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第二話『神竜の森の賢者』

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 聖王が御座す王都より東へ遠く離れたイーリス辺境の地。
 そこには人の手の入らぬ険しい深山幽谷と、その山裾に広がる広大な森があった。
 その地の人々はその森を含めた一帯を、『神竜の森』と……そう畏敬の念を籠めて呼んでいる。
 神竜を崇めるイーリスには神竜の名にあやかった地が多く存在するし、《神竜の森》と呼ばれる森は国内に多く存在する為、その森が本当に神竜に関係するのかは誰も知りはしない。
 しかし何であれ、人々に無意識にも畏敬の念を懐かせる神秘的な《何か》がその森にある事は確かなのだろう。

 人々が滅多に立ち入らぬ獣達の楽園の様なその森の奥深くに、人里から隠れる様にして一人の『賢者』が住んでいた。
 と言っても、その森の『賢者』は古くからその地に住んでいた訳ではなかった。

 かつて、『神竜の森』の袂にある複数の村で疫病が流行った。
 疫病の猛威を前にして、村は全滅の危機に瀕していた。
 王都から遠く離れた辺境の地であるが故に国からの救援はなく、医者も村から離れた街にしか居らずとてもそこまでは病人の身体が持たない。
 このまま村ごと滅びる運命なのだろうか、と。
 神竜に祈る力すら尽きた村人達が絶望の中で朦朧と考えた時に、その旅人は現れた。
 何処からか流れてきた旅人は村の窮状を見るや否や、その疫病の特効薬を調合しその疫病を鎮めたのだ。

 村人達はその旅人を『賢者』と讃え、是非とも自分たちの村に滞在して欲しいと願い出たのだが、旅人に救われたどの村もそう言い出した事と旅人本人がそれを断った事もあって、結局その旅人は村に残る事は無かった。
 しかし旅人は、『村に住む事は出来ないが、この森に住まわせて貰えるなら』と答えた。
 ならばと村人達が集まって話し合い、『神竜の森』の中にあるとある館を、恩人である旅人に差し出す事に決めたのだった。

 その館は、かつてとある貴族が愛人を住まわせる別荘として作ったものであったのだが、その貴族も囲われていた愛人もとうにこの世を去っていて、今は持ち主も居らずほぼ手付かずのままに残されていたのであった。
 建てられてからそれなりの年月が経っていたとは言え、元は貴族が建てたもの。
 館の造りはとても確りとしていて、村人達が多少整備して掃除を行えば、立派に人が住める状態になったのであった。
 その館を住まいとして提供された旅人はいたく村人達に感謝し、それ以降も何かと村に何か問題が起これば力を貸してくれる様になった。
 人々は旅人を『森の賢者』として讃え、何時しかその名は村の外にまで広がり、時折遠方から『森の賢者』に逢う為に訪れる者も居る程にまでなった。


 そして、『賢者』が森に住まう様になってから、十数年の時が経った……。




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