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第七話『真実の泉』

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 ルキナが吐いた小さな溜息の音に、物思いに沈んでいたルフレの意識はふと現実に呼び戻された。
 そして、またやってしまっていたのかと心の中で溜息を吐く。
 
 ……ルキナが聖王家の人間であると知ってから……そして、ルフレが自分の『想い』を自覚してからずっと。
 ルフレは……想い悩み続けていた。
 相反する『想い』に、『願い』に、心を千々に引き裂かれそうになりながら……。
 ずっと……ずっとこうして傍に居たい、それがもう叶わないのであればいっそ、この旅が永遠に終わらなければ良いのにと。
 ふとした瞬間にはそんな事を考えてしまう。
 だが、『真実の泉』はそれまでの道程を考えればもう目と鼻の先と言っていい程に近く、旅の終わりはもう間近であった。
 近付きつつある『終わり』から、ルキナの手を掴んで逃げてしまいたい位なのに……しかし、ルキナの望みを叶えてあげたい、彼女を『幸せ』にしたいと言う『想い』がそれを許さない。
 ……もしこんな身勝手で醜い『願い』を抱えているとルキナに知られたら、間違いなく軽蔑されるであろう。
 弱っている所に付け込んで、相手を束縛しようとしている事と何ら変わらないだろうから。
 それが恐ろしくて、こんな浅ましく澱んだ心をルキナには知られたくなくて……それなのにそれを殺しきれずにいる。
 そんな今の自分を、ルフレは心から嫌悪していた。

 しかし、そんなどうしようもない矛盾する欲望から思考を離れさせようとしても中々上手くはいかない。
 別れ際にチキに言われた言葉は確かに引っ掛かっているが。
 しかし、彼女の言う『力』とやらに何も心当たりはないし、万が一自分の出生に関する部分に何かあるのだとしても今の自分にそれを確かめる術はないのだ。
 それに、躍起になってまで確かめたい事でもない。
 だから、ルフレはそれ以上は考えない様にしていた。
 ……それに、チキに関して気になるのは別れ際の言葉よりも、託された蒼い宝玉の事であった。
 『蒼炎』と呼ばれたこの宝玉を……ルフレは何処かで見た事がある様な気がするのだ。

 だが、ルフレが生きてきた中でこの様な宝玉に触れる機会などある訳も無くて、記憶にない生まれたばかりの頃に見た可能性に関しては、この宝玉はずっとチキの元にあったと思われるのでそれもまた考え辛い。
 だが、何とも言えないが……宝玉を見ていると胸の奥がざわつく様な……そんな錯覚を覚えるのだ。
 ……チキがこれをルキナに託した事を考えると、これは聖王家に何か所縁があるものなのだろうか……?

 聖王と宝玉……。
 ……確か母の手記の中に、それに近いものの記述があった様な気がするな、と。ルフレは手記を取り出してパラパラと捲る。
 その中にあった、『炎の紋章』と『封印の盾』の伝説……。
 【竜族】の強大な力を秘め、時に【竜】を封じ、時に【竜】に力を与え、時に【竜】を守るなどと、【竜】の力をある種制御する力を持つ、【竜族】の秘宝……。
 かつて【竜族】の手から喪われ、それを構成する五つのオーブが散逸し、散ったオーブの一つ一つが強大な力を秘めていた為、時に悪しき者の手に渡り悲劇を作り上げてしまった神宝。
 かの古の英雄マルス王が再び蘇らせたと言うそれ。
 伝承の中では、五つのオーブが揃ったそれを『封印の盾』とする説と『炎の紋章』とする説があるらしいが……何分もう二千年は昔の事だ、それを確かめる術はない。
 そして、マルス王が蘇らせたそれと同じであるかは分からないが、『炎の紋章』は初代聖王の伝承の中にも現れる。
 神竜ナーガから託された神宝の一つとして……。
 しかし、イーリスに伝わっていたのは確か『炎の台座』と言う名の神宝である筈だ。
 途中で名前が変わったのか……或いはかつての様にそれを構成するオーブ……宝玉が再び散逸した為にその名なのかは分からないが……。
 後者であるならば、チキから託されたこの宝玉は『炎の紋章』を構成する為のそれあるのだろうか……。
 そしてそれは、今この世に目覚めようとしていると言う邪竜ギムレーと対峙する為に必要なものであるのだろうか?
 かつての戦いの中で『炎の紋章』がどの様にしてその力を現したのかは伝承が途絶えているらしく分からないけれど。
 ……何にせよ、これを託されたと言う事は、ルキナは王族としても極めて重要な位置に居る者だったのだろう。
 そして、だからこそ一つの可能性が脳裏にちらつく。

 ……以前、近くの村で聞いた若くして亡くなった王女の訃報。
 初めて出会った時の、『竜』の堅牢な鱗すら易々と切り裂かれていた何らかの刃物による鋭利な傷……。
 イーリスに伝わる神宝の一つ、【竜】殺しの力を持つ神竜の牙……神剣ファルシオン。
 ……それらはまだ点と点でしか無いけれども。ルフレの想像はそれらを推測にも満たぬ妄想の糸で結ぼうとしてしまう。
 だが、その想像は全く以て気分が良いモノでは無い。
 もしその想像が当たっているならば……。
 ルキナは、王女の身の上でありながら、王家に伝わる神剣でその身を切り裂かれた事になる。
 そして伝説が正しいのであれば、神剣は誰にでも使える物では無く選ばれなければ振るう事すら叶わない代物で。
 イーリスの当代聖王は神剣に選ばれた王としてその名をイーリス中に轟かせていた。
 ならば……ならばルキナは、実の父親に殺されかけたと……そう言う事になるのではないかと……そう考えついてしまう。
 だが、その想像をルキナ本人に確かめてみようとは……ルフレには全く思えなかった。
 それが事実だとしても、ルキナの心の傷を抉るだけであるし。
 何よりも、ルキナが王族である事をルフレが知っていると……そう悟られたくなかったからだ。
 もしそれが明らかになってしまうと、その瞬間にでもこの時間が終わってしまう様な気がして……。
 ルフレはまた一つ、心の中で溜息を吐いた。

 目の前に、雄大な山脈のその山裾が見えてくる。
 この山脈を幾つか越えれば、『真実の泉』に辿り着く。
 念の為何処かで一度降りて一晩を明かした方が良いだろうが。
 もう目的の場所は目の前だ。旅の終わりは、直ぐそこに在る。
 ルキナの傍に居る事が叶わなくなる時が、刻一刻と近付く。
 過ぎ行く時を惜しみ縋り付こうとする心を律しようとした。
 丁度、その時だった。

 ルキナの翼を掠める様にして、矢が高い音を立てて下から風を鋭く切り裂きながら飛んで来くる。
 何事か、と。下を見たそこには。
 幾十人もの兵士たちが矢の切っ先をルフレ達に向けていて。
そして蒼髪の壮年の男が、憎悪に歪んだ眼差しで、ルフレを……否ルキナを怨敵を見るかの様に睨み付けていた




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