第三話『未来へと続く約束』
◆◆◆◆◆
結局ルフレに逢えないまま、必要な仕事を終えたルキナはルフレと住んでいる家に帰って来た。
するとそこには。
平素の穏やかなそれとは違う、戦場にて指揮を執っていた時の様に真剣な面持ちのルフレが、ルキナを待っていた。
「あの……ルフレさん?」
何かあったのかと、そうルキナが尋ねようとしたその時。
「ルキナ。……君に、伝えたい事があるんだ。
聞いてくれるかな?」
訊ねる様な口振りではあるが、そこには有無を言わせぬ迫力の様なモノがあり、元より聞かない理由も無いので、ルキナは少し驚きつつも頷く。
そんなルキナに、ルフレは静かに語り掛け始めた。
「……僕は、こうしてこの世界に帰って来れてからずっと、……君とこうして日々を過ごせる事が堪らなく『幸せ』で。
だからこそ、この時間を壊してしまうかもしれない『変化』を、恐がっていたんだと思う。
そして、そうやって『変化』を恐れていたからこそ。
もし、その『願い』が全部僕の独り善がりで……君を酷く傷付けてしまうかもしれないと思うと……。
僕には、それを誓う『資格』なんてないのかもしれないと。
それを直視しなくてはならない事が、恐かったんだ。
でも……。自分の気持ちにも、そして君自身の想いにも、向き合う事から逃げ続ける事は、誠実な行為ではない。
……二年以上も僕を待ってくれていた君には、もっと誠実に向き合わないといけないと、……そう思うんだ。
だから……聞いて欲しい」
ルフレは、静かにそう言うと。
その眼差しを静かに揺らして、そしてその手を緊張からなのか、強く握り締める。
ルフレが何を伝えようとしているのか、ルキナには分からないけれど。何故か鼓動が早くなっていった。
「……僕は、君を遺して逝く事を承知の上で、ギムレーと心中する事を選んでしまった身だ。
……あの選択には、今でも後悔はしていない。
だからこそ──そんな僕が、……一度はこの手で君を『幸せ』にする事を諦めてしまった僕が、君と人生を共に過ごす資格などあるのだろうか、と。そう……考えてもしまう。
「必ず帰る」とすら約束出来なかったのに、二年も君の時間を縛ってしまった……。
君を『幸せ』にしたいとそう心から願っていた筈なのに、君を何よりも哀しませてしまった……。
『喪失』の痛みを、再び君に与えてしまった……。
そんな僕に、君を『幸せ』にする資格はあるのか……。
その答えは、今も分からないままだ。
それに……僕は一度、完全にこの世界から消滅した身だ。
でも、何も遺さず消滅した筈なのに、僕は今ここに居る。
僕はもう『ギムレーの器』ではないけれど、今の僕が『何者』であるのかは分からない。『人間』であるかすらも……」
ルフレが静かに語る言葉に、ルキナは何も返せない。
そんな事は無いと返すのは容易いけれども。
だがそもそも、そうルフレが語る言葉は、ルキナ自身も己に問わねばならない事である。
そこにどんな事情が在れ、ルキナは一度想い合っていたルフレに剣を向け……殺そうとした。
ルキナはその瞬間、言い訳のしようも無くルフレよりも「世界」を……『使命』を選んだ。
あの時のルフレは、自分の意志を踏み躙られて操られた事への恐怖や……『炎の紋章』をファウダーの手に渡してしまった事への後悔に沈んでいて……ルキナの支えを必要としていた筈だっただろうに。ルキナは、それを斬り捨てたのだ。
一度は自身の手でルキナを『幸せ』にする事を諦めて命を投げ捨て、ギムレーと共に心中する事を選んだルフレと。
一度はその命を奪おうと剣を喉元に突き付けたルキナと。
どちらが、相手と人生を共にする「資格」が無いのかなんて、一々考えるまでも無い。
その罪を相殺する事なんて出来はしないだろう。
それに、ルフレは、今の自分が『何者』であるのか分からないなんて言うけれど。
それは、ルキナの方こそ言わねばならない事である。
既に「未来」は分かたれた。
分かたれたその『未来』がどうなったのかなんてルキナには分からないし、その『未来』からやって来た自分自身が一体この先どうなるのかも分からない。
ある日突然、「世界」から拒絶される様にその存在が消えてしまう可能性だって無くはないだろう。
『時間』に干渉する、それを変えると言う結果の先がどうなるのかなんて、この世界の誰も知る事では無いのだ。それ故に、可能性だけなら文字通り「何が」起こってもおかしくは無いだろう。それに比べれば、ルフレがもしかしたら『人間』ではないかもしれない事なんて、些末なモノだと、そう思う。
少なくとも、ルキナにとってはそうだ。
「そんな……「資格」なんて……。
私の方が、無いですよ……。
ルフレさんと生きる「資格」が本当にあるのかなんて……。
……でも、それでも……私は……」
貴方の傍に居たいのだと、それだけは譲れないのだと。
そう言葉にしようとした時だった。
「だけど、僕には君だけしか居ない。
君以外の人を、君以上に愛する事は無い。
僕が人生を共にしたいと……先の見えない「明日」を共に生きたいと望むのは、君だけなんだ。
僕は、僕の出来る全てを賭けて、必ず君を幸せにする。
僕の人生の全てを、君に捧げると誓うよ。
こんな僕でも君と一生を共にする「資格」があるだろうか?
君を愛し続けても、良いだろうか?
もし、君がそれを赦してくれるなら、どうか……。
僕が君と人生を共に歩む事を許してくれるのなら。
これを……受け取って欲しい」
そう言って、ルフレはその懐から、小箱を取り出した。
丁寧にそっと開かれたそこには。
美しい細工の指輪が、収められていた。
透き通る水底の様な深い蒼の宝石が、蝶の羽を模す様な彫り込みの中に嵌められていて。
そしてその周囲には、白銀に輝く宝石と淡い紫の宝石が指輪に彩を添える様に嵌め込まれている。
細工の見事さから、相当腕の良い彫金師が手掛けたのだろう事が分かる指輪だった。
飾りの宝石も、付けたままでも手の動きの邪魔にならない様な大きさになっていて。
ルフレの想いが、伝わる様な。そんな素敵な指輪だった。
こうして指輪を送られる意味は、ルキナも分かっている。
そして、それを受け取る意味も。
それは、ルキナの心からの望みで。
今も、泣き出してしまいそうな程に、この胸には歓喜が満ち溢れているのだけれども……。
ルキナはその指輪を受け取る事を躊躇ってしまう。
だけれどもそれは、ルフレに問題がある訳では無い。
ルキナの、心の問題だ。
「……有難うございます、ルフレさん。
でも……怖いんです、それを受け取るのが……。
こんなにも沢山、『願い』が叶ってしまえば。
その代償に、ルフレさんがまた……消えてしまうんじゃないかと思うと……。不安で、仕方が無いんです……」
自分に都合の良い事ばかりが起こるなんて有り得ない。
望み過ぎれば、代償の様に大切なモノを喪ってしまう……。
……そんな「思い込み」が、ルキナの心を最後に縛る。
本心では、その指輪を受け取って愛を誓いたいのに。
心を縛る鎖が、ギリギリとその手を押さえつけてしまう。
そんな「思い込み」に苦しむルキナに、ルフレは……。
「……消えないよ」
そう言いながら指輪を一旦仕舞って。
ルキナをそっと優しく抱き締め、その耳に自分の鼓動の音が聞こえる様に、自身の胸にルキナの頭を抱き寄せた。
ルキナの耳に、ルフレの鼓動が、その命が燃える音が届く。
ルフレが確かに此処に生きている事を主張する様に、その温もりがルキナに伝わる。
ルキナの心の一番柔らかな場所に、傷付き果てた傷痕の近くに、その音と温もりは響く様に伝わっていく。
それにどうしてか、ルキナは声を上げて泣きたくなった。
少し見上げると、ルフレはルキナを安心させる様に微笑む。
「……ルキナが僕の名を呼んでくれるのなら、僕を必要としてくれるなら……僕はもう絶対に消える事は無い。
例え何があったって、君の所に必ず帰ってくる。
『死』だって乗り越えてこうして帰って来たみたいに。
何度だって何度だって……。
『人間』じゃなくなったって、絶対に君のもとに帰る。
だって、君の居る場所が、僕の帰る場所だから。
君の事を、誰よりも愛しているから。
だからもう、君を置いて消えたりなんかしないよ。
もし何があっても、必ず帰る。そう『約束』する」
……何の根拠もない言葉だ。
こうしてギムレーと共に消滅する筈だったルフレが還って来てくれた事だって、到底起こり得ない程の『奇跡』だったのに……「絶対に」なんて、何の保証も無い言葉だ。
それでも、「あの日」は交わしてくれなかった『約束』を、ルフレはこうして今ルキナに誓ってくれている。
それが、どうしようもなく嬉しくて。
心を縛る鎖は、少しずつ解けていく。
ルフレの温もりが、想いが、言葉が、溶かしてゆく。
「ルフレさん。
ずっとずっと……歳を取って……何時か共に眠るその日まで、ずっと一緒に居て下さい。
もう、何処にも行かないで下さい……」
何とも身勝手で欲深い「願い」を言葉にしながら、ルキナはルフレに縋り付く様にその身体を抱き締める。
そんなルキナを愛し気に見詰めたルフレは、その耳元に囁く様な声で応えた。
「ああ、約束する。
二人で、一緒に歳を重ねていこう。
お爺さんとお婆さんになっても、僕はずっと側に居る。
愛してるよ、ルキナ」
そして、柔らかな口付けを、ルキナの頬に落とした。
それに、ルキナ温かな歓喜の涙を零す。
「私も、心からルフレさんの事を愛しています。
貴方は、私にとって世界で一番大切な人なんです。
私も、私の全てを賭けて、貴方を幸せにします。
だからどうか、一緒に幸せになりましょう」
何時か、ルキナは時の環から弾き出されてしまうかもしれない、ルフレの身に何かが起きるかもしれない。
「未来」は……、これから先二人が「今」を積み上げていった先にあるそれは、まだ誰にも分からないけれど。
それでも、何が起きたって。二人でなら、きっと『幸せ』を見付けられる。何処に居たってルフレと共に居れば、そこがルキナにとっての『幸せ』が在る場所なのだから。
「ルキナ……。僕と、結婚してくれるかい?」
「ええ……喜んで」
ルフレから指輪を受け取ったルキナは、『幸せ』その物を抱き締める様に、指輪を大切に抱き締める。
かつて、ルキナはあの『絶望の未来』で、『家族』を喪った。
……喪ったそれを取り戻す事は例え時を遡っても叶わなかったが……。それでもそうして辿り着いた「この世界」で、ルキナは新しく愛しい者に巡り逢い、想い結ばれた。
そして、……新しい『家族』を得た。
それは、幼いルキナが求め泣いていた、『親』と『子』と言うカタチの『家族』ではないけれど……間違いなくそれと同じかそれ以上に愛しくて求め続けていた『家族』の在り方だ。
老い衰え、何時か共に『死』の御腕の中で安らかに永遠の平穏の中で眠るその時までの、長き時を共に生きる『家族』。
決して互いを孤独にはしないと言う、強い強い約束で結ばれた、何よりも愛しい存在。
……ルキナは、きっと今漸く。
本当の意味で、確固たる『居場所』を……心の寄る辺を、『家族』を、手にしたのだろう。
この『幸せ』を永遠に心に刻み付ける為に。
ルキナはそっとルフレと深い口付けを交わすのであった。
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結局ルフレに逢えないまま、必要な仕事を終えたルキナはルフレと住んでいる家に帰って来た。
するとそこには。
平素の穏やかなそれとは違う、戦場にて指揮を執っていた時の様に真剣な面持ちのルフレが、ルキナを待っていた。
「あの……ルフレさん?」
何かあったのかと、そうルキナが尋ねようとしたその時。
「ルキナ。……君に、伝えたい事があるんだ。
聞いてくれるかな?」
訊ねる様な口振りではあるが、そこには有無を言わせぬ迫力の様なモノがあり、元より聞かない理由も無いので、ルキナは少し驚きつつも頷く。
そんなルキナに、ルフレは静かに語り掛け始めた。
「……僕は、こうしてこの世界に帰って来れてからずっと、……君とこうして日々を過ごせる事が堪らなく『幸せ』で。
だからこそ、この時間を壊してしまうかもしれない『変化』を、恐がっていたんだと思う。
そして、そうやって『変化』を恐れていたからこそ。
もし、その『願い』が全部僕の独り善がりで……君を酷く傷付けてしまうかもしれないと思うと……。
僕には、それを誓う『資格』なんてないのかもしれないと。
それを直視しなくてはならない事が、恐かったんだ。
でも……。自分の気持ちにも、そして君自身の想いにも、向き合う事から逃げ続ける事は、誠実な行為ではない。
……二年以上も僕を待ってくれていた君には、もっと誠実に向き合わないといけないと、……そう思うんだ。
だから……聞いて欲しい」
ルフレは、静かにそう言うと。
その眼差しを静かに揺らして、そしてその手を緊張からなのか、強く握り締める。
ルフレが何を伝えようとしているのか、ルキナには分からないけれど。何故か鼓動が早くなっていった。
「……僕は、君を遺して逝く事を承知の上で、ギムレーと心中する事を選んでしまった身だ。
……あの選択には、今でも後悔はしていない。
だからこそ──そんな僕が、……一度はこの手で君を『幸せ』にする事を諦めてしまった僕が、君と人生を共に過ごす資格などあるのだろうか、と。そう……考えてもしまう。
「必ず帰る」とすら約束出来なかったのに、二年も君の時間を縛ってしまった……。
君を『幸せ』にしたいとそう心から願っていた筈なのに、君を何よりも哀しませてしまった……。
『喪失』の痛みを、再び君に与えてしまった……。
そんな僕に、君を『幸せ』にする資格はあるのか……。
その答えは、今も分からないままだ。
それに……僕は一度、完全にこの世界から消滅した身だ。
でも、何も遺さず消滅した筈なのに、僕は今ここに居る。
僕はもう『ギムレーの器』ではないけれど、今の僕が『何者』であるのかは分からない。『人間』であるかすらも……」
ルフレが静かに語る言葉に、ルキナは何も返せない。
そんな事は無いと返すのは容易いけれども。
だがそもそも、そうルフレが語る言葉は、ルキナ自身も己に問わねばならない事である。
そこにどんな事情が在れ、ルキナは一度想い合っていたルフレに剣を向け……殺そうとした。
ルキナはその瞬間、言い訳のしようも無くルフレよりも「世界」を……『使命』を選んだ。
あの時のルフレは、自分の意志を踏み躙られて操られた事への恐怖や……『炎の紋章』をファウダーの手に渡してしまった事への後悔に沈んでいて……ルキナの支えを必要としていた筈だっただろうに。ルキナは、それを斬り捨てたのだ。
一度は自身の手でルキナを『幸せ』にする事を諦めて命を投げ捨て、ギムレーと共に心中する事を選んだルフレと。
一度はその命を奪おうと剣を喉元に突き付けたルキナと。
どちらが、相手と人生を共にする「資格」が無いのかなんて、一々考えるまでも無い。
その罪を相殺する事なんて出来はしないだろう。
それに、ルフレは、今の自分が『何者』であるのか分からないなんて言うけれど。
それは、ルキナの方こそ言わねばならない事である。
既に「未来」は分かたれた。
分かたれたその『未来』がどうなったのかなんてルキナには分からないし、その『未来』からやって来た自分自身が一体この先どうなるのかも分からない。
ある日突然、「世界」から拒絶される様にその存在が消えてしまう可能性だって無くはないだろう。
『時間』に干渉する、それを変えると言う結果の先がどうなるのかなんて、この世界の誰も知る事では無いのだ。それ故に、可能性だけなら文字通り「何が」起こってもおかしくは無いだろう。それに比べれば、ルフレがもしかしたら『人間』ではないかもしれない事なんて、些末なモノだと、そう思う。
少なくとも、ルキナにとってはそうだ。
「そんな……「資格」なんて……。
私の方が、無いですよ……。
ルフレさんと生きる「資格」が本当にあるのかなんて……。
……でも、それでも……私は……」
貴方の傍に居たいのだと、それだけは譲れないのだと。
そう言葉にしようとした時だった。
「だけど、僕には君だけしか居ない。
君以外の人を、君以上に愛する事は無い。
僕が人生を共にしたいと……先の見えない「明日」を共に生きたいと望むのは、君だけなんだ。
僕は、僕の出来る全てを賭けて、必ず君を幸せにする。
僕の人生の全てを、君に捧げると誓うよ。
こんな僕でも君と一生を共にする「資格」があるだろうか?
君を愛し続けても、良いだろうか?
もし、君がそれを赦してくれるなら、どうか……。
僕が君と人生を共に歩む事を許してくれるのなら。
これを……受け取って欲しい」
そう言って、ルフレはその懐から、小箱を取り出した。
丁寧にそっと開かれたそこには。
美しい細工の指輪が、収められていた。
透き通る水底の様な深い蒼の宝石が、蝶の羽を模す様な彫り込みの中に嵌められていて。
そしてその周囲には、白銀に輝く宝石と淡い紫の宝石が指輪に彩を添える様に嵌め込まれている。
細工の見事さから、相当腕の良い彫金師が手掛けたのだろう事が分かる指輪だった。
飾りの宝石も、付けたままでも手の動きの邪魔にならない様な大きさになっていて。
ルフレの想いが、伝わる様な。そんな素敵な指輪だった。
こうして指輪を送られる意味は、ルキナも分かっている。
そして、それを受け取る意味も。
それは、ルキナの心からの望みで。
今も、泣き出してしまいそうな程に、この胸には歓喜が満ち溢れているのだけれども……。
ルキナはその指輪を受け取る事を躊躇ってしまう。
だけれどもそれは、ルフレに問題がある訳では無い。
ルキナの、心の問題だ。
「……有難うございます、ルフレさん。
でも……怖いんです、それを受け取るのが……。
こんなにも沢山、『願い』が叶ってしまえば。
その代償に、ルフレさんがまた……消えてしまうんじゃないかと思うと……。不安で、仕方が無いんです……」
自分に都合の良い事ばかりが起こるなんて有り得ない。
望み過ぎれば、代償の様に大切なモノを喪ってしまう……。
……そんな「思い込み」が、ルキナの心を最後に縛る。
本心では、その指輪を受け取って愛を誓いたいのに。
心を縛る鎖が、ギリギリとその手を押さえつけてしまう。
そんな「思い込み」に苦しむルキナに、ルフレは……。
「……消えないよ」
そう言いながら指輪を一旦仕舞って。
ルキナをそっと優しく抱き締め、その耳に自分の鼓動の音が聞こえる様に、自身の胸にルキナの頭を抱き寄せた。
ルキナの耳に、ルフレの鼓動が、その命が燃える音が届く。
ルフレが確かに此処に生きている事を主張する様に、その温もりがルキナに伝わる。
ルキナの心の一番柔らかな場所に、傷付き果てた傷痕の近くに、その音と温もりは響く様に伝わっていく。
それにどうしてか、ルキナは声を上げて泣きたくなった。
少し見上げると、ルフレはルキナを安心させる様に微笑む。
「……ルキナが僕の名を呼んでくれるのなら、僕を必要としてくれるなら……僕はもう絶対に消える事は無い。
例え何があったって、君の所に必ず帰ってくる。
『死』だって乗り越えてこうして帰って来たみたいに。
何度だって何度だって……。
『人間』じゃなくなったって、絶対に君のもとに帰る。
だって、君の居る場所が、僕の帰る場所だから。
君の事を、誰よりも愛しているから。
だからもう、君を置いて消えたりなんかしないよ。
もし何があっても、必ず帰る。そう『約束』する」
……何の根拠もない言葉だ。
こうしてギムレーと共に消滅する筈だったルフレが還って来てくれた事だって、到底起こり得ない程の『奇跡』だったのに……「絶対に」なんて、何の保証も無い言葉だ。
それでも、「あの日」は交わしてくれなかった『約束』を、ルフレはこうして今ルキナに誓ってくれている。
それが、どうしようもなく嬉しくて。
心を縛る鎖は、少しずつ解けていく。
ルフレの温もりが、想いが、言葉が、溶かしてゆく。
「ルフレさん。
ずっとずっと……歳を取って……何時か共に眠るその日まで、ずっと一緒に居て下さい。
もう、何処にも行かないで下さい……」
何とも身勝手で欲深い「願い」を言葉にしながら、ルキナはルフレに縋り付く様にその身体を抱き締める。
そんなルキナを愛し気に見詰めたルフレは、その耳元に囁く様な声で応えた。
「ああ、約束する。
二人で、一緒に歳を重ねていこう。
お爺さんとお婆さんになっても、僕はずっと側に居る。
愛してるよ、ルキナ」
そして、柔らかな口付けを、ルキナの頬に落とした。
それに、ルキナ温かな歓喜の涙を零す。
「私も、心からルフレさんの事を愛しています。
貴方は、私にとって世界で一番大切な人なんです。
私も、私の全てを賭けて、貴方を幸せにします。
だからどうか、一緒に幸せになりましょう」
何時か、ルキナは時の環から弾き出されてしまうかもしれない、ルフレの身に何かが起きるかもしれない。
「未来」は……、これから先二人が「今」を積み上げていった先にあるそれは、まだ誰にも分からないけれど。
それでも、何が起きたって。二人でなら、きっと『幸せ』を見付けられる。何処に居たってルフレと共に居れば、そこがルキナにとっての『幸せ』が在る場所なのだから。
「ルキナ……。僕と、結婚してくれるかい?」
「ええ……喜んで」
ルフレから指輪を受け取ったルキナは、『幸せ』その物を抱き締める様に、指輪を大切に抱き締める。
かつて、ルキナはあの『絶望の未来』で、『家族』を喪った。
……喪ったそれを取り戻す事は例え時を遡っても叶わなかったが……。それでもそうして辿り着いた「この世界」で、ルキナは新しく愛しい者に巡り逢い、想い結ばれた。
そして、……新しい『家族』を得た。
それは、幼いルキナが求め泣いていた、『親』と『子』と言うカタチの『家族』ではないけれど……間違いなくそれと同じかそれ以上に愛しくて求め続けていた『家族』の在り方だ。
老い衰え、何時か共に『死』の御腕の中で安らかに永遠の平穏の中で眠るその時までの、長き時を共に生きる『家族』。
決して互いを孤独にはしないと言う、強い強い約束で結ばれた、何よりも愛しい存在。
……ルキナは、きっと今漸く。
本当の意味で、確固たる『居場所』を……心の寄る辺を、『家族』を、手にしたのだろう。
この『幸せ』を永遠に心に刻み付ける為に。
ルキナはそっとルフレと深い口付けを交わすのであった。
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