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第四話『小さな希望』

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 ……最近、ルキナの様子が少しおかしい気がする。
 具体的にどこがどう……と言うモノでは無くて、もしかしたらルフレの気の所為なのかもしれないけれど……。

 しかし例えば、ふとした瞬間にルフレの方をジッと見詰めていたかと思うと、ルフレが目を向けるとその視線を逸らす。
 呼び掛けた時の反応が僅かに遅い気がする。
 何かを思い悩む様に、何処か遠くを見ている事がある。
 自分の手を見ては溜息を吐いている……。

 そう言った事が積み重なっているとルフレも心配になるのだけれども、ルキナは何を訊ねても『何でもない』と首を横に振るばかりで……、それが、ルフレには寂しかった。
 ルフレでは、彼女の力になってやれないのだろうか、と……。
 自分なら彼女の為に何でもしてやれる、どんな悩みだって解決してあげられる……なんて自惚れている訳では無いけれど。
 それでも、大切な人に何もしてあげられない事は苦しいのだ。

 ……ルキナを思い悩ませているのは、やはり未だ元の『人間』の姿に戻る方法もその手掛かりも見付からない事であろうか。
 ……恐らくは、そうであろう。
 ルキナは『人間』で、望んで今の状態に在る訳でないのなら元に戻りたいと望む事は当然だ。
そして……『人間』としてのルキナには、家族や友人……或いは恋人と言った、彼女の『居場所』が、ある筈なのだ。
 ルキナを思い悩ませているのはそう言った、彼女が置き去りにせざるを得なかった者達の事だろうか。
 会いたいと、帰りたいと、そう望み……だがそれが未だ叶わないからこそ、その心を痛めているのだろうか。

 ……ルフレは、ルキナを元の姿に戻してやりたいと……そう心から願っているし、その為に出来る限りの事はしている。
 だけれども……心の何処かでは、この時間が……ルキナと共に過ごすこの日々が、終わらないで欲しいとも、思っていた。
 ルフレとルキナの人生は、彼女にとっての突然の『不幸』によって偶然に交差しただけで。
 ルフレがこの森で今まで生きてきた様に、彼女にも彼女の人生が……彼女の生きる場所とそこを取り巻く人々が居る。
 この日々は傷付いた彼女がほんの一時その羽を休める為のものでしかなくて、彼女が元の姿に戻れた時に、彼女の本来の『居場所』へ帰ろうとするその手を取って引き留める為の言葉を……その明確な理由を、ルフレはまだ持っていない。
 ただ傍に居て欲しい……だなんて理由では引き止められないし、そんな事はしてはならない。
 ……ルキナの為を思うのならば、この暖かな日々は少しでも早く終わりを迎えなければならないし、その為に出来る事をしなくてはならない。

 だからこそルフレは、その気持ちに矛盾を抱えながらも、その方法を探し続けている。
 でももしこの屋敷の書庫を調べ尽くしても、そこに手掛かりも無いのなら、その時は……。
 そう過る考えを振り払い、ルフレは書庫の中を探し続ける。
 そもそも、個膨大な蔵書の山はまだまだ未開拓の場所が遥かに多いので、そんな『もしも』は今考えるのは無駄でしかない。
 気を取り直して書架の上の方の棚にある本を取ろうと、踏み台の上に乗りながら思いっきり手を伸ばす。
 キッチリと挟まり過ぎた本を引き抜くのは難しい。
 況してや背伸びをしているに近い姿勢だと中々本が取れなくて、上下に本を揺する様にしてゆくりと引き抜かねばならない。
 その拍子に頑丈な本棚も軽くだが揺れ、本棚の天板部分に積もった埃が落ちてきてルフレは軽く咳き込んだ。
 と、その時。
 本棚の天板の上に、箱の様な物が置かれている事に気が付く。
 全く見覚えが無いので、恐らくは天板の奥の方に置かれていたものが本棚全体がを揺れた為手前に移動してきたのだろう。
 その箱に興味を引かれたルフレは、何度か飛び跳ねる様にしながらその箱を少しずつ引き寄せ、そして手の中に落とす。
 随分と長い事本棚の上に置かれていたのだろうその箱は埃塗れで、それを手で軽く払ってからその箱を開ける。
 中に在ったのは、一冊の本……と言うよりも分厚めの手記の様な感じの装丁のものであった。
 表紙には何の文字も無く、誰が書いた物なのか何の内容が書かれているのかはパッと見ただけでは分からない。


「これ……母さんの字だ……」


 何の気も無しに開いたそこに懐かしい字を見付け、驚いた。

 母は多くの本を書き残してくれていたし、それはルフレも知っているし活用もしている。
 しかし、こんな場所にひっそりと隠されているのは初めてで……だからこそ、隠していた秘密を暴こうとしているかの様な後ろめたさと共に、抑えきれない好奇心が湧き起こる。
 その好奇心には抗えずに、少しだけ……と、そう思いルフレはその母の手記を読み進める。

 そこに書かれていたのは様々な伝説や伝承……それこそ神話の中の出来事の様についての走り書きの様な物であった。
 
 かつてこの世界に数多存在し強大な力を持っていたとされている【竜族】と、彼等がこの世界に遺した様々な人智を超えた神器や遺跡、それらにまつわる伝説や伝承の数々。
 手記の中には、マルス王の時代に暴威を振るったと伝えられている暗黒竜メディウスについての伝承や、グランベル大陸のロプトウス、ヴァルム大陸のドーマとミラ神、神竜族の王ナーガ、……そして邪竜ギムレーなどの、人の歴史にも大きな影響を与えてきた神々の如き【竜】の事も特に多く記されている。
 そして【竜】そのものだけではなく。
 古い伝承に語られる救国の英雄アンリ、その子孫であり世界を救った偉大なる英雄マルス……そしてこの国を興した初代聖王が振るっていたと神の剣『ファルシオン』に関する伝承。
 遠く海を隔てた彼方のグランベル大陸の伝説にある、神器と聖戦士たち……。
 時を超える力が眠るとされる遺跡に、『異なる世界』と言う此処ではない何処かを繋げる『竜の門』……。
 手記に記されたそれらは、全て【竜族】に繋がる物であった。
 ……何故母がこの様なものを調べていたのか、そしてそれを書き残していたのかは分からない。
 だけれども、手記に記されている様々な伝承の中に、一つ目を捉えて離さないものがあった。


 『真実の泉』……そしてその伝説。
 それこそまさに、ルフレが探し求めているものであったのだ。




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