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第九話『心の在処』

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 遺跡を後にして霧煙る山を下りたルキナは、程無くして『竜』を探し続けていたクロム達を見付けた。
 死んだものだとばかり思っていたルキナが、何一つ変わらない姿で現れた事に一同は騒然となっていたが。
 幻術でも偽物でも無い事をその場で証明してみせた途端。
 クロムは憑き物が落ちたかの様に、涙を滂沱と流しながら、ルキナを力強く抱き締めて。娘が確かに生きている事を実感して、誰に憚る事も無い号泣した。
 そんなクロムに、ルキナがこれまでの経緯を手短に掻い摘んで説明していくと。
自分が斬り殺そうとした『竜』が他ならぬ娘自身であった事を漸く悟ったクロムは、後悔の余りに自らの腕を斬り落とそうとまでしたので一時大騒ぎになった。
 が、ルキナ自身、父からの贖罪など欠片も求めていない事もあってその場は何とか収まって。
 クロム自身はまだ混乱と後悔と過去の自分への怒りの渦中の中にあった様ではあるが、何とか和解する事が出来た。
 ルキナにとっては、殺されかけた事すら今は些事だったのだ。
 蘇ろうとしている邪竜ギムレーの事、そしてギムレーでありながらも『人間』として生き『人間』の心を持つルフレの事。
 そんな彼を攫い、邪竜ギムレーとして復活を果たそうとしている『影』の事……。
 それらを説明していくと、流石に情報量が多過ぎたのかクロムは困惑していたが。チキから……そしてルフレから託された『蒼炎』を示すとその眼に真剣さが宿る。
 かつてイーリスに在った頃の『炎の台座』と『白炎』を見た事があるクロムは、ルキナの持つ『蒼炎』が間違いなく『白炎』と同質のものである事が分かったのだろう。

 とにかく今は、邪竜ギムレーの復活を……ルフレが『影』に喰われて邪竜に成り果てる事を防がなくてはならない。
 その為には、『神竜の巫女』であるチキの協力も仰がねばならないし、聖王であるクロムの力も必要だ。
 クロムは、自分も出逢った事のあるあの歳若い男が、彼の伝説の邪竜ギムレーの現身であった事に驚きを隠せずまた半信半疑であるようだったけれども。
 だが、ルキナが説明と説得を繰り返す事でそれを理解し、更には娘の恩人であるルフレを助ける事に賛成してくれた。
 本人の意識や願いはどうであれ、ギムレーである事には変わりがないルフレを、殺すのではなく「助ける」、と考えて貰える様にクロムを説得するのが一番大変だろうとルキナは思っていたので、あまりにもあっさりとそれを了承した事に正直拍子抜けする程に驚いた。
 ……しかし、クロムとしては、それだけルフレへの感謝の念が深いという事なのだろう。
 危うく自分が斬り殺してしまう所だった娘を二度にも渡って救ってくれた恩は、彼のその本性が『人間』ではなく……邪竜と恐れられ語り継がれるギムレーであるのだとしても僅か程もクロムにとっては揺るがぬものであったのだ。
 
 クロムの理解と協力の確約を得られたルキナは、直ぐ様『神竜の巫女』であるチキの元へと向かった。
 突然の再訪ではあったが、チキは快くルキナ達を迎え入れてくれて、ルキナの話を真摯に聞いてくれた。
 『影』の出現とほぼ時を同じくして高まったギムレーの力を、『真実の泉』から離れた『ミラの大樹』の上でも感じたらしい。
 そして今、そのギムレーの力は、海を越えた先……恐らくはぺレジアのある方向から感じているとも、チキは言う。
 ルフレの正体を知ったチキは、哀れみの様な感情と共にそれに納得と理解を示した。
 ……ルフレを『影』の手から救い出した後でどうすればいいのか、その答えはまだ分からない。
 チキ曰く、神竜の力を以てしてもルフレがギムレーである事自体は、変える事もどうする事もできぬものであるらしい。
 ただ……かつての伝説の様な世界を滅ぼす邪竜にする事は、防げるかもしれないと、チキは言った。
 ルキナにとってはそれだけで十分であったし、今は一刻も早くルフレを救出する事の方が大切であった。

 『影』の言った『竜の祭壇』とは、ぺレジアの砂漠の只中にある神殿で……それは、かつての邪竜ギムレーの、その亡骸の心臓があった場所に建てられたものであるらしい。
 その詳しい場所はチキにも分からないらしいが……まああのギムレーの骨を追っていけば、凡その位置の見当はつく。
 この世で最も邪竜ギムレーの影響が強い場所であると言う其処に、恐らく今、ルフレは囚われているのだろう。
 ……今のルフレがどの様な状況に置かれているのか、どの様な状態であるのかは、ルキナには分からない。
 ……ギムレーのあの巨大な竜の姿が現れたと言う話は聞かないから、まだ『影』に心を喰われた訳では無いと思うけれども。
……しかし、それが何時まで持つのかは誰にも分からない。
 明日かもしれない、明後日かもしれない、一か月後・一年後かもしれない……。ひっくり返された砂時計に後何れ程の時の砂が残されているのか誰にも分からないのは、酷く恐ろしい。
 首尾よく『竜の祭壇』に辿り着いて……そしてそこに居る彼が最早ルキナの愛したルフレではなくなってしまっていたら。
 自分は、どうするのだろう。何が出来るのだろう。
 分からない。考えたくない。それが現実になるのが恐ろしい。
 ……それでも、「その時」が来たならば、覚悟を決めておかなければならないのだろう。
 だからこそ、ルキナはその時が訪れるまでは、それをこの目で確かめるまでは、絶対にルフレを諦めない。
 その本性が『人間』でなくても良い、どんな姿でも良い。
 それこそ、辿り着いたその時に『人間』の姿ではなくなってしまっていたって良い。
 どんな姿であろうとも、そこにある心があの愛しい彼のモノであるのならば……優しく温かな『人間』の彼のモノならば。
 ルキナには、最後まで愛し通せる『覚悟』がある。
 ……ルフレは『竜』の姿でもルキナを愛してくれていた。
 言葉が交わせなくても、自分と掛け離れた姿であろうとも。
 相手を『愛』する事に、そんな事など何も関係無いのだ。

 『愛する覚悟』を決める事が出来ると言う事は、ある意味では「救い」に近しいものであった。諦めも、絶望も、その全てを置き去りにしてただそれだけを目指して走れるのだから。
 傷付く痛みよりももっと激しく熱い『想い』が、この足を、この心を突き動かす。
 揺らめく様に微かに残る『希望』へと、躊躇わずに全力で走り出していける、その『希望』を信じられる。
 ルフレの不安と恐怖を拭い去る為に、あの手を掴む為に。
 愛しい人の為に、己が出来る全てを賭けられる。

 遠く海の彼方の、そこに在る筈の『竜の祭壇』の方向を向いてルキナは囁いた。


「待っていて下さい、ルフレさん。必ず、迎えに行きます」




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