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第五話『旅立ちの風』

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 『真実の泉』……それは、ヴァルム大陸の北部のとある地域に伝わる伝説の一つだ。
 遥かなる古の時代から存在するその遺跡の最奥には、泉が存在すると言う。

 『その水面は真実を映す鏡。
そこに映し出された者の真実を暴き出す。
何人たりともこの泉の前に己を偽る事叶わず。
 如何なる魔法も幻術も虚構も、この泉の前には無力なり。
 己の真実を映す覚悟がある者だけが、泉を訪れるべし』

 ……そう伝説に謳われるその泉は覗き込んだ者にその者の真実を与えると……そう言われていると、手記には書かれていた。
 『真実』……。
 その言葉が含む意味は多様で、具体的にそれがどう言った性質の『真実』の事を指すのかは分からないけれど……。
 だが、もしかしたらその『真実の泉』には、ルキナの姿を元の『人間』の姿に戻す力があるのではないかと思うのだ。
 今のルキナの『竜』の身体は、彼女にとっての『真実』の姿では無くて……ならば『真実の泉』がルキナに映し出す『真実』とは、彼女本来の『人間』としての姿ではないかと、……そう考えられるのではないだろうか。
 『真実の泉』は伝説の中だけでしか語られず、それが具体的にヴァルム大陸の何処にあるのかは分からないし、手記の中でもそれは明らかにはなっていない。
 実在するのかどうかも不確かで……そして『真実の泉』に辿り着いた所で望んだ結果が得られるかは分からないが。
 それでも、何の手掛かりも全く無い今の状態では、そこに僅かにでも可能性があるならば、賭けてみる価値はあるだろう。
 ルフレは早速、手記を手にルキナの元へと急いだ。


「ルキナ! 見付けたよ!!」

 ルフレが息を切らして小屋に飛び込んできたのを見たルキナは、突然の事に驚いた様に目を丸くする。
 主語も何もないそのルフレの言葉に困惑したのか、『どうかしたのか』とばかりにその首を傾げる。
 そんなルキナに、興奮を隠しきれずにやや上がった息でルフレは母の手記を手に言った。

「君を元の『人間』の姿に戻す事が出来るかもしれない方法が、見付かったんだ!!
 この……ほら、ここに……!」

 ルフレは『真実の泉』について書かれているページをルキナに見える様する。
 ルフレの勢いに戸惑いながらもルキナはそのページを読み始め、次第に食い入るようにそれを見詰める。

「確証は無いけど、『真実の泉』に辿り着く事が出来れば……!
 ルキナが元の姿に戻れるんじゃないかと、僕はそう思うんだ。
 このままどうすれば良いのか分からないまま、確実に元の姿に戻る方法をただ探し続けるよりは、可能性が低いかもしれなくても、『真実の泉』を探し目指す価値はあるんじゃないかな?」

 ルフレの言葉にルキナは顔を上げるが、突然降ってきたその可能性を完全には飲み込め切れずに戸惑いが先に立っている。
 だから、ルフレはルキナに力強く言った。

「行こうルキナ! ヴァルム大陸へ、『真実の泉』へ!!」

 例え結果として無駄足になるのだとしても、そもそも『真実の泉』は実在しなかったのだとしても。
 確かめてみない事には、何も変わらない。
 居心地の良い『幸せ』な平穏の中で、『人間』に戻れぬ苦しみに静かに静かに心を削っていく位ならば、例え分の悪い賭けであるのだとしても、賭けてみても良いであろう。
 悪い方悪い方へと考え続けていては、可能性の光を逃してしまうだけである。

ルフレの言葉に、ルキナはまだ少し何かを考えていた様だけれども、最後には力強く頷いた。
 その眼は、迷い人が目指すべき道を見付けたかの様に、そんな前へと進もうとする意志の輝きに満ちていて。
 それに安堵を覚えると共に、ルフレもまた心を決める。
 道は見えた。
 ならば、後はその輝きを見失わぬ様に目指すだけだ。




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