所で、この日々に終わりなんて何処にも見えないのに。
「父」も……そして最愛の人であるルフレすら喪ったこの世界に、ルキナを助けに来てくれる者など誰も居やしないのに、
この世界の何処にも『希望』なんて在りはしないのに。
それなのに、何故。ルキナは耐えようとしてしまうのだろう。
それは、ルキナの……かつては『最後の希望』として邪竜を討つべく対峙したものとしての『矜持』故なのか、或いはこの胸に今も尚忘れる事も出来ず刻まれている『使命』故なのか。
……だが、それが果たして一体何になると言うのだろうか。
……ルキナには『使命』があり、それを果たす為に時を越えて迄この世界に存在しているのだけれども……それが果たされる可能性は、既に無い。この世界は、もう誰にも救えない。
邪竜を討てる者が、最早誰も居ないのだ。
「クロム」は既に殺され、こうしてルキナは邪竜の虜囚の身となり……この世界の本来の「ルキナ」はまだ乳飲み子で。
「彼女」が剣を手にそれを振るえる年頃になるまでに少なくとも十数年は掛かるが、それ程の時間の猶予は最早この世界に残されてはいない。
かつての、あの『絶望の未来』ですら、邪竜が復活してからはほんの数年程度しか人々の世は持ちこたえられなかったのだ。
それが……かつてよりも更に強大になった邪竜を相手にどうなるのかなど、最早一々考えるまでも無い。
もう間もなく、この世界は終わる。それが二年後三年後の事になろうとも、間違いなく十年など持ちはしない。
この世界を救う術など何処にも無い。
救える者も、もう存在しないに等しい。
全ての運命の歯車が狂った未来へと噛み合ってしまった「あの日」、仲間達は全員邪竜に殺されてしまっただろう。
あの混乱と破壊の中で生き延びられた者が居るとは思えない。
ならば、この邪竜の居城にルキナを救いに来る者など存在しないし、それどころかこうしてルキナが邪竜に囚われている事すら知る人など居はしないのだろう……。
それでも、存在する筈も無い『もしも』の為に。
或いは世界を救えるかもしれない、有りもしない可能性の為。
こうして、正気を保ち続けてしまっているのだろうか。
だとすれば、それは。
そして。そうしてルキナが独り苦しみ続けるその様は。
邪竜にとっては何よりも愉しい娯楽なのだろう。
今の自分は邪竜を喜ばせる糧でしかない。
身を弄ばれ心をも犯されて。それでも壊れまいと足掻く玩具。
……それが分かっていても、ルキナに出来る事は何もない。
ルキナは絶望の中で静かに涙を流しながら、邪竜に犯され弄ばれた己の身体を抱き締める様にして、眠りに就く。
どうせ目覚めた所で『希望』なんて無いのだから、このまま永遠に眠れればと思うけれど、それも叶わないのだろう。
だからこそせめて。愛しい人の姿を夢に描き眠るのだった。
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