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第五話『旅立ちの風』

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 『真実の泉』を探しに行くと決めたからと言って、思い立ったが吉日とばかりに直ぐ様旅立つ事は出来なかった。
 物心ついてからは全くこの『神竜の森』とその周辺の村からは出た事の無いルフレにとっては、ぺレジアやフェリアと言った同じ大陸の中にあるイーリスの隣国どころか、大海原を超えた遥か彼方にあるヴァルム大陸は余りにも遠く。
 十分以上に念入りに準備をしてからではなくては、旅立つには余りにも心許なさ過ぎるのだ。
 先ずは第一の目的地となるヴァルム大陸までの地図と海図を手に入れなければならないし、ここで調べていけるだけの情報は調べていくに越した事は無い。
 元より、半ば宛の無い旅路になるのだ。
 最初から行き当たりばったりでは、一体何時『真実の泉』に辿り着けるのか分かったものではない。
 だからこそ、ルフレはそれはもう入念な準備を行った。
 長旅にも耐えられる様に干し肉などの保存食を蓄えて、薬を売って旅先で入用になるだろう金銭を貯めて。
 ルキナは街には入れない事を考えると旅先では殆ど野宿に近い生活になるだろう事を見据えて最低限必要な道具を揃えて。
 村からまた少し離れた町にまで行って、ヴァルム大陸までの地図を何とか手に入れた。

 肝心のヴァルム大陸まで渡る方法だが、ルキナは飛竜などと偽るのも難しい程に美しく人目を惹いてしまう『竜』である事を考えるとヴァルムに渡る船に乗り込むのも難しいだろう。
 と、なればルキナに飛んで渡って貰うしかない。
 幸いこの季節だと、ぺレジア側からヴァルム大陸の方向へと強い海風が吹いている上に、ぺレジアから渡るその途中には大小様々な島々が飛び石の様にヴァルム大陸まで続いている。
 島々で休息を挟みながら飛んでいけば、ヴァルム大陸まで辿り着ける……筈だ。
 途中で悪天候に巻き込まれたりしない事を祈るしかないが。
 まあそれは船を使っていても同じ事である。

 怪我がすっかり完治して久しいルキナは、最初の内こそ戸惑いながらであったが今では鳥の様に軽やかに思うがままに空を翔ける事が出来る様になっていて。
 ルフレ一人をその背に乗せる事など何の負担にもならない様で、恐らく海を超える事も難しくはなさそうであった。
 ルキナに負担が大きくなってしまう事だけはルフレとしては申し訳なく思ってしまうのだけれど、ルキナ本人はとてもやる気満々で、だから気にするなと言いた気なので、ルフレは掛ける言葉は感謝のものだけに留めている。
 海を渡る手段はそれで良いとして、ぺレジアを横断するルートは念入りに考えなくてはならない。
 ぺレジアはその国土の多くを砂漠や荒野と言った厳しい環境が占めており、そういった場所では身を隠しながら行く事は中々に難しく、またその羽を休める場所も限られている。
 それに……ルフレとしてもぺレジアでは出来る限り人の目に付く場所は避けて通りたいのだ。
 気休めであろうが、母との『約束』もあって、ギムレー教団と何らかの形で関わり合いになる可能性は極力避けたい。
 ギムレー教団では、神であるギムレーに対して多くの『生贄』を捧げており、『生贄』の対象は獣も人もお構いなしであるらしく、また珍しい生き物を生贄にしたがる傾向もあると聞く。
 ルキナがその標的になりかねない事を考えると、やはりギムレー教団だけは避けるに越した事は無いだろう。
 そんなこんなで、『真実の泉』に向かう事を決めてから半月近くの時間が過ぎていた。
 ルキナと出会ったあの日からは凡そ三か月経っていて、夏の陽射しが木々の青葉を眩しく照らす季節になっていた。

 全ての支度を終え、背嚢に纏めた荷物を背負ったルフレは。
物心付いてからの時間を過ごしてきた屋敷を振り返った。
 『真実の泉』に辿り着くまでに……或いはそれが存在しないと確証を得るまでに、何れ程の時間がかかるのかは分からない。
 再びここに戻って来るのが何時の事になるのか……帰って来れるのかも、分からない。
 だけれども、ここがルフレにとっての『家』である事には何があっても変わらないのだ。……だから。


「行ってきます」


 住み慣れた屋敷に、そしてその裏庭に眠る母に、そう告げて。
 ルフレは、ルキナの背に跨って合図を出した。
 軽やかに飛び立ったルキナの背の上で、ルフレは振り返る事無く遥か彼方のヴァルム大陸を思うのであった。




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