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第六話『神竜の巫女』

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 それはもう十数年前程の事。
 ヴァルム大陸全土に、戦乱の嵐が吹き荒れていた。
 古のアルム王の血統を今に継ぐ大陸北部の小国の一つであったヴァルム帝国を、覇王と呼び表されたヴァルハルトが継いだ事を発端に、彼が掲げた覇道は大陸全土を戦火に沈める程の戦乱を引き起こした。
 神竜を信仰するあまり、自身の足で大地を踏み締め生きる事を半ば放棄していた人々を憂いたが故の覇道であったが……その代償として流された血は余りにも多く。
 今も尚「覇王ヴァルハルト」の名は畏怖と共に語られている。
 一時は南部の僅かな小国を残して、ヴァルムに存在する他の全ての国々が彼の支配下となる程の勢力を誇り、大陸の統一を果たした暁には他の大陸へとその覇を轟かせるであろう事は間違いないと誰もが思っていたのだが……。
 しかしその覇道は、呆気無い程にある日突然に終わった。
 ヴァルハルトが病に斃れたのだ。
 如何に精強な武人でも、病を倒す事は叶わず。
 覇王ヴァルハルトは、彼の覇道の行く先の未来を夢に描きながら、志半ばにしてこの世を去った。
 そして、ヴァルム大陸全土を更なる波乱と混沌が襲ったのはその直後の事であった。
 ヴァルハルトは、己の後継者を定めてはいなかった。
 故に、ヴァルハルト亡き後のヴァルム帝国とその支配地域は乱れに乱れ、我こそは覇王の後継なりと主張する有力将校達が互いを喰い合う泥沼の戦乱の時代が訪れたのだ。
 覇王ヴァルハルトの威光の下に全てが等しく曳き潰されていった時代の戦乱と、先が見えぬままに争い続ける泥沼の戦いと……そのどちらが「マシ」なのかは誰にも答えは出せないが。
 少なくとも、ヴァルハルトによる侵略と同等かそれ以上の血が、その泥沼の戦いの中で流されていった。
 ヴァルハルトが斃れて十数年の時が経って漸く、ある程度の膠着状態に陥って見せ掛けの安定が訪れはしたが。
 それでも何かの切っ掛けがあれば再びヴァルムの大陸は容易く血で赤く染まる事になるのは、誰が見ても明らかであった。
 さて、そんな戦乱に揺れ明日も分からぬ世の中で人々が最後に縋ろうとするものは往々にして「信仰」であり、それはこのヴァルムの地でも変わりはしなかった。
 神竜の信仰に傾倒し過ぎていた民を憂いて始まった筈の覇道は、彼の思惑とは反対に、民達に益々強く信仰を根付かせる事となり、そしてその動きはその後の混乱の中で益々強まった。
 ヴァルム大陸に於ける神竜信仰のその中心的存在である『神竜の巫女』は、民達のその様な信仰の在り方を憂う様な眼差しで見詰めては居たが、結局は何も言わずに中立を保ち続け。
 そして代々『神竜の巫女』を守護する事を己が使命としているヴァルム大陸南端にあるソンシン王国もまた、如何なる戦乱の中に在っても独立不羈を保ち続けていたのであった。

『神竜の巫女』とソンシンの関係は非常に深い。
 かつて邪竜ギムレーによって世界が滅びの危機に瀕していた時に、初代聖王は『神竜の巫女』の助力を得て神竜より神剣と神宝を賜りそれによってギムレーを討った事は広く知られているが、凡そ千年前のその頃『神竜の巫女』がヴァルム大陸へと渡ってきた辺りから、ソンシンは彼女の護衛を行っていた。
 故に、『神竜の巫女』からのソンシン王家への信頼は厚く、彼女が所持していた竜族の秘宝の一つを託される程であった。
 『神竜の巫女』より託された竜族の秘宝……強大なる力を秘めた宝玉の一つ『碧炎』は、ソンシン王家の誇りであり。
 『神竜の巫女』からの信頼の証として、王家の秘中の至宝とされて代々大切に受け継がれ守られてきた。
 ……だが……。
 ヴァルハルトによる戦乱と、その後に巻き起こった大陸全土を巻き込んだ混乱の中で、ソンシンもまた大きく揺れ動き。
 その隙を突くかの様に、何者かがソンシン王家から『碧炎』を盗み出したのだ。
 秘宝として扱われていた『碧炎』が王家の者達の目にであっても晒される事は王位継承の儀などの極めて重要な儀式の時だけであって……それが仇となって『何時』盗み出されたのかも判断出来ず、下手人もその足取りも未だに追えていない。
 『神竜の巫女』より託された『碧炎』を奪われるなど有ってはならぬ事態で……その為ソンシン王家は非常に揺らいだ。
 他ならぬ『神竜の巫女』が止めなければ、王家の者の中には自刃する者すら出ていたであろう……。
 ……過ぎてしまった事はどうする事も出来ず、故にソンシン王家はより己が使命を全うする事でその償いをしようとした。
 『碧炎』と同じく【竜族】の至宝である『蒼炎』を所有する『神竜の巫女』を守る事、『蒼炎』を守り通す事。
 それこそが、ソンシン王家の絶対の使命であるのだった。




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