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第三話『未来へと続く約束』

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『夫婦』、『家族』……。
 その二つの言葉が、グルグルと頭の中を巡り続ける様に、ここ数日に渡ってルフレを悩ませていた。
 勿論、その「意味」が分からないと言う訳では無い。
 が……実感と言うモノは無い。
 そもそも、「過去」の記憶が無いルフレにとって、『家族』も『夫婦』も、己には遠い「何か」だ。
 ……まあ、記憶があったとしても、実の父親であるファウダーがあんなのだったのだから、『夫婦』と言うモノはあまり実感が無い概念だった気もするが……。
 まあ、実感と言うモノが無くても。
『恋人』と言う関係性と『夫婦』と言う関係性が違う物である事は、ルフレも確りと分かっている。
 国の制度上でも、『恋人』関係にある場合と『夫婦』関係にある場合ではその扱いは全く違うのだ。
 そしてきっと、その関係性の確かさは、ルフレは元よりルキナにとってもまた欲するものであろうけれども……。
 しかしそれでも何処かに戸惑いとも躊躇いとも取れないモノを感じてしまうのは……。
「それ」が、本当にルキナにとっての『幸い』になるのであろうかと言う思いが、どうしても拭えないからであろうか。
 ……ルキナは、『絶望の未来』で、『家族』を喪った。
 そして、恐らくは今も尚。その傷は癒えていない。
 ルキナにとって、『家族』のカタチをした欠落は、誰にも埋められないモノであるのだろう。
 ……例え、もうあの『絶望の未来』は訪れないのだとしても、彼女の「経験」を変える事は神であっても不可能であるし、そして喪われたそれらが甦る訳でも無い。

 …………時の彼方の何処かに、『使命』からは開放された今でも、ルキナの心の何処かは囚われているのであろうか。
 喪ってきたモノの形に欠落した心の隙間を、埋める事は果たして叶うのであろうか。
 ルキナは、ルフレには彼女が心に引いている「一線」を越える事を許しているけれども。
 しかしだからと言って、その心の傷に無遠慮に触れて良いのかどうかと言う事は、全く別の話になる。
 まだ癒えてもいない……誰の目にも見えぬが故に、膿み爛れていても周りからは気付く事の出来ぬその欠落に。
 触れてしまった事が切欠で、より大きな痛みを与えてしまうのではないかと……。少しだけ瘡蓋が出来て痛みが薄れてきたそれを、無理矢理に掻き毟って剥がし惨い傷痕を曝け出してしまう結果になるのではないかと、そうも思うのだ。
 …………ルフレと共に過ごす日々の中で、ルキナが『両親』の影に心を苛まれる時間は少しずつ減っている様にも見えた。
 が、それは別にルフレの存在がその欠落を埋める事が出来たと言う事では無いのであろう。
 単純に、クロム達と過ごす時間よりもルフレと過ごす時間が増えたからだと言うだけなのかもしれない。
 しかし、『夫婦』になる、……『家族』になるという事。
 それは、ルキナに『家族』と言うモノを……もう取り戻せぬそれをより強く想起させる事になりはしないかとも思う。
 それが、少しだけ恐ろしいのだ。

 しかし、それと同時にやはり男として、恋人として。
 二人の関係性に覚悟と誠意を持つ事は必要であった。
 共に生きる、共に苦楽を分かち合う……。
 同じ世界で、同じ時の流れの中で、手を取り合って時を重ねて行く事。そしてそれを誓う事。
 そこにある『想い』自体に大きな違いは無いのだとしても。
 その関係性の確かさは、同じでは無い。
 だからこそ、難しい。

 ルキナは、ルフレと共に生きたいと、「あの日」もそう願っていた様に今も思ってくれているのだけれども。
 それと同時に、やはり今でも何処か。己の「居場所」とでも言うべきモノ、その存在をこの世界に留める為の楔、その身を寄せる為の寄る辺に、迷っている節はある。
 この世界に、ルフレと言う愛する存在が在っても。
 この世界に本来自分は存在するべきではない、と言う意識は抜けないのだろう。
『使命』から解き放たれても……いや、解き放たれたからこそ尚の事。ルキナは自らの心を縛る鎖を、放せない。
 そんな彼女に、『夫婦』と言う確かな居場所を。
『家族』と言う「帰るべき場所」を与えられるならば。
 それは、ルキナにとっては一つの確かな「救い」になるのではないだろうかと思うのだけれど。
 ……それを思い切れないのは、ルフレにとって『夫婦』と言う在り方に実感が持てないが故に、そこにある「繋がり」を今一つ信じ切れないからなのだろう。

 仲間達が愛する人と結ばれて『夫婦』として共に生きて行く姿は何時も見ているし、クロムが王妃を得てより確りとした良い王になっていったその姿も、そして愛情を育みながら共に支え合って生きているその姿も、幼い娘に有りっ丈の愛情を注いでいるその姿も、ルフレは知っているけれど。
 しかし、ルフレはそれを「見ていただけ」だ。
 いざ自分がルキナと『夫婦』になった時に、そうやって彼女をしっかりと支え合って生きていけるのかと思うと、少し不安になってしまうのだ。

 特にルフレは、一度ルキナを裏切ってしまっている。
「逝かないで」と願い追い縋る様に伸ばされたその手を。
ルフレは…………掴まなかった。
「必ず帰る」とすら、約束しなかった。
 そんな自分が、果たしてルキナのこれから先の一生に責任を持ってしまって良いのだろうかと。……そう思う。
 ……結局の所、ルフレは恐がっているのだろう。
 ルキナを傷付けたくないという事も嘘では勿論無いけれど。
 もっと……その根本の部分で恐れているのは。
 ルフレには、ルキナと『夫婦』になる様な資格など無いのだと、そう突き付けられ自覚してしまう事を恐れていた。
 だからこそ、逃げ回ってしまっていたのだろうか? 
 そうやって関係性を確かな形にする事から逃げる事は不誠実であると言う自覚はあるのに、それでも逃避しようとする。
 ……全く以て、我が事ながら愚かしい。
 必要なのは、覚悟であると言うのに。
 ルキナを『幸せ』にする覚悟、共に『幸せ』になる覚悟。
 それさえ決めれば、後はもう悩むだけ無駄でもあるのに。
 そして、既にそれを心から望んで、決意して。
そうして自分は自ら選択して、この世界に帰って来たのに。
 それでも、恐がってしまうのだろうか? 
 それは何とも臆病な話である。
 意気地無しと罵られても仕方の無い事だとすら思う。

 ルフレはそんな自分自身に呆れる様に溜息を吐いて。
 そして、クロムの元へと向かうのであった。






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