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第四話『小さな希望』

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 ルキナと共に森での日々を過ごすルフレではあるが、ずっと森の奥だけで生活している訳ではない。
 二月に一度程度の頻度ではあるけれど、森の傍にある村へと出掛けてそこで村人たちの力になっている。
 本当にのっぴきならない事情があれば村人達が森へと入りルフレの下へと訪れる事はあるけれど、ルフレが訪れるのを待っている事の方が多いし、彼等が森に来た事は母が生きていた頃でも一回二回程度の事でしかない。
そもそも熊や狼なども多く生息している森に立ち入るのは猟師位なもので、その猟師達もルフレが暮らしている森の奥まで立ち入る事は殆ど無いも同然であった。
 そうやって人目がある事はほぼほぼ考えられないからこそ、ルキナを安心して匿えてやれているのだ。
 そう言う環境の事を考えても、あの日ルキナを見付けたのが自分で良かったと、そうルフレは心から思う。
 『竜』の姿であるルキナが落ち着いてその傷を癒せる環境の条件は中々に厳しく、偶々この森はそれを全て満たしていた。
 と、そんな事をつらつらと考えながらも、ルフレは村の方へと出掛ける準備を進める。
 作っていた薬の数々や、換金する為に持っていく毛皮など、何時もちょっとした大荷物になってしまう。
 そして……。


「ごめんね、ルキナ。
今から森の近くの村に行く用事があるんだ。
 なるべく早くには帰ってくるけれど……少しの間留守番を頼めるかな?」


 夜明け前に出発しても、ルフレがどれだけ急いでも戻って来る事が出来るのは翌日の明け方近くになってしまう。
 その間のルキナの為の食料はしっかりと用意してはいるけれど……彼女を一人残していくのは幾分か不安が残る。
 傷が治っていなかった時ならばいざ知らず、完全に復調した状態である今ならば熊などの猛獣でも相手にならぬ強さを持つ『竜』であるルキナが危険な目に遭う事は、ここが人の立ち入らぬ森の奥深くである事も踏まえてあまり考え難いけれど……それでも万が一と言う事はあるだろう。
 もしも身に危険が差し迫ったのなら、ルフレの事は気にせずに空へと逃げて欲しいとは言ってあるけれど……。
 『分かっています』と言わんばかりに頷くその姿が、自分でも気の迷いだとは分かっていてもどうにも心配になるのだ。
 それは、ルフレがルキナに万が一があれば平静ではいられないからと言うのもあるし……一度深く傷付いた彼女の心の傷が何を切っ掛けにまた開いてしまうとも分からないと言うどこか漠然とした不安が常にあるからでもある。
 が、それでもルフレには自分を待っているだろう村人の事を無視する事は出来なくて、後ろ髪を引かれる思いながらも、屋敷を後にして村へと向かうのであった。



 村人達とはほぼ全員と顔見知りの状態であり、誰がどの様な薬を求めているのかをルフレはよく知っている。
 村に着いたルフレは、村人達からの歓待もそこそこに、慣れた手際で村人達の診察と共に薬を渡していく。
 そして、村人たちの悩み事などを解決したりしていく内にすっかり日は傾き始めて。
 それでもどうにか陽が沈む前に用事を済ませる事が出来た。
 そしてそろそろ森に帰ろうと準備を始めたその時、村の集会所の入り口が妙に騒がしくなっている事に気が付く。
 何事かと、近付いて話を聞いてみると、この国を治めている王家の人物の訃報が届いたらしい。
 どうやらこの国の王女が若くして逝去したと言うのだ。
 こんな辺境の村まで王都での出来事であろうその情報が届いたと言う事は、その王女が亡くなったのは随分と前なのだろう。
既に国葬も行われた後であるらしいのだが、彼女の死を悼んで国中が当分の間喪に服す事になるそうだ。
大々的な祭りは暫くの間は自粛せねばならないと言う事で、村の人々の中にはその事に不満を零す者も居る。
こんな辺境の村では、そもそもこの国を治める聖王家だのと言った雲上の人々の事など全くと言って良い程に無関係で。
 村人達にとって直接的に関係があるのはこの地を治める貴族の事位なものだ。
 早逝したその王女の名前すら知らなかった者が大半である。
 ルフレにとっても、王族だの何だのと言った人々の事は自分に全く関わり合いの無い事であるし、喪に服すと言う話だとてそもそも森の奥で引き籠る様に暮らしている為関係ない。
 その生き死にがその一挙一動が多くの人々の生活に強く影響を与えるのだと考えると、王族に生まれ育つと言う事も楽では無いのだろうとそう心から思う。
 餓え苦しむ事は無いのだとしても、その肩に載せられた責任の重みと言うモノを考えると、全くそう生きたいとは思わない。
 ……そんな重荷を背負っていたのだろうその王女は、その命の灯が消えるまでの間に『幸せ』を見付けていたのだろうか。
 ……願っても喪われた命は戻る事は無いけれど、……それでもせめてそうであって欲しいと願う。


 ルキナが待つ屋敷へ一刻も早く帰ろうと、村人たちの話を聞く事もそこそこに急ぎ支度を終えて森へと戻って行ったルフレは知らなかった。

 王女は、蒼銀の『竜』に襲われて命を落としたと言う事を。
 その王女の名が、『ルキナ』であると言う事を。
 そして……今も何処かで生きている可能性があるその『竜』を……彼女の父たる聖王が直々に命を下して、確実に息の根を止める為に捜し続けていると言う事を……。




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