第一話『呪われた王女』
◇◇◇◇◇
気が狂いそうな程の灼熱感に苛まれていた傷口も、今はぞっとする程に冷えきり……まるで『死』の指先がそこに触れているかの様にすら感じる。
今も尚そこから命の砂が溢れ落ちているかの様な、そんな恐ろしい感覚だけがそこにあるけれど、それはきっと恐らくは気の所為では無いのだろう。
城を脱出してから、何れ程の時間が過ぎたのだろう。
何時の間にか空は分厚く黒い雲に覆われていて、時折雲の切れ間に雷光が走っている様に見えた。
そして程無くして、行く宛も無く飛び続けているルキナの身を打ちすえる様に、天から叩き付ける様な雨が降り注ぎ始める。
春の大嵐は、地上の全てを押し流すかの様な雨と、そして地に根を張らぬ全てを浚うかの様な大風を吹き荒れさせる。
目の前が何も見えなくなる様な酷い豪雨の中で、今にも身体を押し流されそうな暴風の中で、『死』が迫り来るのをその身で感じ取りながら、ルキナはただ只管に飛び続ける。
行く宛など無い。
寄る辺もない。
目的など、何も無かった。
それでも自分でも抑えきれぬ『何か』に突き動かされる様に、或いは恐ろしい『何か』から逃げ出す様に。
ルキナは無我夢中で翼を動かし続ける。
それは、「死にたくない」と言う……「生きたい」と言う衝動からなのか。
或いは、この様な人間ならざる姿に変じて……愛する父から剣を向けられ斬りつけられたその耐え難い心の苦しみから逃れようとしているのか……。
答えなど無く、もう既に朦朧とし始めているルキナには、ろくに何も考えられない。
何処かへ、ここでは無い何処かへ。
『死』のその指先を振り払おうとしているかの様に、或いは心を苛む全てを置き去りにしようとしているかの様に。
ただ一心に飛び続けて。
そして、それはある時点で限界を迎える。
『死』に心臓を鷲掴みにされたかの様なそんな悍ましい感覚と共に、翼はまるで鉛の様に重たくなり満足に羽ばたけなくなる。
ルキナは次第に高度を落としていき……遂には、墜落するかの様に力尽きて地へと墜ちていった。
墜落した先は幸いな事に森であった様で、『竜』の身体は木々の枝を巻き込む様にして少しその墜ちる速度を落として、嵐によってできていた泥濘へと叩き付けられるかの様に墜落する。
下が泥濘であった為、その墜落の衝撃は和らげられていたのだろう。
しかし、墜ちたその衝撃で身に突き立っていた矢の幾つかはその矢柄から折れる様に深く刺ささり、ルキナの身を深く抉る。
申し訳程度に血が固まり僅かながら出血が抑えられていたファルシオンによる胸元の傷も、墜落の衝撃で再び開いてしまう。
どうにかこの場から動かねば、と。
そう身を起こそうとしてもそれは叶わず。
僅かに擡げたその身は、再び泥濘へと沈む。
鉛の様に重い身体には、もう僅か程の力も入らない。
『死』の足音は、もう耳元までやって来ていた。
──私は、ここで死ぬの……?
──こんな、誰も居ない……寂しい、冷たい……場所で……
──死にたくない……こんな所で、なんて……
──怖……い……、死に……たく……ない……
──だれ……か…………たす……けて……
最早何も定まらぬ朦朧とした意識の中で、黒い服を来た『誰か』が自分に近寄ろうとしている様な気がした。
ルキナへと武器を向けるかもしれない、ルキナを殺そうとするのかもしれない。
そんな誰とも知れぬその者へと、ルキナは必死に訴えかける。
「死にたくない」「生きたい」「助けて」……、と。
言葉を喪ったルキナの『声』が届く可能性など無い事など、既に朦朧としているルキナの頭に浮かぶ事は無くて。
ただただ、その原始的なまでの「願い」を訴える。
その『声』が、その『想い』が、その『意志』が、
その『誰か』へ伝わったのか、それすら何一つとして確かめる事も出来ぬまま。
ルキナは抗い難い『死』への眠りへと誘われ、その目蓋はゆっくりと閉ざされていく。
誰かの暖かな手が、そっと優しく触れた様な……そんな気がしたのを最後として。
ルキナの意識は、闇に塗り潰されていったのであった──
◆◆◆◆◆
気が狂いそうな程の灼熱感に苛まれていた傷口も、今はぞっとする程に冷えきり……まるで『死』の指先がそこに触れているかの様にすら感じる。
今も尚そこから命の砂が溢れ落ちているかの様な、そんな恐ろしい感覚だけがそこにあるけれど、それはきっと恐らくは気の所為では無いのだろう。
城を脱出してから、何れ程の時間が過ぎたのだろう。
何時の間にか空は分厚く黒い雲に覆われていて、時折雲の切れ間に雷光が走っている様に見えた。
そして程無くして、行く宛も無く飛び続けているルキナの身を打ちすえる様に、天から叩き付ける様な雨が降り注ぎ始める。
春の大嵐は、地上の全てを押し流すかの様な雨と、そして地に根を張らぬ全てを浚うかの様な大風を吹き荒れさせる。
目の前が何も見えなくなる様な酷い豪雨の中で、今にも身体を押し流されそうな暴風の中で、『死』が迫り来るのをその身で感じ取りながら、ルキナはただ只管に飛び続ける。
行く宛など無い。
寄る辺もない。
目的など、何も無かった。
それでも自分でも抑えきれぬ『何か』に突き動かされる様に、或いは恐ろしい『何か』から逃げ出す様に。
ルキナは無我夢中で翼を動かし続ける。
それは、「死にたくない」と言う……「生きたい」と言う衝動からなのか。
或いは、この様な人間ならざる姿に変じて……愛する父から剣を向けられ斬りつけられたその耐え難い心の苦しみから逃れようとしているのか……。
答えなど無く、もう既に朦朧とし始めているルキナには、ろくに何も考えられない。
何処かへ、ここでは無い何処かへ。
『死』のその指先を振り払おうとしているかの様に、或いは心を苛む全てを置き去りにしようとしているかの様に。
ただ一心に飛び続けて。
そして、それはある時点で限界を迎える。
『死』に心臓を鷲掴みにされたかの様なそんな悍ましい感覚と共に、翼はまるで鉛の様に重たくなり満足に羽ばたけなくなる。
ルキナは次第に高度を落としていき……遂には、墜落するかの様に力尽きて地へと墜ちていった。
墜落した先は幸いな事に森であった様で、『竜』の身体は木々の枝を巻き込む様にして少しその墜ちる速度を落として、嵐によってできていた泥濘へと叩き付けられるかの様に墜落する。
下が泥濘であった為、その墜落の衝撃は和らげられていたのだろう。
しかし、墜ちたその衝撃で身に突き立っていた矢の幾つかはその矢柄から折れる様に深く刺ささり、ルキナの身を深く抉る。
申し訳程度に血が固まり僅かながら出血が抑えられていたファルシオンによる胸元の傷も、墜落の衝撃で再び開いてしまう。
どうにかこの場から動かねば、と。
そう身を起こそうとしてもそれは叶わず。
僅かに擡げたその身は、再び泥濘へと沈む。
鉛の様に重い身体には、もう僅か程の力も入らない。
『死』の足音は、もう耳元までやって来ていた。
──私は、ここで死ぬの……?
──こんな、誰も居ない……寂しい、冷たい……場所で……
──死にたくない……こんな所で、なんて……
──怖……い……、死に……たく……ない……
──だれ……か…………たす……けて……
最早何も定まらぬ朦朧とした意識の中で、黒い服を来た『誰か』が自分に近寄ろうとしている様な気がした。
ルキナへと武器を向けるかもしれない、ルキナを殺そうとするのかもしれない。
そんな誰とも知れぬその者へと、ルキナは必死に訴えかける。
「死にたくない」「生きたい」「助けて」……、と。
言葉を喪ったルキナの『声』が届く可能性など無い事など、既に朦朧としているルキナの頭に浮かぶ事は無くて。
ただただ、その原始的なまでの「願い」を訴える。
その『声』が、その『想い』が、その『意志』が、
その『誰か』へ伝わったのか、それすら何一つとして確かめる事も出来ぬまま。
ルキナは抗い難い『死』への眠りへと誘われ、その目蓋はゆっくりと閉ざされていく。
誰かの暖かな手が、そっと優しく触れた様な……そんな気がしたのを最後として。
ルキナの意識は、闇に塗り潰されていったのであった──
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