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第三話『未来へと続く約束』

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 ……今でも。ふとした瞬間に、「あの日」の事を、思い返してしまう。「あの日」の光景が蘇ってしまう。
 夜眠る度に夢に見るのも「あの日」の事だ。
 崩れ消えて行くルフレのその身体を、絶望と共に見送るしか無かった「あの日」。
 掴んだ筈のその右手は、それを握り締めるルキナの手の中で解ける様に消えて……この手の中には何も残らなかった。
『思い出』以外は、彼は何も遺さなかった。
 そんな、「あの日」の記憶は。あの日見た、残酷な程に美しい……彼が消えて行った夕焼け空は。
ルキナ心の深い場所に今も大きな傷跡の様に刻まれている。

 こうして、ルフレが「この世界」に帰って来ても尚……いやだからこそ一層。「あの日」の喪失が、ルキナを苛む。
 再び、喪ってしまうのではないかと。
 こうして帰って来た事が幻であるかの様に、目を離した瞬間には何の痕跡も無く消えてしまうのではないかと……。
 そんな「不安」と「恐怖」は、どうしても消えないのだ。
 夜、ルキナが独り目を覚まして、横で眠るルフレのその温もりと鼓動と確かめている事を、ルフレは知らない。
 夕暮れの中でルフレが微笑む度に、「あの日」の光景が重なって、その手を繋がずには居られない事を、彼は知らない。

 ルキナにとっては、ただただ……ルフレが「この世界」に存在してくれているだけで、もうこれ以上は何も望めない。
 あの、無限に続くかの様に思われた、彼を待ち続けた日々に比べれば。こうして彼を再び『喪う』事を恐れる日々ですら……何にも代え難く『幸い』なのだから。
 同じ世界で、同じ時間の中で、共に生きられるのだから。
 これ以上を、どう望めと言うのだろうか。

 ……ルキナに課せられた『使命』は既に果たされた。
「この世界」には最早、ルキナが経験したあの様な形で滅びが訪れる事は無いであろう。尤もそれでも。
 人の世に争いは絶えず、今日もどこかで誰かが絶望に沈み、災厄の種は常に蒔かれ続けている。故に真に生きとし生ける者達が皆平和に満ち足りる事が叶う世界は未だ遥か彼方で。
 この先の遥かな未来でも「絶対に世界は滅びない」とは断言出来ない事は……ルキナとしては少し寂しいが。
 そればかりは仕方の無い事であり、ルキナが背負うべき『使命』でも無いのであろう。
 それは、その滅びを察知した人々が、何処かの未来で足掻くべき事であろうから。
『使命』を果たしたルキナは、もう自由だ。
 だから「この世界」でルキナはルフレを待ち続け、……二年待ち続けたルキナの元に、ルフレは再び帰って来てくれた。

 だからこそ、ルキナは恐れてしまう。
 もし、「これ以上」を望んでしまったら。望み過ぎたら。
 今度こそ、ルフレを永遠に喪ってしまうのではないかと。
 望んで、願って、足掻いて、抗って……それでもルキナは喪い続け、望みが叶った事など片手で数える程も無い。
 だからこそ、望み過ぎる事を恐れていた。
 望む事ばかりを覚えてしまえば、何時か、残酷な運命の女神が自分から何もかもを奪ってしまうのではないかと。
 そんな、論理的な思考でも理屈でも無い……「思い込み」と言っても良いそれが、ルキナの心を縛り続ける。
 それが、理屈に合わない「思い込み」であろう事は、ルキナ自身もよく分かっているのだ。
 しかし、それを自覚しているからと言って、それが意識的にどうこう出来るモノかどうかと言う事はまた別の話であるし、ルキナは分かっていても「思い込み」を振り払えない。

 喪い続けてきたからこその、後ろ向きなその「思い込み」は、ちょっとやそっとでは到底拭えないモノになっていて。
 そしてそれはきっと、「あの日」消え行くルフレに何も出来なかったからこそ、より深くルキナの心に根付いてしまった。
 もし再び「あの日」の様に喪ってしまったらと思うと、ルキナの心は竦み、それ以上を望めなくなる。

「この世界」にはルフレが居るのだから。自分の隣にルフレが居てくれるのだから……。それ以上を望む必要なんて無いだろうと、そう囁く己の心に従って。
 ルキナは、微睡む様な『幸せ』に閉じ籠った。
 望まなければ、この日々が変わる事は無い、傷付く様な事はきっと起こらないのだから……。






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