第二話『還るべき場所』
◆◆◆◆◆
それが自分の意志では無くとも、そしてもうその『運命』は半ば変わったのだとしても。
それでも、自分の辿り得た「未来」は……。
「裏切り」などと簡単な言葉では到底済まされない程の、この世の全てに対する背徳であり、そして。
自分自身の存在の全てを呪うであろう程の絶望であった。
……『ギムレーの器』として生み出されたこの身に、『人間』としての心が芽生えた事は。己にとって、大切な人達にとって……果たして「幸い」な事であったのだろうか。
『人間』として生きてこようと、自身を『人間』と認識してその精神性や意識を確立させていったとしても。
結局最後にはその全てが奪われ喰い滅ぼされ『邪竜ギムレー』へと成り果てるしか無いのであれば。
『人間』として彼等と共に生きる事など、この世に生まれ落ちたその時から叶わない存在であったなら。
そこに『人間』の心が在った事は、そして大切で愛しい『人間』の友を得た事は。
『ルフレ』と言う存在……『人間』としての意識を持つ「人に非ざる者」にとっては、何時かその心が沈む絶望の大海の底を何処までも深くするだけだったのではないかとも思う。
『運命』は既に半ば分かたれて、ここに居る自分は、もう確かに其処に在った「未来」の「自分」とは重ならず。
……そして、「彼」のその心を覗く事は出来ないけれど。
「彼」にとっての「クロム」を、操られた自らの手で殺し。そして邪竜に成り果てて既に一つの世界を滅ぼした、もう一人の「自分」にとって、その現実はどう映ったのだろうか。
自分の存在を、この世に生まれ落ちた事を呪ったのか。
或いは、自らに心が在る事を怨んだのか。
はたまた、愛しい仲間達をその手に掛けた事を、ただ嘆き続けて……絶望の淵に沈み消えたのか……。
そもそも今も、あの『邪竜ギムレー』を名乗る存在の内に「自分」の心が存在しているのかすら分からないけれども。
ルフレは、色々と考えずには居られなかった。
ファウダーに操られたルフレがクロムを殺すと言う『運命』……かつてルキナの生きて来た世界で確かに起こったそれは、この世界では何とか回避に成功した。
が、ルキナにとって最も重要な『使命』の一つであった『邪竜ギムレー』の復活の阻止は叶わなかった。
まあ……彼女が辿って来た『運命』の様に今ここで『人間』として思考しているルフレが『邪竜ギムレー』に成り果てた訳では無いので、復活の阻止もある意味では叶ったが。
……ルキナを追って「未来」からこの世界にやって来ていた「自分」の成れの果ての言葉が、そして突き付けられた自分の真実が、ルフレを苛み続けていた。
自分は果たして『人間』なのか、クロムやルキナ達と共に生きる事が出来る存在なのか、もし自分の存在の所為で大切な仲間達を襲った悲劇が引き起こされていたのなら……。
考えても考えても、何も答えは出ない。
自分が、『人間』の振りをしている内に自分自身を人間だと思い込んでいる『化け物』なのではないかとも思ってしまう。
しかし、それを確かめる事も出来ない。
もしそうだとしても、その事実を突き付けられた時に自分はそれを受け入れられない事は分かっている。
……そして、ルフレが『邪竜ギムレー』に成り果てる未来は半ば変わってはいるけれども、まだ完全にその未来の可能性が潰えた訳では無い。
ルフレが『ギムレーの器』である事には依然として変わりなく。もし『覚醒の儀』が行われれば、あの「自分」と同様にルフレもまた『邪竜ギムレー』に成り果てるのだろう。
或いは、再びこの世界で力を取り戻したあの「自分」に、呑み込まれる様にして喰われてしまうか……。
どうであれ、可能性を完全に払拭する事は出来はしない。
それは、恐らく、ルフレがこの世界に存在する限り。
いっそ、あの夕暮れの中でルキナのファルシオンに貫かれて死んでしまった方が良かったのかもしれない、と。
全ての真実を知った今のルフレは密かに考えていた。
あの日も、ルフレは自分の命をルキナの為に……そして世界の為に差し出す覚悟があったけれども。
……殺そうとしている筈のルキナが余りにも辛そうで苦しそうだから、本当に受け入れて良いのか迷ってしまって。
結局、ルキナが剣を取り落とした上にクロムが乱入して来た事で、その場はそれっきり流されてしまったのだけれども。
……あの時にあの場で死んでいれば、とも思ってしまう。
ルフレが死んだ所で、この世界には既にルキナを追って過去に跳んでいた「自分」が存在していた以上は、『邪竜ギムレー』の復活を完全に阻止する事は出来なかったであろうが。
こんな、何時周り全てを殺す毒に変わりかねない、まさに獅子身中の虫と言える存在を身内に飼う必要性も無かった。
ルフレは、自らが望む望まざるに関わらず、自らの大切な人達にとっては、禍を呼び込む存在に他ならないのだ。
……ファウダー……、あの不吉な相貌の男。ルフレの記憶には無い……物心付く前に母がルフレを連れてあの男の元から逃げ出したのだと言うのだから、恐らくは記憶を喪う前の自分にとっても全く見知らぬ……しかし血の繋がりの上では間違いなく『父親』に当たる男がルフレに言った様に。
この身に流れる血を知れば、或いは『邪竜ギムレー』そのものであると言っても過言ではない事を知れば、ルフレの存在を厭う者はイーリスにも現れるだろう。
そしてそれは、彼等の『神』でありながらそれへと成る事を拒絶した事を、ある意味ではギムレーを崇拝する人々を見捨てたのだと受け取られれば、ぺレジアの人々からも憎まれるだろう。
……或いは、ギムレー教団の様に『邪竜ギムレー』の力を望む者達から、力を悪用する為に狙われるのかもしれない。
『絶望の未来』をその目で見て来たルキナの言葉からは、『邪竜ギムレー』と言う存在は『人間』が制御出来る様な存在では無いと思うけれど、人間の欲に限りと言うモノは無い。
自らならばその力を意のままに操れると驕る者が現れないと言う保証は無いし、歴史を振り返り数多の伝承を顧みてみれば、寧ろ現れない事の方が考え難い。……そうなれば。
例え『邪竜ギムレー』として目覚めようが目覚めなかろうがそれに関わらず、ルフレと言う存在そのものが、災厄を招く種そのものとなってしまう……。
クロムは。
ルフレが『ギムレーの器』であると知って……既にルキナ達が居た未来を滅ぼし尽くした存在と同一であると知って。
それでも尚、ルフレの手を離さなかった。
ルフレは、決してギムレーになど成りはしないと。
世界の滅びを望み絶望と怨嗟だけが渦巻くこの世の終焉など望みはしないと……。そう、強く強く信じてくれた。
そしてそれはクロムに限らず、共に戦い続けてきた仲間達は皆そうだった。そこにある信頼を、相手を信じようとするその心を、人は「絆」と言うのだろうけれども。
……果たしてその判断は、正しいのであろうか。
情に囚われ、繋がりに絡め取られ。
下すべき判断を見誤り、思考を停止させているだけなのではないかとも、ルフレは考えてしまう。
クロムは、優しいから。自らの懐の内に招いた者を、切り捨てる決断は出来ないし、仲間を見捨てる事も出来ない。
そんな彼だからこそ、ルフレは彼にこうして『人間』としての「心」を貰ったのだし、その力になりたいとも思った。
その優しくて、……青臭く甘い「理想」を叶える為の力になりたいと……そう思わせた。だからクロムはそれで良い。
仲間達も皆、個性的だけれど他者を尊重し大切に思い遣れる優しい人たちだ。だからこそ、それも仕方が無いのだろう。
だけれども。ルフレは、軍師だ。
掴もうとしている結果の為、「未来」の為に必要な策を練り、目指すそこへの道を示す事がルフレの役目だ。
……だからこそ、ルフレは見誤まってはいけない。
「絆」と言う言葉の響きに、そこにある心の繋がりにその煌めきに、目を奪われて。それによって見落とされる様に隠されてしまった危険性を、見逃す事は出来ない。
可能性として厳然とそこに存在するモノを、「そんな事は起こらない」と理想で目を塞ぐ事は出来ない、してはならない。
現に、操られ自らクロムを殺してしまったからとは言え、『邪竜ギムレー』に成り果てた「自分」が存在するのだ。
……どんなにその可能性を否定したくても。事実、ルフレは『ギムレーの器』であり『邪竜ギムレー』に成り得る者だ。
クロムからの信頼が、泣きたい程に嬉しくても。
皆の優しさが、痛い程に心を揺らしても。
彼等が大切であるならば、尚の事。
ルフレだけは、『絆』を信じてはいけない。
繋がりを信じるのは構わないが、そこに全てを思い通りに出来る様な都合の良い『力』があると妄信してはいけない。
そしてルフレは、軍師であるからこそ。この戦いの後に待つ「未来」も見据えて行動しなくてはならない。
『邪竜ギムレー』を覚醒したファルシオンの力で討ってそれで終わり、万事解決と言う事にはならないのだ。
悍ましい破壊と絶望の化身であっても、あんなのでもそれを信じ奉る人々は居る、そこに救いを見出している人が居る。
ギムレー教団の様な狂信と妄執ではなくとも、日々の祈りをギムレーに捧げている者は多い。
例え世界を救う為であろうともルフレ達はそれを討つのだ。
間違いなく、ぺレジアとの遺恨は深まるであろう。
心の拠り所を否定し奪うその罪は、決して軽くない。
そして更には、真なるファルシオンの力を以てしても、『邪竜ギムレー』を真に滅ぼす事は叶わない。
あれに千年の眠りを与えて封じる事しか出来ないと言う。
更に言えば、あの『ギムレー』を封じたとしても、ルフレも封じない限りは完全にその脅威を千年封じる事も出来ない。
そして、世界の為にまだ『邪竜ギムレー』になっていないルフレを切り捨て封印する選択をクロムが取るとは思えない。
……その所為で、千年後の未来どころか、近い将来も再びギムレーに脅かされる可能性があるのだとしても……。
それは優しさではあるけれど、大きな間違いであろう。
……だけれども、この世界には唯一その問題の全てを解決する手段が存在した。
正確には、あの「自分」がこうして過去にやって来たからこそ、その選択肢が生まれた。
……それを選んでも全てが解決出来る訳では無いし。
残された問題を全てクロム達にその解決を押し付ける事になってしまうけれども。
少なくとも、『邪竜ギムレー』と言う存在をこの世から完全に消し去る事が出来るならば、それは悪い選択肢ではない。
『邪竜ギムレー』が完全に消え去れば、今度こそルキナは、これまでに託されてきたその全ての『使命』と『希望』を果たし終え、漸く自由になれるのだろう。
そうして訪れた自由の先でルキナが何を想い何を成そうとするのかは分からないけれども。
きっとルキナが自分の為に『幸せ』を考える事が出来る様になるのは、そうやって解き放たれた先になるだろうから。
想い結ばれていても、愛していても。
ルフレが『ギムレーの器』である事実は変えられず、それは翻ってルキナの心がギムレーに囚われ続ける事と相違無い。
共に生きて共に死ぬ。
それがルフレの願いではあるけれど、そこにルキナにとって何に苛まれる事の無い「本当の幸せ」は無いのであれば。
ルフレが選ばなければならない道は、もう決まっている。
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それが自分の意志では無くとも、そしてもうその『運命』は半ば変わったのだとしても。
それでも、自分の辿り得た「未来」は……。
「裏切り」などと簡単な言葉では到底済まされない程の、この世の全てに対する背徳であり、そして。
自分自身の存在の全てを呪うであろう程の絶望であった。
……『ギムレーの器』として生み出されたこの身に、『人間』としての心が芽生えた事は。己にとって、大切な人達にとって……果たして「幸い」な事であったのだろうか。
『人間』として生きてこようと、自身を『人間』と認識してその精神性や意識を確立させていったとしても。
結局最後にはその全てが奪われ喰い滅ぼされ『邪竜ギムレー』へと成り果てるしか無いのであれば。
『人間』として彼等と共に生きる事など、この世に生まれ落ちたその時から叶わない存在であったなら。
そこに『人間』の心が在った事は、そして大切で愛しい『人間』の友を得た事は。
『ルフレ』と言う存在……『人間』としての意識を持つ「人に非ざる者」にとっては、何時かその心が沈む絶望の大海の底を何処までも深くするだけだったのではないかとも思う。
『運命』は既に半ば分かたれて、ここに居る自分は、もう確かに其処に在った「未来」の「自分」とは重ならず。
……そして、「彼」のその心を覗く事は出来ないけれど。
「彼」にとっての「クロム」を、操られた自らの手で殺し。そして邪竜に成り果てて既に一つの世界を滅ぼした、もう一人の「自分」にとって、その現実はどう映ったのだろうか。
自分の存在を、この世に生まれ落ちた事を呪ったのか。
或いは、自らに心が在る事を怨んだのか。
はたまた、愛しい仲間達をその手に掛けた事を、ただ嘆き続けて……絶望の淵に沈み消えたのか……。
そもそも今も、あの『邪竜ギムレー』を名乗る存在の内に「自分」の心が存在しているのかすら分からないけれども。
ルフレは、色々と考えずには居られなかった。
ファウダーに操られたルフレがクロムを殺すと言う『運命』……かつてルキナの生きて来た世界で確かに起こったそれは、この世界では何とか回避に成功した。
が、ルキナにとって最も重要な『使命』の一つであった『邪竜ギムレー』の復活の阻止は叶わなかった。
まあ……彼女が辿って来た『運命』の様に今ここで『人間』として思考しているルフレが『邪竜ギムレー』に成り果てた訳では無いので、復活の阻止もある意味では叶ったが。
……ルキナを追って「未来」からこの世界にやって来ていた「自分」の成れの果ての言葉が、そして突き付けられた自分の真実が、ルフレを苛み続けていた。
自分は果たして『人間』なのか、クロムやルキナ達と共に生きる事が出来る存在なのか、もし自分の存在の所為で大切な仲間達を襲った悲劇が引き起こされていたのなら……。
考えても考えても、何も答えは出ない。
自分が、『人間』の振りをしている内に自分自身を人間だと思い込んでいる『化け物』なのではないかとも思ってしまう。
しかし、それを確かめる事も出来ない。
もしそうだとしても、その事実を突き付けられた時に自分はそれを受け入れられない事は分かっている。
……そして、ルフレが『邪竜ギムレー』に成り果てる未来は半ば変わってはいるけれども、まだ完全にその未来の可能性が潰えた訳では無い。
ルフレが『ギムレーの器』である事には依然として変わりなく。もし『覚醒の儀』が行われれば、あの「自分」と同様にルフレもまた『邪竜ギムレー』に成り果てるのだろう。
或いは、再びこの世界で力を取り戻したあの「自分」に、呑み込まれる様にして喰われてしまうか……。
どうであれ、可能性を完全に払拭する事は出来はしない。
それは、恐らく、ルフレがこの世界に存在する限り。
いっそ、あの夕暮れの中でルキナのファルシオンに貫かれて死んでしまった方が良かったのかもしれない、と。
全ての真実を知った今のルフレは密かに考えていた。
あの日も、ルフレは自分の命をルキナの為に……そして世界の為に差し出す覚悟があったけれども。
……殺そうとしている筈のルキナが余りにも辛そうで苦しそうだから、本当に受け入れて良いのか迷ってしまって。
結局、ルキナが剣を取り落とした上にクロムが乱入して来た事で、その場はそれっきり流されてしまったのだけれども。
……あの時にあの場で死んでいれば、とも思ってしまう。
ルフレが死んだ所で、この世界には既にルキナを追って過去に跳んでいた「自分」が存在していた以上は、『邪竜ギムレー』の復活を完全に阻止する事は出来なかったであろうが。
こんな、何時周り全てを殺す毒に変わりかねない、まさに獅子身中の虫と言える存在を身内に飼う必要性も無かった。
ルフレは、自らが望む望まざるに関わらず、自らの大切な人達にとっては、禍を呼び込む存在に他ならないのだ。
……ファウダー……、あの不吉な相貌の男。ルフレの記憶には無い……物心付く前に母がルフレを連れてあの男の元から逃げ出したのだと言うのだから、恐らくは記憶を喪う前の自分にとっても全く見知らぬ……しかし血の繋がりの上では間違いなく『父親』に当たる男がルフレに言った様に。
この身に流れる血を知れば、或いは『邪竜ギムレー』そのものであると言っても過言ではない事を知れば、ルフレの存在を厭う者はイーリスにも現れるだろう。
そしてそれは、彼等の『神』でありながらそれへと成る事を拒絶した事を、ある意味ではギムレーを崇拝する人々を見捨てたのだと受け取られれば、ぺレジアの人々からも憎まれるだろう。
……或いは、ギムレー教団の様に『邪竜ギムレー』の力を望む者達から、力を悪用する為に狙われるのかもしれない。
『絶望の未来』をその目で見て来たルキナの言葉からは、『邪竜ギムレー』と言う存在は『人間』が制御出来る様な存在では無いと思うけれど、人間の欲に限りと言うモノは無い。
自らならばその力を意のままに操れると驕る者が現れないと言う保証は無いし、歴史を振り返り数多の伝承を顧みてみれば、寧ろ現れない事の方が考え難い。……そうなれば。
例え『邪竜ギムレー』として目覚めようが目覚めなかろうがそれに関わらず、ルフレと言う存在そのものが、災厄を招く種そのものとなってしまう……。
クロムは。
ルフレが『ギムレーの器』であると知って……既にルキナ達が居た未来を滅ぼし尽くした存在と同一であると知って。
それでも尚、ルフレの手を離さなかった。
ルフレは、決してギムレーになど成りはしないと。
世界の滅びを望み絶望と怨嗟だけが渦巻くこの世の終焉など望みはしないと……。そう、強く強く信じてくれた。
そしてそれはクロムに限らず、共に戦い続けてきた仲間達は皆そうだった。そこにある信頼を、相手を信じようとするその心を、人は「絆」と言うのだろうけれども。
……果たしてその判断は、正しいのであろうか。
情に囚われ、繋がりに絡め取られ。
下すべき判断を見誤り、思考を停止させているだけなのではないかとも、ルフレは考えてしまう。
クロムは、優しいから。自らの懐の内に招いた者を、切り捨てる決断は出来ないし、仲間を見捨てる事も出来ない。
そんな彼だからこそ、ルフレは彼にこうして『人間』としての「心」を貰ったのだし、その力になりたいとも思った。
その優しくて、……青臭く甘い「理想」を叶える為の力になりたいと……そう思わせた。だからクロムはそれで良い。
仲間達も皆、個性的だけれど他者を尊重し大切に思い遣れる優しい人たちだ。だからこそ、それも仕方が無いのだろう。
だけれども。ルフレは、軍師だ。
掴もうとしている結果の為、「未来」の為に必要な策を練り、目指すそこへの道を示す事がルフレの役目だ。
……だからこそ、ルフレは見誤まってはいけない。
「絆」と言う言葉の響きに、そこにある心の繋がりにその煌めきに、目を奪われて。それによって見落とされる様に隠されてしまった危険性を、見逃す事は出来ない。
可能性として厳然とそこに存在するモノを、「そんな事は起こらない」と理想で目を塞ぐ事は出来ない、してはならない。
現に、操られ自らクロムを殺してしまったからとは言え、『邪竜ギムレー』に成り果てた「自分」が存在するのだ。
……どんなにその可能性を否定したくても。事実、ルフレは『ギムレーの器』であり『邪竜ギムレー』に成り得る者だ。
クロムからの信頼が、泣きたい程に嬉しくても。
皆の優しさが、痛い程に心を揺らしても。
彼等が大切であるならば、尚の事。
ルフレだけは、『絆』を信じてはいけない。
繋がりを信じるのは構わないが、そこに全てを思い通りに出来る様な都合の良い『力』があると妄信してはいけない。
そしてルフレは、軍師であるからこそ。この戦いの後に待つ「未来」も見据えて行動しなくてはならない。
『邪竜ギムレー』を覚醒したファルシオンの力で討ってそれで終わり、万事解決と言う事にはならないのだ。
悍ましい破壊と絶望の化身であっても、あんなのでもそれを信じ奉る人々は居る、そこに救いを見出している人が居る。
ギムレー教団の様な狂信と妄執ではなくとも、日々の祈りをギムレーに捧げている者は多い。
例え世界を救う為であろうともルフレ達はそれを討つのだ。
間違いなく、ぺレジアとの遺恨は深まるであろう。
心の拠り所を否定し奪うその罪は、決して軽くない。
そして更には、真なるファルシオンの力を以てしても、『邪竜ギムレー』を真に滅ぼす事は叶わない。
あれに千年の眠りを与えて封じる事しか出来ないと言う。
更に言えば、あの『ギムレー』を封じたとしても、ルフレも封じない限りは完全にその脅威を千年封じる事も出来ない。
そして、世界の為にまだ『邪竜ギムレー』になっていないルフレを切り捨て封印する選択をクロムが取るとは思えない。
……その所為で、千年後の未来どころか、近い将来も再びギムレーに脅かされる可能性があるのだとしても……。
それは優しさではあるけれど、大きな間違いであろう。
……だけれども、この世界には唯一その問題の全てを解決する手段が存在した。
正確には、あの「自分」がこうして過去にやって来たからこそ、その選択肢が生まれた。
……それを選んでも全てが解決出来る訳では無いし。
残された問題を全てクロム達にその解決を押し付ける事になってしまうけれども。
少なくとも、『邪竜ギムレー』と言う存在をこの世から完全に消し去る事が出来るならば、それは悪い選択肢ではない。
『邪竜ギムレー』が完全に消え去れば、今度こそルキナは、これまでに託されてきたその全ての『使命』と『希望』を果たし終え、漸く自由になれるのだろう。
そうして訪れた自由の先でルキナが何を想い何を成そうとするのかは分からないけれども。
きっとルキナが自分の為に『幸せ』を考える事が出来る様になるのは、そうやって解き放たれた先になるだろうから。
想い結ばれていても、愛していても。
ルフレが『ギムレーの器』である事実は変えられず、それは翻ってルキナの心がギムレーに囚われ続ける事と相違無い。
共に生きて共に死ぬ。
それがルフレの願いではあるけれど、そこにルキナにとって何に苛まれる事の無い「本当の幸せ」は無いのであれば。
ルフレが選ばなければならない道は、もう決まっている。
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