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第八話『真なる影』

◇◇◇◇◇




「ルフレさん……」


 独り取り残された空間で、ルキナは呆然とその名を呼ぶ。
 だが、その声に応える者は居ない。
 余りにも多くの事が一度に起こり、まだ何も整理出来ていないし、呑み込めてもいないけれど……。
 自分は、ルフレを奪われた。
 ただそれだけが、ルキナにとって一つ確かな事であった。
 
 ルフレがギムレーであるかどうかなど、ルキナにとってはそんなに大きな問題では無かった。
 実際、あの悪意の塊の様な『影』にさえ出逢わなければ。
『人間』の肉体を得て蘇ったギムレーであると言うルフレが、かつての伝説の邪竜の様に世界を滅ぼそうとするなど到底考えられない事であったし、例えそれが『影』の揶揄した様に『人間ごっこ』に過ぎないのだとしても、ルフレはあの森の奥で静かに平穏な『幸せ』な日々を過ごしていただろうから。
 自分の所為、なのだろうか。
 ルフレが……ルフレとしての彼の心が決して知りたいと望んですらいなかった『真実』を突き付けられる事になったのは。
 自分は『人間』では無いのだと、絶望する事になったのは。
 そして……あの邪悪な『影』を呼び覚ましてしまったのは。

 ……ああ、それは。それは何と言う……。

 だが、ルキナには。
愛する者を結果として傷付けてしまった苦しみに、ズタズタに引き裂かれた心の痛みに涙を流す様な暇も。
 溢れ出す後悔に足を取られて迷い立ち止まる様な時間も。
 愛する者を奪われた絶望に吼える事も。
 何一つ許されてはいないのだ。

時は、待たない。
 何れ程後悔に沈もうとも、時を巻き戻したいと願っても。
 全てを等しく未来へと運んでいく。
 だからこそ、愛する者を取り戻したいと心から想うのなら。
 足掻かねばならない。立ち向かわねばならない。
 己の出来る全てを限られた時の中で果たさなくてはならない。
 そして、まだ全ての手掛かりと道が喪われた訳ではないのだ。

 ルキナは、ルフレに突き飛ばされたその時に。
 彼から押し付けられる様にして密かに託された小さな袋を、それが『希望』そのものであるかの様に握り締める。
 それは、チキからルキナへと託され……あの瞬間までルフレが預かっていた『蒼炎』であった。

『影』は、『蒼炎』に拘っていた。
 だからこそ、……恐らくは『影』から逃げきる事は出来ないと悟ったルフレは、あの瞬間にルキナにこれを託したのだ。
 恐らく、『影』はまだそれに気付いて居ない。
 ならば、『蒼炎』がここにあると言う事は。
『影』の目的であった、ルフレの意識を呑み込むまでには、きっとまだ余裕が出来た筈だ。
 それが何れ程の時間なのかは分からないが……それでも、ルフレが託してくれた時間である。
 自分に出来る全てで、その役目を果たさなければならない。
 ルフレを、取り戻す為にも。
 『影』の行方には『竜の祭壇』と言う手掛かりがある。
 それが何処なのかはルキナには分からないが……。
 幸いにもルキナはそれが何であるのか、何処にあるのかを知っていそうな人物を知っている。
 そして、ルフレを取り戻す為に必要な力……戦う為の力を持っている者も、よく知っている。

 ……ルキナは、まだルフレに自分の『想い』を伝えていない。
 感謝の気持ちも、……この胸を今も熱く燃やす『想い』も。
 何も、まだ何一つ。

 だからこそ、行かねばならない。
 ルフレを、救う為に、この手に取り戻す為に。

 ルフレが何者であっても、ルキナには関係ない。
 何故ならば、ルキナにとってルフレはこの世界で一番大切で愛おしい存在である事は、何があっても変わらないのだから。




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