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第一話『天維を紡ぐ』

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「未来」は、今を生きる人々の選択の積み重ねの先にあるのだと……。初めから全て定められたものでは無いのだと……僕はそう信じている。
 だけれども、ある種の『運命』とでも言うべき……大きな大きな何かの『流れ』は、……時の『うねり』の様なものはあるのかもしれないとは……少しだけ思っていた。
 例えば、先のイーリスとペレジアとの戦争もその一つなのではないだろうか。
 あの戦争の原因は、間違いなくそれよりも更に前……クロム達の父親が聖王であった時に引き起こされた『聖戦』が原因であり。そして、イーリスがその軍備の殆どを放棄してしまった事にもある。
 それらの原因が存在する限り、クロムやエメリナ様が何れ程戦争回避に尽力していたとしても、規模の大小や時期は多少変わっっても、結局戦争は起きてしまっていただろう。
 だがその『聖戦』の根本的な原因には、イーリスとペレジアの……ナーガ教とギムレー教の長きに渡る確執がある。
 長い歴史の中で蓄積されてきたそれらは、両者を縛る目に見えぬ鎖であり、歴史の流れを左右する大きな『流れ』だ。
 ……そしてその大きな流れが引き起こす、変える事が難しい未来を、「結果」を。きっと人は『運命』だと言うのだろう。

 あの日、僕とクロム達が出逢った事も、そんな大きな「流れ」の一つだったのだろうか……。
 それとも、僕自身も最早覚えていない「僕」の選択の結果だったのだろうか。
 それは、「僕」にも、そして僕にも分からぬ事だけれど。
 ただ、あの日クロム達と出会えた事は、『運命』であろうとなかろうと、僕にとって掛替えのないものである事は確かだ。

 ……『運命』なんてものを漠然と考えてしまっているのには、先日新たに軍に加わった人物の事が大いに関係している。
 今もイーリス城で両親の帰りを待っているのであろう小さな乳飲み子……クロムの一人娘である「ルキナ」。
 その彼女と同じ名を名乗り、そして生まれたばかりの「ルキナ」と同じく偽装など到底不可能な左眼と言う場所に聖王の血筋を引く証である聖痕が刻まれた、その女性。
 クロムや僕よりは多少歳下であろうが既に成人は済ませているであろう彼女は、「未来」から時を越えて来た「ルキナ」その人であると言う。
 到底信じ難いその身の上であるが、彼女がこの世にただ一振りしか存在し得ない筈の……『炎の台座』と並んでイーリスの国威を象徴する至宝を携えていた事や、偽る事など出来ない筈の位置の聖痕や、こうしてその身の上を明かすまでにも幾度と無くクロムを助けていた事などから、それは確かなのだろうと、僕もそう思う事にした。

 ……尤も、他ならぬクロムがそれを信じたので、そもそも僕が信じる信じない以前の事であるのだけれども。
 元より僕にとっては万が一にも彼女の身の上が嘘であるのだとしてもそこはあまり問題ではない。
 問題なのは、「ルキナ」を名乗る彼女が如何なる事情があって、時を越えてまで彼女にとっての「過去」……僕達にとっての「今」にやって来たのかと言う事だった。

 彼女が時を越えた理由は唯一つ。

「未来」を。彼女が確かに生きていた筈の本来生きるべきその時間で起きた事を、変える為……「無かった事」にする事。
 それを唯一つの『使命』として、彼女は己の全てを賭けた。
 彼女にとっての「過去」、僕達にとっての「未来」を変える。
 ……それが意味するものを、そしてその咎を。
 ……きっと彼女は覚悟の上で、「ここ」へやって来た。
「過去」を変えた結果がどうなるのかなど、彼女を「過去」へと送ったナーガでも……そして万象を見通す神でもない僕にも、その全てを解する事など出来はしないが。それでも彼女が辿り得る道を幾つか考え付く程度の事ならば出来る。
 ただ、そのどれもが……彼女本人の明るい未来に繋がるとは決して思えないものばかりであった。
 ……どの様な「結末」に至るのだとしても。
 彼女が……イーリスに残してきた小さな「ルキナ」ではなく、「未来」を変える為に、世界を救う為に、全てを捨てる覚悟で今「ここ」にやって来た『ルキナ』その人が。
 ……彼女がそれを成し遂げる為に差し出したものと代償にせねばならないもの、それらに見合うだけの対価を手にする事は、……より正確に言えば彼女の『本当の願い』は……叶うのだろうかと、そう思ってしまう。
「世界を救う事」が自らの『使命』であり『責務』であり……そして『望み』なのだと、彼女はそう言った。
 成る程それは確かにそうであるのだろうし、その為に「過去」へとやって来たのも間違いは無いのであろう。
 ……しかし、それが彼女の『本当の願い』であると、その心の底にある「願い」であると言うべきなのかは、それはやはり違う気がする。
 ……彼女が、「父親」であるクロムを見ている時のあの目を……決してもう手に入らないと……もう取り戻せないのだと理解しながらも強く強く……希ってしまう、そんな余りにも強くそして苦しい渇望を滲ませた眼差しが、どうしても僕の脳裏から離れないのだ。

 ……僕には、『家族』と言うものが分からない、それを実感の伴うものとして感じる事は出来ない。
 だから、それを喪う苦しみと言うものは。……そして故に生まれる渇望も、僕には分からない。だけれども。

 彼女の……その身の上と、そして彼女の語ったその過酷な道程が確かであるならば。
 彼女は、余りにも多くのものをその「未来」で喪っていた。
 父を戦争の最中に喪い、母も……そして父の家臣達を始めとする大人たちを喪い、守るべき国も民も喪い……そして彼女自身の選択であるにせよ、彼女にとっての「故郷」を……彼女自身が依って立つべき「居場所」を喪った。
 喪ってばかり奪われてばかりの彼女のその手に残されたものは余りにも少なく。
 こうして「過去」へと渡ってきた時点で彼女が持っていたのは、その身体と父の遺品でもある神剣ファルシオンと……そして『思い出』だけであった。
 両親から生まれて最初に贈られる宝物とも言えるその名前ですら当初は隠す他に無くて……それは今もそう変わらない。

 ……彼女が過去にやって来たばかりの時の事を、あの日……記憶も何もかもを喪った僕がクロムに拾われてから直ぐの時の事を思い出す。
 初めて出逢った時の彼女は当然ながら今よりも年若くて。
 ……本来なら、親などと言った周りの大人達の庇護がもう少し必要であろう年頃の少女であった。

 しかしその時点で、彼女は既に絶望的な戦いの矢面に立ち人類存亡の可否の重責を背負い何年も戦い続けていたのだ。
 ……今もイーリス城で安らかに育まれているであろうあの幼子の……小さな「ルキナ」に待ち受けているのが、そんな絶望しかない様な未来しか無いなんて、考えるだけでも胸が締め付けられる程に苦しくなる。
 ……しかし、ルキナはその絶望を全て経験してきたのだ。
 そんな彼女が報われて欲しいと……せめてその『願い』が叶って欲しいと。そう思う事は、罪なのだろうか。
 況してや、彼女の未来がその様な事態に陥ってしまったのは、邪竜ギムレーが蘇ってしまったからだと言う事もあるが。  
 それ以上に「未来の僕達」が戦いに敗れたからである。
 もし「クロム」が命を落とさなければ、ギムレーが蘇ろうともルキナ一人に人々の「希望」が一身に背負わされる様な事も無かったであろう。
 そんな事態を引き起こしたのは紛れもなく「未来の僕」だ。
「クロム達」が敗れたのは「僕」の策の失敗の所為であり、「僕」には「クロム」を守る事が出来なかったと言う……、この世の何よりも重い罪がある。

 例え「クロム」達と運命を共にして、その戦いで命を落としたのだとしても、到底償う事も贖う事も出来ぬ事である。
「僕」は、ルキナから父親を……「クロム」を奪い、それと共に彼女にある筈だった未来を……希望を奪ってしまった。
 ……だからこそ、尚の事。
 僕は、ルキナのその『戦い』の結末が、せめて彼女自身の『幸い』に繋がっていて欲しいと……そう思ってしまう。
「過去」を変えて「未来」を救い、僕やクロム達の至る結末を変えた先で、ただ独り『この世に有り得べからざる者』として……まるで「世界」を救う為の人身御供となる様な。
 そんな結果では「報われない」と……そう思ってしまうのはある種の傲慢であるのだろうか。

 彼女の『幸い』を願うこの想いが、「僕」の罪に対する後ろめたさからくるものなのか、或いはまた別の「何か」に根差すものであるのかは分からないけれど。
 神か「何か」に祈りを捧げる様に。
 彼女の『幸せ』が叶う事を、……僕は願ってしまうのだ。




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