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終話『虹描く指先』

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「父さん! 母さん! こっちですよー!!」


 早く早くと急かす様にそうはしゃいだ声で自分達を呼ぶマークに、ルフレとルキナはそっと微笑んだ。
 そして、空いたその手を捕まえる様に。
 その右手をルフレの左手が。その左手をルキナの右手が。
 優しく握り締める様に掴む。
 大好きな両親にそうやって両手を握って貰えた事が嬉しくてマークはますますはしゃいだ様に明るい笑い声を上げた。

 その身を包むのは、今日贈られたばかりの父とお揃いの意匠で仕立てられた服で。そしてその懐には、両親に強請って譲って貰った戦術書が大切に仕舞われている。

 今日は、マークにとって五歳の誕生日だ。
 何時も忙しそうにしている両親も、今日は一日中マークと過ごす為にその時間を使ってくれる。
 それがとても嬉しくて、マークは朝からずっと上機嫌だ。
 ずっと欲しかった、父が大切に使っていたモノを譲って貰った戦術書も。父とお揃いの意匠の服も。
 どれもマークの大切な宝物だけれども。
 何より一番嬉しい贈り物は、こうやって三人で一緒に過ごせる時間そのものだった。

 今日はこれから三人でお出かけするのだ。楽しみで仕方無くて、マークは朝からずっと気も漫ろであった。
 さっきまでは通り雨が降っていた空も、今はカラっと晴れ渡り、道端に植えられた草木の葉の上で雨粒の雫が宝石の様にキラキラと輝いている。
 そんな素敵な景色に、気持ちが高揚したマークは、小さくぴょんぴょん跳ねる様に歩いていく。
 マークが転んだりしない様に確りとその手を握ってくれる二人に、マークはにこにこと愛らしい笑顔を浮かべた。

 三人が目指しているのは、王都の郊外に在る、王都を一望出来る小高い丘だ。
 良いピクニック日和の天気に、きっと丘から見える王都の景色はまた格別なモノであろう。
 そうして、暫し歩いて辿り着いた小高い丘の頂上は、綺麗な花々が咲き乱れる様な、自然の花畑になっていた。


「マークちゃん、お花のかんむりをつくりたいです! 
 母さんもいっしょにつくりましょう!!」


 花畑に歓声を上げたマークは、そう言ってルキナの手を引っ張って、花畑から花を摘み始めた。
元気なマークのその勢いに、ルキナは幸せそうに微笑みながら摘んだ花を編んで形にしていく。
 そんな二人を……『幸せ』その物の光景を、ルフレは満ち足りた眼差しで見守っていた。

 マークが生まれたあの日から、五年。
 父として……母として新米だったルフレとルキナは、色々とおっかなびっくりと互いに手探りでマークを育てて来た。
 クロム達の力も借りて、どうにかここまで来れたのだけど。
 自分は良き『父親』に成れているのだろうか? と。
 ルフレは今でもそう自分に問い続けている。

 マークと共に、少しずつ『父親』として自分も成長出来ているのだろうか? ……そうならば良いのだけれど。

「明日」にどんな「未来」が待っているのかは、誰にも分からない。それでも、分かる事はある。願う事はある。
「明日」も……ずっと先の未来でも、ルフレとルキナにとってマークが愛しい娘である事は絶対に変わらない。
 そして、そんな愛しい娘の「明日」が『幸い』なモノである様にと、ルフレ達が今日を善くする為に足掻いているのだ。
 愛しい子供たちに、幸あれと。そう何よりも強く望む親の心と言うモノをルフレは強く理解出来る様になっていた。
 マークを全ての苦しみや悲しみから守ってやりたいと思うし、そしてその一方でどんな苦しみや絶望にも負けたりはしない強い心を育てて欲しいとも思っている。
 矛盾している訳で無く、親心とはそう言うモノなのだろう。
 これではクロムの事を親馬鹿だなんて言えないな、と最近はよく思っているので、今はその言葉は口にしていない。

 ……ルフレの運命を縛っていたあの烙印の様な痕は、マークの身体の何処にも刻まれてはいなかった。
 マークの身にも、邪竜の血が流れているのだろうけれども。
 それは、あの日ルフレがギムレーと共に消滅してこの世から彼の存在を消したからなのか。或いは、ルキナの聖王家の血によってそれが打ち消されたのかは分からないけれど。
 少なくとも、ルフレの様に邪竜の血に苦しめられる事は、今の所は無さそうであった。
……ルフレが『消滅』と言う『死』を乗り越えた事のマークへの影響も、今の所は確認されていない。
 ただただ健やかにマークは育っている。
 それは、何にも代え難い祝福であった。


「父さん!」


 マークの声と共に、ルフレの頭に何かが載せられた。
 何だろうと手に取ると、それは少し拙い造りの花冠だった。


「おや、マークが僕の分を作ってくれたのかい? 有難う」


 ルキナが作ったのだろう綺麗な花冠を頭に載せて、ニコニコとルフレの反応を待つマークにそう感謝の言葉を述べると。
 マークは嬉しそうに笑ってルフレの腕に抱き着いた。


「マークちゃんのは母さんがつくってくれたので、母さんのぶんは父さんがつくってあげてください! 
 おくさんにはちゃんとプレゼントをおくるのが、『ふうふえんまん』のコツなんだって、クロムおじさんが言ってました! 
 父さんも、『ふうふえんまん』しましょう!」


 恐らくはあまり意味が分かっていない聞きかじりの言葉を、自信満々に胸を張りながら言うマークにルフレは苦笑した。
 ……今度、マークに何を教えているのだと、クロムに問い詰めてやろうと心に決めながら。

 マークに手を引かれて、ルフレも花冠を編み始めた。
 だが、如何せん花冠など作った事が無いので試行錯誤しながらになり、そんな父にマークはそれはもう嬉しそうにニコニコと笑いながら花冠の作り方を教えてくれる。
 そんなルフレ達の姿を、ルキナは微笑んで見守っていた。


「あ、父さん、ここはこうあむんですよ!」

「おっと、こうか。うーん、慣れてないからか中々難しいね。
 マークは上手に作れて偉いなぁ」

「エッヘン! マークちゃんはすごいのです! 
 なんたって、父さんと母さんのマークちゃんなので!」


 父に褒められて上機嫌なマークは嬉しそうに笑う。
 そんなマークの頭をよしよしと撫でてやったルフレは、自分が作った少し不格好な花冠をルキナに渡した。


「あらあら、有難うございます、ルフレさん。
 ふふふ……素敵な花冠ですね」

「あはは……少し不格好だけどね。
 でも、とても可愛いよ、ルキナ」


 嬉しそうに微笑みながらルキナはその花冠を被る。
 三人お揃いの格好になった事にマークは幸せそうに笑った。
 そして、ふと王都の方の空を見上げたマークは、一際大きな歓声を上げてその空を指さした。


「あー!! ほら、『にじ』がでてますよ!! 
 とってもきれいです!」


 見て見て! とはしゃぐその指先の向こうにある王都の空には、確かに美しい大きな虹が輝いていた。
 雲の切れ間から射し込んだ光が描いたその虹は、まるでマークの指先が描いて現れた様にすら見える。


「……本当に綺麗で素敵な虹です。
 マークのお誕生日を祝ってくれたのかもしれませんね」


 ルキナのその言葉に、ルフレも頷く。
『家族』の『幸せ』なこの時間は、これから先もこの虹の様に輝き続けるのだろうと思って、ルフレはそっと微笑んだ。






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