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第四話『小さな希望』

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 ルフレの厚意で、ルキナは彼の家にある馬小屋で寝起きさせて貰える事になった。
 馬小屋で寝起きさせる事にルフレは抵抗を感じていた様ではあるけれど、肝心の当人であるルキナには、そんな事は何一つとして気にならない程にそれは有り難かったのだ。
 そもそも、『人間』に比べればずっと大きい『竜』の身体では、幾ら広い間取りであったとしても『人間』の為に作られた家で過ごすのには無理があるし、寧ろこうしてルキナが窮屈さを感じずにいられる程に大きな馬小屋がこんな森の奥の家にあった事の方が驚きである。
 ルキナが不思議そうに小屋を見回している所を察したルフレが話してくれた所によると、この家は元々はとある貴族の別荘の様なモノであったらしい。
 最初の持ち主たる貴族がこの世を去り、家が手離されて暫く経った後でルフレとその母がここに住み始めたのだとか。
 元は貴族のものだと言われれば、ここが馬小屋にしては無駄とも思える程に広く立派な造りをしている事も納得がいく。
 本来の用途では久しく使われていなかった為か、馬小屋独特の臭いも全く無く、ルキナが気になる様な所は無い。
 そもそも、こうして雨風を凌げる場所を用意して貰えた時点で、不満を感じるも何もただ感謝するしかないのであるけれど。
 寝藁として使っている藁束だって、ただ乱雑に積んだモノではなくて、軽く固めてベッドの様にする気遣いまでされている。
 これで不満を感じる者が居たら、それは余程の恩知らずか厚顔無恥な暴君だろう。

 しかも、そうして居場所を提供して貰うだけではなく、相変わらず献身的に傷を治療してくれているし、更にはルキナが元の『人間』の姿に戻る為の手掛かりまでも探そうとしてくれて。
ルフレには、本来ルキナの事情など何の関係も無い事である筈なのに、偶々彼の所に傷付いたルキナが転がり込んできたと言う……ただそれだけで、有り得ない程親身になってくれる。
 いっそ彼には何か裏でもあるのではないかと疑ってしまいそうになる程に……しかしそんな疑いを持つ事など到底出来ない程に誠実に、彼はルキナに良くしてくれる。
 ふと気が付けば何時の間にか、ルフレの『優しさ』に触れても、傷が痛む事はもう無くなっていた。
 目を閉じた時や眠る時に、父の姿が浮かんで身が竦む事はあるけれど……それも、何時しかその頻度は少しずつ減っていて。
 ……それはきっと、ルフレが傍に居てくれるからだろうと、そうルキナは思うのだ。

 例えば、雨が一日中降り続いて心が沈みがちな時。
 例えば、あの日を思い出させる様な強い風が一日中吹き荒れて……心細く不安になる時。
 例えば、夢見が悪くて魘されがちな時。

 ルフレは、まるでそれを察したかの様にルキナの心に寄り添おうとしてくれているかの様に、ずっと傍に居てくれるのだ。
 ただ静かにルキナに身を預ける様にして傍に居てくれる事も、様々な本を持ち込んでそれをルキナと共に読む様に見る事も、他愛ないお喋りをするかの様に語り掛けてくる事もあって。
 ルキナにとっては、その何れもが酷く心地よい時間であった。

『竜』の姿から未だ戻れない事は今も変わらず苦しくて不安で仕方が無いのだけれど、それでも……心の全てを塗り潰す様だった「絶望感」は少しずつ薄れてきていた。
 ルキナ自身の状況が大きく変わった訳ではない。
 それでも、こんな姿をしている自分を、それでも『人間』なのだと……それを理解して、そしてそう接しようとしてくれる者が居る事が、泣いてしまいそうな程に嬉しいのだ。
 ……ルフレは、ルキナにとってまさに、「救い」であった。

 ルキナが言葉を話せなくても、彼は懸命にルキナが伝えようとしている想いを汲み取ろうとしてくれて。
 何時だって、ルキナの意志を尊重しようとしてくれる。
 ルフレは、『竜』ではなく、『ルキナ』を見てくれているのだ。
 それが何れ程得難く『価値』がある事なのか、ルキナには計り知る事など到底出来なかった。
 ……少なくとも、あの父ですら出来なかった事だ。
 状況的には仕方の無かった事でも、父の目に映ったルキナは、『ルキナ』ではなくて『竜』でしかなかったのだから。

 王城に居た頃……ルキナが「王女」としての自分の役割を全うしようと懸命に努力していた頃でも。
 ルキナを……『ルキナ王女』ではなくて、『ルキナ』と言う一人の人間として見ていた人は何れ程居たのだろう。
 少なくともそれは、きっと両の手で数えられる程の数すらも居なかったのだと思う。
 自分でも、「王女」としての自分と『ルキナ』としての「個人」とは不可分で同じものだと思っていたのだから。
 それを当然だと……そう思ってずっと生きてきたけれど。
 ……しかし、こうして『竜』の姿に変えられた今のルキナを、『ルキナ王女』として見る者なんて誰一人として居ない。
 それどころか、『人間』として見てくれる者すら、この世にルフレただ一人しか居ないのだ。
 そう思うと「王女」としての自分なんて、『自分』の在り方として絶対的なモノでは無かったのだと、そう思い知らされる。
 『人間』としての在り方を喪ってそれに気付くだなんて、少し変な感じはするのだけれども。
 しかし、こうしてルフレと過ごす時間は、王城で『ルキナ王女』として過ごしていた時間よりもずっと穏やかで、暖かくて。
 ……だからこそ、この身が『竜』である事が苦しいのだ。

 『ルフレ』、と。
 彼の名前を、ちゃんと自分の声で呼びたいと。
 そう心から願ってしまうから。




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