第六話『神竜の巫女』
◆◆◆◆◆
森を飛び立ってから数日が経つと、イーリスの国境を越えてぺレジアに辿り着いた。
眼下に広がる景色が、緑豊かなイーリスとは異なり、何処までも続いているかの様に見える砂の海か、岩が転がる荒れた土地が多くなってきた事から、国境を超えた事は直ぐに分かった。
人家が近くに無い小さなオアシスなどを転々と経由しながら西へ西へ……海を目指し続けている。
こうして空を飛べる事は……認めるのは少し複雑な気持ちにはなるけれど、ルキナにとっても楽しい事であった。
『竜』の姿になって唯一良かった事だと言えるかもしれない。
この翼があれ、何処までも飛んで行けそうな気がする。
……初めてこの翼を使って空を飛んだあの日は、とてもではないけれどそんな気持ちにはなれなかったのだけれども。
今はこうしてこんなにも心が弾むのは、この蒼穹を何処までも行きたいとそう思えるのは。
きっと、ルフレが共に居てくれるからなのだろう。
『真実の泉』を目指すのはルキナの事情であって、ルフレは本来全くと言って良い程に関係は無いのに、こうして一緒に来てくれているだけではなくて。
『竜』であるルキナが共にいる事で自由に街に出入り出来ずに半ば強制的に野宿生活になっていると言うのに、ルフレはそれに関して何一つ文句は言わない。
森での暮らしに慣れてるから平気だよ、とそう笑うばかりで。
それを心苦しくは思うのだけれども、その一方でずっと自分と共に居てくれる事が嬉しかった。
共に寄り添い合って眠る夜は、砂漠の冷えきった夜であっても何処か暖かくて。
この旅で新たに見た物見た景色を語らう一時は至福だった。
王城で暮らしていた時には知らなかった物、森で生活していた間にも見た事が無かった物。
それらを見付けながら行く旅は、自分が想像していた以上に楽しくて幸せなものであった。
この旅の目的が叶わなかったとしても、旅をした事は決して無駄ではなかったと……そう言えると確信出来る程に。
それはルフレにとってもそうなのだろう。
旅の中で、ルフレは何時もその眼を輝かせていた。
元々、ルフレは本の虫と言うかその知識欲は強い方なのだ。
こうして「未知」を見て知る事が、彼にとって楽しくない筈も無かったのだろう。
そうやって、ルキナとルフレは旅を続けていた。
そして、砂漠を飛ぶ内に、眼下に何か大きな岩の様な物が点々と転がっている事に気が付いた。
ただの伊和かと思っていたのだが、それにしては妙に等間隔に転がっているのが気に掛かる。
ルキナが気にしている事に気が付いたのだろうか。
背の上のルフレは、眼下の岩を指さした。
「あれは、かつてこの地で滅ぼされたギムレーの骨だと……そう伝えられているモノなんだって」
ギムレー……それはルキナにとってはある意味で馴染みが深い、しかしそれと同時に目にした事は決してない存在の名だ。
かつて、ルキナの先祖にあたる初代聖王が神竜ナーガから授けられた神剣ファルシオンで討ち滅ぼした強大な邪竜……。
その身一つで世界を滅ぼしかけた大災厄の名だ。
聖王家に連なる者で……否この世界に住まう者で、その名を知らぬものは誰一人として居ない……。それ程の強大な存在だ。
骨と言われて、ルキナは改めて眼下の岩を見る。
骨だと言うその岩は、等間隔に遥か彼方まで続いていた。
その全貌は、こうして遥か上空から見下ろしていても全く掴める気配はなかった。
「余りにも巨大な竜だったからその骨も凄まじく大きくて、ぺレジア全土に骨が散らばっているらしいよ。
ぺレジアを往く旅人たちの目印になっているんだって。
本によると、ぺレジアの王都はその頭の骨の下に、王城は骨の上に建てられているらしいよ。
巨大な都や城がすっぽりと入ってしまえる大きさの骨なんて……全く想像がつかないね。
そんな大きさだったなら、一体何を食べていたんだろう?」
不思議だね、とルフレは言う。
伝説の中の存在の、その実在の証拠がこんなにも無造作ともいえる形で転がっている事には驚いたが、今のルキナ達にギムレーは全く関係が無い。珍しいモノを見たと言う感慨だけだ。
ギムレーの頭の骨を利用した都と言うモノには多少興味は惹かれるけれども。
だからと言って寄り道をする様に王都へと向かう事は無い。
ルキナ達が目指すのは、遥か海の彼方のヴァルム大陸なのだ。
その目的を間違えたりはしない。
だから、ルキナは骨が続いている方向には半ば背を向ける様にして海を目指し続ける。
「……!?」
その時、ふと何かを気にする様に、ルフレは骨の続く先……彼が言う所の王都があると言う方向へと勢いよく振り返った。
どうかしたのかと、問う様にルキナが鳴きかけると。
ルフレは慌てて前を見て、何かを振り払う様に首を振る。
「いや、一瞬あっちの方向から誰かに呼ばれた様な気がしたんだけど……まあ気の所為に間違いないね。気にしないで」
そう言ってルフレは微笑んだ。
その言葉に、ルキナは疑問を抱く事なく頷くのであった。
◆◆◆◆◆
森を飛び立ってから数日が経つと、イーリスの国境を越えてぺレジアに辿り着いた。
眼下に広がる景色が、緑豊かなイーリスとは異なり、何処までも続いているかの様に見える砂の海か、岩が転がる荒れた土地が多くなってきた事から、国境を超えた事は直ぐに分かった。
人家が近くに無い小さなオアシスなどを転々と経由しながら西へ西へ……海を目指し続けている。
こうして空を飛べる事は……認めるのは少し複雑な気持ちにはなるけれど、ルキナにとっても楽しい事であった。
『竜』の姿になって唯一良かった事だと言えるかもしれない。
この翼があれ、何処までも飛んで行けそうな気がする。
……初めてこの翼を使って空を飛んだあの日は、とてもではないけれどそんな気持ちにはなれなかったのだけれども。
今はこうしてこんなにも心が弾むのは、この蒼穹を何処までも行きたいとそう思えるのは。
きっと、ルフレが共に居てくれるからなのだろう。
『真実の泉』を目指すのはルキナの事情であって、ルフレは本来全くと言って良い程に関係は無いのに、こうして一緒に来てくれているだけではなくて。
『竜』であるルキナが共にいる事で自由に街に出入り出来ずに半ば強制的に野宿生活になっていると言うのに、ルフレはそれに関して何一つ文句は言わない。
森での暮らしに慣れてるから平気だよ、とそう笑うばかりで。
それを心苦しくは思うのだけれども、その一方でずっと自分と共に居てくれる事が嬉しかった。
共に寄り添い合って眠る夜は、砂漠の冷えきった夜であっても何処か暖かくて。
この旅で新たに見た物見た景色を語らう一時は至福だった。
王城で暮らしていた時には知らなかった物、森で生活していた間にも見た事が無かった物。
それらを見付けながら行く旅は、自分が想像していた以上に楽しくて幸せなものであった。
この旅の目的が叶わなかったとしても、旅をした事は決して無駄ではなかったと……そう言えると確信出来る程に。
それはルフレにとってもそうなのだろう。
旅の中で、ルフレは何時もその眼を輝かせていた。
元々、ルフレは本の虫と言うかその知識欲は強い方なのだ。
こうして「未知」を見て知る事が、彼にとって楽しくない筈も無かったのだろう。
そうやって、ルキナとルフレは旅を続けていた。
そして、砂漠を飛ぶ内に、眼下に何か大きな岩の様な物が点々と転がっている事に気が付いた。
ただの伊和かと思っていたのだが、それにしては妙に等間隔に転がっているのが気に掛かる。
ルキナが気にしている事に気が付いたのだろうか。
背の上のルフレは、眼下の岩を指さした。
「あれは、かつてこの地で滅ぼされたギムレーの骨だと……そう伝えられているモノなんだって」
ギムレー……それはルキナにとってはある意味で馴染みが深い、しかしそれと同時に目にした事は決してない存在の名だ。
かつて、ルキナの先祖にあたる初代聖王が神竜ナーガから授けられた神剣ファルシオンで討ち滅ぼした強大な邪竜……。
その身一つで世界を滅ぼしかけた大災厄の名だ。
聖王家に連なる者で……否この世界に住まう者で、その名を知らぬものは誰一人として居ない……。それ程の強大な存在だ。
骨と言われて、ルキナは改めて眼下の岩を見る。
骨だと言うその岩は、等間隔に遥か彼方まで続いていた。
その全貌は、こうして遥か上空から見下ろしていても全く掴める気配はなかった。
「余りにも巨大な竜だったからその骨も凄まじく大きくて、ぺレジア全土に骨が散らばっているらしいよ。
ぺレジアを往く旅人たちの目印になっているんだって。
本によると、ぺレジアの王都はその頭の骨の下に、王城は骨の上に建てられているらしいよ。
巨大な都や城がすっぽりと入ってしまえる大きさの骨なんて……全く想像がつかないね。
そんな大きさだったなら、一体何を食べていたんだろう?」
不思議だね、とルフレは言う。
伝説の中の存在の、その実在の証拠がこんなにも無造作ともいえる形で転がっている事には驚いたが、今のルキナ達にギムレーは全く関係が無い。珍しいモノを見たと言う感慨だけだ。
ギムレーの頭の骨を利用した都と言うモノには多少興味は惹かれるけれども。
だからと言って寄り道をする様に王都へと向かう事は無い。
ルキナ達が目指すのは、遥か海の彼方のヴァルム大陸なのだ。
その目的を間違えたりはしない。
だから、ルキナは骨が続いている方向には半ば背を向ける様にして海を目指し続ける。
「……!?」
その時、ふと何かを気にする様に、ルフレは骨の続く先……彼が言う所の王都があると言う方向へと勢いよく振り返った。
どうかしたのかと、問う様にルキナが鳴きかけると。
ルフレは慌てて前を見て、何かを振り払う様に首を振る。
「いや、一瞬あっちの方向から誰かに呼ばれた様な気がしたんだけど……まあ気の所為に間違いないね。気にしないで」
そう言ってルフレは微笑んだ。
その言葉に、ルキナは疑問を抱く事なく頷くのであった。
◆◆◆◆◆