第一話『天維を紡ぐ』
◆◆◆◆◆
未来を変える、あの『絶望の未来』へと至る『運命』を変える、邪竜ギムレーの復活を阻止する……。
それこそがルキナの『使命』であり……、この世界にルキナが存在するたった一つの理由だ。
何を於いても、何を『対価』にしても、この手が『誰』の血で汚れるのであろうと……必ず成し遂げなくてはならない。
だからこそ、ルキナはこの世界の人々から距離を置いた。
『使命』を果たす為に『誰』の命を絶たねばならないのだとしても、この手が躊躇う事の無い様に……。
そして、この手がその『罪』に汚れた時に、殺さなくてはならなかった『誰か』を大切に想う人々からの怒りや憎しみをちゃんと受け止められる様に……。
ルキナが『両親』達から距離を取っているのは、……「錯覚」する事が、『彼等』に懐いてはならない「執着」を懐いてしまう事が恐ろしいからでもあるけれども。
しかしそれと同じ位に、……何時か『裏切者』を、あの『絶望の未来』へと至ったルキナにとっての父親であるクロムが、最も信頼していた相手を。
「その時」が来てしまう前に、……『クロム』がその命を卑劣な「裏切り」によって奪われてしまう前に。
……そして、それを止める事が叶わないのならば。
……ルキナは、その『裏切者』を殺さなければならない。
だがしかし。
その『裏切者』は、父であるクロムがそうであった様に、この世界でも『クロム』が最も信頼する者であるのだろう。
……そうであるならば、例えそれが『絶望の未来』を防ぐ為の行いであったとしても、それによって自身の命が救われる事になるのかもしれなくても。
……ルキナが、『クロム』から赦される事は無い。
……もし、その『裏切者』が、ルキナが目星を付けている相手であるのだとすれば、尚の事。
そして……恐らくは、『クロム』だけからではなく、『彼』を慕う全ての人から、恨まれる事になるのだろう。
……彼等にとって、『裏切者』であるかどうかなど関係無く、『彼』は最早無くてはならない存在であるのだから。
そこにどんな「大義」があっても、「正義」があっても。
その者にとって大切な存在を……例えこの世の何者であってもその『代替』になどなれはしない唯一無二の存在を、奪われて良い理由になんてなれる筈も無かった。
この世は残酷な程に理不尽で、誰かが大切な誰かを亡くす事自体は有り触れているけれど。
それでも、それを唯々諾々と受け入れられる者などこの世に居はしないし、大切な存在を奪った『何か』を恨まずには……憎まずには、いられない。
それは、ルキナ自身もそうであるからこそ、良く分かる。
あの『絶望の未来』で、ルキナは両親を奪ったギムレーをこの世の何よりも憎み……そしてその憎しみの炎はきっとこの世からギムレーの存在そのものが完全に消え去るまで決して消える事は無く胸の内に在るのだろう。
例えばもしも、父の非業の死が、母の無念の死が、その先の「輝かしい未来」にとって欠かせない……必要不可欠な「犠牲」であったのだとしても、ルキナはきっとそれを認められないであろうし、その「輝かしい未来」を憎悪し破壊しようとしていたのかもしれない。
その「未来」で何万何億の人々が幸福に満たされるのだとしても……それでもやはりその理不尽を赦す事は無いと思う。
……仮にも為政者であるのだから表面上は何とか取り繕えたとしても、きっと心の奥底では両親の屍の上に築かれた「幸福」を憎悪し、そして笑い合う人々へと破滅的な願望を懐いてしまう事は想像に難くなかった。
…………あくまでもそれはただの「仮定」で、両親達の死が誰かの「幸せ」に繋がるなんて事は無く、あの世界はただただ『絶望の未来』へと突き進んでいったのだけれども。
しかしその「仮定」は、今まさにルキナが『クロム』達に対して行おうとしている事と何が違うのだろう。
『彼』の血に塗れた剣を手に、「これで世界は救われた」のだと……『クロム』達に言える筈なんて無い。
例え、それが揺るがぬ事実であったとしても、だ。
それがよく分かるからこそ……分かってしまう程度にはルキナの心が擦り切れ切ってはいないからこその葛藤であった。
だが、それを分かっていても尚、成さねばならないのだ。
自分の世界を見捨ててまでここに来てしまったルキナには、『使命』を果たす事は何に代えてでも成し遂げなくてはならない事であるのだから。
例え、仮初であったのだとしても、こうして出逢えた『両親』から……『家族』から憎悪される事になるのだとしても。
守ろうとした者達から刃を向けられる事になるとしても。
…………そして、何よりも自分自身が『彼』を殺した自分を赦せずにその『罪』を暴き立て苛み続けるのだとしても。
……「それ」以外に、ルキナに選べる道など無いのだ。
志半ばに倒れ死ぬか、或いはそれを成し遂げた先でこの世界の全てから憎悪されるか。
その、どちらかしかない……。
元より、ルキナは既に選んだ身だ。
それをどうして今更、それは嫌だと投げ捨てられようか。
そんな風に諦め投げ出す位ならば、最初から選ぶべきではなかった、選んではならなかったのだ。
例えあの先に何の希望も可能性も無かろうとも、全てが平等に滅びた荒野だけが結末なのだとしても、最後まで……。
あの世界に生きる最後の一人になろうとも、「やり直し」を選ばずにあの世界に生きた一人の人間として死ぬべきだった。
『過去』を変えるだなんて事が、誰にとっても幸せになる道なそでは無い事位、分かっていたであろうに。
それを理解していたのに、選んだのは他ならぬルキナだ。
……いっそせめて、『彼』が『裏切者』と断じてルキナがその手を汚しても心が痛まない様な……そんな人であったら良かったのに……なんて何の逃避にもならぬ事を思ってしまう。
そうであったとしても『彼』が『クロム』にとって大切な人である事には変わらないのだろうから、結局ルキナの苦しみが消える事など無いのだけれども。
……それでも、優しく誠実で……切り捨てて良い人間などでは断じてない……。ルキナにとってすらこの世の誰にも『代替』など出来ない『彼』を、この手で殺さなくてはならないよりは……と、そう考えたくなる。
……ルキナには、何故『彼』が『クロム』を裏切る事になるのか分からない、理解出来ない。
ほんの少しのボロも見逃さない様に、疑り深く観察し続けていたルキナの目にすらも、『彼』と『クロム』の間には確かな絆があって……それを「偽り」とはとても思えなくて。
ルキナの知る父と彼が、この世界の二人と全く同じなのかは分からないが……少なくとも「最も信頼していた相手」である事だけは確かなのだろう……。
……あの『絶望の未来』で、父が誰に殺されたのかは、事情を知っている筈の誰もが頑として口を割らなかった。
「最も信頼していた相手」と言う情報ですら、偶然零れ出た言葉を拾い聞いて知ったのだ。
……今となっては、あの時誰もルキナにその名を教えてくれなかった大人たちの気持ちが痛い程に分かってしまう。
……彼らは、……信じたくなかったのだ。
彼等にとっても良き友であり幾度も共に戦場を駆け抜けてきた戦友の事を……父の『半身』であった彼の、凶行を。
何かどうにもならない事情があると思ったのかもしれないし、或いはその裏切りを認めたくなかったのかもしれない。
何にせよ、彼らは彼の裏切りを……認めたくなかったのだ。
……結局、こうしてそれを回避する為にここに来たルキナにすら、父の死に関しては殆どが分からず仕舞いであった。
その裏切りを止められるならば……その何かし方の原因を「その時」までに取り除けるのならば、それで済む事であり、ルキナも心からそれを望んではいるけれども。
何一つとして、まだ手掛かりすら掴めていない。
刻一刻と「その時」が近付いてきている筈なのに、少しずつ全てがもう取り返しが付かない事態になっていこうとしているかもしれないのに。
それでも何も分からないルキナには、選べる道はもう一つしかない様に思えてしまっている。
だが、……それだけは何としてでも避けたいのだ。
「その時」になり最早それ以外の手段が無くなるまでは。
無駄かもしれなくても、無意味であるのかもしれなくても。
何もせずに諦めて、そして楽な方へと逃げるかの様に『彼』を殺してしまう位ならば……、苦しみ悩んで足掻く様に他の道を探し続ける方が、余程マシである。
『使命』を捨てる事は何があっても出来ないルキナにとって、精一杯の悪足掻きがそれであった。
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未来を変える、あの『絶望の未来』へと至る『運命』を変える、邪竜ギムレーの復活を阻止する……。
それこそがルキナの『使命』であり……、この世界にルキナが存在するたった一つの理由だ。
何を於いても、何を『対価』にしても、この手が『誰』の血で汚れるのであろうと……必ず成し遂げなくてはならない。
だからこそ、ルキナはこの世界の人々から距離を置いた。
『使命』を果たす為に『誰』の命を絶たねばならないのだとしても、この手が躊躇う事の無い様に……。
そして、この手がその『罪』に汚れた時に、殺さなくてはならなかった『誰か』を大切に想う人々からの怒りや憎しみをちゃんと受け止められる様に……。
ルキナが『両親』達から距離を取っているのは、……「錯覚」する事が、『彼等』に懐いてはならない「執着」を懐いてしまう事が恐ろしいからでもあるけれども。
しかしそれと同じ位に、……何時か『裏切者』を、あの『絶望の未来』へと至ったルキナにとっての父親であるクロムが、最も信頼していた相手を。
「その時」が来てしまう前に、……『クロム』がその命を卑劣な「裏切り」によって奪われてしまう前に。
……そして、それを止める事が叶わないのならば。
……ルキナは、その『裏切者』を殺さなければならない。
だがしかし。
その『裏切者』は、父であるクロムがそうであった様に、この世界でも『クロム』が最も信頼する者であるのだろう。
……そうであるならば、例えそれが『絶望の未来』を防ぐ為の行いであったとしても、それによって自身の命が救われる事になるのかもしれなくても。
……ルキナが、『クロム』から赦される事は無い。
……もし、その『裏切者』が、ルキナが目星を付けている相手であるのだとすれば、尚の事。
そして……恐らくは、『クロム』だけからではなく、『彼』を慕う全ての人から、恨まれる事になるのだろう。
……彼等にとって、『裏切者』であるかどうかなど関係無く、『彼』は最早無くてはならない存在であるのだから。
そこにどんな「大義」があっても、「正義」があっても。
その者にとって大切な存在を……例えこの世の何者であってもその『代替』になどなれはしない唯一無二の存在を、奪われて良い理由になんてなれる筈も無かった。
この世は残酷な程に理不尽で、誰かが大切な誰かを亡くす事自体は有り触れているけれど。
それでも、それを唯々諾々と受け入れられる者などこの世に居はしないし、大切な存在を奪った『何か』を恨まずには……憎まずには、いられない。
それは、ルキナ自身もそうであるからこそ、良く分かる。
あの『絶望の未来』で、ルキナは両親を奪ったギムレーをこの世の何よりも憎み……そしてその憎しみの炎はきっとこの世からギムレーの存在そのものが完全に消え去るまで決して消える事は無く胸の内に在るのだろう。
例えばもしも、父の非業の死が、母の無念の死が、その先の「輝かしい未来」にとって欠かせない……必要不可欠な「犠牲」であったのだとしても、ルキナはきっとそれを認められないであろうし、その「輝かしい未来」を憎悪し破壊しようとしていたのかもしれない。
その「未来」で何万何億の人々が幸福に満たされるのだとしても……それでもやはりその理不尽を赦す事は無いと思う。
……仮にも為政者であるのだから表面上は何とか取り繕えたとしても、きっと心の奥底では両親の屍の上に築かれた「幸福」を憎悪し、そして笑い合う人々へと破滅的な願望を懐いてしまう事は想像に難くなかった。
…………あくまでもそれはただの「仮定」で、両親達の死が誰かの「幸せ」に繋がるなんて事は無く、あの世界はただただ『絶望の未来』へと突き進んでいったのだけれども。
しかしその「仮定」は、今まさにルキナが『クロム』達に対して行おうとしている事と何が違うのだろう。
『彼』の血に塗れた剣を手に、「これで世界は救われた」のだと……『クロム』達に言える筈なんて無い。
例え、それが揺るがぬ事実であったとしても、だ。
それがよく分かるからこそ……分かってしまう程度にはルキナの心が擦り切れ切ってはいないからこその葛藤であった。
だが、それを分かっていても尚、成さねばならないのだ。
自分の世界を見捨ててまでここに来てしまったルキナには、『使命』を果たす事は何に代えてでも成し遂げなくてはならない事であるのだから。
例え、仮初であったのだとしても、こうして出逢えた『両親』から……『家族』から憎悪される事になるのだとしても。
守ろうとした者達から刃を向けられる事になるとしても。
…………そして、何よりも自分自身が『彼』を殺した自分を赦せずにその『罪』を暴き立て苛み続けるのだとしても。
……「それ」以外に、ルキナに選べる道など無いのだ。
志半ばに倒れ死ぬか、或いはそれを成し遂げた先でこの世界の全てから憎悪されるか。
その、どちらかしかない……。
元より、ルキナは既に選んだ身だ。
それをどうして今更、それは嫌だと投げ捨てられようか。
そんな風に諦め投げ出す位ならば、最初から選ぶべきではなかった、選んではならなかったのだ。
例えあの先に何の希望も可能性も無かろうとも、全てが平等に滅びた荒野だけが結末なのだとしても、最後まで……。
あの世界に生きる最後の一人になろうとも、「やり直し」を選ばずにあの世界に生きた一人の人間として死ぬべきだった。
『過去』を変えるだなんて事が、誰にとっても幸せになる道なそでは無い事位、分かっていたであろうに。
それを理解していたのに、選んだのは他ならぬルキナだ。
……いっそせめて、『彼』が『裏切者』と断じてルキナがその手を汚しても心が痛まない様な……そんな人であったら良かったのに……なんて何の逃避にもならぬ事を思ってしまう。
そうであったとしても『彼』が『クロム』にとって大切な人である事には変わらないのだろうから、結局ルキナの苦しみが消える事など無いのだけれども。
……それでも、優しく誠実で……切り捨てて良い人間などでは断じてない……。ルキナにとってすらこの世の誰にも『代替』など出来ない『彼』を、この手で殺さなくてはならないよりは……と、そう考えたくなる。
……ルキナには、何故『彼』が『クロム』を裏切る事になるのか分からない、理解出来ない。
ほんの少しのボロも見逃さない様に、疑り深く観察し続けていたルキナの目にすらも、『彼』と『クロム』の間には確かな絆があって……それを「偽り」とはとても思えなくて。
ルキナの知る父と彼が、この世界の二人と全く同じなのかは分からないが……少なくとも「最も信頼していた相手」である事だけは確かなのだろう……。
……あの『絶望の未来』で、父が誰に殺されたのかは、事情を知っている筈の誰もが頑として口を割らなかった。
「最も信頼していた相手」と言う情報ですら、偶然零れ出た言葉を拾い聞いて知ったのだ。
……今となっては、あの時誰もルキナにその名を教えてくれなかった大人たちの気持ちが痛い程に分かってしまう。
……彼らは、……信じたくなかったのだ。
彼等にとっても良き友であり幾度も共に戦場を駆け抜けてきた戦友の事を……父の『半身』であった彼の、凶行を。
何かどうにもならない事情があると思ったのかもしれないし、或いはその裏切りを認めたくなかったのかもしれない。
何にせよ、彼らは彼の裏切りを……認めたくなかったのだ。
……結局、こうしてそれを回避する為にここに来たルキナにすら、父の死に関しては殆どが分からず仕舞いであった。
その裏切りを止められるならば……その何かし方の原因を「その時」までに取り除けるのならば、それで済む事であり、ルキナも心からそれを望んではいるけれども。
何一つとして、まだ手掛かりすら掴めていない。
刻一刻と「その時」が近付いてきている筈なのに、少しずつ全てがもう取り返しが付かない事態になっていこうとしているかもしれないのに。
それでも何も分からないルキナには、選べる道はもう一つしかない様に思えてしまっている。
だが、……それだけは何としてでも避けたいのだ。
「その時」になり最早それ以外の手段が無くなるまでは。
無駄かもしれなくても、無意味であるのかもしれなくても。
何もせずに諦めて、そして楽な方へと逃げるかの様に『彼』を殺してしまう位ならば……、苦しみ悩んで足掻く様に他の道を探し続ける方が、余程マシである。
『使命』を捨てる事は何があっても出来ないルキナにとって、精一杯の悪足掻きがそれであった。
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